再びの旅立ち
「お兄さん、聞いたよ。あなたは何百万人も殺して、五千余年も生きているんだってね」子供が続けて問いかけた。
「でも、見た感じ二十代前後にしか見えないよ?」
「それは、永遠の命という呪いにまつわる秘密だ」時燼は子供の後頭部を軽く撫で、長くため息をついた。
「永遠の命は、祝福じゃないの?」子供は首を振った。「僕たち人族の寿命は、百年ほどしかないのに……」
時燼はしゃがみ込み、子供の目をまっすぐ見つめ、穏やかな口調で言った。
「永遠の命には、償いきれない代償が伴う」
子供は言葉を失い、どう返せばいいのか分からなくなった。
時燼は微笑んで尋ねた。
「ところで、港はどっちだ?道を教えてくれるか」
立ち上がると、子供の肩を軽く叩き、港の方へ歩き出した。振り返らなかった。
「今回は、試してみたい」
「もう一度、感じることができるかどうかを」
時燼は子供が指した方向へ進んだ。波のさざめきがだんだんと近づき、やがて港の金属製の手すりにもたれかかった。
花売りの少女が駆け寄ってくる。セロハンに包まれたピンクの桜を、両手に抱えて。
「お客さん、花を買ってください!浮桜島から届いたばかりの桜ですよ。幸運をもたらします!」
時燼は花を見たが、受け取らなかった。
最後に誰かから花を贈られたのは、一千三百年前のことだ。その人は後に、彼の腕の中で息を引き取った。
「いらない」声は淡かった。
少女の笑顔が一瞬固まり、花を抱えたまま別の人の方へ駆けていった。
時燼は少女の背中から視線を外した。
ふと目を向けると、若い男が恋人の手を握り、途切れがちに囁いていた。
「……一生、守るよ」
時燼はその光景を見ながら、手に持った船切符を目の前に掲げた。陽光が紙の切符を透かし、胸元のネックレスを照らす。
「俺が一番信じない言葉、それが『一生』だ」
港は観光客の笑い声や屋台の呼び込みで賑わっていた。
時燼の視線はざっと周囲を走り、桟橋に一艘だけ停泊している高速艇に留まった。
首にかけた十字のネックレスが、かすかに震え、浮桜島の方角を指し示している。神器の近くに来るたび、このネックレスは反応する。
彼はネックレスを押さえ、高速艇の方へ歩いていった。
島には、彼が長く待ち続けてきたものがある。
船頭が舳先に立ち、叫んだ。
「若いの、待ってたぞ!」
時燼は応じ、足早に進む。背負ったリュックが歩調に合わせて軽く揺れ、後ろに荒布で横づけにした長刀が、腰のあたりにこつんと当たった。
船頭はその刀をちらりと見たが、何も言わなかった。
高速艇に足を踏み入れた刹那、海風が激しくなった。エンジンの唸りが波を切り裂き、ピンクの桜の花びらが細雨のように舞い散る。
時燼は船尾に座り、ネックレスを握りしめて目を閉じた。
ネックレスの震えは、掌から骨の奥へと伝わってくる。浮桜島に近づくほど、その震えは激しくなった。
横を通り過ぎる観光船には「浮桜島へようこそ」の横断幕が掲げられ、観光客たちがカメラを掲げて歓声を上げている。
時燼は彼らを一瞥し、再び手をネックレスに戻した。
「今回は、成功するだろうか」
成功を祈っているのではない。終わりを、祈っているのだ。
ネックレスの温度が少し下がり、彼を急かすように反応した。
時燼が再び目を開けた時、木造の桟橋がもう目の前に迫っていた。
見渡す限り桜の花びらが敷き詰められ、浅瀬の海さえ淡い紅色に染まっている。
高速艇がゆっくりと減速し、船頭が叫んだ。
「浮桜島、到着だ!」
時燼はリュックを手に船を降りた。刀の柄が荒布越しに背中に当たり、触感は冷たく、意識を覚醒させる。
彼は桟橋に立ち、ネックレスを押さえた。
この島のどこかで、何かが自分を待っている。
島の奥へ進もうとしたところで、時燼は足を止めた。港の観光客が、思っていたより十倍以上も多い。
彼は船上の船頭に向かって声を張った。
「なぜこんなに人が多い?何か祭りでもあるのか?」
船頭は手を拭きながら笑った。
「若いの、桜華祭を目当てに来たんだろ?日にちを忘れたか?ここは浮桜島で一番の賑わいの時期だ。島中に桜が咲き乱れ、夜には魔法花火のショーもある。連邦中から人が集まってくるんだ」
時燼はネックレスの反応を確かめた。反応が最も強まるのは、あと一、二日。急ぐ必要はない。
彼は珍しく歩調を緩めた。
この一、二日で、島を隅々まで把握すればいい。
船頭に手を振って別れ、時燼は人混みの中へ身を投じ、観光客のふりをしてゆっくりと歩いた。
桜華祭の熱気が、押し寄せてくる。
屋台の桜餅の甘い香りが漂い、子供たちが魔法の風車を手に駆け回り、鈴のような笑い声を響かせる。桜の木の下で、老夫婦が写真を撮っていた。老人が不器用に、風で乱れた妻の髪を整えてやっている。
時燼は老夫婦から視線を外し、買ったばかりの桜餅を一口かじった。
甘さが舌に広がると、抑えきれない記憶が蘇ってくる。
最後にこれを食べたのは、何年前だったか。作った人の名前は、何だったか。三秒考えたが、思い出せなかった。
ただ、その人が死ぬ時、自分の手を握って「私を忘れないで」と言ったことだけは覚えている。
だが時燼は、もう忘れていた。
残り半分の餅をゴミ箱に捨て、手を拭く。
その時、背後から速い足音と鈴の音が響いてきた。
反応する間もなく、朱色の祭り着を着た少女が彼にぶつかった。手に持っていた桜飴の串が「ぱたり」と落ち、糖霜が少し袖口に飛び散る。
少女は慌てて腰を折り、何度も謝った。
「ごめんなさいごめんなさい!急いでいて気づかなくて!」
背後から、呼ぶ声が追いかけてくる。
「小巫女!走るな!祭儀が始まるぞ!」
少女は振り返って返事をすると、深々とお辞儀をし、人混みの中へ駆け込み、瞬く間に姿を消した。
時燼は遠くに転がった桜飴を見、袖口の糖霜を指で払い、内心で苦く笑った。
千年以上生きてきて、こんなに派手にぶつかられて散々な目に遭ったのは、初めてだ。
しゃがんで飴の串を拾おうとした時、足元に桜の玉佩が落ちているのに気づいた。
紋様は細かく、つややかに透き通り、裏面には「江奈」の二字が刻まれている。
拾い上げて掌に握った瞬間、胸元のネックレスが激しく震えた。
あまりの反応に、時燼は危うく手を離しそうになった。
彼は少女が消えた方角を見上げ、玉佩を握る手を強くした。
玉佩をリュックのサイドポケットにしまい、肩の桜の花びらを払って、歩き続ける。
「まだ、時間はある」
空が暗くなり、提灯が次々と灯っていく。
時燼は人波に乗って島の中心へ向かい、いくつかの路地を抜けると、巨大な桜の木が目の前に現れた。枝は巨きな傘のように広がり、満開の桜が灯りの下で柔らかな桃色に輝いている。
時燼は静かな隅に腰を下ろし、遠くの人混みを眺めた。
誰かが天灯を放ち、願いを書いた無数の灯りが、ゆっくりと夜空へ昇り、星々と溶け合っていく。
「俺の願いも、叶えばいいのに。お前たちが、まだ生きていてくれたら」
魔法花火が、ときおり頭上の空で弾けた。桃色と金の光が、人々の顔を照らす。空気には花火と桜の混ざった匂いが漂っていた。
時燼はポケットの桜の玉佩に触れ、胸のネックレスを押さえた。ネックレスは、静かなままだった。
満天の花火を見上げる。桜の花びらが肩に落ち、風にさらわれていく。
五千年の歳月、これより盛大な祭典を、彼はいくつも見てきた。だが、今のように完全な傍観者になったことは、一度もなかった。殺戮もなく、目的もなく、ただ目の前の喧騒と温もりがあるだけ。
ただ、この平穏が、長くは続かないことを、彼は誰よりもよく知っていた。長くても一、二日。そうすれば、すべては打ち砕かれる。
観光客たちは木の周りに静かに集まり、やがて数人の白衣の祭官が、木のそばの高台へと上がっていった。
続いて、昼間に時燼へぶつかった、あの朱色の影も、高台へと歩いていく。
彼女の手には、一振りの真っ白な長剣が握られていた。刀身にはびっしりと桜の紋様が刻まれ、淡い光を放っている。
小巫女は高台の中央に立ち、目を閉じて古い呪文を唱えた。その声は、山の泉のように澄んでいる。
呪文に合わせ、木々の桜の花びらがはらはらと舞い落ち、彼女を中心に桃色の渦を描いて回り始めた。
台の下では、観光客が手を叩き、称賛の声が上がる。小さな話し声が、あちこちから聞こえた。
「桜見巫女の儀式は、毎年本当に美しいわね!」
「彼女が持つ落緋剣は、浮桜島の神器で、島の桜が散らないように守っているらしいよ」
「神器」という二文字が耳に届いた瞬間、ネックレスが急激に熱を帯びた。
昼間、自分にぶつかってきた、あのそそっかしい小巫女こそ、彼が探していた相手だった。
だが、千葉江奈が真剣に呪文を唱える様子を、その周囲で舞い散る桜を見ていると、時燼の胸の奥に、わずかな悔いが広がった。
てっきり、血に塗れた刃の上を生きてきたような相手を探しに来たのだと思っていた。
まさか、歩いていて人にぶつかるような小巫女だったとは。
儀式はすぐに終わった。江奈は落緋剣を収め、台の下に向かって一礼すると、高台の裏にある木造の建物の中へと入っていった。
時燼は、彼女の遠ざかる背中を見つめ、玉佩をポケットの奥で握りしめた。
今夜、彼女に会わなければ。まだ、あれこれ考えずに済むうちに。
分かっていた。考えれば考えるほど、彼は、自分でも軽蔑したくなるようなことを、してしまいそうになる。
たとえば。
ためらう、ということを。




