第4話 募る焦燥と、届かない声
梨花の成績は、目に見えて落ち始めていた。
模試の結果は惨憺たるもので、志望校の判定は「C」から「E」へと転落。
それでも彼女は、机に向かうふりをしてはスマホの通知に目を光らせている。
「……梨花ちゃん。このままだと、本当にまずいよ」
僕は努めて厳しい声を出した。
彼女のためを思っての言葉だが、その実、僕自身の不安を打ち消したいだけだったのかもしれない。
「わかってるってば。先生、しつこい。おじさんみたい」
梨花は画面から目を離さずに、冷たく言い放つ。
かつての「おじさんみたい」というからかいには、どこか可愛げのある甘えが含まれていたはずだ。
けれど今の彼女の声には、ただの「煩わしさ」しかこもっていない。
「……成宮君のことが気になるのはわかるけど、今は受験に集中しよう? 合格したら、きっと彼だって君のことを見直してくれるはずだ」
僕が成宮の名前を出した瞬間、梨花の指が止まった。
「……先生に何がわかるのよ」
「えっ?」
「成宮君は、先生みたいな『優しいだけの男』とは違うの。あいつ、私が昨日『放課後、ちょっと付き合って』って言ったら、『お前に使う時間はない』って……。私の目も見ないでそう言ったんだよ」
梨花の声は震えていた。
屈辱に耐えているのかと思いきや、彼女の頬は赤く染まり、その瞳は異様なまでの熱を帯びていた。
「……そんなひどいことを言う奴、やっぱりやめた方がいい。梨花ちゃんを大切にしてくれる人は、他に……」
「違うの! それがいいの!」
梨花は机を叩いて立ち上がった。
「誰にでもヘラヘラ優しい先生みたいな男なんて、つまんないのよ! あいつは、私に媚びたりしない。私を特別扱いしない。だからこそ……あいつを私だけのものにしたいって思うんじゃない。先生には、一生かかってもわからないよ」
――キモい。
彼女の口からその言葉が出る前に、その視線が雄弁に語っていた。
僕が必死に積み上げてきた「優しさ」や「誠実さ」は――いや、自分がそう思い込んでいたものは、彼女にとっては何の価値もない、ただの「退屈なもの」に成り下がっていた。
「……ごめん。僕はただ、君に合格してほしくて……」
「合格、合格ってうるさい。……ねえ、もし私が不合格だったら、先生はもう来ないの?」
「え? それは……合格してくれないと困るけど……」
「ふーん。まあいいや。とりあえず今日はもう終わり。頭痛くなってきた」
彼女は一方的に参考書を閉じると、ベッドに潜り込んで背中を向けた。
僕に残されたのは、彼女が使った香水の残り香と、冷え切った紅茶だけだった。
(大丈夫だ。彼女は混乱しているだけだ)
帰り道、冷たい夜風に吹かれながら、僕は自分を励まし続けた。
成宮廉次のような男は、きっとすぐに彼女を傷つける。その時、最後に彼女を支えるのは、ずっと隣にいた僕だ。
合格発表の日、彼女の涙を拭うのは僕なんだ。
そう信じて疑わない僕の足元で、枯れ葉が虚しく音を立てていた。




