表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
生意気な教え子が、僕の知らない男に「躾けられる」まで――勘違い家庭教師の終わった春――  作者: 猫野 にくきゅう
第一章 大学生、家庭教師編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/6

第3話 彼女の知らない香り

 それは、冬休みを目前に控えた、ひどく冷え込む日のことだった。

 いつものように西園寺家の重い玄関ドアを開けると、廊下には普段とは違う――ひどく甘い香りが漂っていた。


「お邪魔します……」


 梨花の部屋に入ると、彼女は鏡に向かって髪をいじっていた。

 いつもなら僕が来ても「遅いよ先生、やる気あるの?」と背中越しに毒づくはずの彼女が、今日は僕の存在にすら気づいていないようだった。


「……梨花ちゃん、その香水、どうしたの?」


 僕が声をかけると、彼女はびくっとして肩を揺らし、慌てて小瓶を机の引き出しに隠した。


「な、何よ。先生、いつからそこにいたの? ……これ? 別に。ちょっと気分転換に変えてみただけ」


 鏡越しに目が合う。

 彼女の唇には、いつもより少し大人びた、艶やかなグロスが塗られていた。


 その顔は、間違いなく「恋をしている女の子」のそれだった。

 けれど、その視線の先に僕がいないことは、鈍感な僕にだって分かってしまう。


「……綺麗だね。似合ってるよ」


 僕が精一杯の勇気を出して言った言葉は、梨花の耳には届かなかった。


「ねえ先生、男の人ってさ、どういう子が好きなのかな? ……あ、いや、一般的な話ね! 成宮君とか、そういう特定の誰かの話じゃないから!」


 自分から名前を出しておいて、梨花は顔を赤くして言い繕った。

 先週まで「アイツを屈服させてやる」と言っていた彼女の瞳から、攻撃的な色は消えていた。


 代わりにあるのは、どうしようもないほどの「乙女心」だ。


「……さあ。人によると思うけど……。でも、梨花ちゃんは今のままでも十分魅力的だと思うよ」


「は? 何マジな顔して言ってんの。……キモいんだけど。先生の好みなんて聞いてないし」


 いつもの暴言。

 けれど、以前のような「照れ隠し」のニュアンスは感じられなかった。


 今の彼女にとって、僕の言葉はただの「雑音」に過ぎないのだ。


 勉強中も、彼女の手は止まったままだった。

 何度もスマホを確認し、通知が来ていないことに溜息をつく。


 そして時折、思い出したように成宮廉次について語り出す。


「アイツさ、私が新しい香水つけていっても、一言も感想くれないんだよ? 信じられる? ……でもね、一瞬だけ、鼻をピクってさせた気がするんだ。これって、脈ありかな?」


「どうだろうね……」


「絶対そうだよ! 私、決めた。次の休み時間、もう一回話しかけてみる。今度はもっと……その、女っぽい感じで」


 梨花は自分の世界に没頭していた。

 彼女が成宮のために努力すればするほど、彼女の成績は下がり、僕との会話は一方的な「成宮レポート」と化していく。


 僕は彼女の合格を願っていた。

 合格すれば付き合えるという、自分勝手な期待を抱いて。


 けれど、目の前で着々と「別の男」の色に染まっていく梨花を見て、心臓を針で刺されるような痛みが走る。


「先生、応援してよね。私、絶対アイツを振り向かせてみせるから」


 彼女の笑顔は、残酷なまでに美しかった。

 僕はただ、「そうだね」と力なく笑い返すことしかできなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ