唆す者
アリアステルを飲み込んだ黒紫の光が徐々に小さくなっていく───
その様子をディザベルは固唾を飲んで見守っていた。
「アリアステル……」
アリアステルの無事をディザベルは信じてはいた。
だが、魔法を識る者として、そんな事はあり得ないと理解もしていた。
あの光の中でアリアステルは、キューブに魔力も生命力も吸い尽くされているはず。
きっと光が消えた時、アリアステルはカサカサに干からびたカエルの様な姿になっている……はずだ……。
自分の野望の為に人を利用し、父をも殺した娘の末路としては、それが相応しいのかもしれない。
しかしワシはアリアステルのそんな姿を見たくない……!
それにアリアステルは言っていた。『あれが無いと母に会えない』と。
推察するにきっと、あのキューブ型の魔道具があれば、吸い上げた魔力と生命力さえあれば、人を蘇らせる事が可能なのだろう。
それでアリアステルはアレを使って母を蘇らせようとした。
母を失った子供としては他者を犠牲にしても叶えるに値する願いだ。
実際、私も似た状況なら躊躇なく他者を犠牲にしてでも村の人々を蘇らせようとしただろう。
だから私にはアリアステルの事を責める事は出来ない、それに彼女から聞いていた。
アリアステルの母は、身体を病魔に侵されながらも娘を産む事を優先した結果、出産と同時に亡くなったと。
娘を諦めて治療に専念すれば自分は助かる。だがそれでもアリアステルを産んだと。
私と違って母の愛を一切知らずに育ったアリアステルが、母の存在に憧れを持ち、求め、欲するのは当然の事だ。
一国の王女と言えど、まだ7つの子供だ、子供でしかない。
そんな愛に飢えた子供が、干からびて死ぬだなんて……そんな、そんな死に方、していい筈が無い!
頼むアリアステル、無事でいてくれ……!
ディザベルの切なる願いと共に、キューブから発せられていた黒紫の光が完全に消えた。
「アリアステル……!」
アリアステルは五体満足、健康な体で立っていた。
そんなアリアステルの姿を見て、ディザベルが安堵したのも束の間───
「……誰だ、貴様は」
一瞬にして全てを理解したディザベルは、40本以上の白金の剣を空中に展開しながら、激しい怒りと憎しみをアリアステルの中にこびり付いた何かに向けた。
「いや貴様だな、アリアステルを利用したのは」
「……何の事でしょうか?」
目の前のアリアステルの姿をしたゴミがアリアステルがしないような仕草で何か喋っている。
「とぼけるなら、その薄汚い魔力を隠したらどうだ?醜悪で物が腐ったような不快な魔力を」
ワシの知っているアリアステルの魔力は、天気の良い日に吹く、心地の良い風の様で、それでいて燃え上がる炎の様な力強さのある魔力だ。こんなドブの様な魔力じゃない。
「……ふん、少し遊ぼうと思ったんだがな」
目の前のゴミが、普段アリアステルがしないような下劣な顔で笑う。
「貴様は何者だと聞いている」
「俺か?そう言えば自己紹介がまだだったな。俺は500年前、あの魔道具に封印されていた世界最強の大魔法使い、クニア・ロディ・ノォスだ。子供でも知っているだろ」
ゴミクズが自信満々に自己紹介をしている。
だが、そんな名前、聞いた事も見た事もない。
「知らんな。そんな名なぞ」
ディザベルは相手を小馬鹿にするでもなく、ただ心底興味無さそうに言う。
「浅学な子供だな、少しは歴史を学べ」
「鈍い奴め、貴様程度の木っ端の名なぞ、歴史に記されておらぬという事が分からぬか?」
「……歴史の闇に葬られたか……」
何やら呟いているが、こんな奴とこれ以上無駄話をするつもりは無い。
ワシはさっさと聞きたい事を聞く。
「そんな事より、アリアステルはどうした」
「アリアステル?……ああ、あの小娘の事か?」
クニア・ロディ・ノォスと名乗るゴミが急に笑い出した。
「フハハハハ!親子揃って馬鹿な王族だ!いや、王族とは何時の時代も愚かで欲深く浅ましい生き物だったな!願いを叶えてやると言えば、すぐに誘惑に負けて隙を見せる。お陰で簡単に心の隙を突けて、洗脳する事が出来た」
「洗脳だと?」
「魔道具の封印を解いて俺が復活する為にな。そうとは知らず願いを叶えてもらえるとその気になってる奴らの姿は滑稽だったな!確か父は娘の為に、娘は自分の為に母親を生き返らせたいだったな。少しでも魔法に理解があれば、そんな願いは叶わないと理解出来るのに、愚鈍な親子だ」
クニア・ロディ・ノォスは勝ち誇った顔で饒舌になって嗤っている。
下劣な笑い方だ、人を苛立たせる。
しかし笑い方以上に、ワシは2人の切なる願いを弄んだコイツを許す事が出来なかった。
「……アリアステルはどうなった?」
「何?」
「その身体の持ち主はどうなったと聞いている」
声を荒らげる訳でもなく、ディザベルはただ冷静に、平常心を保ちながら聞く。
「さあな?何せ人の身体を乗っ取ったのは初めての経験でどうなったのかは分からん。しかしまあ、大方、意識は魂ごと消え失せたんじゃないか?」
「───そうか」
「貴様は、この女の友人か?」
「そうだ」
ディザベルは即答した。
「なら残念だが今は俺の身体だ、諦めて友の死を悲しんでいろ」
「違うな」
「……何?」
クニア・ロディ・ノォスは言葉の意味を理解出来ず首を傾げる。
「今も、昔も、そしてこれからも、その身体は未来永劫、アリアステルの物だ」
ディザベルは、クニア・ロディ・ノォスに指を差す。
「返してもらうぞ」
「……ハハ、フハハハハ!!どうやって!?そんな魔法があるものか!そんな事が出来るものか!」
クニア・ロディ・ノォスの言っている事は正しい。
アリアステルの意識は消え失せ、肉体はクニア・ロディ・ノォス、既に奴の物になっている。
この状態で肉体を取り返せる訳が無い、既に元の持ち主は死んでいる。
仮にクニア・ロディ・ノォスをアリアステルの身体から追い出せたとしても抜け殻になるだけだ。
「───アリアステル!聞こえているな!?」
ディザベルは虚空に向かって、既にこの世には居ない親友に呼び掛ける。
「このまま奴に利用されたままで終わる気ではあるまい!?ならばワシが手伝う!だからコイツを追い出そう!そして2人でコイツを倒そう!!」
「───まるで子供の戯言だな。そんな事は出来る訳が無い、世の常識も理も知らぬ子供の言葉だな、聞くに値しない」
クニア・ロディ・ノォスは目の前の子供を嘲笑する。
対してディザベルは、確固たる意志と決意と共に眼を輝かせていた。
───そう、かつて姉から譲り受けた白銀の瞳を蒼く輝かせて……!




