どこにいても
───暗い暗い海の底のような暗闇の中にアリアステルは居た。
「私は一体……どうすれば良かったのだろう……」
事の発端は2年前、あのキューブをとある冒険者から献上された事に始まる。
アレを手に入れてから父は変わった。
国に蔓延る不正や犯罪、麻薬の流通でさえ放置して後先を考えない政策で国に人を多く招き入れて……。
今にして思えば、あの時から父は奴の傀儡にされていたのだろう……。
そうとは知らずに、私は父を粛正して国の腐敗を止めようとした───
「あーあ、本当に───!」
どうして、こうなってしまったのだろう。
ルルを騙して手に入れた魔法で父の腹を刺す。
肉の焦げる音と匂い、そして愛していた父の苦痛に満ちた声と表情……。
どうして、こんな恐ろしい事をしなければならないんだろう。
私は何も考えないようにして、震える手で炎の剣を父の腹から引き抜いた。
「……これからは私が、マルテミの王です」
私は血まみれで倒れる父の姿を直視できずに、その場から立ち去ろうとした。
「これって───」
ふと視界に、あのキューブが映り、私は何となくそれを手に取った。
『望みを叶えたくはないか?』
直後、脳内に何者かの声が響いた。
「だ、誰!?」
私は慌てて周囲を見渡すが、この部屋には私と父以外、誰も居ない。
『私は貴様が今、手に持っているキューブに宿る意志だ』
「これに……!?」
私はキューブを見つめるが何も感じる事は出来なかった。
『願いを叶えたくはないか?私ならどんな願いも望みの夢も叶える事が出来るぞ』
「願いを……?」
『ああ、そうだ。何でも叶えてやろう』
「何でも……」
願いなんて急に言われても何も思いつかない、そもそも私には夢なんて無い。
……そう思っていたのに、何故だが急に私の頭の中に、ある願いが、欲望が沸々と湧き上がって来た。
「……お母さんに会いたい」
私のお母さんは私を産んですぐに亡くなられた。
それ自体は致し方の無い事だ。お母さんが自分が死ぬ事になろうとも私を産むと決めたのだから。
私は望まれて生まれて来たのだと父から何度も言われた。
アリアステルは母からとても大きな愛を生まれる前から貰っているのだよ、と。
アリアステルは愛されていると。
私はその言葉だけで十分満たされていたし、そもそも母親を知らずに育ったから、居ないことが当たり前だったから、特別気にするような事は無かった。
……でも月日が、歳月が経つにつれて母親の存在が気になる様になってきていた。
街中の幸せそうな親子、うんと母親に甘えている子供を見る機会が成長と共に増えていたから。
『お母さんの○○が食べたい!』そういった会話も耳にするようになっていた。
『───欲しくはないか?母が?』
「…………欲しい」
『母を手に入れて、何を望む?』
「話してみたい……手料理を食べてみたい……一緒に寝てみたい……甘えてみたい……抱かれてみたい……」
普段、思っても無かったような事が、欲望が、どんどん湧いて出て来る。
『フフ……!ならば、その願い、俺が叶えてやろう!』
…………私は馬鹿だ。人が生き返るなんてこと、ありはしないのに……。
私の意識は後悔と共に暗く、深い闇の中に沈んでいく。
きっと私は……このまま消えて行くのだろう……完全に何もかも消えてしまうのだろう……。
これが『死』なんだろう……。
……ごめんなさい、ルル……。
『───アリアステル!聞こえているな!?』
私が何もかも諦めていた時、暗闇の中に光が差し込み、ルルの声が聞こえて来た。
「る……ル……?」
『このまま奴に利用されたままで終わる気ではあるまい!?』
「…………私だって嫌です……でも……私にはもう何も……」
『ならばワシが手伝う!だからコイツを追い出そう!そして2人でコイツを倒そう!!』
「ルル………!」
闇の中に響くルルの力強い言葉に、私は奮い立ち、差し込む光に向かって手を伸ばす。
「こんな奴に良いようにされたまま終わりたくない!終わりたくないよ、ルル!!」
私は懸命に光に向かって手を伸ばす。
だけど、あと少しの所で届かない。
「ルル!ルル!!」
必死になって手を伸ばしているのに届かない。それどころか事態は悪化する一方で……。
「なんで!?なんで!?」
私の身体が闇に引きずり込まれ、光からドンドン遠ざかって行ってしまう。
「どうして……」
……これは、罰なんだ。人を利用した事の……父を殺した事の……。
「…………でも……でも……っ!」
私はそれでも懸命に光向かって手を伸ばす。
「負けたくない!まだお別れしたくない!謝りたい!今度こそ友達になりたい!」
私は無我夢中になって叫ぶ。
「ルルッ!!」
けれども私の身体は闇に沈む一方で……。
「……っ……誰か!誰か助けて……!」
こんな所に、こんな私を助けてくれる人なんて誰も居ないのに、私は藁にも縋る様な気持ちで助けを求めてしまった。
「あ……ああ……」
光りから遠ざかって、闇に沈む私の身体、私の腕。
───それを温かくて、優しい手が掴む。
「これ……は……」
闇から引き揚げようと私の腕を力強く引っ張る、この手を私は知っていた。
「───お母さん……っ!」
産まれたばかりの私を優しく抱いてくれた、この温かな手を、私は覚えていた。
「…………ありがとう───……!」




