ドラゴン、安息の地へ
山の所々に桃の花が咲く頃、街道敷設に伴う宿屋の入札が領民館で執り行われた。
机に左の肘で頬杖をつきながら私は領主席から入札の投函をしていく顔ぶれを眺めポツリとつぶやいた。
ノワール「なんか、頭の硬そうなオッサンばっかりね?」
土建屋「ははは……」
新しい稼ぎ場に息巻いているオッサン達に混じって美しい女性を見つける。
ロングの髪を後ろで束ね、質素な村娘風のうら若き乙女が心配そうに入札箱に投函していった。
ガタッ
ノワール『リーリア!』
土建屋「?ノワール様?どちらへ?」
入札参加者たちの控室に足早に入り、その子を見つけて、声を掛ける。
ノワール「来てくれると信じていたわ。リーリア!」
リーリア「ノワール様。あの、いいんでしょうか……。」
そう言ってリーリアは辺りをうかがっている。
談合。
入札設定価格を事前に教え、金も渡した。
その顔は慣れない宿屋経営を始めたばかりで少し疲れていた。
辺境領イスラに移る前、首都にいた頃から長い間、オルクス家に奉公に来ていたし、私の愛を受け入れてくれた数少ない女性。縁故は確かにある。
そして、
病弱な母の世話と体調を崩した父に代わって、借金まみれの宿屋を受け継いだ。前途多難は容易に想像ができる。
ノワール「大丈夫よ、リーリア。このチャンスをしっかりモノにしなさい。」
リーリア「何から何まですみません……!」
いろんな思いが込み上げてきたのだろう、ツラそうに泣くリーリアの手を取って彼女を励ました。
壊滅させたアルズファミリーからリーリアの宿屋の借用書は入手済み。
ノワール『次の返済分から金利は見てあげましょう。』
あと、優秀な宿屋経営コンサルタントをベントから引き抜くようにアルゲンに言ってある。それで大分、経営も立て直すはず。
ノワール「頑張って、リーリア。」
入札が終わり屋敷に戻ると見かけない暗い色の馬車が玄関の前に止まっていた。
ノワール『誰のかな?』
中に入ると、ロビーに帽子とサングラスで目を隠したサメンフントがメイドとホムンクルスとを相手に問答をしていた。
ノワール「サメンフント、彼女は私の影武者だ。」
サメンフント「おわ?!姐さんが2人?!どうりで話が通じないわけだ。」
すぐさま私はサメンフントを応接室に通した。席に着くと彼はカバンから書類を渡してきた。
サメンフント「いや、あの人、姐さんとそっくりですね!」
ノワール「そう言う、注文で作ったホムンクルスだからな。」
サメンフント『ほ、ホムンクルス?!いや、考えるのをよそう、この人は人間の枠に当てはまらないんだ。』
書類はエンハンブルク側の麻薬畑に植える品種についてだった。ゴブリンを投入して麻薬を増産し、さらなる市場拡大、利益を上げる。
ノワール「今ある品種と違うやつだな。」
サメンフント「はい。言われた通り。」
そこへメイドがお茶を持ってきて、客のサメンフントに出す。その間、私たちは一言も喋らなかった。メイドが部屋を出ると会話を再開する。
ノワール「ありがとう?サメンフント。」
サメンフント「いえいえ。」
彼女たちは巻き込まない。それが私のルール。裏社会に居るのは私と忍者たちだけでいい。
ノワール「このまま、続けよう。金融業は?」
サメンフント「立ち上げましたが、まだ借り入れは少なく、大手は既存の所から離れませんね。」
私は口を尖らせる。
ノワール「金利は結構下げてるんだが?」
サメンフント「知名度の問題でしょうか?ラッピングカーでも走らせますかね?」
ノワール「フッ、そうしよう。」
サメンフント「それでは今日はコレで。」
ノワール「遠いところよく来てくれた。よろしく頼む。」
夕食
ベントから帰ってきたアルゲンを食卓に呼んで報告を聞く。
ノワール「宿屋経営コンサルタントと金融業の会計士でいいのは見つかった?」
アルゲン「芳しくありません。ヘッドハンティングの額でしょうか?なかなか、首を縦に振るものは現れません。」
私はワインの入ったグラスをグルグル回した。水面の光の反射と横にいるホムンクルスの美しい瞳とを比べながら。
ノワール「縁者を切りにくいのかしら?」
エンハンブルクへ売却する小麦の値段交渉にセルレアに行っているヴァイス。彼がいないからかホムンクルスは少しさみしげだ。そんな彼女と目が合う。
ホムンクルス「首都で求人を出してはどうでしょう?」
ノワール「いいわねそれ。」
アルゲン「さっそく手配しましょう。」
次の日
朝食後に帰ってきたヴァイスとそれに抱きつくホムンクルスの微笑ましい口喧嘩を遠くに聞きつつ、私は庭先でいつもの趣味を堪能していた。しかし、
ブアッ
ノワール「ふぐっ?!」
突然、私の体は宙に舞って、それを見た地上のメイドたちが悲鳴を上げる。
ワイバーン。
私はガッシリ、両肩を鷲掴みにされていて、そのまま、山脈を越えエンハンブルクに入り、北の禿山へと運ばれていった。
そこには、空中で滑空するワイバーンにまたがったシンフィールドがいた。
シンフィールドから私の頭に、圧縮さ音声付きれた画像ファイルが送られてきて、瞬時に、事の経緯を把握する。
1.シンフィールドはワイバーンでドラゴンを探していた。
2.ドラゴンを発見したが勇者一行がいた。
3.1人じゃ、ドラゴンを救出できない。
4.僚機のワイバーンに私を取りに行かせた。
魔女の圧縮言語と言うやつらしい。受け取るのはこれが初めてだ。
シンフィールド「私はあの子を助けたいんだ!協力してくれ!ノワール!」
眼下には傷ついたドラゴンに迫る勇者一行が見えた。
勇者が盾でドラゴンの吐く炎を防いで僧侶と魔法使いの魔法で反撃している。
ノワール「わかったわ!」
ースルト。戦闘モードで起動。ー
ーアヌビス。戦闘モードで起動。ー
ワイバーンが急降下してドラゴンの前に私を降ろした。
孤立無援だったドラゴンは勇者一行に立ち塞がる私を不思議そうな目で見ていた。
勇者「お?新手だわ。」
僧侶&戦士「あー!この前の!」
魔法使い「コヤツか、穀倉地帯を焼き払ったやつは!」
魔法使いが呪文を唱え始める。
スルト「あの呪文、五行魔法の水か、させん。」
ノワール「アグニ。」
ズオ!
勇者が盾で防ごうとするも、放たれたプラズマ砲はソレを何もなかったかのように貫通すると勇者を貫いた。
勇者「!」
ドパァっ!
足の大腿部から下だけを残して勇者は溶けて弾けた。
戦士「クソ!僧侶!復活魔法!」
僧侶「ここで!?無茶だわ!あれ詠唱が長いもの!」
しかし、そのせいで、プラズマを避けれた魔法使いの魔法が発動する。
魔法使い「氷刃!」
複数の氷の刃が勢いよく放たれるが、身構えた私に当たる直前に虚空に飲み込まれて消えた。
魔法使い「なんじゃ?!」
戦士「消えた?!」
シンフィールドの戦略魔法、辺津鏡。
どんなものでも、別次元に飲み込んでしまう。
ワイバーンに乗り、空中から戦況を見ていたシンフィールドが少し考えてから口を開く。
シンフィールド「いらないから返すぜ。」
魔法が効かない事に驚いて固まる魔法使いの背後の空間が揺れる。
戦士「!爺さん後ろだ!」
魔法使い「へ?」
ドシュッ!
魔法使いは自分の放った氷の刃で首を飛ばされた。
僧侶「なんてことなの!」
アヌビス「他の二人もさっさとやろう。」
ノワール「タールの沼。」
ドブン!
戦士「うわ!」
僧侶「なにこれ?!」
ノワール「やれ。」
ドラゴンが炎を吐くとタールの沼は瞬く間に燃え、足を取られた戦士と僧侶は燃え盛る炎に巻かれた。
戦士「テメー!今度こそは!」
僧侶「今に見てなさいよ!」
そう言い残して、2人は絶命した。
スルト「神官の戦略魔法、“マカル返し”か厄介だな。」
マカル返し?神官?なにそれ?
私は自分の心の声も発せられずにいた。
私の頭の中で赤く光るスルトと黒い犬の獣人の神アヌビスが難しい顔をして会話をしている。ソレを人形のように聞いていた。
アヌビス「また、コイツラ生き返るぞ?ミイラにしてしまったほうが良いのではないか?」
スルト「いや?それでも復活してくるだろう。そういうモードだ。」
ハードモードを選んたからか?ようやく、脳のメモリに空きができたのか、2人の会話に参加する。
ノワール『マカル返しって何?コンティニューとは違うの?』
アヌビス「恐れ多くも、死から復活し、現世に帰ってくる邪法だ。忌々しい。」
スルト「厳密にはコンティニューと同じような原理だ。回数制限がある。」
2人の神をスリープモードに戻すと、シンフィールドがワイバーンから降りてドラゴンに駆け寄り、その鼻先をナデナデする。
シンフィールド「よしよし、怖かったろう。もう大丈夫だぞ?」
ノワール「そんなデカいのどうするのよ?」
シンフィールド「家で飼う。」
丘、小さな山位の大きさはあるドラゴン。
ノワール「いやいや、食料とかどうするの?領地一つじゃまかなえないわよ。」
シンフィールド「ママ、お願い?」
ノワール「無理です。猫じゃないんだから。」
シンフィールド「……わかったよ。」
そう言うとシンフィールドはドラゴンの背中に乗った。
バッサ!バッサ!
ドラゴンも大きな音を立てながら羽ばたくと、その巨体が宙に浮く。
シンフィールド「私はこの子が安心して暮らせる場所を探す。ノワール、今まで世話になったな!」
ノワール「え!ちょっ!シンフィールド!」
ドラゴンとシンフィールドは飛んで北の方角へと消えていった。その場にワイバーンを残して。
ノワール「えぇ?どうしよう。」




