金融業界参入
昼前
私は元の人間の姿に戻って久しぶりに庭先のテーブルで激甘の紅茶を飲みながらメイドの尻を目で追っていた。
垣根のバラのつぼみはまだ小さく硬い。
私はホムンクルスにやっていた赤地に白の幾何学模様のマフラーを返してもらって、代わりに同じ物の色違い、白地に赤の幾何学模様のマフラーをあげた。
ノワール「やっぱ、コレよね。」『いろんな意味で。』
すると、そこへアルゲンと一人のメイドがやってきた。
ノワール「リーリア。ど、どうしたの?」
私が愛してやまないメイドが思い詰めた顔をしている。
せっかくの可愛い顔が台無しだ。それだけでも私は不安で一杯になった。
アルゲン「今月いっぱいで退職するそうです。」
リーリア「オルクス様、お世話になりました。」
え?え?なんで?
ノワール「メイド長にこの前なったばっかりじゃない!補佐もつけて、仕事はそんなに大変じゃなかったと思うけど?!」『私との夜のお勤めは最近なかったから怒ってんのかな?いやー!辞めないで!』
リーリア「母のことでは大変お世話になりましたが、父の体調不良で実家の家業を引き継ぐことになりました。」
アルゲン「リーリアの実家は宿屋だったな?」
リーリア「はい。ここでの経験は無駄にいたしません。長らくお世話になりました。」
おふぅ、人間に戻れた途端にコレ?リーリアとは母が同じ病気だからと親密になり、治療代も診てあげていたが、ここにきて実家の代替わりかぁ。トホホ。
ノワール『あ、あんまりだぁぁぁ!』
無言で私はテーブルに突っ伏した。
あぁ、行かないで私の大事な人!
リーリア「最後までお務めを精一杯、務めさせていただきます!本当に、今までありがとうございました!」
深々と頭を下げるメイドとテーブルに突っ伏したままの私。それを見てアルゲンは何かを言おうとして、口をつぐんだ。
アルゲン「…………」
リーリア「それでは業務に戻ります。」
リーリアの去り姿を見ることができるわけもなく、私は悔し涙を流した。
アルゲン「ノワール様、リーリアの件でお話が。」
ノワール「(グズッ)……なんなのよ?」
私の涙でぐちゃぐちゃな顔を見て、アルゲンは片眉をピクッとさせただけで平静を保っている。
アルゲン「リーリアの父が高利貸しに掴まって、宿屋の経営が圧迫されているそうです。」
それを聞いて私は泣くのをやめた。金融業?めっちゃ金の匂いがする。
ノワール「なにそれ?初耳。」
アルゲン「アルズファミリー、ソリタニアの金融業界一のマフィアです、型にはめられたら最後、あの者も実家は乗っ取られるでしょう。」
は?
ノワール「昔、リーリアのお母さんが倒れたとかでお金借りたとかいうアレ?」
アルゲン「それもありますが、宿屋の経営も前から厳しかったそうです。」
リーリアの実家はソリタニア首都オクシドからイスラに続く細い道にある小さな宿場町ドッグローズにある宿。
穀倉地帯セルレア領から小麦を首都オクシドに輸送する繁忙期は客入りもあるだろうが、それ以外は閑散としていることだろう。
ノワール「なんとかしてあげたいわねぇ。アルゲン?部下にアルズファミリーの事と宿場町ドッグローズ、リーリアの宿屋の事を調べさせて?」
アルゲン「承知いたしました。」
数日後
ヴァイスは私のホムンクルスを連れて王宮の晩餐会に出かけた。
ノワール「ついでに子も作りなさいよ。」
出かけ際に、2人にそう声をかけた。ヴァイスは複雑な顔をしていたが、ホムンクルスの方はまんざらでもなかった。
私との婚約を王族、貴族に見せつけることで、エンハンブルクの国境を接するイスラに騎士団を派遣して治安を良くし、警備を固めさせる。
公爵家の後ろ盾を正式に得て、ここイスラはさらに発展する。
私は忍者たちを自室に呼んで、調査結果を聞くことにした。
ルーカー「じゃぁ、まずは俺から。宿屋の親父さんですが、かなりムリな経営をしてるようですね。」
ノワール「へぇ、なんで?」
ルーカー「競合する2つの宿屋と差別化を図るためです。低価格路線にも関わらず、1泊風呂付き、朝食に至ってはフルコース、とまでは行かないですが、品数豊富。海の幸もありました。」
アルゲン「燃料費と食材調達に無理してそうだな。」
ルーカーは頷いて、続ける。
ルーカー「繁忙期と閑散期でギャップがすごいみたいで、他社に負けずにワンマン経営、家計も切り詰めてるみたいで従業員は普通の体型ですが、本人は細身。人も他に流れないようにかなりいい給料を出してます。」
ノワール「そこに、女将さんの悪性リンパ腫か、なるほど。で?アルズファミリーの事は?」
イスキア「ソレは私が。」
ノワール「聞かせて?」
イスキア「まず、狙った所に人を入れて、高利を隠して金貸しに誘導。型にはめた所を乗っ取る手口のようです。それと……」
イスキアは言い淀んでいる。
アルゲン「そんな事で売春宿に携われるか、続けろ。」
イスキア「そこの子で良いのがいたら、借金の形ということで風呂に落とします。」
ソレを聴いて、私は真っ赤に光りだした。部屋のいたるところが燃えだす。
ルーカー「うわ〜!火!火!」
アルゲン「水遁!氷結鄕!」
プシュー
アルゲン「落ち着いてください。ノワール様。」
私は怒ると、真っ赤に光りだし、周囲が燃えだす体質になっていた。スルトを神降ろししたせいだろう、気を付けないと。
ノワール「許せんな。ソイツら。」
リーリアは私だけのものだ。お前らには渡さん。
私の毛は未だに赤くひかり、ゆらゆらと逆だっていた。
ノワール「よし、アルズファミリーの本拠地はどこだ?」
イスキア「オクシドの繁華街です。案内します?」
ノワール「ちょっと行って、締めてくるわ。アルゲンはここをよろしく。土建屋から街道敷設とかの進捗聞いといて?ルーカーはゴブリンと鉱山とドラゴン精製施設に食材輸送をお願い。」
アルゲン「かしこまりました。」
ルーカー「へーい。」『行くとこ多くね?』
その日、話が終わるとすぐに男装した私は漆黒の馬にまたがり後ろにイスキアを乗せて屋敷を出立した。
細い道を風を切って走る。少し冷たい風にふんわりと大麦の香りが香ってくる。馬はこうでなくては。乗馬が趣味で良かった。
背中に柔らかいお山が当たる。
ムニュゥ
ノワール『イスキアの胸って結構大きいのね?』
今度見てみよう。
途中休憩に件のリーリアの宿屋に泊まる。目のくぼんだ店主が笑顔で出迎えた。
リーリア父「オルクス様、ウチのリーリアがお世話になっております。」
ノワール「チェックイン、ダブルベットだ。」
イスキア「え?!」『し、シングルベット2つじゃないの?!あわわわ……』
その後のことは想像におまかせしよう。
馬車で1週間かかる所を5日でソリタニア首都オクシドについた私達はすぐに繁華街に行った。
王宮では連日きらびやかな晩餐会が執り行われている。私の表の顔はちゃんと機能しているだろうか?
その日は月が出ていたが東の空から分厚い雲が迫っていた。
イスキア「雨になりますかねぇ?」
ノワール「延焼を抑えられるからいいんじゃない?」
アルズファミリーの本拠地の屋敷はまだ所々、窓から光が漏れている。繁華街は昼間は人が往来してにぎやかなでも深夜となるとあたりはひっそりとしていた。
ノワール「いくわ。」
イスキア「お気をつけてー。」『待ってる間に新作の梅味でも食べよう。』(がさがさ)
イスキアは昼買った紙袋からパンを取り出してその場で食べ始めた。
頭の中で声がする。
ースルト。戦闘モードで起動ー
ーアヌビス。戦闘モードで起動ー
ゴゴゴゴゴ…………
真っ赤に光る私は屋敷の鉄製の門を瞬時に溶かして中に入っていった。
ビクッ
その様子を見て、びっくりしたイスキアは大きく目口を開く。そのせいで口のパンがポロっと落としてしまった。
イスキア『おっと、3秒ルール、3秒ルール!もう人じゃないなぁ、ノワール様は。』
不思議なのはその時身につけている服、装飾品、レイピアは溶けずに私と一緒に光ってることだ。
ノワール『自分をもっと知るいい機会にしたいわね。』
ドカァ!
熱で溶けた扉を撒き散らしながら、アルズのいる部屋に押し入る。
私の放つ高熱で周囲は溶け、水は沸騰し、炭素を含んだものは燃えだす。ソレは人も対象だった。
「バケモンだぁぁ!」
「なんでこんなとこに!」
近づくだけでその場で燃えて体液が瞬時に水蒸気になり、内側から弾けて炭化する。
「〜〜〜!?」
悲鳴にならない悲鳴を上げ、雑兵どもが炭化していく。
ノワール「面白くないわねコレ。」
スルト「分かった。出力を弱めよう。」
体は光るのをやめる。しかし、髪の毛はそのままだ。真っ赤に光ってユラユラと逆立っている。
アルズ「しめた!奴は弱体化したぞ!今だ!やっちまえ!」
ノワール「ウプウアウト。」
レイピアを抜き、黒いその刀身が真っ赤に光り炎をまとう。
ス"ぅパ!
溶断。人が溶けながら切れていく。熱したナイフでチーズをスライスする様に。切り口が赤く溶けている。
「ひっひいい!」
アルズ「な、何が目的なんだ!お前!」
ノワール「え?借用書。」
ズパ!
「あへぇ!?」
問答無用でおびえる男どもを両断していく。
アヌビス「ミイラにしないのか?」
スルト「もう火葬だな。」
ノワール「このくらいでいいんじゃない?出力。」
その日、アルズファミリーの屋敷が跡形もなく焼失した。
かろうじて両隣の屋敷は夜雨で延焼を免れた。




