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紫苑に露  作者: 花信風描
第七章 落花
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第八十三話

倒れた琥珀をすぐに運ばせた後、清氏は暫く監獄へ続く道を見つめていた。


(………今日でやっと君を排除できる。君は王宮に近づくべき人間ではなかった)


そう心の中で蓮司に最期の言葉をかけた。

直接関わったことはなかったが、清氏にとって蓮司は目の上の瘤でしかなかった。

寧々の心を惑わせたのもそう、瀕死の青藍を完治寸前まで治したこともそう。

それに対して清氏が軌道修正するのに、いったいどれほど手間をかけただろうか?


ふう、とため息をついた後、清氏は鬱蒼とした道にくるりと背を向けた。


(…………)


何かが引っ掛かる、と背を向けたまま足を踏み出せないでいた。

気になったのは先ほどの琥珀のことだ。


さっきは大して気にならなかったが、どうして琥珀はこんな場所にいたのだろうか。

ここは当然、王子である琥珀の殿からはかなり離れている。

こんな早朝にここまで来るとしたら、必ず何か用があってのことだ。


(………どんな用があったというのだろうか?)


清氏がどう考えても、この薄暗い道の先にある場所しか心当たりがない。

本当に罵声を浴びせにきたのだろうか?

それとも、自らの手で青藍の無念を晴らそうとしていたのだろうか?

清氏の頭にはいつも通り多くの可能性が浮かんだが、どれもしっくりくることはなかった。


なぜなら、琥珀の顔はとても恨みに満ちているようには見えなかったからだ。

蓮司に死んで逃げられる前に、全てをぶつけてやろうという表情にはとても見えなかった。

それどころか、今思えば”その”逆にさえ見える様子だった。


「……………いや、流石にそれは有り得ぬだろう」

清氏から見ても、琥珀にとって青藍は唯一の存在だった。

そんな存在を殺した相手に憐れみを向けるなど、さすがに行き過ぎた妄想だ。


清氏は額に握りこぶしを当て、深く長い溜息をついた。

「こんな考えに行き着くなど、私もついに黒蛇様と同類か?」



そうしているうちに、暗闇から門番たち三人が疲れ切った様子で出てきた。

夜明けで交代したのだろう。


「あぁ、やっと今日で重荷が下りる!王子を殺した犯人がいる獄の番だなんて二度と御免だね」


「ああそうだそうだァ。何回肝を冷やしたことか!しっかしだなぁ、あんなにも善良そうに見える人間でも、腹の中は割ってみるまで分からねえってもんなんだな」


「だなだなぁ!それに琥珀様とまで知り合いだったなんてさ!それなのに、なんであんなことができたってんだ?」


「いや、これはあくまで噂だけどよ、王様と過去に因縁があったとか、」

「其方たち」


清氏は徹夜明けの男三人の前に立ちはだかった。

先ほどの溜息が嘘のように、その立ち姿は凛としていて、有無を言わせない威圧感がある。


あまりに疲れていて逆に気分が高まっていた三人は急に目の前に現れた”現実”に、思わず「ヒッ!!」と同時に声を上げた。

この王宮の者ならば、直接関わったことはなくとも、清氏のことは誰もが知っているため、彼らにとってはまるで頭上に急に大量の氷柱が現れたかのような衝撃なのだ。

一歩判断を間違えれば命の保証はない。


「は、はい!清様……」

(((なんでこんな早朝に、こんな場所にアンタがいるんだよ!!)))

彼らにとって、こんなにも本音と建前の乖離を感じたことは無い。


「今、何と言ったか?」


「い、今、ですか?」

三人はそれぞれ顔を見合わせ、最後に言葉を発した者の身体を肘でつついた。

つつかれた者は冷や汗が止まらなくなっている。


音が聞こえるほど大きく唾を飲み込んだ。

「あ、あの大罪人と王様の間に、」


「違う、そんなことは知っておる。その前だ」


(((分かってんならどの言葉のことなのかハッキリ言えよ!!!)))

三人同時に心の中で叫んだ。


自分だ、と悟った者が、今度は大きく息を吸った。

「あの大罪人は琥珀様とも関わりがあったというのに、その兄を殺すなど、血も涙もないようです!」


「琥珀様とあの男が知り合いなど、どこでそんな話が?」

清氏は三人にさらに近づき、氷のような刺さる目を向けた。

冬でもないのに、彼らの背筋は凍り、寒気がしてきた。


「………これは噂ではありません。直接聞いたのです!」


「この者の言う通りですっ!琥珀様は何度もあの男の前に現れました!」


「………琥珀様が?あの者と?」


「ええ!!しかも琥珀様はあの男が犯人だと分かった時、泣き崩れて、何度も否定していました!」


三人は自らが根拠もない噂話をしていたと清氏に責められたくなくて、憚ることなく立て続けに喋り続けた。

口止めはされていないにせよ、礼を尽くす相手を間違えているが、恐ろしい清氏を前にそんなことに気付く余裕などなかった。


清氏は三人から目を背けて考え込んだ。


なぜ琥珀が蓮司と知り合いなのか。

そんなことはさすがの清氏でも分からないが、琥珀はつい最近まで外の世界に入り浸っていたのだから、運命の悪戯で親しくなることは可能だろう。


(…………なぜあの男は王家とこんなにも繋がっていくのだろうか)


清氏はさすがに呆れて笑った。

おそらく蓮司は、どう生きようと“こうなる”運命なのだろう。


三人は清氏が急に笑い出すものだから、何か気に触ることを言ってしまったのかと、まるで絵に描いたように震え上がった。


そのことに気付いた清氏は、「おぉ、」と言って、今度は至って普通に笑った。


「安心しなさい、君らに笑ったわけではない」









三人を行かせた後、清氏は再び監獄への道を見つめた。


「……………琥珀様、貴方まで巻き込む気はなかったのですよ?」

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