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第五皇子はどこへいく!  作者: 太白
163/165

過去との決別

お待たせしました。

っ……」

 脩璃しゅりは脳裏に浮かんだ男の名を叫びそうになり、辛うじて喉の奥で押しとどめた。目の前の男は、かつて国外逃亡という大罪を犯した身。生存が知れれば厳罰は免れない。

「……ひとまず、ここにいる者たちを清潔な場所へ移す。皆、手を貸してくれ」

 兵士たちが動き出した隙に、脩璃は陽明ようめいの耳元で囁いた。

「陽明、信頼できる口の堅い医者はいないか?」

「心当たりがございます。亡き父の友人で、この近くに隠居している医師が。彼なら間違いありません」

「頼む。先に行って話を付けてきてくれ。彼をそこへ運び込む」


 陽明が去った後、脩璃は静かに壁を見つめ続ける男の傍らに立った。地下牢に満ちる怨嗟と湿り気を帯びた空気は、じっとりと肌にまとわりつくようだった。


 ◇


 その頃、焼け落ちた宮殿跡では、麟国兵たちが脩清しゅうせいの遺体捜索を続けていた。「皇帝生存」という流言が将来の火種にならぬよう、その死を証明する必要があったのだ。

 捜索開始から数時間後。

「これを見ろ!」

 瓦礫の下から、うずくまるような姿勢の焼死体が発見された。衣服の端に残る金糸の龍紋――それは皇帝のみが許される「竜袍りゅうほう」の証だった。

「間違いない、陛下……いや、脩清だ。急ぎ報せよ!」

 こうして脩清の死は公式に確認され、新皇帝・秀帛しゅうはくの名において、謀反の終結が各国に布告された。


 数日後、廃墟となった宮城に、秀帛、脩璃、喜逸きいつ、そして斉賢せいけんが集結した。

「皆、大義であった。この戦における諸将の働き、見事であった。礼を言う」

 焼け残った玉座に腰掛けた秀帛が、幼いながらも威厳を保ち頭を下げた。

「感謝に堪えません。……ですが、今の私には玉璽ぎょくじもなく、歴代の皇帝に合わせる顔がございません」

 自信なげな少年に、脩璃が力強く答えた。

「玉璽はあくまで道具に過ぎません、陛下。真の威信とは、民への慈愛。陛下が徳を示されれば、我ら諸王はどこまでも付き従いましょう」

「左様! 鵬王の申す通りだ。これからも我ら一致協力し、陛下の治世を盛り立てましょうぞ!」

 喜逸の呼応に続き、斉賢も笑って手を差し出した。

「そういうこった。互いの得意を持ち寄り、民を安寧に導こうじゃねえか」


 三者が手を重ね、そこへ秀帛がそっと自らの小さな掌を乗せた。四人の顔に晴れやかな笑みが浮かぶ。

「うん、なかなか良い雰囲気じゃないか。自信を持てよ、秀帛」

 パチパチと拍手しながら現れたのは、脩奏しゅうそうだった。彼は懐から重みのある巾着を取り出すと、秀帛へ放り投げた。

「ほれ、土産だ。それでお前も名実ともに皇帝だ」

 中に入っていたのは、紛れもない「伝国の玉璽」であった。驚愕する一同を余所に、脩璃だけが呆れた顔で突っ込んだ。

「……脩奏兄上、持っていたならさっさと出してくださいよ」

「仕方ねえだろ、俺はあれからしょう国へ行っていたんだ。新たな鍾国王・昌延しょうえんが臣下の礼を執るとよ。それと、魏封ぎふうは討ち取ったそうだぜ」


 魏封の死。その報に、場にいた者たちは一様に「おお……」と感嘆の声を漏らした。

「ようやく、本当に終わったんだな」

 斉賢の言葉と共に、長きにわたる戦乱は幕を閉じたのである。


 ◇


 数ヶ月後。各国軍が撤退し、龍台には後片付けを担う脩璃だけが残っていた。

 彼は脩清が遺した「官吏の腐敗」という宿題に取り組んでいた。破玉を総動員して調べさせた結果、潔白な官吏はごく僅か。高官ほど汚職の根は深かった。

 そこで脩璃は、下級官吏から実務を再開させ、その決済を自身と脩奏、そして秀帛の三名で行う体制を敷いた。

 いわゆる「嚢中のうちゅうきり」。実務を通じて真に有能で高潔な人物を見出し、引き上げるための試練である。龍爪である脩奏の査定からは、どんな汚職の種も見逃されることはなかった。


 季節が移ろい、落ち着きを見せ始めた頃。脩璃は陽明を連れ、龍台外れの質素な民家を訪ねた。

「これは鵬王様、ようこそおいでくださいました」

常玄じょうげん殿、無理を言って申し訳ない。……自誠じせいの容態は?」

「はい、ようやく会話ができるまでになりました。奥でお待ちです」


 門をくぐり、家の中へ入ると、そこには男が一人、畳に額を擦り付けるようにして座っていた。

「自誠。……生きていたんだな」

「すまん、脩璃。俺は……」

 自誠が顔を上げた瞬間、脩璃は彼を力いっぱい抱きしめた。

「生きていてくれて、良かった……本当に……」

 脩璃の嗚咽混じりの声に、自誠も堰を切ったように泣き出した。その泣き声は、外で待機する陽明たちの胸を打つほどに、激しく、切実なものだった。


 ひとしきり泣き終えた後、脩璃は自誠と向き合った。

「まずはてい殿のことは残念だった。俺にも責任がある。……それと、その足も……」

「鄭のじっちゃんのことは、お前のせいじゃない。むしろ仇を討ってくれて感謝してる。……足のことも気にするな。どうせ長くは生きられない身体だ」

 寂しげに笑う自誠に、脩璃は言葉を失う。

「……自誠」

「それより脩璃、本題に入ってくれ。俺は国法を犯した罪人だ。処刑はいつになる? 死ぬ前に書き上げたいものがあるんだ。牢の中で思い出しながら、この乱のすべてを壁に綴っていた。それを後世に残したい」


 強い眼差し。それを受けた脩璃は、静かに首を振った。

「いいか、自誠。君は国法を犯した。だから、鄭自誠という男を生かしておくわけにはいかない」

「……ああ、覚悟はできている」

「だがな、法的には君はもう死んだことになっている。私は、死者を処刑する趣味はないんだ」

「……? どういうことだ」

「今日から君は、鄭自誠ではない。麟国の新たな記録者として生まれ変わるんだ。……名はそうだな。司馬仙しばせん。これが君の新しい名だ」

「はあぁぁぁぁっ!?」


 驚愕に満ちた司馬仙の絶叫が、静かな民家に響き渡った。

第120話で自誠の名が以後の歴史から消えたのは、こういう事情でございました。


次回の更新は8月11日(予定)です。

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