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第五皇子はどこへいく!  作者: 太白
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かつての記憶

お待たせしました。

「さあ私を殺せ、脩璃。それでお前たちの目的は達せられる!」

 剣を差し出し、瞬きもせず脩璃を見つめる脩清。

「兄さん、話を聞いてくれ……!」

 脩璃が震える声で漏らし、その右手が苦渋にピクリと動いた、その時であった。

 

 傍らに控えていた廷尉ていいが、突如として脩清の手から剣を奪い取った。彼は剣を抱きしめるようにして、その場に膝を突いた。

「やはり、私には納得が参りません、脩清様!」

「廷尉! あれほど言い聞かせたはずだ。この期に及んで見苦しいぞ!」

「見苦しいのは承知の上です。ですが、なぜあなた様お一人が、すべてを引き受けねばならぬのですか!」

「ええい、剣を渡せ!」

「嫌です! 私は……あなた様の最期など、見たくはございません!」


 細身の脩清から発せられたとは思えぬ怒号に、脩璃と陽明ようめいが息を呑む。だが直後、脩清は打って変わったような慈愛に満ちた声で囁いた。

「……ならば、見ずともよい。この国を出て、どこへなりと行くがいい。脩璃、最後にお前に頼みが――」

 脩清が視線を向けた、その瞬間。

 廷尉は抱えていた剣を抜き放ち、その切っ先を迷わず自らの胸へと突き立てた。


「――グフッ……」

「廷尉! 何を!」

「……はぁ、はぁ……。あるじと定めたお方より……先に天へ参り、あちらで、ご案内を、仕る……」

「廷尉――っ!!」

 崩れ落ちた廷尉を抱きかかえ、脩清がその名を叫ぶ。だが、廷尉は二度と答えることはなかった。


「……ハハ、ハハハ。ごうというのは、実に因果なものだ。なあ、脩璃」

 脩清は虚脱したように笑った。

「これで本当に、私には何も無くなってしまった。……もはや良かろう。私の剣はもう使えぬ。お前の剣で、決着をつけよ」

 静かに、諭すように告げる兄。脩璃は躊躇ためらいながらも、自らの剣の柄に手をかけた。しかし、心の迷いを表すかのように、何度も何度も拳を握り直す。

 静寂の中、外でパチパチとはぜる火災の音と、脩璃の剣が鞘に当たるカタカタという震えだけが響いていた。


 その沈黙を破ったのは、脩奏しゅうそうであった。

「ええい、もういい! 俺が代わりに引導を渡してやる!」

 脩奏が背中の短剣を抜き放つ。

「覚悟はいいな、脩清!」

「兄上か……。いささか役不足だが、やむを得まい。大事なのは、ここに脩璃がいたという事実だ」

 脩清がそう答えた瞬間、脩奏の姿が揺らめいた。直後、脩清は音もなく床に伏した。


「終わったぞ、脩璃」

 剣を納める脩奏。脩璃は肩で息をしながら、ただ呆然と立ち尽くしていた。脩奏はおもむろに近づき、脩璃の頬を一つ、強く張り飛ばした。

「しっかりしろ、脩璃! この後の始末をどうするか、その頭で考えろ!」

 衝撃で、脩璃は辛うじて我に返った。

「……兄さん。――あか、いるか!」

「はっ、ここに!」

「直ちにこの建物に火をかけろ。すべてを焼き尽くし、何も残さぬように」

「ですが、ここは麟国の聖域ですぞ!」

「構わない! 今日、この時より六国は新しく生まれ変わる。古き慣習からは解放されねばならないんだ!」


 断腸の思いで決断を下した脩璃を、陽明がにこやかな笑みで受け止めた。

「そうと決まれば、あとは任せたぜ。俺はまだやることがあってな。落ち着いたら、甥っ子のところに向かうとする。じゃあな!」

 脩奏はそう言い残すと、またしても颯爽と姿を消した。


 ◇


 炎上する皇宮を、陣営から見つめる秀帛しゅうはく瑯喜逸ろう・きいつ

「陛下、終わりましたな……」

「ええ。皆には苦労をかけ、民には災難を強いてしまった……」

「ほう。民を真っ先に案じるとは、将来有望ですな」

「……いえ。本当は、脩璃叔父上こそが相応しい。僕は何も知りません。民の暮らしも、兵士の思いも。そんな王を、誰が望むというのですか」

 自嘲する秀帛に対し、喜逸は頭を掻きながら答えた。

「正直に申し上げれば、私も当初は脩璃殿が継ぐものと思っておりました。しかし、今なら少し理解できます。政というものは、王の思うがままにはなりませぬ。だからこそ、為政者は謙虚でなければならない。自信過剰は魏封ぎふうのような怪物を生みます。その点、陛下には十分な資質がある」

「資質、ですか……」

「ええ。あとは経験です。失敗こそが良質な経験となります。まあ、こればかりは歳を取らねば分かりませぬがな」


 そこへ、一人の伝令が駆け込んできた。

「報告します! 鵬王ほうおう様が宮城に向かわれたとのこと!」

「叔父上が! ……瑯王ろうおう、僕が決めてもいいですか?」

「ええ、これも『経験』です」

「叔父上の安全を確保してください。直ちに部隊を派遣して。ですが、兵が火に巻かれるようなことは避けて。……これで、いいでしょうか?」

「十分です。では、記念すべき初陣の命、私が承りましょう! おい、馬を引け!」

 喜逸は満足げに笑い、宮城へと駆け出した。


 ◇


 一時間後、脩璃と陽明は無事に瑯国軍に保護された。

 龍台の火災が完全に鎮火するまで五日を要したが、その間、畿外勢力は消火と難民支援に全力を尽くした。


 落ち着きを取り戻したある日、脩璃は陽明を連れ、龍台の片隅にある地下牢へと向かった。そこには魏封によって捕らえられた「政治犯」が収容されているという情報を、脩奏から得ていたからだ。

 施設に足を踏み入れた瞬間、鼻を突く強烈な悪臭が襲った。

「うっ……これは、ひどいな……」

 涙目になる脩璃。案内されるまま奥へと進むと、鉄格子越しに生気を失った囚人たちがいた。

 最奥の牢に近づくと、カリカリと、壁を引っ掻くような音が聞こえてきた。

 

 そこにいたのは、ボロボロの布を纏い、汚物にまみれた姿の男だった。驚くべきことに、その男には「両脚」がない。彼は異様な執念で、牢の壁に何かを必死に書きつけていた。

 兵士に鍵を開けさせ、脩璃は慎重に中へ入った。壁に書かれた文字を目にした瞬間、脩璃の心臓が跳ね上がった。

「これは……四書房ししょぼうにいた頃の出来事だ。……なぜ、それを?」

 

 脩璃の声に、男の手が止まった。

 男はゆっくりと振り返る。ガタガタと全身を震わせ、喉の奥から奇声を絞り出す男を、兵士が取り押さえようとした。激しく抵抗し、振り乱された長い髪の隙間から、一瞬だけ、その「顔」が露わになった。

 

「えっ……君は……! まさか、そんな……!」

 脩璃の叫びが、薄暗い牢内に響き渡った。

次回の更新は8月4日(予定)です。

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