血脈
お待たせしました。
脩璃は戦場となった常陽を離れ、鵬国の銀盤宮にいた。
彼の前には、秀史の第二妃・蘭妃と、わずか六歳の皇子・秀帛が、神妙な面持ちで座していた。
「鵬王様……やはり陛下は……」
声を絞り出し、涙を堪える蘭妃。幼い秀帛が、悲しみに暮れる母にそっと寄り添っている。
「……事の次第は、脩奏兄上より聞き及んでおります。間違いございません」
「叔父上! 脩奏叔父上は今、どちらに!?」
秀帛が食い入るように尋ねた。
「脩奏兄上は私にこの変事を告げた後、失踪されました。……おそらくは、陛下の仇を討つべく、単身で敵の本拠・龍台へ向かったものと思われます」
「父上の仇を討ちに……」
「はい。実は、あの日……」
脩璃は、激しい雨の夜に起きた出来事を静かに語り始めた。
◇
その夜は、朝からの雨が暴風雨へと変わり、テントを叩く音が轟々と響いていた。
脩璃が灯火の下で書類に目を通していると、ふっと火が揺らぎ、次の瞬間には、ずぶ濡れの脩奏が立っていた。
「よう、脩璃。忙しそうだな」
いつもの奇行は影を潜め、低く粗野な声が響く。
「曲者――っ!!」
直後、潜んでいた破玉の「赤」が、脩奏の背後から斬りかかった。
「待て、赤!」
脩璃が制止するより早く、鋭い剣閃が脩奏の首筋に肉薄する。凄惨な返り血を覚悟し、脩璃は思わず目を閉じた。
――バタン、という鈍い音とうめき声が響く。
おそるおそる目を開けると、そこには無表情のまま赤の腕を捻り上げ、地面に押さえつけた脩奏が立っていた。
「おい。その程度の腕では、俺を殺すことも脩璃を守ることもできんぞ。ったく」
「えっ、脩奏兄上……!?」
「あ? なんだよ」
「なんだじゃありません! 兄上は『変人』でしょう!? なんでそんな動きができるんですか!」
「……喧嘩売ってんのか? まあいい、今はそれどころじゃねえ」
脩奏は赤を放すと、これまでにない険しい顔で脩璃を見据えた。
「脩璃……すまん」
その一言に脩璃が固まっていると、異変を察知した破玉の者たちが次々となだれ込んできた。
「おい、静かにしろ。大事な話があるんだ。……脩璃、二人きりにしてくれ」
脩奏が身を翻したかと思うと、一瞬のうちに数人の破玉たちの意識を刈り取った。その神速の手際に、赤が驚愕に目を見開く。
「……これほどの使い手が、我ら以外に。……なるほど、そういうことか」
赤が何かに気づいたように呟くと、脩奏がニヤリと笑った。
「ようやく気づいたか、鈍臭い奴らめ。――そうだ、俺が『龍爪』だ」
一人だけ取り残された脩璃が、おずおずと尋ねた。
「あの……龍爪とは?」
「皇帝陛下直属の、実体を持たぬ秘密部隊です。まさか実在していたとは……」
赤の言葉に、脩璃は以前、北狄へ向かう前の脩晟が言っていた言葉を思い出した。
「そういえば、脩晟兄上が『脩奏には注意しろ、あいつは何かを隠してる』って言ってました……」
「……チッ、あの筋肉馬鹿め。やはり完全には隠し通せなかったか」
ヤレヤレと手を挙げる脩奏。
「俺はてっきり、兄上がまた妙な発明でも企んでいるのかと……」
「フン、お前ら暗殺者にしては甘すぎるぞ。……脩璃、秀史兄上が殺された。俺の不手際だ。この命で償いたいが、まだ死ぬわけにはいかん。魏封の手の者、暗殺者『無明』の残党を根絶やしにするまでな。俺は龍台へ潜入する」
脩奏はそう言い残すと、赤の方を向き、「脩璃を頼む」と一言だけ残し、煙のように姿を消したのだった。
◇
「――と、これが脩奏兄上との最後の会話でした」
語り終えると、蘭妃は再び泣き崩れた。秀帛は拳を握りしめ、顔を上げた。
「……すべては脩璃叔父上にお任せします。今、全軍を束ねられるのは叔父上しかいません」
「なりません、秀帛殿下。私では全軍を率いる『大義名分』が立ちません。あなたが立つしかないのです」
「ですが、僕はまだ子供です……」
「年齢は関係ありません。『上に立つ者が正しく行えば、誰も敢えて正しくないことはできぬ』と申します。今こそ、殿下が旗印となるべきです」
秀帛は蘭妃と視線を合わせ、力強く頷いた。
「……わかりました。未熟な僕ですが、叔父上と共に父上の仇を討ちます!」
◇
麟国と瑯国の国境。
「王様、麟秀帛様より書状が届きました!」
瑯喜逸は、その手紙を読み、親友・秀史を失った悲しみを怒りへと変えた。彼は密かに脩璃が皇帝に即位することを期待していたが、手紙には「秀帛を擁立する」という脩璃の決意が記されていた。
「なるほど……あくまで裏方に徹するか。いかにも脩璃殿らしい。良かろう! 全軍に告げよ、黒い布を用意しろ。弔意と共に、陛下の仇を討つぞ!」
瑯国軍は黒い旗を掲げ、弔いの軍勢として麟国へ侵攻を開始した。
時を同じくして、崑国の斉賢にも報せが届く。
「やはり脩璃殿は皇位を継がぬか。野心なきあの方らしい。……魯よ、鍾国の首尾はどうだ?」
「はい、華鳳殿が新王として即位されたとのことです!」
「よし! ならば我らも喪章を掲げ、全軍発進だ。畿外勢力の反撃を開始する!」
こうして、幼き麟秀帛を新たな盟主に据えた畿外勢力の「黒い軍勢」が、秀史の仇を討つべく龍台へと突き進み始めたのであった。
次回の更新は7月14日(予定)です。




