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第五皇子はどこへいく!  作者: 太白
159/165

血脈

お待たせしました。

 脩璃しゅりは戦場となった常陽を離れ、鵬国の銀盤宮にいた。

 彼の前には、秀史の第二妃・らん妃と、わずか六歳の皇子・秀帛しゅうはくが、神妙な面持ちで座していた。


「鵬王様……やはり陛下は……」

 声を絞り出し、涙を堪える蘭妃。幼い秀帛が、悲しみに暮れる母にそっと寄り添っている。

「……事の次第は、脩奏しゅうそう兄上より聞き及んでおります。間違いございません」

「叔父上! 脩奏叔父上は今、どちらに!?」

 秀帛が食い入るように尋ねた。

「脩奏兄上は私にこの変事を告げた後、失踪されました。……おそらくは、陛下の仇を討つべく、単身で敵の本拠・龍台りゅうだいへ向かったものと思われます」

「父上の仇を討ちに……」

「はい。実は、あの日……」

 脩璃は、激しい雨の夜に起きた出来事を静かに語り始めた。


 ◇


 その夜は、朝からの雨が暴風雨へと変わり、テントを叩く音が轟々と響いていた。

 脩璃が灯火の下で書類に目を通していると、ふっと火が揺らぎ、次の瞬間には、ずぶ濡れの脩奏が立っていた。

「よう、脩璃。忙しそうだな」

 いつもの奇行は影を潜め、低く粗野な声が響く。

「曲者――っ!!」

 直後、潜んでいた破玉はぎょくの「あか」が、脩奏の背後から斬りかかった。

「待て、赤!」

 脩璃が制止するより早く、鋭い剣閃が脩奏の首筋に肉薄する。凄惨な返り血を覚悟し、脩璃は思わず目を閉じた。

 ――バタン、という鈍い音とうめき声が響く。


 おそるおそる目を開けると、そこには無表情のまま赤の腕を捻り上げ、地面に押さえつけた脩奏が立っていた。

「おい。その程度の腕では、俺を殺すことも脩璃を守ることもできんぞ。ったく」

「えっ、脩奏兄上……!?」

「あ? なんだよ」

「なんだじゃありません! 兄上は『変人』でしょう!? なんでそんな動きができるんですか!」

「……喧嘩売ってんのか? まあいい、今はそれどころじゃねえ」

 脩奏は赤を放すと、これまでにない険しい顔で脩璃を見据えた。

「脩璃……すまん」


 その一言に脩璃が固まっていると、異変を察知した破玉の者たちが次々となだれ込んできた。

「おい、静かにしろ。大事な話があるんだ。……脩璃、二人きりにしてくれ」

 脩奏が身を翻したかと思うと、一瞬のうちに数人の破玉たちの意識を刈り取った。その神速の手際に、赤が驚愕に目を見開く。

「……これほどの使い手が、我ら以外に。……なるほど、そういうことか」

 赤が何かに気づいたように呟くと、脩奏がニヤリと笑った。

「ようやく気づいたか、鈍臭い奴らめ。――そうだ、俺が『龍爪りゅうそう』だ」

 

 一人だけ取り残された脩璃が、おずおずと尋ねた。

「あの……龍爪とは?」

「皇帝陛下直属の、実体を持たぬ秘密部隊です。まさか実在していたとは……」

 赤の言葉に、脩璃は以前、北狄ほくてきへ向かう前の脩晟しゅうせいが言っていた言葉を思い出した。

「そういえば、脩晟兄上が『脩奏には注意しろ、あいつは何かを隠してる』って言ってました……」

「……チッ、あの筋肉馬鹿め。やはり完全には隠し通せなかったか」

 ヤレヤレと手を挙げる脩奏。

「俺はてっきり、兄上がまた妙な発明でも企んでいるのかと……」

 

「フン、お前ら暗殺者にしては甘すぎるぞ。……脩璃、秀史兄上が殺された。俺の不手際だ。この命で償いたいが、まだ死ぬわけにはいかん。魏封ぎふうの手の者、暗殺者『無明むみょう』の残党を根絶やしにするまでな。俺は龍台へ潜入する」

 脩奏はそう言い残すと、赤の方を向き、「脩璃を頼む」と一言だけ残し、煙のように姿を消したのだった。


 ◇


「――と、これが脩奏兄上との最後の会話でした」

 語り終えると、蘭妃は再び泣き崩れた。秀帛は拳を握りしめ、顔を上げた。

「……すべては脩璃叔父上にお任せします。今、全軍を束ねられるのは叔父上しかいません」

「なりません、秀帛殿下。私では全軍を率いる『大義名分』が立ちません。あなたが立つしかないのです」

「ですが、僕はまだ子供です……」

「年齢は関係ありません。『上に立つ者が正しく行えば、誰も敢えて正しくないことはできぬ』と申します。今こそ、殿下が旗印となるべきです」

 秀帛は蘭妃と視線を合わせ、力強く頷いた。

「……わかりました。未熟な僕ですが、叔父上と共に父上の仇を討ちます!」

 

 ◇


 麟国とろう国の国境。

「王様、麟秀帛様より書状が届きました!」

 瑯喜逸ろう・きいつは、その手紙を読み、親友・秀史を失った悲しみを怒りへと変えた。彼は密かに脩璃が皇帝に即位することを期待していたが、手紙には「秀帛を擁立する」という脩璃の決意が記されていた。

「なるほど……あくまで裏方に徹するか。いかにも脩璃殿らしい。良かろう! 全軍に告げよ、黒い布を用意しろ。弔意と共に、陛下の仇を討つぞ!」

 瑯国軍は黒い旗を掲げ、弔いの軍勢として麟国へ侵攻を開始した。


 時を同じくして、こん国の斉賢せいけんにも報せが届く。

「やはり脩璃殿は皇位を継がぬか。野心なきあの方らしい。……よ、しょう国の首尾はどうだ?」

「はい、華鳳殿が新王として即位されたとのことです!」

「よし! ならば我らも喪章を掲げ、全軍発進だ。畿外勢力の反撃を開始する!」


 こうして、幼き麟秀帛を新たな盟主に据えた畿外勢力の「黒い軍勢」が、秀史の仇を討つべく龍台へと突き進み始めたのであった。

次回の更新は7月14日(予定)です。

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