鍾国始末
お待たせしました。残酷な表現があります。
本格的な戦闘は、病み上がりの体には酷であったのだろう。返り血を浴びた華鳳は、剣を杖代わりにしながら、一歩一歩、血に塗れた長楽宮の廊下を歩んでいた。向かう先はただ一つ、現国王である弟の待つ最奥の間である。
「鍾国王に会いに来た。開けるぞ」
きらびやかな扉の前で華鳳が言い放った。その瞬間、扉が内側から静かに開き、一人の女官が深々と頭を下げて立っていた。
「お待ちしておりました。国王陛下がお会いになります……」
女官は顔を上げると、背を向けて歩き出した。華鳳は無言のまま後に続く。複雑に入り組んだ回廊をどこまで進んでも、王の私室に辿り着く気配はない。
華鳳の焦燥を感じ取ったのか、女官が歩きながら顔だけを振り向けた。
「お疲れでしょうか。よろしければ休息を挟みますが……」
「無用だ。先を急ぎたい」
「左様でございますか。内宮は政務の場から遠ざけられております。これもすべては、魏封のためにございます」
「魏封の?」
「はい。あの男は、王が政に口を出すのを嫌い、拝謁に時間がかかるよう宮中を改築させたのです。……皮肉なことに、そのおかげで今日まで陛下はお命を永らえられました」
「……お主、名は?」
「麗鈴と申します」
彼女は振り向きもせず、淡々と奥へ進んでいった。
◇
迷路のような通路を抜け、辿り着いたのは、王宮の華美さとはかけ離れた、粗末とも言えるほど質素な扉の前だった。
「麗鈴にございます。お客様をご案内いたしました」
彼女が扉を開けると、そこには大きな寝台があり、痩せ衰えた一人の青年が上体を起こしていた。
「待っていましたよ、兄上。……ゴホッ、ゴホッ! あと少し遅ければ、会えないところでした」
華鳳は麗鈴を脇に追いやり、弟の元へ駆け寄った。
「すまん。お前にばかり苦労をかけた……」
「兄上こそ、苦労したでしょう。……わかっています、兄上は国を捨てたのではない。僕のために、王座を捨てて逃がしてくれたのだと」
「……」
「兄上はいつも、わざと粗野に振る舞う。でも、本当は誰よりも優しい。……僕も、王として最後の責任を果たせそうです」
弟は震える手で小さな箱を取り出し、その蓋を開けた。
「鍾国璽です。兄上に託します……」
「ああ、確かに受け取った」
「兄上、最後にお願いです。……あなたが王になれば、悪習を断つために凄惨なこともするでしょう。でも、忘れないでください。あなたの本性は、優しさであることを……」
言い終えるが早いか、弟はスッと魂が抜けたように息を引き取った。華鳳は自分の胸に倒れ込む弟の亡骸を抱き締め、絞り出すような声で呟いた。
「……すまん」
彼の目からは、血のような涙が溢れ出していた。
「間に合いまして、何よりでした。……では、私もお供させていただきます」
麗鈴が懐から小刀を抜き放った。華鳳が止める間もなく、彼女は迷いなく自らの胸を貫いた。
「なっ、何をする!」
麗鈴は微かに微笑み、そのまま絶命した。
踏み込んできた兵士たちに、華鳳は静かに命じた。
「……この娘をこちらへ。弟は彼女がいたからこそ、今日まで生きられた。あの世では、二人仲良く暮らすがいい」
華鳳は、並んで横たわる二人を、まるで眠っているかのように整えてやった。
◇
その日の夜。玉座に座る華鳳の横には、王旦の亡骸が安置されていた。集められた兵士たちを前に、華鳳の威厳に満ちた声が響く。
「王命である! 直ちに寿楼中の王族、貴族を長楽宮へ招集せよ!」
大広間に、不安と不満を隠せない群衆が詰めかけた。華鳳が立ち上がり、国璽と封国親書を掲げた。
「本日より鍾国王となった昌延である! 直ちに王命を発する。王旦を宰相に任じ、南陵公を追贈する。併せて、魏封を解任し、国外追放とする!」
広間は騒然となった。魏封の息がかかった王族の一人が、鼻で笑って前に出た。
「王を僭称するなど笑わせる。お主に国を任せるなど、まっぴらごめんだ! さあ、みんな帰るぞ!」
「そうだ、帰ろう!」
野次が飛び、人々が背を向けたその時――。
「王命に背くを『謀反』という。謀反は大罪である。……近衛よ、構わぬ。この者らを誅戮せよ!」
華鳳の冷徹な声が響いた。
潜んでいた兵たちが一斉になだれ込み、反対勢力の者たちを次々と斬り伏せていく。大広間は一瞬にして地獄絵図と化し、逃げ惑う王族たちの悲鳴が木霊した。
翌日、華鳳の粛清はさらに苛烈を極めた。
長年、私腹を肥やしてきた貴族や不正役人をことごとく斬首。寿楼の門前には数千の首が並べられた。一揆に参加した民たちは、その光景を見て歓喜した。華鳳は民の怒りを汚職勢力に向けさせ、一気に悪政の根を断ち切ったのである。
華鳳は即座に麟国への街道を封鎖。鍾国で起きた「政変」の情報が、外に漏れぬよう処置した。
脩璃の元に鍾国の事態が伝わったのは、秀史の死から三ヶ月後のこと。ようやく麟国内の動乱が収まり始めた頃であった。
後年、鍾国の王族の中で生き残ったのは、わずか二家のみであった。彼らは政に一切関与せぬ弱小家ゆえに、この「紅髪公」の血の粛清を免れたのである。
次回の更新は諸事情により2週間後、7月7日を予定しております。お待たせして申し訳ありませんが、ご容赦ください。




