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第五皇子はどこへいく!  作者: 太白
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紅髪公

お待たせしました。

 昼過ぎ、華鳳かほうの陣営にゆったりとした儒服をまとった老人が現れた。白髪と白い髭を風になびかせ、数人の供を従えたその姿には、隠しきれぬ品格が漂っていた。


わし鍾国太傅たいふ王旦おうたんと申す。そちらの大将殿にお目通り願いたい」

 槍を向けていた老兵がその名を聞いた途端、慌てて武器を収め、奥へと走った。王旦。今でこそ表舞台から退いているが、かつては「鍾国にこの人あり」と謳われた稀代の賢人であったからだ。


 彼の名が世に知られたのは五十年前。六国を襲った大凶作の際、農業に適さぬ鍾国は存亡の危機に立たされた。権力闘争に明け暮れる朝廷が機能不全に陥る中、二十歳そこそこの若き王旦が全権を委ねられた。

 彼は即座に六国を奔走。巧みな弁舌と真摯な態度で他国の王や麟国皇帝を説得し、食料を確保して民の窮地を救った。迅速な行動がなければ民の半数が餓死したであろうと歴史に記されるほどの功績だが、皮肉にもその名声が仇となる。

 自分たちの地位を脅かされると恐れた重鎮たちは、国家の危機には見せなかった団結力を発揮し、徒党を組んで王旦の失脚を画策した。清廉な彼は三年を待たず閑職に追いやられた。

 ある歴史家は記している。――「王旦が殺されず閑職に留まれたのは、ひとえにその高すぎる名声が盾となったからである」と。


 案内された王旦が華鳳の前に進み出た。

「お初にお目にかかる。儂は王旦。鍾国の太傅を拝命しております」

 王旦は深々と揖礼ゆうれいし、頭を垂れた。

「……」

 対面した華鳳は、なぜか言葉を失っていた。沈黙が流れる中、見かねた梅花ばいかがそっと促した。

「あなた。王旦様にお言葉を」

「……ああ。よく来られた、じい


 その声を聞いた瞬間、王旦の体が震えた。

「その声……まさか。……昌延しょうえん皇子……ご無事で、本当によくぞお戻りになられました!」

 王旦は地に伏し、人目も憚らず泣き崩れた。それは、数十年もの間、孤独の中で主君の帰還を待ち続けた忠臣の、魂の咆哮であった。


 ◇


 夕刻、陣中にはかつての師弟を囲む穏やかな時間が流れていた。王旦が語る幼少期の華鳳のいたずら話に、梅花は興味津々で耳を傾け、昌寧しょうねいも快活に笑う。

 しかし、夜が更け、二人きりになったテントの中には、刺すような緊張感が満ちていた。端然と座す王旦の前に、華鳳が厳しい顔で立った。


「爺。……お前、死ぬ気だな」

「相変わらずの直感力でございますな。もはや隠しはいたしませぬ。我が命、昌延様が鍾国を一つにまとめるためのいしずえとして捧げたく存じます」

「なぜ死に急ぐ! 爺が死ぬ必要などどこにある!」

「昌延様、覚悟をお持ちくだされ。この国の腐敗は根深い。並大抵の手段では正常には戻りませぬ。この王旦の死を、国中に意思を知らしめる狼煙のろしとなさしめねばなりませぬ!」


 華鳳は沈黙した。王旦が自らの死を「大義の口実」にしようとしていることを理解したからだ。王旦は満足げに微笑み、跪いた。

「昌延様に再会し、麗しきお妃にもお会いできた。爺の人生に悔いはございませぬ。……つきましては、王権を示すものをお預け願いたい」

 華鳳は震える手で、懐から脩璃しゅりに託された「封国親書」を取り出し、王旦へ手渡した。


 ◇


 翌日、王旦は一万の兵を引き連れ、堂々と寿楼の城門へと進んだ。

「王軍の使者である! 入城を許可せよ!」

 城壁の上で将軍が吠える。

「王軍だと? 貴殿が従えているのは賊軍ではないか!」

「馬鹿者! これを見よ。麟国皇帝による封国親書である。これをお持ちの昌延皇子こそが、新たなる鍾国王であらせられる!」


 騒乱の末、口上を聞くという名目で王旦の入城が認められた。華鳳は遠くからその背中を見送った。幼い頃に見ていたあの背中が、今は何よりも大きく、そして愛おしく感じられた。


 長楽宮に入った瞬間、王旦は一喝して城門を閉じさせなかった。

「城門は外敵を阻むためのもの。何の理由をもって王軍を敵と見なすか!」

 その気迫に圧倒され、警備兵が立ち竦む。しかし直後、王旦は下馬するや否や城壁を駆け上がり、自ら虚空へと身を投げた。

 十数メートルの高さを、封国親書を抱き締めたまま落下する。――ドスン。鈍い音が辺りに響き渡った。


「――長楽宮の者どもは、王の使者を殺害した! これは古礼を汚す大逆である!」

 待機していた華鳳が剣を抜き放ち、烈火のごとく叫んだ。

「古の法に従い、謀反人どもを誅する。全軍、かかれ!!」


 王旦の死に逆上した鵬国兵二百名が、怒涛の勢いで宮城へとなだれ込んだ。一万の兵が雪崩れ込んできたと誤認した鍾国軍は戦意を喪失し、長楽宮はあっけなく陥落。血の海の中に官吏たちの骸が転がった。


 翌日、鍾昌延は正式に王位を継承した。

 後世の歴史家は、この流血の一日を指して「昌延の白髪は赤く染まった」と記した。以後、彼はかつての「白公」ではなく、冷徹なる覇者「紅髪公こうはつこう」として恐れられ、敬われることとなる。

次回の更新は6月23日(予定)です。

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