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第五皇子はどこへいく!  作者: 太白
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南蛮の事情

お待たせしました。

 麟国皇帝・秀史が暗殺され、鵬国軍が動揺に包まれていた頃。遠く南の地においても、天地がひっくり返るような激震が走っていた。

 しょう国の首都・寿楼じゅろう。その城壁を、およそ一万の軍勢が包囲したのだ。その中央には、黄金に輝く「雲紋鳳凰うんもんほうおう」の旗印が翻っていた。


 この雲紋鳳凰図は、本来は鍾国王個人の印である。しかし、この国には実に多種多様な意匠の「鳳凰」が存在していた。それは鍾国という国が歩んだ、混乱の歴史そのものであった。

 かつて建国当初、鳳凰図は唯一無二の存在だった。しかし、麟国から皇子を王に迎えるようになると、旧王族たちは自らの権威を民に示すため、独自の鳳凰紋を使い続けるよう画策した。支持基盤の乏しい新王はこれを受け入れざるを得ず、結果として王族の数だけ鳳凰が乱立する事態を招いたのである。


 今、長楽宮ちょうらくきゅうの重臣たちが色を失っているのは、包囲軍が掲げる旗の意匠そのものにあった。それは、現国王にのみ許された、最も高貴なる鳳凰図だったからだ。


 寿楼を包囲する軍の正体は、華鳳かほうこと昌延しょうえん皇子が率いる一団である。しかし、移住者だけで一万もの大軍になるはずがない。道中、各地で「救民」を掲げる彼の檄文に応じ、鍬や鎌を手にした民たちが義勇軍として続々と合流したのである。

 数世代にわたる圧政と、近年の過酷な政策により、民はもはや死を待つばかりの窮状にあった。彼らに残された最後の手立てが一揆いっきであった。旗頭を求めていた民草にとって、王族の証を掲げる昌延皇子の出現は、まさに救世主の降臨に他ならなかったのである。


 だが、長楽宮を震撼させた最大の理由は、民の一揆ではなかった。

 数多の筵旗むしろばたの中に、あろうことか「南蛮なんばん国」の軍旗が堂々と並んでいたのである。


 ◇


 時計の針を少し巻き戻す。

 華鳳たちが南蛮の港に到着した際、かの国は「警護」と称して自軍の兵を随行させてきた。名目は警護、実は監視である。

 華鳳は挨拶のため、警護の隊長を務める若い男を訪ねた。その際、一言二言言葉を交わしただけで、華鳳の直感は叫んだ。――こいつは、ただの兵士ではない。

 華鳳はそれを胸の内に留め、妻の梅花ばいかにすら告げずに道中を共にした。


 旅路は平穏だった。とりわけ梅花は異国の風土に目を輝かせ、珍しい風景を見るたびに若き隊長へ質問を投げかけた。隊長もまた、次第に梅花に打ち解け、華鳳が少し嫉妬を覚えるほどに仲を深めていった。

 ある夜、華鳳は堪らず梅花に切り出した。


「梅花、お前さん、あの隊長と親しすぎやしないか?」

「まあ、あなた。嫉妬なさっているの? フフ……」

「ば、馬鹿! そうじゃない。ただ、あいつをどう見る?」

「いいお方ですわよ。……そして、おそらくはこの国の高官か、それに類するお方でしょうね」

「何!? お前、いつから気づいていた?」

「風景についてお聞きした時ですわ。一介の兵士では答えられぬほど、この国の歴史と土地を深く愛し、理解していらっしゃいましたから」

「……さすがだな。実は俺もそう睨んでいたんだ」


 数日後、隊長から「夕食を共に」との誘いがあった。

 並べられたのは、豪華ではないが誠意の籠もった南蛮の伝統料理だった。和やかな会食が進む中、焚き火の光を浴びた隊長の目が、不意に鋭く光った。


白公はくこう殿、一つお聞きしたい。奥方から聞いているであろうが、我が国の実情をどう思われる?」

 梅花は、自分の探りが入っていたことが露見したと悟り、そっと華鳳に視線を送った。だが、華鳳は動じず、ゆったりとした口調で答えた。

「そうですな。風景は素晴らしいが、民の暮らしはその美しさとは程遠い……と言ったところでしょうな」

「……やはり、そう見えたか」

「で、そう問いかける貴殿は、何者だ?」


 一瞬の沈黙。隊長が眼光鋭く華鳳を見据える。

「それは貴殿も同じこと。流民を率いるただの男ではないはずだ。貴殿こそ、何者だ?」

「白公というのは仇名あだなです。麟国では重華鳳と名乗っておりましたが、それもまた偽名。ハハハ!」

 泰然自若として笑う華鳳に、隊長は思わず毒気を抜かれた。

「随分と大物のようだ。隣の奥方が心配しているのも頷ける」

「いやいや、私は妻の尻に敷かれて身動きも取れぬ身分ですぞ!」

「まああなた! 私がそんなに重たいとおっしゃりたいの!」

 梅花が華鳳の腕を軽くつねる。その夫婦の睦まじい様子に、隊長は声を上げて笑った。


「失礼。実にお二人は面白い。……ならば、私から名乗りましょう。私はこの国の王位継承者、昌寧しょうねいと申す。して、貴殿の真名は?」

「……今のところは、鵬国王に従う重華鳳。だが、その正体は鍾国の新王となるべき者――鍾昌延しょう・しょうえんだ」

「何と……!」


 南蛮もまた、魏封ぎふう率いる鍾国からの理不尽な要求に苦しんでいた。南蛮は他国との交戦で戦費が嵩んでおり、鍾国の機嫌を損ねるわけにはいかなかったが、同時に鵬国が扱う「瑠璃るり」などの交易利権を強く欲していた。

 両者の利害は一致した。南蛮王の密命を受けた昌寧は、三千の精鋭とともに華鳳の軍に加わることを誓ったのである。


 ◇


「なぜ南蛮の旗があそこにある! 裏切りか!?」

「そんなこと、知るはずもなかろう!」

 長楽宮では、重臣たちが罵り合っていた。その中で、一人の老臣が声を上げた。

「ひょっとすると、賊軍の偽装ではないか? 南蛮が裏切ったと思わせ、我らを動揺させる姑息な計略やもしれぬ」

「なるほど……ならば、探りを入れる必要があるな」

「ちょうどいい。あの『老いぼれ』にやらせよう。老い先短いのだ、最後に役に立てば儲けものよ」


 こうして長楽宮は、ある一人の老人を使者として、華鳳の陣営へと送り出したのである。

次回の更新は6月16日(予定)です。

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