表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
第五皇子はどこへいく!  作者: 太白
155/165

暗雲

お待たせしました。

 九死に一生を得た稜厳りょうげん相俊そうしゅんは、脩奏しゅうそうとともに秀史しゅうし軍へ合流を果たした。稜厳から奉師ほうしの策を聞いた秀史は、拡大しつつあった戦線を一旦引き、梧桐ごとうらの軍と合流。戦況は膠着状態へと移行した。

 一方、脩璃しゅり率いる常陽守備隊は、依然として敵の猛攻を凌ぎ続けていた。


 その日の夜半。

「お待たせしました、脩璃様」

 奉師と協議していた脩璃の元に、聞き覚えのある声が届く。隠密「破玉はぎょく」のあおだ。

「青か! ……稜厳たちは?」

「はい。計画を無事遂行し、秀史様の軍へ合流されました」

「兄上のところに……! ということは、兄上も戦場へ来ているのか」

 吉報に違いない報告だが、脩璃の顔はにわかに曇り始めた。


「はてぇ~? 秀史様の到着は吉報のはずぅ。なぜそのようなお顔をぉ?」

 奉師が不気味に首を傾げると、脩璃は重い溜息をついた。

「兄上がここまで急いで来た理由は分かる。……勝手に敵と決戦したことを、こっぴどく叱られる未来が予想できたんだよ」

「ククク……。それは脩璃様のお役目。代わることはできませんのでぇ、しっかりとお勤めくださいぃ、ヒッヒッヒ!」

 ツボにはまり笑い転げる軍師を余所に、脩璃は青を手招きした。

「青、兄上への弁明と合わせて、伝えてほしいことがある。――あと二日、軍を動かさないでくれ、と。二日なら僕たちが持ちこたえてみせる。ね、奉師!」

「……なかなか厳しいご命令ですね。ですが、お任せを。二日、持たせてご覧にいれましょう。――我が王よ」

 不敵な笑みを消し、奉師が深く揖礼ゆうれいする。青はその言葉を背に、再び夜闇へと消えていった。


 ◇


「脩璃の言う二日が過ぎたのである! 進軍開始なのである!」

 二日後、軍師気取りの脩奏が進言し、秀史軍と梧桐軍が同時に動き出した。対するしょう国軍は、眼前まで迫るりん国軍に対し、驚くほど無反応だった。

「やはり吾輩の薬が効いているのである!」


 この時、鍾国軍の七割が戦闘不能に陥っていた。

 原因は二日前、輜重しちょう隊が「分散保管」の名目で、汚染された兵糧を全軍へ迅速に配布してしまったことにある。強力な下剤を盛られた兵たちは、次々と食中毒に似た症状で倒れ、被害を免れた者も恐怖で食事を摂れず、極限の飢餓状態にあった。


 戦いは、ほぼ抵抗のないまま一週間で決着した。鍾国兵の戦死者は一万を超え、生き残った兵や徴兵された民の処置には三ヶ月を要した。その間、常陽城は皇帝秀史の座所として修築され、脩璃に代わり秀史が城に入った。


 戦後処理が一段落しようとしていたある夜。

 常陽の街を、片腕を失った浮浪者がふらふらと歩いていた。彼は城の近くまで来ると、忽然と姿を消した。


 同じ頃、皇帝の寝所を警護する近衛兵の前に、脩奏が現れた。

「これは脩奏様、こんな時間に……」

「兄上に急ぎ相談があるのである! 通るのである!」

「しかし、陛下は就寝中……」

「ならぬ! 今すぐなのである!」

 強引に押し通る脩奏。近衛兵たちはその傍若無人ぶりに呆れつつも、道を開けるしかなかった。


 それからしばらくして、周囲の喧騒が落ち着きを見せた頃。月明かりに照らされた影が、音もなく近衛兵を次々と刈り取っていった。最後に残った二人が倒れた直後、あの黒ずくめの片腕の男――無明むみょうが姿を現し、皇帝の寝所へ侵入した。

 無明は音もなく秀史の枕元へ近づき、剣を抜いた。その刹那。


「よう、待ってたぜ」


 寝所で横たわっていた影が跳ね起き、布団を無明へ投げつけた。

「……計ったか」

 無明が低く呟く。暗闇の中、布団を撥ね退けて現れたのは、皇帝ではなく脩奏だった。

「驚いたか? お前ほどの暗殺者が声を出すとはな。……随分探したぜ、無明。ようやく親父の仇が討てる」

 いつもの「吾輩」という口調を捨てた脩奏が、隠し持っていた剣を抜く。

 窓や扉が外から一斉に封鎖され、部屋は巨大な檻と化した。


「お前がここにいるとはな……。脩奏、お主が『龍爪りゅうそう』の頭か」

「死に行く者に語る必要はない。死ね」

 麟国皇帝にのみ仕える秘匿部隊「龍爪」。破玉の者を遥かに凌駕する実力を持つその組織を率いていたのは、他ならぬ「狂人」と称された三皇子・脩奏であった。


 暗器と剣が交錯し、凄絶な死闘が繰り広げられる。

 やがて部屋が静まり返り、切り刻まれた扉を蹴破って、肩で息をする脩奏が現れた。外で待機していた秀史が近衛を押しのけて駆け寄ろうとする。

「兄上、待たせた。……無明は仕留めた」


 秀史が安堵し、脩奏の元へ足を踏み出したその時だった。

「――だめだ兄上、来るな!!」

 脩奏の悲鳴のような怒号。

 血溜まりの中で事切れたはずの無明が、最期の力を振り絞って顔を上げ、口から何かを噴射した。

「……これで、役目は終えた……」

 無明が今度こそ息絶える。脩奏は慌てて秀史に駆け寄ったが、すべては遅すぎた。


 秀史の喉元には、漆黒の小さな針が深く、深く刺さっていた。


 翌朝、麟国皇帝・麟秀史、崩御。

 この早すぎる死が、大陸の勢力図を塗り替え、暗雲を呼び込むことになるのである。

次回更新は6月9日(予定)です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ