08 それでもこの世界で生きていきます
「じゃあ……俺のDランクって、一番下なのか?」
「はい。ですが――」
受付嬢は少し言葉を濁した。
「Cランク以下の能力者には、もう一つ大きな特徴があります」
「特徴?」
「チート能力を使用する際に、デメリットが発生するんです」
「デメリット……?」
「Cランクなら比較的軽いものですが、Dランクになると、その負担はかなり大きくなります」
「……そうなのか」
やっぱり、俺の能力は弱いのか。せっかく異世界に来たというのに、いきなり最底辺扱いとは。思わず肩を落とした。
「ですが、能力ランクが低いからといって、必ずしも強くなれないというわけではありません」
「え?」
「能力者の中には、自分の能力を極限まで鍛え上げることで、通常のチート能力とは別のスキルを会得する者もいます」
「別のスキル?」
「はい。ゼニス――極致スキルです」
「ゼニス……」
「そして、そのさらに上に存在すると言われているのが、アルティマ――究極スキルです」
「究極……」
チート能力の先に、さらに上の力があるのか。
「どちらも会得することは非常に難しく、現在、この世界で確認されている者は数えるほどしかいません」
「そんなに少ないのか……」
「ただし、これはあくまで記録上確認されている人数です。実際には、もっと多くの使い手がいるのではないかとも言われています」
「なるほど……」
俺は腕を組んだ。
チート能力だけでも十分にファンタジーなのに、その先にゼニスやアルティマなんてものまであるらしい。異世界って、本当に何でもありだな。そんなことを考えていると、近くにいた冒険者がこちらを見ながら呟いた。
「……マジかよ」
「Dランクって、あいつが?」
「……関わらない方がいい」
冒険者たちはそう言いながら、一歩後ろへ下がった。さらに別の冒険者も、俺とリナを一瞥すると、何も見なかったかのように視線を逸らす。
「……なんなんだ?」
まるで、俺に関わること自体を避けているようだった。Dランクというだけで、ここまで露骨に距離を置かれるものなのか?
困惑する俺を見て、受付嬢は周囲を気にしながら声を落とした。
「……実は、最近妙な噂があるんです」
「噂?」
「この地域周辺で、Dランクの冒険者を狙っている暗殺者集団がいる、という噂です」
「……Dランクを?」
「はい。その集団は、裏では『闇の組織』と呼ばれているそうです」
「なんでDランクなんかを?」
思わず聞き返した。Dランクといえば、能力者の中でも最底辺らしい。そんな相手をわざわざ狙う理由が分からない。
「理由までは分かりません。ただ……Dランクの能力者が非常に珍しいことと、何か関係があるのではないか、と噂されているようです」
「……」
俺は思わず黙り込んだ。異世界に来て、冒険者になって、いろいろな場所を巡る。そんな生活を夢見ていたのに、いきなり暗殺者集団に狙われる可能性があるなんて。しかも、相手が狙っているのは、よりにもよって俺と同じDランクの能力者だ。
……いや、ちょっと待て。俺、まだ何もしてないんだけど?。
異世界に来て三日目。冒険者登録すら終わっていないのに、厄介事の気配だけは一人前だった。
「……Dランクじゃ、まともに仕事もできないのか?」
「そういうわけではありません」
受付嬢が答える。
「Dランク向けの仕事もあります。ただ、街の外へ出て魔物を討伐するような仕事は、今のあなたにはおすすめできません」
「……分かった」
俺は小さく息を吐いた。どうやら、いきなり冒険者として大活躍、というわけにはいかないらしい。
「今日は帰る」
「はい。お気をつけて」
俺たちはギルドを後にした。来た道を戻り、ガルドの家へ向かう。道中、リナは何度かこちらを気にしていたが、俺は落ち込んで、ほとんど何も話す気にならなかった。やがて家に戻ると、ガルドが俺たちを出迎えた。
「おお、帰ったか」
「ああ……」
俺は椅子に腰を下ろした。
すると、リナが俺の顔を覗き込む。
「タツヤさん」
「ん?」
「実は、もう一つ方法があります」
「方法?」
「王都が運営している、低ランクの冒険者向けに仕事を紹介している場所があるんです」
「仕事を紹介?」
「はい。薬草の採取や荷物運び、それから街の中で、できる仕事もあるそうです」
「……なるほど」
それなら安全に金を稼げる。無理に魔物と戦う必要もないし、今の俺にはちょうどいい仕事かもしれない。だが――。俺は自分の拳を見つめた。
昨日の戦いが脳裏によみがえる。ゴブリンに何度も殴られた。最初は痛みで動くことすらままならなかったが、攻撃を受けるたびに、俺の身体には変化が起きていた。
《打撃耐性+5を獲得しました》
あの通知だ。昨日は生き残ることに必死で、能力について深く考える余裕なんてなかった。だが、今なら少し冷静に考えられる。俺の能力【適応】は、攻撃を受けることで耐性を獲得する。そして、打撃耐性が上がるにつれて、俺の攻撃力や速度も上昇していた。
だったら、もっと鍛えれば……もちろん、何でもかんでも耐えられるわけじゃない。昨日だって、ゴブリンに殺されかけた。相手が強ければ、適応する前に死ぬ可能性だってある。それでも、この能力には伸びしろがあるはずだ。
「俺は、街の外へ出る」
「え?」
リナの表情が変わった。
「昨日、あれだけの目に遭ったんですよ?」
「分かってる」
俺は拳を握る。
「でも、俺の能力ならやれるかもしれない」
「どうしてそう思うんですか?」
「昨日、ゴブリンに何度も殴られた。そのたびに、俺の身体は強くなっていたんだ」
「……」
「だったら、物理攻撃を使う魔物なら、戦いながら強くなれる可能性がある」
俺は立ち上がった。
「今度は、昨日みたいにはならない」
その言葉を聞いたガルドが、険しい顔をする。
「タツヤ、焦るんじゃない」
「……」
「昨日の戦いで生き残ったからといって、次もそうなるとは限らん」
「分かってる」
「ならば、今日はやめておけ」
ガルドの言うことは正しい。自分の能力に可能性があるからといって、無謀に魔物へ挑めば命を落としかねない。俺だって、死にたいわけじゃない。それでも、ここで何もせずにいたくはなかった。
「……行ってくる」
俺がそう告げると、ガルドは何か言いたげな顔をした。それでも、それ以上は止めなかった。家を出ようとした、その時だった。
「待て」
ガルドに呼び止められ、振り返る。
「これを持っていけ」
差し出されたのは、小さな赤い結晶だった。
「これは……?」
「昨日、お主を家へ運んだ時に拾ったものじゃ」
「ゴブリンの……?」
「そうじゃ」
赤く輝く結晶。昨日、あのゴブリンが消えた後に残っていたものだった。俺はそれを受け取った。
「それと、これはお主のじゃろ?」
続いて差し出されたのは、見慣れたスマホだった。
「スマホ……!」
そして、その上には実家の玄関の鍵が置かれていた。母さんが特製で付けてくれた、ぬいぐるみのキーホルダーもそのままだ。
「……母さん」
思わず呟く。もう二度と戻れないかもしれない世界に残してきた家族。何も言わずに去ってしまったことへの後悔が、胸の奥を少し締め付けた。
「最後に、これも持っていけ」
ガルドが一冊の本を差し出す。
「これは?」
「モンスター図鑑じゃ。この世界の大半の魔物について、特徴や習性、能力などが載っておる」
「モンスター図鑑……」
「街の外へ出るなら、最低限これくらいは頭に入れておけ。相手のことを知らずに戦うのは危険じゃからな」
「……いいのか?」
「ああ。持っていけ」
「ありがとう」
本を受け取る。ずっしりとした重みが手に残った。赤い結晶にスマホ、家の鍵、そしてモンスター図鑑。これから先、何が起きるかは分からない。それでも、こうして準備を整えてくれる人がいる。それだけで、少し心強かった。
「タツヤ」
ガルドが俺を見る。
「もし挫けたら、いつでも戻ってこい」
「……」
「ここに住み続けても構わん。無理に一人で生きようとする必要はないんじゃ」
その言葉を聞いて、俺は一瞬だけ黙った。
前の世界のことを思い出す。俺はほとんど働かず、ニートのような生活を送っていた。もちろん、あの頃にも理想はあった。こうなりたい。こんな生活がしたい。そんなことばかり考えていた。だが、結局は何も変えようとしなかった。
現実が思い通りにならないことを理由に、動き出すことから逃げていたのかもしれない。でも――今の俺は違う。目の前には魔法がある。魔物がいる。冒険者だっている。ずっと憧れていた異世界が、今ここにあるのだ。もちろん、理想と現実が違うことくらい分かっている。いきなり無双できるわけでもなければ、都合よく何もかもがうまくいくわけでもない。それでも、せっかく自分が望んでいた世界に来たんだ。今度こそ、自分の力で生きてみたい。
「……ありがとう」
俺はガルドに笑いかけた。
「でも、自分の力で生きてみたいんだ」
「……そうか」
ガルドは静かに頷いた。
「気をつけて行ってこい」
「ああ」
俺は赤い結晶とスマホ、家の鍵、モンスター図鑑を手に、家を出た。
まずは自分の能力を確かめる。そして、少しずつでも強くなる。Dランクだろうが、暗殺者に狙われていようが、ここで諦めるつもりはなかった。俺の異世界生活は、まだ始まったばかりなのだから。




