39 伝えられなかった言葉
「やり遂げたぞおおおお!!」
転送された直後、ゴリィの大声が周囲に響き渡った。
「おおお! 本当に生きて帰ってこられた!」
「ははっ。ようやく終わったか……」
仲間たちも次々と声を上げる。
目の前には、王都アルディアの街並みが広がっていた。
どうやら無事に帰ってこられたらしい。
俺は大きく息を吐き、周囲を見渡した。誰一人欠けることなく、全員がここにいる。それだけで、胸の奥に溜まっていた緊張が少しずつ解けていくのを感じた。
「……って、タツヤ。お前、まだその状態なのか?」
ゴリィの視線が俺の身体に向けられる。
「ん? ああ……」
そういえば、まだ解除していなかったな。
俺の身体には、黒銀色の鎧を纏った打撃形態と、全身を黒い炎で覆った火炎形態が維持されたままだった。
「熱っ! おい、タツヤ! 近くにいると熱いぞ!」
「本当ですね。タツヤさん、早く解除してください!」
仲間たちが次々と俺から距離を取る。
「ああ、悪い悪い!」
俺は慌てて二つの形態を解除した。身体を覆っていた黒銀色の鎧と黒い炎が消え、ようやくいつもの姿に戻る。
「ふぅ……。そういえば、あれだけの戦いをしたんだ。俺のステータスも、結構変わっているんじゃないか?」
ふと気になり、俺はステータスを確認してみた。すると――。
【ステータス】
名前:綾瀬達也
種族:人間
レベル:20
体力:320
魔力:0
筋力:36
耐久:42
敏捷:24
器用:18
知力:4
幸運:5
「……えっ?」
思わず目を疑った。レベル1だった俺が、いつの間にかレベル20にまで上がっている。各能力値も、以前と比べて大幅に上昇していた。
「おお……! 結構強くなってるじゃないか、俺!」
思わず声が弾む。
異世界に来たばかりの頃は、最低ランクの能力しか持っていなかった。それが今では、あの古代竜と戦い抜けるほどに成長している。もちろん、まだまだ強くならなければならない。それでも、自分の成長をこうして数字で確認できると、素直に嬉しかった。
「皆さん、申し訳ありません」
すると、エドガーが申し訳なさそうに頭を下げた。
「私の転送魔法なのですが、帰還する際には着地点に多少の誤差が生じてしまうんです。予定していた王城とは少し違うところに転送してしまいました」
「そうなのか?」
「はい。大きく離れることはありませんが、完全に同じ場所へ戻すのは難しくて……」
「いや、別に構わないさ。ちゃんと王都に戻ってこられたんだからな」
正直、今さら着地点が多少ずれていたところで気にする気にもなれない。あの古代竜との戦いを生き延びたんだ。それだけで十分だろう。
「さて、これからどうする?」
俺が尋ねると、クラウスが口を開いた。
「僕と父上は、今回の討伐について国王陛下に報告しに行くよ。魔王軍との戦いだけでなく、古代竜ヴァルグレイユとの一件もあるからね」
「そうか。王国への報告は必要だよな」
「ああ。それに、君たちにも話しておきたいことがある」
クラウスは俺たちの顔を順番に見渡した。
「今回の討伐で功績を挙げたのは、僕たちだけじゃない。君たちにも王城へ来てもらいたいと思っているんだ」
「俺たちもか?」
「もちろんだ。国王陛下も、今回の戦いに参加した皆を正式に歓迎したいとお考えになるはずだ。おそらく明日、王城で凱旋式典を開くことになると思う」
どうやら、今回の戦いは王国にとっても大きな出来事だったらしい。まあ、魔王軍との戦いに加えて古代竜まで倒したんだ。何もお咎めなしというわけにもいかないだろう。
「それじゃあ、明日は王城に行けばいいんだな?」
「ああ。詳しいことは、僕たちが国王陛下に報告してから決まるだろう。明日の昼頃、みんなで王城へ来てくれ」
「分かった」
「では、僕たちは先に王城へ向かう。君たちは今日はゆっくり休んでくれ」
クラウスがそう言うと、ガルヴァンも頷いた。
「明日は長くなるかもしれん。今のうちに身体を休めておくといい」
「そうさせてもらうよ」
こうして、クラウスとガルヴァンは王城へ向かい、俺たちは別行動を取ることになった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
俺たちはゴリィと一緒に、王都の宿を探すことにした。
「そういえば、聖命草はどうするんだ?」
歩きながら俺が尋ねると、ガルヴァンと別れた後に残ったゴリィが答えた。
「明日の式典が終わってからグランツの街へ戻ればいいんじゃねえか? そこで聖命草を一本はギルドに、もう一本はガルドさんに飲ませればいいだろ」
「なるほどな。じゃあ、明日は式典に集中できるわけか」
今回の目的だった聖命草も無事に二本採取できた。古代竜との戦いは予想以上に厳しかったが、結果だけを見れば目的は達成できたことになる。それに、ヴィルはヴァルグレイユとの契約まで成立させた。改めて考えると、とんでもない成果だ。
「まあ、今日はゆっくり休もうぜ。さすがに俺も疲れたわ」
「俺もだ」
そんな話をしながら、俺たちは宿へ向かった。
宿に到着すると、部屋を確保して荷物を置いた。窓の外を見ると、まだ空は明るい。
「まだ夕方か……」
ここ最近は戦い続きだったから、こうして何も急ぐ必要のない時間が妙に新鮮に感じる。
「夕食までは各自自由行動にしないか? 夜には宿に戻ってくるってことで」
俺がそう提案すると、皆もそれぞれ頷いた。
せっかく王都まで来たんだ。少しくらい街を見て回るのも悪くないだろう。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「タツヤさん。少し、お話があるんですけど……」
宿を出ようとしたところで、リナに声をかけられた。
「ん? どうした?」
「よろしければ、私と一緒に出かけませんか?」
「もちろん。どこか行きたい場所でもあるのか?」
「はい。実は、タツヤさんに紹介したいお店があるんです」
そう言って、リナは少し恥ずかしそうに微笑んだ。すると、横からノノが勢いよく割り込んできた。
「えーっ! あたしも王子様と一緒に行きたいー!」
「お前はここにいろ」
ヴィルが即座に言い放った。
「なんでよー!」
「お前はまだガキだろ。大人の世界はまだ早いんだよ」
「むーっ! あたし、もう子供じゃないもん!」
「それに、お前はタツヤの奥さんってわけでもないだろ。少しくらい、先に誘った相手に譲るってことを覚えたらどうだ?」
「……は?」
ノノの笑顔が消えた。
「お、おいヴィル。さすがにそれは――」
俺が止めようとした瞬間。
パァンッ!
「いってぇっ!」
乾いた音が宿の中に響いた。ヴィルの頬に、ノノの平手打ちが炸裂していた。
「ヴィルのバカッ!!」
ノノはそう叫ぶと、勢いよく宿の外へ飛び出していった。
「……あいつ、行っちまったな」
「まったく。少し事実を教えてやっただけだというのに」
「いや、言い方ってもんがあるだろ……」
ヴィルは叩かれた頬をさすりながら、どこか不満そうに呟いた。
「まあいい。俺はここで留守番でもしているか」
そう言って、ヴィルは椅子に腰を下ろした。
……本当に反省しているのだろうか。まあ、ノノも一人で遠くまで行くことはないだろう。
「それじゃあ、行こうか」
「はい!」
こうして俺は、リナと二人で宿を後にした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「実は、王都にもグランツの街に負けないくらい、美味しいスイーツのお店があるんですよ」
街を歩きながら、リナが教えてくれた。
「へえ。そんな店があるのか」
「はい。前から一度、タツヤさんと一緒に行ってみたいと思っていたんです」
「そりゃ楽しみだな」
俺はそう答えたものの、内心では別のことを考えていた。
……一緒に行ってみたい、か。わざわざ俺を誘ってくれたんだ。何か話したいことでもあるのだろうか。まあ、こうしてリナとゆっくり過ごせるだけでも、俺にとっては十分幸せなんだけどな。
そんなことを考えていると、リナがそっと俺の手に触れた。
「……?」
視線を落とすと、リナの指先が俺の手に重なっていた。彼女は少しだけためらった後、俺の手を優しく握ってきた。
……え? な、何だこれ!? もしかして、これが噂に聞く恋人繋ぎってやつか!? いや、待て。単に手が冷たくて、俺の手を暖房代わりにしているだけかもしれない……。
思わず顔を向ける。リナは前を向いたままだったが、その頬はほんのり赤く染まっていた。俺は一瞬迷ったものの、その手を握り返した。
「……ありがとうございます」
小さな声が聞こえた。それ以上、何かを言う必要はなかった。
王都の大通りは、夕暮れが近づいても大勢の人々で賑わっていた。道の両側には、色鮮やかな看板を掲げた商店や露店が所狭しと並び、店先では店員たちが声を張り上げて客を呼び込んでいる。焼きたてのパンや香辛料の匂いが漂い、荷物を積んだ馬車が人々の間をゆっくりと進んでいく。行き交う人々の話し声や商人たちの呼び込みが重なり、通りは活気に満ちていた。
そんな人混みの中、リナは俺の手を握ったまま歩いている。指と指が絡み合い、彼女の手の温もりが伝わってくるたび、どうにも落ち着かない。
周囲にはこれだけ大勢の人がいるというのに、不思議と意識はリナにばかり向いていた。人々の話し声も、店先の呼び込みも、いつの間にか遠くに聞こえる。まるで、この賑やかな王都の中に、俺たち二人だけの空間が生まれたようだった。
……これが愛情表現ってやつなのか……? それとも、単に俺を都合のいい暖房器具として利用しているだけなのか……。くっ、どっちなんだ……!?
そんなことを考えながら、俺たちはスイーツ店へと向かった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「わあ……美味しそうですね」
店に入ると、リナはショーケースに並ぶケーキを眺めながら目を輝かせていた。
「確かに、どれも美味そうだな」
俺は苺がたっぷり乗ったショートケーキを、リナは色とりどりの果実が飾られたフルーツタルトを注文した。店員に案内され、俺たちは店先に設けられたテラス席に腰を下ろす。通りを行き交う人々の姿を眺めながら、届いたケーキを前に自然と頬が緩んだ。
「この寒さですし、やっぱり店内は満席ですね。仕方ありません。せっかくですし、冷めないうちにいただきましょう」
リナはフォークを手に取り、ケーキを一口食べた。
「ん……美味しいです」
そう言って微笑む彼女の頬は、なぜか少し赤くなっていた。
……いや、寒いからだよな?
そう思っていると、リナと目が合った。彼女は慌てて視線をそらす。
俺もなぜか顔が熱くなってしまい、手元のケーキに目を落とした。
なんだこの気持ちは......!
普段は普通に話せるのに、こうして二人きりになると妙に意識してしまう。
「あの、タツヤさん」
「ん?」
「実は、私……」
リナはフォークを置き、少しだけ姿勢を正した。
「タツヤさんのことが、す……」
「やだーーー!! あたしもスイーツ食べたーーい!!」
突然、店内に大きな声が響き渡った。
「二人だけでケーキ食べてるなんてずるいー!!」
……。
俺とリナが大通りの方へ目を向けると、少し離れた場所からこちらを睨みつけ、頬をぷくっと膨らませているノノがいた。
いや、なんでお前がここにいるんだよ。
「王子様だけずるい! あたしも食べるー!」
「ちょっと待て。お前、さっきどこかに出掛けてたんじゃなかったのか?」
「そんなの知らないもん! あたしだって甘いもの食べたいんだもん!」
「声が大きいって! 周りを見ろ!」
店の客たちが、何事かとこちらを見ている。
……頼むから、もう少し静かにしてくれ。
「まったく……」
俺はノノの頭を軽く押さえ、目の前の席に座らせた。
「分かったよ。俺のケーキ分けてやる……」
「ほんと!?」
「ああ。でも、俺は一文無しだからな? 食った分は自分で払えよ?」
「えー? あたしも一文無しだけど?」
「お前もかよ!」
どうしてこうなるんだ。せっかくリナと二人で過ごしていたというのに……。
「分かりました。今日は二人の分、私が奢ります。ノノさん好きなケーキ頼んでいいですよ」
リナが笑顔でそう言った。
「えっ、いいのか?」
「はい。いつも協力してくださっているお礼です」
「やったー! リナ大好きー!」
ノノはすっかり機嫌を直し、嬉しそうにメニューを眺め始めた。
……まったく、調子のいい奴だ。
俺は少しだけ不機嫌になりながらも、リナの笑顔を見ているうちに、自然と頬が緩んでしまった。
結局、その後は三人でケーキを食べながら、他愛のない話で盛り上がった。リナが王都のおすすめの店を教えてくれたり、ノノが甘いものを次々と注文しようとしたり。気づけば、さっきまでの気まずさもどこかへ消えていた。
……まあ、楽しけりゃ全て良しだな!
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その夜。宿に戻った俺たちは、明日の式典に備えて早めに休むことにした。
同じ部屋で過ごしていた仲間たちも、いつの間にか寝息を立てている。俺はなかなか寝つけず、静かに窓を開けた。
夜風が頬を撫でる。空を見上げると、無数の星が輝いていた。
……異世界に来た時もこんな夜空だったっけ...。
古代竜ヴァルグレイユとの戦い。クラウスやガルヴァン、ゴリィたちとの共闘。そして、ヴィルとヴァルグレイユの契約。
振り返れば、どれも簡単な出来事ではなかった。そんなことを考えていると、不意に頭の中に聞き覚えのある声が響いた。
『タツヤさーん!』
……この声は。
「女神か?」
『はい! お久しぶりです!』
「いや、つい今日の話したばかりだろ……」
『ふふっ。そうでしたね』
相変わらずの調子だ。俺は周囲で眠っている仲間たちを起こさないよう、声を抑えて答えた。
「とりあえず、報告しておくよ。なんとか無事にヴァルグレイユとの契約を成立させることができた。それに、聖命草もちゃんと採取できたぞ」
『本当ですか!? よかったです! 本当によかった……!』
女神の声が、心から安堵しているように聞こえた。
「まあ、楽な戦いじゃなかったけどな。何度も危ない場面があったし、正直、最後までどうなるか分からなかった」
『そうですよね……。でも、皆さんが無事で本当によかったです』
「ああ。俺もそう思うよ」
少しの沈黙が流れた後、女神が静かに口を開いた。
『……タツヤさん。もしかしたら、私が以前聞いた、闇の組織のリーダーが言っていたことは、間違いではなかったのかもしれませんね』
「闇の組織のリーダーが言っていたこと?」
『はい。以前、冒険者の方が亡くなる直前に、闇の組織のリーダーが口にしていた言葉です』
ああ、あれか。
確か、あいつはこう言っていた。
「俺より強くなるかもしれねえ逸材は、この手で殺すのが道理だろうがよ」
『あの言葉を聞いた時は、ただの傲慢な発言だと思っていました。でも、今回の戦いを見ていると……』
「確かに、そうかもしれないな」
俺は夜空を見上げたまま答えた。
今回のヴァルグレイユとの戦いで、俺たちは何度も追い詰められた。俺自身、最後まで防戦一方だったと言ってもいい。もし仲間たちがいなければ、あの場で命を落としていた可能性だってある。それでも、俺たちは生き残った。
「だけどさ、今回のことで一つ分かったことがあるんだ」
『分かったこと、ですか?』
「ああ。正直、最初はどうせすぐにやられると思っていたんだ。相手は古代竜だぞ? 俺たちがどれだけ頑張ったところで、勝てるわけがないってな。でも、リナと一緒ならそれも悪くないかなって思ってた」
実際、戦いの最中は何度もそう思った。攻撃を受け止めても、相手にはほとんど通用しない。耐性を得ても、別の弱点を突かれる。自分一人の力では、どうにもならない相手だった。
「でも、違った。どれだけ強い相手でも、仲間と力を合わせれば勝てるんだって分かったんだ」
『……はい』
「それに、俺自身もまだ強くなれる。今回の戦いで、それも実感できた」
俺は自分の拳を見つめた。
この世界に来たばかりの頃は、何もできなかった。戦うことも、魔物と向き合うことも、ましてや古代竜を相手にすることなんて考えもしなかった。それが今では、仲間たちと肩を並べて戦っている。少しずつだが、確実に前へ進んでいるんだ。
「これから先も、ヴァルグレイユみたいな強敵と出会うことはあると思う。闇の組織とも、いずれまたぶつかるだろう」
『そうですね……』
「でも、これまで一緒に戦ってきた仲間たちが、これからもずっと同行してくれるとは限らない。いつか別々の道を進むことになるかもしれないし、俺一人で戦わなきゃいけない時だって来るかもしれない」
それでも。
「たとえ俺一人になったとしても、俺は魔王を討伐しに行きたいと思ってる」
『タツヤさん……』
「それが、この世界に来た俺の使命だからさ」
俺はもう一度、夜空を見上げた。
最初は、ただ生き残ることだけで精一杯だった。けれど今は違う。守りたいものも、やり遂げたいこともある。だからこそ、前へ進みたい。
『……分かりました。私もタツヤさんのために、できる限りのことをします』
「頼りにしてるよ」
『はい! 一緒に頑張りましょう!』
「ああ」
女神の明るい声を聞き、俺は小さく笑った。
「さて、明日は凱旋式典なんだ。今日はもう寝るよ」
『そうですか、分かりました。今日は本当にお疲れさまでした』
「ああ。今日のことは感謝してるぜ。色々と助かった」
『ふふっ。どういたしまして! それでは、おやすみなさい。タツヤさん』
「おやすみ」
女神との会話が終わると、俺は窓を閉めた。そして、明日に備えてベッドへと戻る。
こうして、長かった一日が終わった。




