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チート能力をもらって異世界転移したら、全員チート能力持ちだった件  作者: 555544


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38 死闘の果てに得たものと帰還

『この姿となった我輩は、もはや肉体を持たぬ。己自身が《終焉之焔》そのものとなったのだ。そして、この炎が燃え尽きることはない。つまり、我輩は不滅。貴様らがどれほど攻撃を繰り出そうと、我輩には通用せぬ。仮に攻撃を届かせたとしても、その力はすべて我輩の糧となる』


 白金色の炎でできたヴァルグレイユが、巨大な翼を広げた。


「そんな……」


 リナが息を呑む。


『貴様らに勝機などない。我輩に勝てる可能性はゼロだ』


 ヴァルグレイユの視線が、俺へと向けられた。


『だが、一つだけ気になることがある。貴様はこれまで幾度となく我輩の攻撃を受けてきたな。しかし、我輩の鋭い牙や尻尾の突起による攻撃だけは、ことごとく避けていた』


「……そ、それがどうした?」


『分かっているのだろう? 貴様の耐性はあらゆる攻撃を無効にするものではないということだ。炎や打撃には耐えられても、鋭利な刃による斬撃までは防げぬ。つまり、我輩の攻撃が通用する余地は十分にあるということだろう』


「くっ……!」


 見抜かれていたか。確かに、俺の打撃耐性と火炎耐性はどちらも上限に達している。だが、斬撃耐性はそうはいかない。耐性値を上げようにも、傷を負えば出血で命を落としかねない。ヒールで傷を塞ぐことはできても、失った血液までは補えないからだ。斬撃耐性がまったく上がっていない今、あの牙や尻尾の突起をまともに受ければ、俺でもただでは済まない。


『では、試してみるとしよう』


 ヴァルグレイユが大地へと視線を落とした。次の瞬間、周囲の岩肌が一斉に赤く染まり始める。


「なっ……!?」


 地面が沸騰するように泡立ち、岩盤が轟音を立てて溶け始めた。そこから流れ出した溶岩が、ヴァルグレイユの身体へと集まっていく。


 白金色の炎が溶岩を包み込む。すると、溶けた岩石は瞬く間に冷え固まり、鋭い結晶のような形へと変化した。それらはヴァルグレイユの全身を覆うように次々とまとわりつき、巨大な鉱石の鎧を形作っていく。頭部からは鋭い角のような結晶が伸び、背中や肩には刃を思わせる巨大な突起が並んだ。尻尾にも無数の鋭利な鉱石が連なり、まるで巨大な刃物のような姿へと変わっていた。


 白金色の炎を内側から放つ、鉱石の竜。その姿は、先ほどまでとは比べものにならないほど異様なものへと変貌していた。


『さあ、どこまで逃げられるかな?』


 ヴァルグレイユの姿が消えた。


「速っ――!」


 反射的に横へ飛び退く。直後、俺の立っていた場所を鋭い鉱石の爪が切り裂いた。


 ドガァン!!


 岩盤が深々と抉れ、砕けた破片が周囲へ飛び散る。


 これまでとは違って、桁違いに速い……!


 先ほどまでの巨体からは想像もできない速度だ。しかも、攻撃の軌道が読みにくい。鉱石の鎧から伸びた突起が、爪や牙と連動してあらゆる方向から襲いかかってくる。


『どうした? 先ほどまでの威勢はどこへ行った?』


「くそっ!」


 俺は身をひねり、迫り来る鉱石の爪を紙一重でかわした。だが、休む暇もない。ヴァルグレイユは間髪入れずに翼を振り下ろし、続けざまに尻尾を叩きつけてくる。攻撃を受け止めれば鉱石の刃で切り裂かれ、避けようにも速度が違いすぎる。これまでとはまるで別の相手だ。


 そのとき、ヴァルグレイユの頭部から巨大な鉱石の牙が伸びた。


『しまいだ!』


「しまっ――!」


 避けきれない。そう思った瞬間、俺の目の前に二つの人影が飛び込んできた。


「タツヤ! 下がれ!」


 クラウスとガルヴァンだった。二人はそれぞれの剣を構え、迫り来る鉱石の牙を受け流す。


 ガギィィィン!!


「ぐっ……!」


「くぅ……!」


 二人の足元が大きく沈み込む。なんとか攻撃を逸らしたものの、鉱石の表面を伝う白金色の炎が、二人の身体へと滴り落ちていた。


「クラウス! ガルヴァン!」


 俺は思わず声を上げた。


「お前ら、その炎に触れているじゃないか! 早く離れろ!」


 しかし、クラウスは剣を構えたまま、俺の方を振り返った。


「心配はいらない。僕たちも覚悟の上だ」


「何を言ってるんだ! その炎は触れたら最後、燃え尽きるまで消えないんだぞ!」


「分かっているさ」


 クラウスは苦痛に顔を歪めながらも、剣を握る手を緩めなかった。


「それでも、僕は君たちを守りたいんだ。たとえこの身が焦げようとも、この身が誰かの役に立つのなら……未来ある人々を守るために、最後まで戦いたい」


「クラウス……」


「俺も同じだ」


 ガルヴァンが一歩前へ出た。


「それに息子だけに格好をつけさせるわけにはいかんからな。……お前たちと一緒に戦えたことは、俺にとって誇りだ。ありがとうな」


 ガルヴァンは剣を構え直す。


「父ちゃん……!」


 クラウスの表情がわずかに揺れた。だが、二人はすぐに前を向き直す。


 ヴァルグレイユの攻撃が、さらに激しさを増した。


『死に損ないどもが! さっさとくたばるがいい!』


 巨大な爪が振り下ろされる。クラウスが剣で受け流し、その隙をガルヴァンが埋める。二人は息の合った連携で、どうにか攻撃を凌ぎ続けていた。だが、限界は近い。白金色の炎は少しずつ二人の身体を蝕み、傷を負うたびに動きも鈍くなっていた。


「タツヤ! 僕たちが引きつける!」


 クラウスが叫ぶ。


「君たちは聖命草を取って、エドガーの転送魔法で帰還するんだ!」


「それじゃあ、クラウスたちはどうなるんだよ!」


「僕たちはもう、この炎に触れてしまった。今さら帰還したところで、助かる見込みはない。だったら最後まで足掻くさ! 君たちが帰還する、その瞬間まで!」


「そんな……!」


 どうすればいい。攻撃を仕掛けても、相手の力になるだけ。回復魔法を使っても、消えない炎そのものを止めることはできない。聖命草を手に入れたところで、二人の命を救うことはできない。何か方法はないのか……!考えろ。何か、何かあるはずだ。


 そのときだった。


「タツヤさん!」


 背後から声が聞こえた。振り返ると、倒れていたリナが、震える腕で身体を支えながら起き上がろうとしていた。


「リナ! まだ動いちゃ駄目だ!」


「私は大丈夫です……。それより、タツヤさんにはまだ仲間がいるじゃないですか! あの人なら、この状況を変えられるかもしれませんよ!」


「……!」


 その言葉を聞いた瞬間、頭の中に一人の顔が浮かんだ。


「そうか……!」


 俺は空を見上げた。


「女神ー!!」


 すると、頭の中に聞き慣れた声が響いた。


『タツヤさん! 呼びましたか!?』


「女神! 頼みがある! 古代竜ヴァングレイユについて何か知らないか!?」


『古代竜ですか!? ええと、少々お待ちください!』


 女神の声とともに、現世では、女神の目の前の空間に何枚もの書類が次々と現れていた。女神はそれらを慌ただしくめくりながら、目的の資料を探しているようだった。


『確か、タツヤさんたちが向かっている異世界に関する資料が……あっ、ありました!』


「何か分かったのか!?」


 その間にも、クラウスとガルヴァンはヴァルグレイユの攻撃を必死に捌いていた。


『どうやら、この古代竜はかつてアルディア王国の王冠の三剣と呼ばれる者たちと戦った記録が残っています。その戦いで、頭部に聖剣を深く突き刺されたようです』


「聖剣……?」


『はい。その傷は今も癒えていません。古代竜はその痛みを和らげるために、聖命草の生える場所を探し、グラニス鉱山を寝床にしていたようです』


「それで聖命草を求めていたのか……」


『さらに、その聖剣ですが……長い年月の間に、周囲の鉱石が溶けて固まり、剣の根元を覆ってしまっているようです」


「なるほど……!」


 俺はヴァルグレイユの頭部を見つめた。


 確かに、額のあたりには不自然に盛り上がった鉱石がある。あれが聖剣を覆い隠しているのか。


『おそらく、その聖剣が痛みの原因になっているのでしょう。抜くことができれば、争いは避けられるかもしれません』


「それなら……!」


 もしかしたら、あの炎も解除できるかもしれない。ヴァルグレイユが不滅の存在になったのは、アルティマスキルによって己自身を《終焉之焔》へと変えたからだ。だが、その力を使い続けている原因が痛みにあるのなら、聖剣を抜くことで状況を変えられる可能性がある。確証はない。だが、今はそれに賭けるしかない。


「リナ! 回復魔法を頼む!」


「分かりました!」


 リナが両手を前に掲げる。


「《ハイヒール》!」


 淡い光が全員の身体を包み込んだ。


「ぐっ……!」


 身体を蝕んでいた痛みが、ほんの少し和らいでいく。


「タツヤ! 何をしているんだい! 早く転送魔法で帰還するんだ!」


 クラウスが声を張り上げた。


「分かってる! だけど、クラウスたちも一緒に帰れる方法があるかもしれない!」


「なんだって!?」


「ヴァルグレイユの頭には、昔の戦いで刺さった聖剣が残っているらしい! それが痛みの原因になっているんだ! だから、あれを抜けば状況が変わるかもしれない!」


「聖剣が……?」


「そうだ! あの鉱石の奥に埋まっているはずだ! 俺が抜く! だから二人とも、もう少しだけ攻撃を引きつけてくれ!」


 クラウスは一瞬だけ驚いた表情を浮かべたが、すぐに剣を構え直した。


「……分かった。君を信じるよ」


「俺もだ。任せておけ!」


 ガルヴァンも力強く頷いた。そのとき、ヴァルグレイユが再び大きく咆哮した。


『邪魔をするなぁぁぁ!!』


 その声には、さきほどまでの余裕は微塵もなかった。ただ目の前にいる者を排除しようとする、荒れ狂う獣のような怒りだけがあった。


 やはり、痛みで我を忘れているのか……!


 俺は額に埋まった鉱石を見据えた。あそこにある聖剣を抜く。それが、この戦いを終わらせる唯一の手段だ。


 そのとき、後方から仲間たちが立ち上がる気配がした。


「おいおい、なんだよ。俺たちを置いて勝手に盛り上がってんじゃねえぞ」


 ヴィルだった。リナの回復魔法によって傷が癒えたヴィルが、ゆっくりと立ち上がる。その隣ではゴリィも身体を起こし、ノノもふらつきながら立ち上がっていた。少し離れた場所では、エドガーもまた、回復した身体を起こしている。


「ヴィル! もう動けるのか!?」


「ああ。リナのおかげでな!」


 俺は仲間たちに向き直った。


「これが最後の局面になる! みんな、援護を頼めるか!?」


「当たり前だろ!」


「任せておけ!」


「王子様のお願いなら、頑張っちゃうよ♡」


「私も、できる限り力を尽くします!」


 頼もしい返事が返ってきた。


「シャドウスパイダー! もう一度、岩に糸を張ってくれ!」


 ヴィルの声に反応し、傍らにいたシャドウスパイダーがすぐさま動いた。負った傷など意にも介さず、岩場へと駆け寄ると、素早く糸を伸ばして岩に絡みつける。


「ゴリィ! 合体技をやるぞ!」


「おう! 任せとけ!」


 ゴリィは糸の張られた場所を見定めると、力強く地面を蹴った。張り詰めた糸を踏み台に、一気に高く跳び上がる。


 一方、ノノは両手を広げ、膨大な魔力を解き放った。


「ゼニススキル――《魔力極大(マナ・マキシマム)》!」


 周囲の空気が震えた。ノノの身体から溢れ出す魔力が、さらに膨れ上がっていく。


「《氷獄葬送(コキュートス)》――出力最大!」


 ノノの詠唱に合わせるように、エドガーも両手を前方へと掲げた。


「僕も続きます! 《氷獄葬送(コキュートス)》!」


 エドガーの周囲にも冷気が生まれ、ノノの魔法に呼応するように広がっていく。だが、その規模も威力もノノには遠く及ばない。それでも、二人の魔力が重なったことで、周囲の温度は急激に低下し始めた。


 地面を覆う岩肌に霜が広がり、空気中の水分までもが凍りついていく。ノノとエドガー、二人の魔法がヴァルグレイユを包み込もうとしていた。


 だが、魔法が放たれるよりも早く、ヴァルグレイユがヴィルたちの存在に気づいた。


『起き上がったか。ならば、まずは貴様らから消し去ってくれる!』


 白金色の炎を噴き上げ、巨大な鉱石の爪を振りかざす。


「させるか!」


 クラウスが前へと飛び出した。


「アルティマスキル――《絶対王命》! その場から動くな!」


『ぬっ……!?』


 ヴァルグレイユの巨体が、空中でぴたりと停止した。以前の《王命》とは明らかに違う、強力な拘束力。古代竜ほどの存在でさえ、わずかながら動きを封じられている。だが、長くは持たない。


「みんな! 今だ!」


「分かった!」


 俺は地面を蹴り、一気に空へと駆け上がった。黒銀色の鎧に黒い炎が絡みつき、その炎が両腕へと集中していく。


「火炎形態――《黒焔乱舞(こくえんらんぶ)》!!」


 拳を突き出す。


 ドドドドドドドッ!!


 黒い炎を纏った拳が、連続してヴァルグレイユの巨体へと叩き込まれる。打撃の衝撃が鉱石の鎧を揺らし、白金色の炎が激しく飛び散った。


「おおおおおっ!!」


 続いて、ゴリィがシャドウスパイダーの張った糸を足場にして、勢いよく空中へと跳び上がった。剣を両手で握り締め、全身の力を刃へと集中させる。


「俺の一撃を受けてみやがれ!」


 ゴリィは雄叫びとともに剣を振り下ろした。渾身の一撃がヴァルグレイユの頭部を捉え、凄まじい衝撃が響き渡る。鉱石の鎧に亀裂が走り、その巨体がわずかに揺らいだ。


「行くよ! エドガー!」


「はい!」


 ノノとエドガーが同時に両手を前方へと突き出した。


「《氷獄葬送(コキュートス)》!!」


 二人の魔力が一気に解き放たれる。ノノの圧倒的な冷気にエドガーの魔法が重なり、凄まじい冷気がヴァルグレイユの足元へと押し寄せた。


 地面が瞬く間に凍りつき、岩肌を覆っていた溶岩の残骸までもが白く染まっていく。ヴァルグレイユの巨大な脚が氷に包まれ、その動きが鈍くなった。


『ぬうっ……! 小賢しい真似を!』


 ヴァルグレイユが力任せに脚を動かそうとする。だが、凍りついた地面がその動きを妨げていた。


 そして、ガルヴァンの身体から凄まじい魔力が溢れ出す。


「ゼニススキル――《万象断滅》!!」


 ガルヴァンが剣を振り抜くと同時に、巨大な斬撃が放たれた。それは、これまでの《万象断ち》とは比べものにならないほどの規模だった。まるで空間そのものを切り裂くような一閃が、白金色の炎を押しのけながらヴァルグレイユへと襲いかかる。


 ドォォォォン!!


 斬撃が直撃した。白金色の炎を纏っていた鉱石の鎧に無数の亀裂が走る。やがて亀裂は一気に広がり、全身を覆っていた鉱石が次々と砕け散っていった。


『ぐおおおおおっ!!』


 ヴァルグレイユの巨体が大きく揺らぐ。


「行け、タツヤ!!」


「分かってる!」


 俺はさらに上昇し、ヴァルグレイユの頭部へと向かった。鉱石の鎧が剥がれ落ちたことで、額に突き刺さっている剣が見えている。


 あれだ!


 古びた剣の柄が、白金色の炎の中からわずかに覗いていた。刃の大部分は頭部の奥へと埋まり、周囲の鉱石と一体化している。


 俺はヴァングレイユの頭部に着地し、その柄を両手で掴んだ。


「ぐっ……!」


 熱い。いや、熱さだけじゃない。剣を握った瞬間、腕に凄まじい圧力がかかった。長い年月をかけて固まった鉱石が、剣をがっちりと固定しているのだ。しかも、ヴァルグレイユ自身が激しく暴れている。


『貴様……! 何をするつもりだ!』


「これを抜くんだよ!」


 俺は歯を食いしばり、両腕に力を込めた。


「頼む……抜けてくれ!」


 ビクともしない。


 くそっ! このままじゃ間に合わない!


 そのとき、背後から仲間たちの声が響いた。


「タツヤさん! 頑張ってください!」


「タツヤ! あと少しだ!」


「いけえええええっ!!」


 みんなが叫んでいる。クラウスとガルヴァンも、痛みに耐えながら必死にヴァルグレイユの動きを抑えていた。


 俺一人の力じゃない。みんなが作ってくれた、この一瞬を無駄にするわけにはいかない!


「うおおおおおおおおっ!!」


 全身の力を振り絞り、剣を引き抜く。


 ギギギギギ……!


 固まった鉱石が軋み、剣の周囲に亀裂が走った。


 あと少し……!


「抜けろおおおおおっ!!」


 バキィィィン!!


 ついに鉱石が砕けた。俺の手の中には、古びた聖剣が握られていた。その瞬間――。


『グオオオオオオオオッ!!』


 ヴァルグレイユが、天を揺るがすほどの咆哮を上げた。白金色の炎が一斉に膨れ上がり、全身を覆っていた炎の竜体が激しく揺らぐ。そして、次の瞬間――。ヴァルグレイユの身体を包んでいた白金色の炎が、まるで役目を終えたかのように一斉に消滅した。それと同時に、クラウスとガルヴァンの身体を焼き続けていた白金色の炎も、跡形もなく消え去った。


 本来ならば、対象を燃やし尽くすまで決して消えることのない炎。それが、《不滅竜体》が解除されたとともに、すべて消滅したのだった。


「……消えた?」


 俺は手の中の聖剣を見つめた。その直後、ヴァルグレイユの頭部から大量の血が噴き出した。


『ぐ……おお……』


 巨体が大きく傾く。そして、地面へと崩れ落ちた。


 ドォォン!!


「やった……のか?」


 俺はすぐに地面へ降り立った。ヴァルグレイユはうつ伏せになったまま、しばらく動かなかった。


 今のうちに……!


 俺は近くに残っていた聖命草へと駆け寄り、そのうちの一本を根元から素早く抜き取った。


「よし! これで聖命草は確保できた!」


 ようやく、目的を果たせた。だが、安心するにはまだ早かった。


『……ぐ、ぬ……』


 ヴァルグレイユが、ゆっくりと顔を上げた。


『我輩の……頭から……あの忌々しい聖剣を抜いただと……?』


 その声には、先ほどまでの荒々しさとは違う響きがあった。


『……痛みが、治まっている……』


 ヴァルグレイユは額に手を当て、しばらくその感覚を確かめるように動きを止めていた。だが、次の瞬間。


『痛みが癒えたからといって、貴様らに聖命草を渡すと思ったか!?』


「えっ!?」


 ヴァルグレイユが突然、尻尾を振り回した。先端に残った鋭い鉱石の突起が、俺目掛けて迫ってくる。


「危なっ!」


 俺は咄嗟に身をひねり、紙一重で攻撃をかわした。尻尾は地面を抉り、砕けた岩石が周囲へと飛び散る。


『我輩の住処を荒らし、ここまで追い詰めておいて、ただで帰れると思うな!』


「おいおい……。痛みがなくなったばかりだろ! 少しは落ち着けよ!」


 まったく、まだ戦う気かよ! だが、先ほどまで全身を覆っていた白金色の炎は消えている。これなら、なんとか全員で帰還できるかもしれない。


 そのとき、クラウスが俺たちの前へと歩み出た。


「……帰還する前に、もう一つやっておくことがある」


「何だ?」


 クラウスはヴィルへと視線を向けた。


「ヴィル。君はまだ、ヴァルグレイユと契約を交わしていなかったね?」


「え? あ、ああ。そりゃそうだろ。いきなり何を言い出すんだ?」


「ならば、今ここで契約してもらおう」


 クラウスの表情は真剣そのものだった。


「ヴァルグレイユほどの存在を人類側に引き入れられれば、これ以上ない戦力になる。それに、一度ヴィルと契約を結べば、魔王軍がヴァルグレイユと契約することもできなくなる。今、この場で契約を結べるのは君だけなんだ」


「え!? 何!? どういうこと!?」


 ヴィルは困惑しながら、ヴァルグレイユへと向き直った。だが、当の本人は納得していないようだった。


『ふざけるな! 我輩が人間と契約など――』


「心配はいらない。ヴァルグレイユの力は、まだ完全に失われたわけじゃない。けれど、先ほどまでのような力はない。今なら、僕の最後の力を振り絞った《絶対王命》で何とか契約を強制できるだろう」


 クラウスの言葉に、ヴィルが目を見開いた。


「まさか、それを狙って……?」


「ああ。ここで逃せば、次にいつ機会が訪れるか分からないからね」


 クラウスはヴァルグレイユへと向き直る。


「《絶対王命》! 僕が命じる。ヴァルグレイユ、ヴィルと契約を交わせ!」


 クラウスの声が周囲に響き渡った。


『なっ……!?』


 ヴァルグレイユの巨体が強張り、その動きが止まる。クラウス自身の意思によって発動した《絶対王命》が、古代竜の身体を再び拘束していた。


「えええええっ!? ほんとに俺と!?」


 ヴィルが目を丸くする。


「ちょ、ちょっと待て! 心の準備が!」


「ヴィル! 今は時間がない。頼む!」


 クラウスの声に、ヴィルは一瞬だけ戸惑いを見せた。だが、すぐに覚悟を決めたように頷く。


「……分かった。やってみる!」


 ヴィルがヴァルグレイユへと手をかざす。すると、その足元に契約の魔法陣が広がり、徐々にその範囲を広げていった。


『ぐ……ぬぅ……! 我輩に何をさせるつもりだ!』


 ヴァルグレイユが抵抗する。しかし、《絶対王命》によって動きを封じられた身体は、思うように動かせない。やがて、契約の魔法陣がヴァルグレイユの全身を包み込んだ。


 光が一瞬だけ強く輝き、次の瞬間には跡形もなく消え去った。


「……契約、成立したのか?」


 俺が尋ねると、ヴィルは自分の手を見つめながら頷いた。


「ああ……。どうやら、できたみたいだ」


「おお! やったな、ヴィル!」


 これで、ようやく一段落だ。クラウスも大きく息を吐き、張り詰めていた表情を少しだけ緩めた。


「みんな! 用事は済んだ! 今のうちに撤退するぞ!」


「了解!」


 俺たちはすぐにエドガーのもとへと集まった。


「エドガー! 転送を頼む!」


「承知しました!」


 エドガーが両手を広げ、魔力を集中させる。


「空間を越え、我らを導け――!」


 足元に巨大な魔法陣が展開された。だが、そのときだった。


『待て……!』


 背後から、低く唸る声が響いた。振り返ると、ヴァルグレイユがこちらを睨みつけていた。


『絶対に、ここから1匹たりとも返さぬぞー!!』


「おい! まだやるつもりかよ!」


 ヴァルグレイユの尻尾が大きく持ち上がる。


『全員、まとめて叩き潰してくれるわ!!』


 尻尾が勢いよく振り下ろされた。


「急げ、エドガー!」


「もう少しです!」


 魔法陣が眩い光を放つ。迫り来る尻尾が、刻一刻と俺たちに近づいてくる。


「間に合ええええっ!!」


 その瞬間、視界が真っ白に染まった。次に目を開けたとき、俺たちは石畳の上に立っていた。


「……はぁ、はぁ……。助かったのか?」


 周囲を見回す。見慣れた街並み。行き交う人々。そして、遠くにそびえ立つ王城。


 ここは――。


「王都アルディア……?」


 どうやら俺たちは、無事に帰還できたらしい。こうして、古代竜ヴァルグレイユとの死闘は、ひとまず幕を下ろした。

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