36 消えない炎と新たな形態
「待ってくれ! 俺たちは戦いに来たわけじゃない!」
俺は古代竜を見上げながら、慌てて声を上げた。
「俺たちがここに来たのは、聖命草を手に入れるためなんだ。実は、仲間のリナの祖父が病気でな。その命を救うために、どうしても聖命草が必要なんだ!」
俺は事情を説明した。できることなら、無用な争いは避けたい。相手はゼルガードをも上回る存在だ。まともに戦って勝てる相手とは思えなかった。しかし、古代竜は俺の話を聞くと、低く笑い始めた。
『ククク……そういうことか。先日は我輩の力と聖命草を狙う魔王軍の愚物どもを追い払ったばかりだというのに、今度は貴様らが聖命草を求めて現れたか。まったく、懲りぬ連中よ』
「ああ。頼む! どうか譲ってくれないか!」
『断る』
古代竜は即答した。
『この聖命草は、我輩が負った傷を癒やすための寝床として使っているものだ。一本たりとも貴様らに渡すつもりはない』
「そんな……!」
リナが悲しそうに声を漏らす。
『欲しければ、己の力で奪ってみせろ。それができぬというのなら、今すぐ立ち去るがいい』
「……どうやら、大人しく聖命草を渡してくれる気はなさそうだね」
クラウスが古代竜を見上げながら呟いた。
「仕方ない。ここは俺っちと父ちゃんが前に出る。ほかのみんなは援護を頼むよ!」
「ああ、分かった!」
ガルヴァンも頷き、ゆっくりと前へ出た。
「俺も行くぜ!」
俺は二人の後を追うように前へ出た。
「俺も行きます!」
ゴリィも力強く声を上げ、俺の隣に並んだ。
「ゴリィ、お前も来るのか?」
「もちろんだ! ここまで来て、黙って見ているわけにはいかないからな!」
「そうか。頼りにしてるぜ!」
「タツヤ、無理はするなよ。あの古代竜は相当な強敵だ」
「分かってるさ。打撃の耐性なら、ここに来るまでにかなり上げてきたからな。少しくらいは役に立てるはずだ」
「そうか、分かった! 来るぞ!」
ガルヴァンが叫んだ。その直後、古代竜が大きく口を開いた。
『まずは、貴様らの実力を見せてもらおうか』
ゴォォォォォッ!!
「うおっ!?」
古代竜が勢いよく息を吸い込んだ。その瞬間、俺たちの身体が前方へ引っ張られる。周囲の小石や砕けた岩が次々と宙に浮き、古代竜の口へと吸い込まれていった。
「な、なんだこの吸引力は!」
「岩につかまれ!」
ガルヴァンの声に従い、俺たちは地面から突き出した岩にしがみついた。風圧はさらに強まり、身体が浮き上がりそうになる。俺は両手で岩をつかみ、必死に耐えた。
やがて古代竜が吸い込むのをやめると、その口の奥に不気味な黒い光が灯った。
「ブレスが来るぞ!」
クラウスが叫ぶ。次の瞬間、古代竜の口から溶岩状の黒い炎が放たれようとした。
「させるか!」
クラウスは自分自身にゼニススキルを発動させた。
「《王命》! 跳躍しろ!」
クラウスの身体が一気に跳ね上がる。そのまま古代竜の頭上へ回り込み、勢いよく顎を蹴り上げた。
バキィィンッ!!
『グオッ!?』
古代竜の頭が大きく跳ね上がる。その直後、口から放たれた黒いブレスは狙いを外れ、空高く吹き飛んでいった。
「今だ、父ちゃん!」
「おう!」
クラウスの合図とともに、ガルヴァンが地面を蹴った。
「《万象断ち》!」
ガルヴァンの剣が鋭い光を放つ。その一閃は古代竜の腹部を深々と切り裂いた。
『グルルッ……!』
古代竜がわずかに身をよじる。
「ゴリィ! 続け!」
「分かりました!」
ガルヴァンに続き、ゴリィも地面を蹴った。剣を振るったガルヴァンとは違い、ゴリィはその巨体を生かして古代竜の懐へと飛び込む。
「食らいやがれ!」
ゴリィは空中で身体をひねり、古代竜の腹部へ強烈な蹴りを叩き込んだ。
ドゴォンッ!!
『グオッ……!』
古代竜の腹部が大きく揺れ、その巨体がわずかに後退する。
「よし! 俺も続くぜ!」
俺はヴィルの方を振り返った。
「ヴィル! 古代竜まで俺を飛ばすことはできるか!?」
「おう! 任せとけ!」
ヴィルが手をかざすと、地面からシャドウスパイダーが現れた。
「シャドウスパイダー! あの岩と岩の間に糸を張ってくれ!」
ヴィルの指示を受け、シャドウスパイダーは素早く岩同士を糸で結びつけた。それを見た俺は、すぐに意図を理解した。
「よし、これなら届く!」
俺は糸の中央に身体を乗せ、ヴィルたちに勢いよく引っ張ってもらう。
「いくぞおおおおお!」
ビィィィンッ!!
糸が限界までしなり、次の瞬間、俺の身体は勢いよく弾き飛ばされた。まるで巨大なパチンコから射出されたかのように、俺は古代竜の腹部へと一直線に飛んでいく。
「どりゃあああああ!!」
グォンッ!!
全身の力を込めた拳が、古代竜の腹にめり込んだ。その衝撃で、古代竜の腹部が波打つように大きく揺れる。
『グオオッ……!』
「まだまだよ♡ ゼニススキル――《焔獄崩星》!」
ノノが両手を掲げると、巨大な炎の塊が上空に生み出された。それは一瞬で膨張し、古代竜めがけて飛んでいく。
「私も援護します!」
エドガーもすぐさま魔法を発動させた。ノノが放ったものより二回りも小さい巨大な炎の塊が生み出され、古代竜へと向かっていく。
ドゴォォォォン!!
二つの炎がほぼ同時に炸裂した。凄まじい爆発が巻き起こり、周囲の岩肌が吹き飛ぶ。
『グオオオッ!!』
古代竜がわずかに悲鳴を上げた。
「やったか!?」
俺は着地しながら古代竜を見上げた。しかし、その直後だった。
『小賢しい……!』
古代竜は大きく口を開いた。すると、先ほどクラウスに蹴り上げられ、空高く吹き飛んでいった溶岩状の黒い炎が、勢いを失って地上へと落下し始めた。そして――。
ボォォォォォッ!!
無数の黒い炎が、まるで雨のように降り注いできた。
「うわっ! 危ねえ!」
「みんな、避けて!」
ヴィルたちは慌てて散開し、降り注ぐ炎を避けた。
俺も何とか直撃を免れたが、炎が落ちた場所を見て思わず目を疑った。
「……なんだ、あれ?」
黒い炎が、消えない。
地面に落ちた炎は岩肌に張り付き、いつまでも燃え続けていた。周囲の岩まで黒く焦がしながら、まるで意思を持っているかのように揺らめいている。
「おいおい、なんで消えねえんだよ!?」
ヴィルが驚いたように声を上げる。
『ククク……驚いたか。これこそが我輩のチート能力、《終焉之焔》だ』
「《終焉之焔》……?」
『そうだ。一度対象に燃え移れば、そいつが完全に燃え尽きるまで決して消えることのない炎。水をかけようが、魔法で消そうが無駄だ。対象が滅びるまで、永遠に燃え続ける』
「な、なんだよそれ……!」
ヴィルが思わず後ずさる。
なんて能力だ。まともに受ければ、耐火耐性があろうと簡単には逃げられそうにない。
『それにしても……先ほどの攻撃、なかなか面白かったぞ。人間にしては、少しばかり骨があるようだな』
古代竜は腹部を見下ろしながら、口元をわずかに歪めた。
『だが、まだまだだ』
次の瞬間、古代竜が巨大な翼を大きく広げた。
「まずい! 何か来るぞ!」
ガルヴァンが叫んだ。
バサァァァァッ!!
古代竜が翼を羽ばたかせた。
「うおおおおっ!?」
凄まじい風圧が俺たちを襲う。身体が地面から引き剥がされ、全員が一斉に上空へと吹き飛ばされた。
「くっ……!」
俺は何とか体勢を立て直そうとしたが、空中では踏ん張ることもできない。その間に古代竜も翼を広げ、俺たちを追うように飛び上がってきた。
『空中ならば、逃げ場もあるまい』
古代竜は身体を大きく捻った。そして、巨大な尻尾を振りかぶる。
「三人とも、来るぞ!」
クラウスが叫んだ。古代竜の尻尾が、猛烈な勢いでクラウス、ガルヴァン、ゴリィへと振り抜かれた。
「ぐっ!」
クラウスは空中で身体をひねり、攻撃をかわす。
「父ちゃん!」
「問題ない!」
ガルヴァンも身体を捻り、間一髪で尻尾を避けた。ゴリィも大きく身体を傾け、何とか直撃を免れる。
一方、俺は最初の攻撃を避けることすらできなかった。
「なっ……!」
巨大な尻尾が俺の身体を直撃する。
ドゴォォォォン!!
「がはっ!!」
《打撃耐性+49を獲得しました》
俺の身体は地面へ向かって一直線に叩き落とされた。
ズガァァァン!!
地面が大きく陥没し、周囲の岩盤に亀裂が走る。
「タツヤ!!」
クラウスの叫び声が聞こえた。だが、返事をする余裕などなかった。
「ぐっ……げほっ!」
全身に激痛が走る。息をするだけでも胸が軋み、身体を起こそうとしても、腕に力が入らなかった。
くそっ……。打撃耐性は、ここに来るまでに五十程まで上げていたはずだ。それなのに、この一撃だけでここまでのダメージを受けるなんて……。
古代竜の攻撃は、想像していた以上に桁違いだった。その時、俺の目の前にいくつもの文字が浮かび上がった。
《打撃耐性が一定値に到達しました》
《打撃耐性+100》
《耐性値が上限に達したため、該当する耐性を100%発揮できます》
《耐性値が+100に到達しました。耐性に応じた形態モードへの移行が可能です》
「……また、これか」
邪眼洞魔と戦った時にも見た表示だ。どうやら、打撃耐性が上限に達したらしい。だが、今の俺には身体を動かすことすら難しい。
「形態変化して、この状況が打開できるのか……?」
古代竜は再び翼を羽ばたかせ、空中にいるクラウス、ガルヴァンたちへと執拗に迫っていた。
『逃がすと思うか?』
古代竜は間髪入れずに尻尾を振り回した。先ほどの攻撃を避けたばかりの三人は、体勢を立て直す間もない。
「なっ……!」
「ぐおっ!」
「がはっ!」
クラウスたちは一度目の尻尾攻撃を避けたものの、続けざまに襲いかかる攻撃を完全にかわすことはできなかった。地面へ叩きつけられた三人は、苦しそうに身体を起こそうとしている。
「うわあああっ!」
「ヴィルさん!」
後方で援護していた仲間たちも、古代竜の翼が生み出した風圧に煽られ、空中で体勢を崩していた。そこへ追い打ちをかけるように強風が吹きつけ、全員が地面へと叩きつけられる。
「ぐっ……!」
「きゃあっ!」
ヴィルも、リナも、ノノも、エドガーも、まともに受け身を取ることすらできなかった。エドガーが放った魔法も、ノノの魔法も、今はもう続けられそうにない。
やがて、辺りには倒れた仲間たちの姿が広がった。
「くっ……もう、立てそうにない……」
ヴィルが苦しそうに声を漏らす。リナも身体を起こそうとするが、力が入らないようだった。ノノも珍しく笑みを消し、地面に片手をついている。
このままじゃ、全員やられる。
俺は歯を食いしばり、何とか身体を起こした。
「……まだだ」
足が震える。視界もぼやけている。それでも、俺は一歩ずつ前へ進んだ。
「おい……タツヤ!」
ヴィルの声が聞こえた。
「無茶だ! 戻れ!」
クラウスも叫んでいる。だが、俺は止まらなかった。古代竜は地面へ降り立つと、俺の姿を見下ろした。
『ほう……まだ立ち上がるか』
その巨大な瞳が、俺を捉える。
『雑魚のくせに、威勢だけは一人前だな。まるで己の弱さも知らぬ赤子のようだ』
「……うるせえよ」
俺はよろめきながらも、両腕を構えた。
「まだ……終わってねえんだよ」
『ならば、その無謀さごと踏み潰してやろう』
古代竜が尻尾を大きく振りかぶった。その動きが、やけにゆっくりと見えた。
俺は目の前に浮かぶ表示を思い出す。耐性値は上限に到達した。形態モードへの移行が可能。正直、今の身体で何ができるのかは分からない。それでも、これに賭けるしかなかった。
「形態変化――打撃!!」
その瞬間、俺の身体をまばゆい光が包み込んだ。
全身を覆うように、黒銀色の装甲が次々と形成されていく。胸部には厚みのある装甲。両肩には竜の鱗を思わせる鋭い装甲板が重なり、腕には拳を覆う巨大なガントレットが装着された。脚部も頑丈な装甲に覆われ、全身から重厚な輝きが放たれている。まるで、戦うためだけに作られた鎧を身にまとったかのようだった。そして――。
ドゴォォォン!!
古代竜の腕が、俺の身体を地面へと叩きつけた。凄まじい衝撃とともに、地面が大きく陥没する。
『……む?』
だが次の瞬間、俺を押し潰そうとしていた古代竜の腕が、何かに弾かれたように横へと押しのけられた。
その下には、黒銀色の鎧をまとった俺が立っていた。
「……なんだ、これ」
俺は自分の身体を見下ろした。つい先ほどまで大怪我を負っていたはずなのに、身体がまるで別物のように軽い。いや、軽いどころではない。全身から力がみなぎり、今なら何でもできそうな気さえした。
「はは……。すげえな、これ」
俺は軽く拳を握りしめた。今までとは違う。腕を動かすだけで、空気が震えるような感覚がある。
「身体が……めちゃくちゃ軽いぞ」
試しに、その場で軽く跳躍してみた。
ドンッ!!
「うおっ!?」
たったそれだけのつもりだった。だが、俺の身体は一気に空高く舞い上がっていた。
「な、なんだこの跳躍力!?」
自分でも驚くほどの高さだ。これが打撃耐性による形態変化なのか。
『何をした、人間……?』
古代竜が怪訝そうに俺を見上げる。その一瞬だった。
「考えるのは後だ!」
俺は空中で身体を捻り、古代竜の顔面へと急降下した。古代竜が反応するよりも早く、右拳を大きく振りかぶる。
「食らえええええっ!!」
ドゴォォォォン!!
俺の拳が、古代竜の顔面を真正面から捉えた。
『グボォッ!?』
凄まじい衝撃が走る。古代竜の巨大な頭部が横へ弾かれ、その口から大量の血が吐き出された。
「……おお! なんつーパワーだ!」
俺は拳を構えたまま、目の前の光景に呆然とした。
今まで、あれほど圧倒的だった古代竜が――。たった一発の拳で、血を吐いたのだ。




