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チート能力をもらって異世界に行ったら、全員チート能力持ちだった件  作者: ぱん


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26 女神が十年間隠していた真実

『……私、もうどうしたらいいのか分からないんです』


 女神の声は、今にも消えてしまいそうなほど弱々しかった。俺は黙って耳を傾けた。いつもの調子で軽口を叩こうにも、相手が本気で泣いているのでは、さすがに茶化す気にもなれなかった。


『私だって、最初からこんなふうだったわけじゃありません。昔はちゃんと仕事をしていました。誰よりも一生懸命に、現世で異世界転移を望んでいる人を探して、一人ずつ送り出していたんです』


 女神は、ぽつりぽつりと語り始めた。かつての彼女は、仕事に忠実な女神だった。


 異世界に憧れ、現世での人生に行き詰まり、新しい世界でやり直したいと願う人間。そんな人々を見つけては、彼らの希望を聞き、異世界へと送り出していた。しかし、彼女が送り出した者たちは、誰一人として長く生き残ることができなかった。


『どうして、みんな死んでしまうんでしょう……。私は、ちゃんとチート能力とか異世界最強の武器とか最強のステータスを授けていたのに……』


 女神は何度も原因を探った。そして、ようやく異世界転生者に協力してもらいつつも一つの事実にたどり着いた。


 異世界の住人は、生まれながらにしてチート能力を持っている。それは神が一人ひとりに気まぐれで与えているものではない。この世界に生きる生物が、長い年月をかけて受け継いできた血脈の力だった。


 はるか昔、この世界に生きる生物は、種族ごとに、それぞれ一種類の能力しか持っていなかったという。だが、異なる種族やモンスターが交わり、そこに生まれた子孫たちが、さらに別の血脈と交わっていく。その繰り返しによって、能力は少しずつ変化し、枝分かれし、時には誰も見たことのない新しい力として発現するようになった。父親と母親の能力が、そのまま子供に受け継がれるとは限らない。祖父母や、さらに遠い祖先から受け継いだ力が、何世代も経って突然現れることもある。だからこそ、たとえ双子であっても、同じ能力を持つとは限らないのだ。


 そして、この世界では能力の強さが生存率に直結していた。弱い能力を持つ者は、強者に敗れ、淘汰されていく。反対に、強い能力を持つ者は生き残り、子孫を残し、その血脈を後世へとつないでいく。そうして長い年月をかけて、強力な能力がこの世界に蓄積されていったのである。もちろん、弱い能力を持って生まれた者が必ず死ぬわけではない。戦いを避け、仲間に助けられ、知恵を使って生き延びる道だってある。だが、異世界からやって来た者たちは違った。


『私が送り出した人たちは、みんな運が悪かったんです。与えられた能力が、この世界では通用しないほど弱かった……。鑑定すれば、全員がDランク。現世でどれだけ優秀だったとしても、異世界では弱者として扱われてしまうような人たちでした』


 女神が授けたチート能力は、決して万能ではなかった。現世では特別な力だったとしても、異世界では、それを上回る能力を持った者がいくらでもいる。


 彼女は異世界へ送り出す人間を選んでいたつもりだった。しかし、現世での適性と、異世界で生き残るための適性は別物だったのだ。


 それでも、女神は諦めなかった。いつかは強い能力を持った人間を見つけられる。そう信じて、何人もの人間を送り出した。けれど、彼女の努力は、ある日を境に完全に打ち砕かれることになる。


『……十年前のことです』


 女神の声が震えた。


 その日もまた、彼女が送り出した異世界転移者が命の危機に瀕していた。彼は弱い能力しか持っていなかった。それでも必死に生きようとしていた。だが、目の前に立ちはだかった敵は、彼の力では到底太刀打ちできない相手だった。


 傷つき、地面に倒れ、もはや指一本動かすこともできない。そんな彼が、最後の力を振り絞って女神に助けを求めた。


『女神様……! 聞こえますか……! 助けて……! 誰か、助けてくれ……!』


 脳内を通じて届いた悲鳴に、女神はすぐさま応答した。


『聞こえています! 今、何が起きているんですか!? 逃げてください! とにかく、そこから逃げるんです!』


 しかし、返ってきたのは、かすれた息遣いだけだった。


 彼の目の前には、一人の男が立っていた。その男は、倒れた異世界転移者をしゃがんで見下ろしながら、つまらなそうに首を傾げていた。


「おいおい、もう終わりか? せっかく楽しませてもらえると思ったのによぉ」


 男の身体には、目立った傷一つなかった。


 異世界転移者は震える手を伸ばしたが、男はそれを踏みつけた。


「がっ……!」


『やめてください! もう、その人は戦えません!』


 女神は必死に叫んだ。だが、男にはその声が聞こえていないはずだった。それなのに。


「……ん?」


 男は、ふと動きを止めた。そして、周囲を見回す。


「今、誰か喋らなかったか?」


『……え?』


 女神は息を呑んだ。男は倒れた異世界転移者を見下ろし、それから、まるで彼の頭の中を覗き込むように笑った。


「なるほどなぁ。お前をここに連れてきた張本人がいるってわけか」


 男は、女神の声が届く方向へ顔を向けた。


「おい、そこの女神サマ。聞こえてるんだろ?」


 女神の背筋が凍りついた。異世界転移者の脳内を通じて、男にこちらの声が届いている。そう理解した瞬間、彼女は初めて、自分が送り出した者たちの死に、何者かが関わっているのではないかと疑った。


「お前が、こいつらを異世界に連れてきた張本人か?」


『……あなたは、いったい何者なんですか』


「俺か? まあ、そんなことはどうでもいいだろ」


 男は愉快そうに笑った。


「せっかくだ。お前にいいことを教えてやるよ」


 そして、女神の心を踏みにじるように、あっさりと言い放った。


「お前が今まで送り込んできたDランクどもな。あいつらは全員、俺がこの手で殺してやったぜ!」


『……な、なんですって?』


「キャハハハハ! いい顔だなぁ! まさか、今まで気づいてなかったのか?」


 女神は言葉を失った。彼女が一生懸命に送り出してきた人々。新しい世界で人生をやり直せるようにと、願いを込めて送り出した人々。その全員が、この男によって殺されていた。


『どうして……! どうして、そんなことをするんですか!』


 女神の叫びに、男は心底不思議そうな顔をした。


「どうしてって……決まってんだろ?」


 男は、足元の異世界転移者を見下ろした。


「俺より強くなるかもしれねえ逸材は、この手で殺すのが道理だろうがよ」


 その声には、迷いも罪悪感もなかった。


「この世界に最強は、この俺一人でいいんだよ」


『やめて……! お願いですから、もう……!』


「じゃあな、女神サマ」


 男は笑った。次の瞬間、異世界転移者の命が絶たれた。女神の脳内に響いていた声が、ぷつりと途切れる。それきり、何も聞こえなくなった。


 十年前のあの日から、女神は変わってしまった。上司から何度叱責されても、何も答えられなかった。仕事をする気力も失い、給料を受け取れず、ただ現世を彷徨い続けた。


 もう誰かを異世界へ送り出すのが怖かった。自分が送り出した人間が、またあの男に殺されるかもしれない。そう考えるだけで、何もできなくなってしまったのだ。食べ物を買う金もなくなり、やがて女神はゴミ捨て場を漁るようになった。それでも空腹は満たされなかった。


 ある日、限界を迎えた女神は、道路脇に倒れ込んでしまった。


「……もう、疲れました」


 意識が遠のきかけた、その時だった。どこからか、聞き慣れない音が聞こえてきた。ファンタジーRPGの戦闘音楽だった。


 女神は、かすかに顔を上げた。音の出どころを探して周囲を見回すと、一軒の家の窓が目に入った。何気なく窓を覗き込むと、そこには一人の男がいた。


「はぁ……なんか、いいこと起きねえかなぁ」


 椅子の上であぐらをかき、気の抜けた声でぼやく中年男。それが、綾瀬達也だった。


 女神は最初、特に期待していたわけではなかった。しかし、彼の画面に映っていたゲームキャラクターを見た瞬間、目を見開いた。 

 

 レベルは九十九。装備は、見るからに強力なものばかり。ステータスは、すべて九百九十九。習得している技も異常なほど多い。しかも、キャラクターは裏ボスのような巨大な敵の上に座り、タツヤと同じようにあぐらをかいていた。その敵は、どう見ても簡単に倒せる相手ではない。それなのに、タツヤはまるで散歩でも終えたかのような顔をしていた。


『……この人は』


 女神は思わず呟いた。


 この男は、おそらくファンタジーRPGゲームの世界を徹底的にやり込んでいる。強敵を倒し、隠された要素を探し、すべてをクリアするまで決して諦めない。まさに、ゲーマーの中のゲーマー。異世界の仕組みを知り尽くし、どんな困難にも立ち向かえる、異世界転移の適合者。


 女神はそう確信した。


『この人なら……もしかしたら、あの男を倒してくれるかもしれない』


 十年間、失い続けた希望が、ほんのわずかに蘇った。


 そして女神は、タツヤに声をかけた。それが、二人の出会いだった。……しかし。


『……というわけで、タツヤさんを見つけた時、私は本当に嬉しかったんです。でも、異世界に送り出してから気づいたんです』


 女神の声が、再び現在へと戻ってきた。


『よく考えたらタツヤさんは、ただのゲーマーでした。現実では何の役にも立たなさそうな、引きこもりの中年ニートだったんです……!』


「おい、言い方!」


 タツヤは思わず突っ込んだ。


『だ、だって! あんなにゲームが上手だったのに!ステータスが全部カンストしているキャラクターを見て、私は一瞬、どんな困難にも立ち向かえる人だと思ってしまって……!』


「ゲームの中ならな! 現実と一緒にすんな!」


「しかも、鑑定結果はDランク……! これまでの転移者と同じだったんです!」


 女神は、また泣きそうな声になった。


『今までの人たちは、異世界に行ったら冒険者になりたい、強くなりたいって、自分から私に相談してきました。だから私は、彼らに冒険者になる方法を教えてしまったんです。結果的に目立つことになって、あの闇の組織に見つかって……』


 彼女は言葉を詰まらせた。


『だから今回は、あえて何も教えずに放っておけば、タツヤさんは冒険者にならないんじゃないかって……。目立たず、Dランクだということも隠して、普通に暮らしてくれるんじゃないかって思ったんです』


「……それで、あの時は何も教えてくれなかったのか」


『はい……。でも、予想と違いました。タツヤさんは冒険者になって、仲間を作って、旅に出て……。そして、案の定、闇の組織に狙われてしまったんです!』


 女神の声が、とうとう涙で震えた。


『ごめんなさい……! 私が、タツヤさんを巻き込んでしまったんです! 私が、もっとちゃんと考えていれば……!』


 タツヤはしばらく黙っていた。そして、深く息を吐くと、呆れたように笑った。


「……お前さ、俺のこと舐めすぎじゃねえのか?」


『えっ……?』


「いや、だってそうだろ。ゲームが上手いからって、俺が異世界で最強になれると思ったんだろ? それで、実際に来てみたらDランクだったから、今度は失敗したって泣いてるわけだ」


『うぅ……』


「まあ、俺が大した人間じゃないってのは否定しねえけどさ」


 タツヤは、少しだけ声を和らげた。


「そんなことで泣くなよ」


『……タツヤさん』


「俺は、お前のおかげで満足できたと思ってるぜ」


 女神が息を呑んだ。


「だってよ、俺なら分かるんだ。引きこもりのニートだって、好きでそうなってる奴ばかりじゃねえんだよ。環境のせいだったり、失敗が怖かったり、どうすればいいか分からなくなったり……。本当は、今の生活を変えたいと思ってる奴だっていたはずだ」


 タツヤは、窓の外に広がる異世界の景色を思い浮かべた。


「俺も、異世界に行く前は不安しかなかった。だけど、今は違う」


 リナの顔が浮かぶ。一緒に旅をしてきた仲間たちの顔も。


「リナとデートだってできたし、太ももに頭を乗せて寝るなんて、現世じゃ絶対にできなかったことも経験できた。ヴィルやノノとも出会えたしな」


『そこが一番大事なんですか……?』


「当たり前だろ!」


 タツヤは即答した。


「……まあ、それだけじゃねえけどな」


 彼は、少しだけ真面目な顔になった。


「俺は今、自分の足で旅をしてる。誰かを助けたり、逆に助けられたりしてさ。何もなかった頃の俺からすれば、十分すぎるくらいだよ」


 女神は、何も言えなかった。


「だから、お前が俺を異世界に送ったことを、俺は後悔してねえ。むしろ感謝してるんだぜ。他の奴らもきっとそうだ現世に飽き飽きしてた奴らが来る場所だろ異世界にきて後悔なんてしてねえと思うぞ」


『タツヤさぁぁん……!』


 女神の泣き声が、頭の中に響き渡った。


『ありがとうございますぅぅ……! 本当に、本当にありがとうございますぅぅ……!』


「おい、泣きすぎだろ! こっちまで恥ずかしくなるわ!」


 タツヤは頭を抱えた。


「まあなんだ、事情は分かったからこれからは俺が呼び出したらちゃんと応答頼むぜ」


 女神は泣きじゃくりながらも、『分かりましたぁ……!』と返事をした。


 その頃、セレナードの街では、復興作業が着々と進められていた。壊れた建物の瓦礫が運び出され、倒れた街灯が立て直され、住民たちが力を合わせて街を元の姿に戻そうとしている。その中を歩くタツヤは、周囲から奇妙な視線を向けられていた。


「あの人、さっきから何を喋ってるの?」


 小さな子供が、タツヤを指差して母親に尋ねた。


「こら、見ちゃダメよ」


「……」


 タツヤは顔を赤くしながら、女神との会話を切り上げた。誰もいないところで頭の中の相手と会話しているのだから、傍から見れば怪しい人物にしか見えない。


「……もう二度と、街中で長話するのはやめよう」


 そう呟き、タツヤは仲間たちの待つ宿屋へと戻っていった。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 翌朝。


 タツヤたちが宿屋の出口を開けると、そこには思いもよらない顔ぶれが待っていた。


「……なんだ、こりゃ」


 正面に立っていたのは、領主セシリア。そして、その隣には騎士団長のゴリィと、以前タツヤを拷問した鞭使いの女、ミレイアがいた。さらに数人の騎士たちが並び、その後ろにはホーンディアと馬車が用意されている。荷台には、旅に必要な物資が積み込まれていた。


「おはよう、タツヤ」


 セシリアが一歩前に出た。


「……いや、何でここにいるんだ?」


「まずは、これを返そうと思ってな」


 セシリアが合図すると、騎士団長が右手に持っていた男を前へ放り投げた。


「うわっ!?」


 地面に転がったのは、以前タツヤが金貨九十九枚で買った闇市場の商人だった。


「ほ、本当に申し訳ありませんでした! あれは、その……成り行きというか、ちょっとした行き違いというか……!」


「それが謝罪する態度か?」


 ゴリィが商人の頭を拳で殴った。


「ぐえっ!」


「おいおい、朝から何やってんだよ……」


 タツヤは呆れた顔で頭を掻いた。


 セシリアは改めてタツヤに向き直る。


「こいつから押収した金貨九十九枚だ。お前が支払った分は、すべて返す」


「いや、金貨はいらないって」


「……何?」


「街の復興にも金が必要だろ。だったら、その金はこっちに使ってくれよ」


 タツヤは、背後に広がる街を顎で示した。


「俺たちはもう出発するし、金貨がなくてもさして困るわけじゃねえ。だったら、必要なところに使ってくれた方がいい」


 セシリアは目を見開いた。


「……お前という男は」


「いや、そんな大したことじゃねえって。それじゃ、俺たちは行くからな」


 タツヤが馬車へ向かおうとすると、セシリアが呼び止めた。


「待て。金のこととは別に、話しておきたいことがある」


「ん?」


 セシリアは、ゴリィとミレイア、そして並んでいる騎士たちへ目を向けた。


「この者たちは、山頂までお前たちに同行することを志願してくれた。ゴリィもミレイアも含め、皆、自分たちの意思で決めたことだ」


「……あんたたちが、自分から?」


 タツヤは、騎士たちの顔を順番に見た。


 山頂までの道のりがどれほど危険なのか、タツヤにはまだ分からない。だが、わざわざ街を離れ、危険な場所へ向かおうというのだから、簡単な気持ちで決めたわけではないはずだ。


「そうだ」


 答えたのは、騎士団長のゴリィだった。


「我々も、お前たちの同行に志願した身だ。今回の戦いで、魔王軍の脅威を改めて思い知らされた。このまま奴らを放置すれば、また多くの命が失われるだろう」


 ゴリィは真剣な表情で続けた。


「街を救ってくれたお前たちには感謝している。だからこそ、今度は我々も力になりたい。魔王軍を倒すため、そしてこれ以上の犠牲を出さないためにもな」


 その言葉に、ほかの騎士たちも力強く頷いた。


「俺たちも同じ気持ちです。自分たちの街を守るだけじゃなく、これ以上、魔王軍の被害を広げないためにも、できることをしたいんです」


 一人の騎士がそう口にすると、周囲の者たちも同意するように頷いた。


「短い間だが、共に協力していこう。山頂までの道中、我々も全力で力を尽くす」


「……そっか。そう言ってくれるなら、頼りにさせてもらうぜ」


 タツヤは笑って答えた。


「それに、聖命草の採取も手伝わせてほしい。街を救ってくれた恩に報いる意味でも、できる限りのことはしたいからな」


「おう、そりゃ助かる。よろしく頼むぜ」


 タツヤが気軽に返事をすると、ゴリィも小さく頷いた。そのやり取りを見てセシリアが少しだけ表情を和らげた。


「そういや、あんたは来ないのか?」


 タツヤが尋ねると、セシリアは街の方へ目を向けた。


「本当ならば、我自身もお前たちに同行したいところなのだが……見てのとおり、この街は大きな被害を受けている。崩れた建物の撤去や負傷者の手当て、住民の生活の立て直しに加え、復興に必要な物資や資金の手配もしなければならん。地下市場の後始末も残っているからな」


 セシリアは小さく息を吐いた。


「本当は我も、お前たちと共に行きたい。だが、領主である我が街を離れるわけにはいかん。今はここに残り、復興の指揮を執らねばならないのだ。同行できず、すまんな」


「そっか。まあ、街がこんな状態じゃ仕方ないよな」


「せめて、道中で困らぬよう必要な物資は用意させてある。足りないものがあれば、遠慮なくゴリィたちに相談してくれ」


「助かるよ。ありがとな、セシリア」


 タツヤは気楽に笑った。セシリアは、そんなタツヤを見ていた。


「……本当に、お前は変わった男だな」


「そうか?」


「そうだ。自分の金を返せと言うどころか、街の復興に使えと言う。挙げ句の果てには、我の代わりに王都の王を殴るなどと言い出す始末だ」


「いや、あれは言葉のあやっていうか……まあ、殴る気はあるけど」


「結局、殴る気ではないか……」


 セシリアは呆れたようにため息をついた。だが、その表情にはわずかな笑みが浮かんでいた。


「ゴリィ、ミレイア。それから、皆もだ。タツヤたちを頼んだぞ」


「承知しました。必ず力になります」


 ゴリィが力強く答えると、ほかの騎士たちも一斉に頷いた。


「……今度こそ、ちゃんと力になります」


 ミレイアもタツヤに向き直り、真剣な面持ちで告げた。


 以前、タツヤを拷問したことへの負い目もあるのだろう。その表情には、今度こそ役に立ちたいという決意が見て取れた。


「おう。期待してるぜ」


 タツヤは気負うことなく答えた。


 その後、騎士たちは手際よく荷物を馬車へ積み込み、タツヤたちが必要とする物資を確認していった。ゴリィやミレイアもほかの騎士たちと協力し、出発の準備を進めていく。やがて準備が整うと、タツヤたちは馬車に乗り込み、騎士たちもそれぞれの持ち場についた。


「よし、準備はできたな。それじゃ、行ってくるぜ」


 タツヤがセシリアへ手を振る。


「タツヤ!」


 呼び止められて振り返ると、セシリアは真っすぐにこちらを見ていた。


「無事に戻ってこいよ。お前たちには、まだ礼を言い足りんからな」


「おう! 街のこと、頼んだぜ!」


 タツヤは笑って手を振り返した。


 やがて馬車はゆっくりと動き出し、ゴリィやミレイアを含む騎士たちに護衛されながら街を出ていった。


 セシリアはその姿が見えなくなるまで見送っていた。


 馬車が街を出てしばらくした頃、タツヤは向かいに座る二人へ目を向けた。


「そういや、まだ名前を聞いてなかったな」


「失礼した。俺はゴリィ、騎士団長を務めている」


 ゴリィは姿勢を正して名乗った。


「あたいはミレイアです。……その、以前のことは、本当に申し訳ありませんでした」


 鞭使いの女、ミレイアも気まずそうに頭を下げた。


「まあ、もう終わったことだしな。これからよろしく頼むぜ」


 タツヤが笑うと、二人は少しだけ表情を和らげた。そんな中、タツヤはふと思い出したようにノノへ顔を向けた。


「そういえば、前から気になってたんだけどよ。ノノは、何でこの街で領主の動向を探ってたんだ?」


 ノノは一瞬だけ視線を落とした。


「……昔の話なんだけどね。あたし、幼い頃は別の国の片田舎にある村で暮らしてたの」


 いつもの軽い調子とは違う声だった。


「そこで、盗賊に妹をさらわれちゃったんだ」


「……妹?」


「うん。あたしはずっと探してる。でも、どこに連れていかれたのか分からなくてさ」


 ノノは窓の外を眺めた。


「それで、闇市場に関係がありそうな場所を調べてたの。もしかしたら、妹の手がかりが見つかるかもしれないと思って」


「……そうだったのか」


 タツヤは、セシリアとの一件を思い返した。あの後、ノノは地下闇市場の名簿について領主に尋ねていた。だが、そこにはノノの妹と思われる人物の名前はなかったという。


「領主にも聞いたんだけど、名簿にはそんな子はいなかったんだって。だから、まだ怪しい場所を探してるの」


「そっか……。見つかるといいな、妹さん」


「うん。ありがと、王子様♡」


 ノノはいつもの笑顔を浮かべた。タツヤは、そんな彼女を見て少しだけ安心した。だが、ふと自分たちの一行を見回すと、別の問題が頭に浮かんだ。


「……それにしても、うちのパーティーって前衛が俺しかいないんだよな」


「ん? どうした、タツヤ」


 ヴィルが首を傾げる。


「いや、リナもノノも後衛だろ? ヴィルだって召喚が中心だし。俺が倒れたら、誰が前に出るんだよ」


「確かに……」


 リナも考え込んだ。


「タツヤさんが動けなくなったら、かなり厳しいですね」


「だろ? 俺がいなくなったら、あっという間に全滅するんじゃねえか?」


 タツヤが冗談めかして笑うと、ヴィルが何かを思い出したように声を上げた。


「……あ、そうだ。さっき気づいたんだけどよ」


 ヴィルは手にしていた杖を持ち上げた。


「これ、こうすれば……」


 杖の柄をひねる。


 カチリ、と小さな音が鳴った。次の瞬間、杖の先端から細身の剣が姿を現した。


「おおっ!? 何だそれ!」


「仕込み杖ってやつだな。これなら召喚が使えない状況でも、最低限は戦えるだろ?」


 ヴィルは剣を軽く振り、満足そうに笑った。


「まあ、タツヤほど前に出られるわけじゃねえけどよ。万が一の時の前衛役くらいにはなるはずだ」


「へえ、やるじゃねえか!」


「だろ?」


 ヴィルは得意げに胸を張った。こうして話しているうちに、馬車は山の麓へと近づいていった。


 やがて窓の向こうに、小さな村が見えてくる。そのさらに奥には、山の内部へと続く大きな炭鉱の入口が口を開けていた。入口の周辺では、何人ものドワーフたちが忙しそうに働いていた。屈強な身体に短い手足、立派な髭を蓄えた彼らは、背丈ほどもあるツルハシを振るい、岩肌を力強く打ち砕いている。


 カァン! カァン!


 金属が岩にぶつかる音が、山の麓にまで響いてきた。


「おい、そっちの鉱石は荷車に積んどけ! 鉄鉱石と魔石を一緒にするんじゃねえぞ!」


「分かってるって! お前こそ、さっきから同じことばっかり言ってんじゃねえ!」


 坑道から出てきたドワーフたちは、採掘した鉱石を大きな荷車へと次々に積み込んでいく。別の者たちは、重そうな袋を肩に担ぎ、額に汗を浮かべながら村の倉庫へと運んでいた。少し離れた場所では、炉の火が赤々と燃え、ドワーフの鍛冶職人が鉄を打っている。熱せられた金属が叩かれるたびに火花が散り、乾いた音が周囲に響いた。


 どうやら、この炭鉱は今も現役で稼働しているらしい。そんな活気に満ちた光景を眺めながら、タツヤは馬車の窓に顔を近づけた。


「へえ……。ドワーフって、やっぱりこういうところで働いてるんだな」


「そりゃあな。鉱石を掘って、武器や防具を作る。ドワーフにとっちゃ、慣れ親しんだ仕事場ってわけだ」


 ヴィルが説明する。


「もっとも、ここで採掘してる連中が全員、鍛冶までできるってわけじゃねえけどな」


「なるほどなぁ」


 タツヤは感心したように頷いた。だが、俺らが目指しているのは炭鉱そのものではない。この先にある古い鉱山の坑道を抜け、さらに山頂付近の洞窟へと進まなければならないのだ。


 その奥にあるのは、リナの祖父を救うための薬草――聖命草。それを手に入れるため、タツヤたちはいよいよ山へと足を踏み入れようとしていた。

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