23 崩れゆく大樹の城
「さて、と。まずはこいつを縛り上げるか」
ヴィルは背負っていたバッグから丈夫な紐を取り出し、地面に倒れている騎士団長へと近づいた。
「まったく、最後の最後まで面倒な野郎だったぜ。今度こそ、二度と動けないようにしてやる」
そう呟き、騎士団長の腕に紐を巻きつけようとした、その時だった。
「――誰が、貴様らに捕まると言った?」
「なっ!?」
騎士団長が目を見開いた。次の瞬間、男は勢いよく足を振り抜いた。
「二人とも、しゃがめ!」
ヴィルが叫ぶ。リナとノノが咄嗟に身をかがめた直後、騎士団長の蹴りから放たれた衝撃波が頭上を駆け抜けた。
ドゴォォォンッ!!
背後の壁が爆ぜ、巨大な穴が開いた。
「うおおおおっ!?」
猛烈な風が穴から吹き込み、三人の身体を外へと押し出そうとする。ヴィルは杖を床に突き立て、どうにか踏みとどまった。
「ちょっと! 今度こそ落ちて死ぬんじゃないでしょうね!?」
ノノが床にしがみつきながら叫ぶ。
「縁起でもねえこと言うな! 俺だって落ちたくねえよ!」
リナも慌てて壁際へと身を寄せた。その様子を見た騎士団長は、何事もなかったかのようにゆっくりと立ち上がる。
「ふん。まずは、か弱い女から始末してやろう」
「……え?」
騎士団長の視線がリナへ向いた。そして、容赦なく足を振り上げる。
「させるかよ!」
ヴィルが飛び込んだ。
ガギィィィンッ!!
杖と蹴りが激突する。
「ぐっ……!」
しかし、勢いを殺しきれない。ヴィルの身体は後方へ吹き飛ばされ、そのまま壁に開いた穴へと向かっていった。
「ヴィルさん!」
リナが叫ぶ。
「くそっ……!」
空中で体勢を立て直すこともできず、ヴィルの身体が外へと弾き出される。だが、落下する直前、ヴィルは最後の力を振り絞って叫んだ。
「スライム! 騎士団長を守れ!」
ポンッ!
青いスライムが飛び出した。ヴィルの命令を理解したかのように、スライムは跳ねながら騎士団長へと接近する。
「な、なんだ、この魔物は!?」
ボヨォンッ!
スライムが騎士団長の身体をすっぽりと包み込んだ。
「おい、貴様! 何をする!?」
騎士団長が暴れる。しかし、スライムは決して身体を離さない。そして――。ヴィルと騎士団長、スライムはもつれ合ったまま、壁の穴から外へと飛び出していった。
「ヴィル――!!」
リナの叫びが空洞に響き渡る。穴の向こうに見えたのは、遥か下まで続く巨大な空間。そして、落ちていく三つの影だった。
「……そんな」
リナは呆然と立ち尽くした。ノノも、いつもの笑みを消して外を見つめている。
「……ヴィル」
しばらくの間、二人は動けなかった。
しかし、やがてノノが小さく息を吐いた。
「……今は、王子様を助けるのが先よ。ヴィルなら、きっと無事だわ」
「……はい」
リナは唇を噛み締め、頷いた。
心配ではある。今すぐ追いかけたい気持ちもある。けれど、ここで立ち止まるわけにはいかなかった。
「行きましょう、ノノさん」
「ええ。王子様を待たせすぎるのも悪いものね♡」
二人は顔を見合わせ、再び走り出した。
その足元では、シャドウスパイダーが八本の脚を動かし、静かに二人の後を追っていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「ほら、どうしたんだい? さっきまでの威勢はどこへ行ったんだい!」
バシィッ!!
「アァァァンッ!!」
……いや、マジで何なんだよ、これ。
俺は今、城の上層エリアにある一室で椅子に縛りつけられ、目の前の女に鞭で叩かれていた。しかも、さっきから俺の口から飛び出している声が、自分でも引くほど妙だった。
「ふん! 口だけは達者な男だね!」
バシィッ!!
「アァァァンッ!!」
……やめろ。自分で叫んでおいて何だが、これはいろいろとまずい。
目の前の女は、楽しそうに鞭を振るっていた。
黒い服に身を包み、顔の上半分を仮面で隠した女。しなる鞭が空気を切り裂き、俺の身体へ容赦なく叩きつけられる。
「いいかい、よく聞きな! あたしのチート能力はBランク! 同じ相手を鞭で叩けば叩くほど、威力が上がり続けるのさ!」
女は鞭を肩に担ぎ、勝ち誇ったように笑った。
「最初は軽い一撃でも、繰り返せば最後には無惨な死体に変わる! どうだい、恐ろしいだろう?」
「アァーン……!」
「そろそろ吐く気になったかい!? お前が何者で、何を企んでいるのか、全部話しな!」
バシィッ! バシィッ! バシィッ!
「吐かないなら吐かないで、あたしの鞭で血反吐を吐かせてやる! 最後には身体を鞭でぶち切って、二度と口が利けないようにしてやるよ!」
……なるほど。同じ相手を叩くほど威力が増す能力、か。
確かに、最初の一撃は洒落にならないほど痛かった。皮膚が裂け、血も流れた。椅子に縛りつけられているせいで逃げることもできず、ただ攻撃を受け続けるしかなかった。
普通なら、こんな状況で無事に済むはずがない。だが、俺には【適応】がある。最初に領主の重力攻撃を受けた時もそうだった。あの時はまともに抵抗することすらできず、地面に叩きつけられた。しかし、その後も攻撃を受け続けたことで、俺の身体は少しずつ変化していた。
攻撃を受ける。身体がその攻撃に適応する。単純だが、これが俺の能力だ。もちろん、適応するまでの痛みが消えるわけじゃない。最初の一撃で死んでしまえば、それで終わりだ。それでも、生き残って攻撃を受け続ける限り、俺は強くなれる。そして今――。
バシィッ!
「…………」
……あれ? 全然痛くない。
バシィッ!!
「…………」
……うん。やっぱり痛くないな。
鞭が身体に当たる感触はある。だが、それだけだった。最初は傷だらけだった身体にも、今ではほとんど傷が増えていない。
女の能力は、同じ相手を叩くほど威力が増すものらしい。つまり、攻撃を続ける限り、鞭の威力は際限なく上がっていくのだろう。それでも、俺の耐性がその上昇を上回った。
……なんだか、相手に申し訳なくなるくらいの相性の悪さだ。
「……あー、もう。なんか全然効かなくなったな、お前の鞭」
「……は?」
女の手が止まった。
「最初はすげえ痛かったんだけどな。今となっちゃ、いいマッサージだぜ」
「な、何を言っている……?」
「簡単な話だよ。お前の攻撃力より、俺の耐性値のほうが上になったってことだ」
俺はニヤリと笑った。
「ハハハハハッ! いやぁ、最初はどうなることかと思ったけどな!」
「何がおかしい!? どういうことだ!?」
女が顔を引きつらせる。
「だから、そのまんまだって。お前の鞭は、もう俺には通用しないんだよ」
俺は椅子の背もたれに身体を預けた。
とはいえ、内心では少しだけ焦っていた。
耐えられるようになったからといって、拘束まで勝手に解けるわけじゃない。両手は縛られたままだし、目の前の女が別の手段を持っている可能性だってある。ここは強がって、相手の隙を作るしかないか?ってあれ?
「……あっ、そうだ。後ろ、気をつけたほうがいいぞ」
「はあ? 何を――」
「えいっ!」
ゴンッ!!
女の背後から杖が振り下ろされた。
「ぐえっ!?」
女は間の抜けた声を上げ、そのまま前のめりに倒れた。俺の視線の先に立っていたのは、リナだった。
「タツヤさん! ご無事ですか!?」
「……リナ!」
思わず声が弾んだ。その隣から、ノノがひょっこりと顔を出す。
「もう、王子様ったら。ずいぶん楽しそうな声が聞こえてきたけれど、何をしていたのかしら?♡」
「楽しそうじゃねえよ! 命懸けの尋問を受けてたんだよ!」
「あら、そうなの? あたしには、ずいぶん余裕があるように聞こえたわ♡」
「お前、絶対わざとだろ!」
ノノはくすくすと笑った。
「ふふっ♡ 元気そうで何よりだわ、王子様♡」
「……はぁ。まあ、助かったよ。二人とも、ありがとう」
俺は安堵の息を吐いた。
ようやく助けが来た。どうやら、まだ俺の人生はここで終わりじゃないらしい。その時、視界の端で何かが動いた。
「……ん?」
ゆっくりと顔を向ける。そこにいたのは――巨大な蜘蛛だった。
「うおおおおっ!? なんだこいつ!?」
思わず身体が跳ねた。
黒い外殻に、長い八本の脚。どう見ても普通の蜘蛛ではない。
「ひっ……!?」
リナも一瞬、肩を跳ねさせた。
「落ち着いてください、タツヤさん。これはヴィルさんの召喚モンスター、シャドウスパイダーです」
「……ああ、そういうことか。いや、でかすぎだろ!」
俺は思わず蜘蛛を見上げた。
シャドウスパイダーは、まるで挨拶でもするように、カチカチと口元を動かしている。
……いや、やっぱり怖いって。
「それより、タツヤさん。怪我をしていますね。今、治します!」
リナが杖を掲げた。
「《ヒール》!」
柔らかな光が俺の身体を包み込む。鞭によってできた傷が、少しずつ塞がっていった。
「ありがとう、リナ。助かったよ」
「いえ、そんな……。無事で本当によかったです」
リナは心底ほっとした様子で胸を撫で下ろした。一方、ノノは気絶した女の懐を探り、小さな鍵を取り出していた。
「あったわ♡ これで王子様を解放できるわね」
「おい、王子様はやめろって……。いや、もうなんでもいいわ」
ノノが鍵を使い、俺を拘束していた手錠を外す。
ようやく自由になった俺は、手首を回しながら立ち上がった。
「……ところで、ヴィルはどこだ?」
その問いに、リナとノノの表情が曇った。
「……実は」
リナが、ここへ来るまでに起きた出来事を説明してくれた。
騎士団長との戦い。崩れた通路。ヴィルがスライムに騎士団長を包み込ませ、自分もろとも城の外へ飛び出していったこと。
「……マジかよ」
思わず言葉が漏れた。
「あいつ、また無茶しやがって……」
胸の奥が、ずしりと重くなる。
ヴィルが無事なのかどうか、今の俺には分からない。けれど、あいつが自分を犠牲にしてまで二人を守ろうとしたことだけは分かった。
……本当に、馬鹿で無鉄砲でいい奴だよ。
だからこそ、俺も立ち止まるわけにはいかない。
「……ヴィルのためにも、領主をぶっ飛ばす。あいつの本音を全部吐かせて、王都まで連れて行くぞ」
俺は拳を握り締めた。
「そうね♡ 王子様がそう言うなら、あたしも付き合ってあげるわ♡」
「私もです。領主の悪事を、これ以上見過ごすわけにはいきません」
リナも力強く頷いた。俺たちは部屋を飛び出し、領主のいる上層部へと向かった。その時だった。
ズズズズズズ……。
「……ん?」
足元が揺れた。最初は小さな振動だった。だが、すぐに床全体が軋み始め、壁から細かな石片が落ちてくる。
ズズズズズンッ!!
「うおっ!?」
城が大きく傾いた。
……そういえば、騎士団長の蹴りで壁に巨大な穴が開いたんだったっけか。
あれだけの衝撃で外壁が破壊されたのだ。そこから亀裂が広がっていてもおかしくない。さらに、外側では大樹も燃え続けているはずだ。城を支える幹まで損傷しているのなら、建物全体が崩れ始めても不思議ではない。
「……急いだほうがよさそうだな」
「ええ。急ぎましょう!」
俺たちは走り出した。リナ、ノノ、そしてシャドウスパイダーを連れ、崩れかけた階段を駆け上がる。途中、頭上から天井の破片が降り注いだ。
「危ない!」
俺が叫ぶより早く、シャドウスパイダーが前へ出た。硬い外殻で落下物を受け止め、長い脚で瓦礫を押しのけ、身体を張って道を作ってくれた。
「ありがとう、シャドウスパイダーお前の想い無駄にはしねえぞ……!」
そのまま俺たちは、蜘蛛が切り開いた道を駆け抜けた。そして――ついに、領主のいる部屋へとたどり着いた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
そこは、広大な空間だった。床には豪奢なカーペットが敷かれ、天井へ届きそうな太い支柱が何本も並んでいる。壁には金細工が施され、奥には一段高い場所に据えられた玉座があった。その玉座に、領主セシリアは悠然と腰掛けていた。
「……ほほう」
セシリアは俺たちを眺め、感心したように声を漏らした。
「ここまでたどり着くとは、驚いたぞ。まさか、あの場所から抜け出してくるとはな」
「悪いな。あいにく、鞭で叩かれる趣味はないんでね」
「ふん。口の減らぬ男だ」
セシリアはゆっくりと玉座から立ち上がった。
「だが、ここまでだ。貴様らのような虫けらに、我が計画を邪魔されてなるものか!」
その身体から、重苦しい魔力が放たれる。
空気が変わった。息苦しいほどの圧迫感が、部屋全体を満たしていく。
「貴様ら全員、この我の手で直々に押し潰してやろう!」
床が、ミシリと音を立てた。
俺は一歩前へ出た。
「リナ、ノノ。作戦がある」
「作戦?」
リナが俺を見る。
「ああ。あいつの重力能力には、おそらく射程範囲がある」
俺はセシリアから目を離さずに続けた。
「最初に会った時、あいつは俺だけを狙った。リナたちには攻撃しなかっただろ?」
「……確かに」
「だから、攻撃できる範囲には限界があるんじゃないかと思う。半径三十メートルくらいかもしれない。正確な距離は分からないが、少なくとも無制限じゃないはずだ」
もちろん、これは推測にすぎない。あの能力がどこまで届くのか、どんな条件で発動するのか。実際に戦ってみなければ分からないことは多い。だが、何も考えずに突っ込むよりはマシだ。
「俺が正面から突っ込む。リナは援護、ノノは魔法を頼む。隙ができたら、あいつにぶち込んでくれ」
「分かりました。任せてください!」
「はいはい♡ 王子様の頼みなら、頑張っちゃおうかしら♡」
ノノは杖を構え、悪戯っぽく笑った。
「ただし、今度こそ魔法が成功するとは限らないけれどね♡」
「そこは成功させてくれよ!?」
「あら、注文が多いわね♡」
「頼むから真面目にやってくれ!」
そんなやり取りを交わしながらも、俺はセシリアの動きを注意深く観察していた。相手は領主。そして、俺たちがこれまで戦ってきた敵の中でも、間違いなく危険な能力者だ。油断すれば、一瞬で全員が押し潰される。だからこそ、最初の一手が重要だった。
「……行くぞ!」
俺は床を蹴り、セシリアへ向かって走り出した。
「貴様、まだ懲りぬか!」
セシリアが腕を振り下ろす。
「《重圧支配》!」
ズンッ!!
全身に、とてつもない重圧がのしかかった。
「ぐっ……!」
身体が地面へ押しつけられる。骨が軋み、床に亀裂が走った。俺の身体は、そのまま石床へと沈み込んでいく。
「まずは一匹!」
セシリアは冷たく言い放った。
「タツヤさん!」
リナの悲鳴が響く。セシリアは俺が沈んだ場所を見下ろし、鼻を鳴らした。
「愚かな男だ。最初に我の力を味わったというのに、まだ勝てると思っていたのか?」
だが――。
「……ん?」
俺は地面にめり込んだ状態で、ゆっくりと顔を上げた。確かに重い。全身を押し潰すような力がかかっている。少しでも気を抜けば、そのまま床に押し込まれてしまいそうだ。それでも、以前とは違う。最初にセシリアと戦った時、俺はこの重力にまともに抵抗できなかった。何もできないまま地面へ叩きつけられ、意識を失ったのだ。だが、その後も俺は戦い続けた。重力による圧迫。そして、あの女の鞭による連続攻撃。何度も攻撃を受けたことで、俺の【適応】は確実に進んでいた。
……あの時の痛みも、無駄じゃなかったってことだ。
俺は奥歯を噛み締め、床に手をついた。
「……へっ」
口元が自然と歪む。
「残念だったな。前と同じだと思うなよ」
「なに……?」
セシリアの眉が動いた。
俺は腕に力を込め、身体を持ち上げようとする。
ミシッ……。
石床に亀裂が走った。
「ば、馬鹿な! その重圧の中で動けるはずがない!」
「だから言っただろ。前と同じだと思うなって!」
俺は全身に力を込め、地面を押し広げた。
バガァァァンッ!!
石床が砕け、俺の身体が地上へと這い上がる。
「なっ……!?」
セシリアが目を見開いた。
「俺の【適応】は、受けた攻撃に適応する能力だ。お前の重力も、あの女の鞭も、何度も食らってきた!」
俺は拳を握り締める。
「その結果が、今の俺だ!」
「ふざけるな! ならば、何度でも押し潰してやる!」
セシリアが腕を振り下ろす。
「《重圧支配》!」
ズドォォォンッ!!
再び重圧が襲いかかる。だが、俺は倒れなかった。
「……効かねえとは言わない。だが、前ほど簡単にはいかないぜ!」
俺は床を蹴った。
「うおおおおおっ!」
「ぐっ……!」
セシリアの懐へ飛び込む。拳を振り抜こうとした、その瞬間だった。
セシリアの身体がふわりと浮き上がり、俺の拳をかわした。
「調子に乗るな!」
重力が横から襲いかかる。
「ぐおっ!?」
俺の身体が横へ吹き飛び、柱へと叩きつけられた。
ドゴォォォンッ!!
「タツヤさん!」
リナが叫ぶ。俺は咳き込みながらも、すぐに立ち上がった。
「……っ、さすがに一発で終わりってわけにはいかねえか」
耐えられることと、攻撃がまったく効かないことは違う。適応したからといって、相手の攻撃をすべて無効化できるわけじゃない。重力によって身体を動かしにくくされれば、攻撃を避けるのも難しくなる。だが、十分だ。以前なら、今の一撃で立ち上がることすらできなかったはずなのだから。
「ノノ! 今だ!」
「分かってるわよ、王子様♡!」
ノノが杖を掲げ、魔力を集中させる。
「今度こそ……! 《焔獄崩星》!」
杖の先に紅蓮の炎が凝縮されていく。炎は瞬く間に巨大な球体へと成長し、周囲の空気を歪ませるほどの熱を放ち始めた。
「焼き尽くしなさいっ!」
ゴォォォッ!!
放たれた炎弾が、轟音とともに領主へと一直線に迫る。
「小賢しい!」
セシリアは片手をかざした。
「《重圧支配》!」
その瞬間、炎弾の軌道が大きく歪んだ。
「えっ!?」
炎弾はセシリアの身体を避けるように逸れ、その背後にあった太い支柱へと直撃した。
ドゴォォォンッ!!
轟音とともに支柱が砕け、燃え盛る炎が周囲へと広がっていく。
「うそでしょ……。今のを曲げたの?」
ノノが目を見開く。
「はははははっ! どれだけ強力な魔法を放とうと無駄だ! 我の重力の前では、すべてが思いどおりになる!」
セシリアは勝ち誇ったように笑った。
「さて、次は貴様らだ!」
再びセシリアの身体が浮き上がる。今度はリナとノノへ向かって重力を放とうとしていた。だが、その時だった。
ミシッ……。
頭上から、嫌な音が響いた。
「……何だ?」
セシリアが天井を見上げる。
先ほどの火球が直撃した支柱には、深い亀裂が走っていた。炎は壁や柱へと燃え広がり、城を支えていた大樹の幹にも火の手が及んでいる。
……まずいな。
そもそも、この城はすでに騎士団長の蹴りによって外壁を大きく破壊されていた。そこから崩壊が広がり、炎に焼かれた木々や支柱が次々と損傷している。いくら巨大な城とはいえ、これだけの損傷が重なれば、いつまでも持ちこたえられるはずがない。
ズズズズズズ……。
建物全体が大きく揺れ、床が傾いた。
「……まさか」
セシリアの顔から余裕が消える。
バキバキバキッ!!
支柱が次々と折れ、天井が崩れ落ちてきた。
「よくも……我の城を!」
セシリアが怒りに顔を歪める。
「貴様ら、絶対に許さん!」
だが、どれだけ怒りを露わにしたところで、崩壊は止まらない。
「くそっ! こうなれば……!」
セシリアは重力を操り、空中へと浮かび上がった。
「貴様らもろとも落ちて死ぬがいい!」
ゴゴゴゴゴゴッ!!
ついに、城を支えていた大樹の幹が大きく裂けた。
「うおっ!?」
床が一気に傾き、俺の足元が崩れ始める。
「リナ! ノノ!」
俺は二人のもとへ駆け寄り、崩れかけた床から引き離した。
巨大な城が、轟音とともに崩壊を始める。壁が砕け、支柱が倒れ、燃え盛る瓦礫が次々と地上へ落ちていった。
逃げ道を探す余裕なんてない。俺たちは崩れ落ちる足場を蹴り、最後に残った外壁へと飛び移った。そして――。
ドゴォォォォォンッ!!
城は、大樹の残骸とともに地上へと崩れ落ちた。巨大な瓦礫が街へと降り注ぐ。建物が次々と押し潰され、土煙が街全体を覆い尽くしていった。
「うわっ……!」
俺は思わず目を覆った。ついさっきまで城がそびえていた場所は、見る影もなくなっていた。俺たちは崩れ落ちた瓦礫の上へと着地する。
「……何とか、生き延びたな」
「本当に……よかったです……」
リナは胸に手を当て、安堵の息を吐いた。
「まったく、王子様は無茶ばかりするんだから♡」
ノノも肩をすくめる。だが、その声にはいつもの軽さが戻っていた。
「お前も大概だろ……」
「あら、そうかしら?♡」
「そうだよ!」
「ふふっ♡ お互い様ね♡」
俺は苦笑した。
……いや、笑っている場合じゃない。
俺たちは何とか生き延びた。だが、まだ領主を捕まえたわけではないし、ヴィルの安否も分からない。そして、セシリアが何を企んでいたのかも、まだ聞き出せていなかった。その時だった。
崩れた瓦礫の向こうから、ゆっくりと人影が浮かび上がった。セシリアだ。
服は煤で汚れ、顔には怒りが浮かんでいる。それでも、その身体は重力の力によって宙に浮いたままだった。
「……貴様ら」
領主が低く唸る。
「ここまで我を追い詰めるとは……!」
「いや、城が崩れたのはお前の魔法のせいでもあるだろ」
「黙れええええっ!!」
セシリアの怒声が、崩壊した街に響き渡った。
俺は一歩前へ出る。ここまで来て、逃がすわけにはいかない。
「……さあ、セシリア様。そろそろ聞かせてもらおうか」
拳を握り締め、真正面から領主を見据える。
「お前が何を企んでいるのか。その全部をな」
セシリアの身体から、再び重苦しい魔力が立ち上った。
「いいだろう……! ならば、ここで決着をつけてやる!」
崩壊した街の残骸を挟み、俺と領主は向かい合った。




