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チート能力をもらって異世界に行ったら、全員チート能力持ちだった件  作者: ぱん


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21/35

21 またもやセレナードの領主に捕まりました

 俺たちはノノを仲間に加え、セレナーデの街を出ようとしていた。


「なあ、ヴィル。俺たち、まだ追われてると思うか?」


「そりゃあ……追われてるんじゃねえか?」


「やっぱりそうだよな……」


「何を今さら言ってんだよ。あれだけ派手にやらかしたんだぞ?」


「いや、それはノノがやっただけで、俺はちゃんと金を払ったんだぞ? 最後の一枚分が足りなかっただけで……」


「それ、金を払ってないって言うんだよ」


「……俺は悪くない。たぶん」


「たぶんって言ってる時点で怪しいだろ」


 ヴィルが呆れたように笑った。


 くそっ。正論すぎて反論できない。


「とにかく、今は街を出ることを優先しましょう」


 リナが周囲を警戒しながら言った。


「騎士団が街中を探し回っているみたいです」


「それだけじゃないわよ♡」


 ノノが俺の腕に絡みつきながら、のんびりとした声を出す。


「地下闇市場にいた、見るからに危なそうな連中もいるみたい」


「……マジかよ」


 俺は思わず足を止めた。


「それって、あの市場にいた連中か?」


「たぶんね。ほら、あっち」


 ノノが路地の向こうを指差した。そこには、数人の男たちがいた。武器を腰に下げ、通行人を睨みつけながら歩いている。荒々しい身なりに、鋭い目つき。どう見ても、普通の街人には見えなかった。そのうちの一人は手元の紙を確認しながら、通行人の顔を一人ずつ見比べている。


「……見つけたら知らせろ。領主様からの命令だ」


「分かってる。見つけたら逃がすなよ」


 男たちはそう言い残し、別の路地へと入っていった。


「ますます面倒なことになってるな」


 ヴィルが頭を掻く。


「とにかく、見つからないように進もう」


「ああ」


 俺たちは建物の陰を選びながら、街の出口を目指した。


 頼むから、このまま何事もなく街を出させてくれ。これ以上、厄介ごとを増やしたくない。


 そう願いながら歩いていたのだが――。


「……あれ?」


 角を曲がろうとしたところで、ノノが足を止めた。


「どうした?」


「……あっ」


 カランッ。


 ノノの足元で、小さな石が転がった。


「ん?」


 少し離れた場所にいた騎士が、こちらを振り向く。


「誰かいるのか?」


「……っ!」


 俺たちは一斉に建物の陰へ身を隠した。


「おい、ノノ……!」


「ご、ごめんなさい……」


 ノノが小声で謝る。


「お前、もうちょっと静かにできないのかよ!」


「だって、石が勝手に転がったんだもの♡」


「お前が蹴ったんだろ!」


「細かいことは気にしないの♡」


「気にしろ!」


 小声で言い合っている間にも、騎士の足音が近づいてくる。


「……誰もいないか?」


 騎士が路地の入口から顔を覗かせた。


 俺たちは息を潜める。


 まずい。あと少しで見つかる。


 そう思った、そのときだった。


「おい! そっちに怪しい奴らがいたぞ!」


 別の方向から声が響いた。


「何だと? 分かった、すぐに向かう!」


 騎士は慌ただしく走り去っていった。


「……助かった」


 俺は胸を撫で下ろす。


「よし、今のうちに行こう」


 ヴィルの言葉に頷き、俺たちは再び歩き始めた。


 それから慎重に路地を抜け、しばらく進むと――。


「……見えたぞ」


 目の前に、街の出口が見えてきた。門の周囲には数人の騎士が立っている。だが、今のところ、こちらを警戒している様子はない。


「このまま行けそうですね」


 リナが小声で言った。


「ああ。門を抜ければ、ひとまず――」


「そこまでだ!」


 突然、威厳のある声が響いた。


「……っ!」


 俺たちは一斉に振り返った。そこに立っていたのは、一人の女だった。


 腰まで伸びた鮮やかな赤髪を、左右で高く結い上げたツインテール。整った顔立ちに、透き通るような白い肌。そして、豪華な衣装に身を包み、こちらを見下ろすような冷たい目を向けている。年齢は二十代前半ほどに見える。だが、その表情には人を見下すような傲慢さが滲んでいた。さらに、その背後には複数の騎士が控えている。


「……あいつが、この街の領主よ」


 ノノが小さな声で告げた。


「えっ? あの女が?」


 俺は思わず聞き返した。


「ええ。名前はセシリア・グランベル。セレナーデの街を治めている領主よ」


 ノノは領主を見据えたまま、声を潜めて続けた。


「それと、あいつのチート能力は《重圧支配(グラビティ・ルール)》。重力を操って、対象を押し潰したり、吹き飛ばしたりできるらしいわ」


「……重力を操る?」


 俺は眉をひそめた。


「そう。しかも、ただの噂じゃないわ。地下闇市場で情報を集めているときに、あいつの能力についても調べておいたの」


 ノノの表情から、いつものふざけた雰囲気が消えていた。


「正直、かなり危険な相手よ。正面から戦ったら、簡単には勝てないと思う」


「……そんなに強いのか?」


「ええ。だから、絶対に油断しないで」


 ノノがそう忠告した直後、領主が一歩前へ出た。


「我が街の財産を焼き払った愚か者ども……よもや、このまま逃げおおせると思っていたのではあるまいな?」


 領主は俺たちを見渡し、口元を歪めた。


「我が目の前に現れたこと、後悔させてくれようぞ!」


「……何の話だ? 俺たちは今、ここに来たところなんだが」


 俺はとぼけた。


「俺たちは何も知らないけど?」


「ほう……まだ白を切るか。地下闇市場を焼き払い、我が街を騒がせた張本人が、よくもそのような口を利けたものよ!」


「いや、燃やしたのはノノだろ……」


「王子様、それは内緒でしょ♡」


「誰が王子様だ!」


「ええい、黙れい!」


 領主が声を張り上げた。


「貴様らの戯言に付き合っている暇はない! 全員、ひっ捕らえよ!」


 その瞬間、騎士たちが一斉に武器を構えた。


「タツヤさん……!」


 リナが俺の服を掴む。


 俺は周囲を見渡した。正面には領主と騎士たち。後ろにも、いつの間にか騎士が回り込んでいる。左右の路地にも人影が見えた。逃げ道は、ほとんどない。


 ……くそっ。どうする? 考えろ。


 俺一人なら、まだ何とかなるかもしれない。だが、ここにはリナもヴィルもノノもいる。全員で戦えば、誰かが大怪我をするかもしれない。最悪の場合、全滅だってあり得る。


 領主の能力は重力操作。ノノの話が本当なら、動きを封じられた時点でこちらはかなり不利になる。しかも、俺の【適応】は万能じゃない。攻撃を受ければ耐性を獲得できるが、耐性が育つ前に動けなくなれば意味がない。だったら――。


「……おい、三人とも」


「タツヤ?」


 俺は仲間たちに目を向けた。


「俺が時間を稼ぐ。その間に逃げろ」


「……は?」


 ヴィルが目を見開いた。


「お前、何言ってんだよ!」


「いいから! 俺なら、もしかしたら捕まっても死なずに済むかもしれない」


 俺は声を張った。


「全員で捕まるわけにはいかないだろ!」


「でも、タツヤさんを置いていくなんて……!」


 リナが首を横に振る。ノノも、いつものふざけた笑みを消していた。


「……王子様。冗談で言ってるんじゃないわよね?」


「ああ」


 俺は剣を抜いた。


「こいつらの相手は俺がする。お前たちは逃げて、作戦を練ってくれ。後で俺を助けに来てくれればいい」


「……っ」


 ヴィルが歯を食いしばった。


「……分かった。絶対に助けに行くからな」


「ああ」


「タツヤさん……!」


 リナはまだ何か言いたそうだったが、ノノがその腕を掴んだ。


「リナ、今は逃げるわよ」


「でも……!」


「この女の能力、かなり危険だって言ったでしょ? ここで全員捕まったら終わりよ」


 ノノは領主を睨みつけた。


「……絶対に助けに来るから」


「……ああ。頼んだ」


 俺が頷くと、三人は騎士たちの隙を突いて走り出した。


「逃がすものか! 追えい!」


 領主が叫ぶ。その瞬間、俺は一気に地面を蹴った。


「お前らの相手は俺だ!」


 剣を振り下ろす。だが――。


「小賢しい!」


 領主が片手を軽く上げた。次の瞬間、全身に凄まじい重圧がかかった。


「――ぐっ!?」


 まるで見えない巨人に押し潰されているかのようだった。


「な、なんだ……これ……!」


 膝が折れ、俺の身体が地面に叩きつけられる。


 ドンッ!


「がはっ……!」


 息が詰まった。身体を起こそうとしても、まるで何十倍もの重さがのしかかっているかのように動けない。


 領主がゆっくりと近づいてくる。


「貴様程度、これだけで十分!」


「くっ……!」


 俺は歯を食いしばり、必死に身体を起こそうとした。だが、少しも動けない。


「……っ、ふざけるな……!」


「まだ口が利けるか。ならば、これならどうだ!」


 領主は俺の胸元を蹴り上げた。


「ぐあっ!」


 その瞬間、俺の身体にかかる重力がさらに増した。


 ドゴッ!


 身体が地面へと叩きつけられる。


「がっ……!」


《打撃耐性+6を獲得しました》


 視界が揺れる。息ができない。

 

 ……くそっ。なんなんだよ、この能力……!。


「……ほう」


 領主が俺を見下ろす。


「多少は耐えるようだな。だが、その程度で我に抗えると思うたか!」


 領主が手を軽く振る。今度は、俺の身体が横へ吹き飛ばされた。


「――ッ!」


《打撃耐性+13を獲得しました》


 壁に叩きつけられ、俺はその場に崩れ落ちた。身体のあちこちが痛み、意識が遠のいていく。


「地下闇市場を焼き払って逃げおおせるとは、少しはやる連中だと思うたが、他愛もない。弱すぎて話にならぬわ!」


 領主の声が遠くから聞こえた。


 ……くそ……。


 立ち上がらなきゃ。せめて、あいつらが逃げ切るまでは――。だが、身体はもう動かなかった。


「連れていけい!」


「はっ!」


 騎士たちが駆け寄ってくる。俺は薄れゆく意識の中で、最後に一つだけ思った。


 ……みんな、頼んだぞ……。


 そして――俺の意識は途切れた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 目を覚ましたとき、俺は冷たい床の上にいた。


「……ここは?」


 薄暗い部屋。湿った石壁。鉄格子。そして――。


「……は?」


 両手首には鎖。足首にも鎖。しかも、鎖は壁に繋がれていて、立ち上がることすら難しい。


「……牢屋かよ」


 俺は深いため息をついた。どうやら、領主に負けて捕まったらしい。


 ……あの重力、反則だろ。


 俺の【適応】は攻撃を受ければ耐性を獲得できる。だが、相手の攻撃を受け続ける前に意識を失ってしまえば意味がない。それに、重力で動きを封じられたら、そもそも反撃することすら難しくなる。今回だって、打撃への耐性は獲得できた。だが、重力そのものを受け続けて耐性を得たわけじゃない。


 ……能力の相性が悪すぎる。


「……最悪だ」


 そのときだった。


 ギィィ……。


 鉄の扉が開いた。


「目が覚めたようね」


 入ってきたのは、一人の女だった。


 目元にはドミノマスク。黒い服に身を包み、腰には鞭を携えている。口元には薄い笑みが浮かんでいた。


 ……うん。見た目からして、絶対に関わりたくないタイプだ。


「さて、と」


 女は俺の前に立つと、鞭を軽く振った。


 パシッ!


「ひっ……!」


 思わず肩が跳ねる。


「そんなに怖がらなくてもいいじゃない」


「いや、怖いだろ普通!」


「口答えする余裕はあるみたいね」


「今のは普通の感想だろ!」


 女は俺の言葉を無視して、冷たい目を向けた。


「質問に答えなさい。お前の仲間はどこに行った?」


「……知らない」


「本当に?」


「ああ。俺は一人で捕まったからな」


「ふうん……」


 女が鞭を振り上げる。


「なら、思い出すまで付き合ってもらおうかしら」


 パシンッ!


《打撃耐性+6を獲得しました》


「ぐああああっ!」


 腹に鋭い痛みが走った。


「お、おい! 仲間がどこに行ったかなんて、本当に知らないんだって!」


「なら、どうして逃がしたの?」


「逃がしたっていうか……あいつらが勝手に逃げたんだよ!」


「同じことでしょう?」


「いや、違うだろ!」


 パシンッ!


《打撃耐性+6を獲得しました》


「ぐあっ!」


「口答えしない!」


 女は楽しそうに笑った。


「いい反応ね。もう一度聞くわ。仲間はどこ?」


「……知らない」


 俺は歯を食いしばった。すると、再び鞭が振り下ろされる。


 パシンッ!


「ぐっ……!」


《打撃耐性+7を獲得しました》


 ……よし。耐性が増えてる。痛みはある。だが、確実に【適応】は働いている。このまま耐え続ければ、いつか鞭の攻撃にも対応できるはずだ。


 問題は――。


「まだ答えないの?」


「……答えようがないんだよ!」


 パシンッ!


《打撃耐性+7を獲得しました》


「ぐあああっ!」


 痛い! 普通に痛い!。


 耐性が増えているとはいえ、完全に無効化できているわけではない。しかも、女の鞭は想像以上に強烈だった。


「次の質問よ」


 女が鞭を肩に乗せる。


「お前のチート能力は何?」


「……」


「答えなさい」


「……嫌だね」


「へえ?」


 女の目が細くなる。


「自分の立場が分かっていないようね」


「……分かってるよ」


 俺は息を整えながら答えた。


「でも、敵に自分の能力を教えるほど馬鹿じゃない」


「……そう」


 女が笑った。


「なら、教えたくなるまで続けましょうか」


「……え?」


 パシンッ!


《打撃耐性+8を獲得しました》


「ぐあああああっ!」


(いやあああああ! もう嫌だああああ!)


 俺は心の中で叫んだ。


(ヴィル! リナ! ノノ! 早く助けに来てくれー! このままじゃ、俺が変な趣味に目覚めるかもしれないー!)


「……何をニヤついているの?」


「ニヤついてねえよ!」


 パシンッ!


《打撃耐性+8を獲得しました》


「ぐああああっ!」


(早く来てくれええええ!)


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 一方、その頃。ヴィルたちは街の地下にある下水道へと身を潜めていた。


「……くそっ!」


 ヴィルが壁を殴る。


「タツヤの奴、本当に一人で残りやがって……!」


「ヴィルさん、落ち着いてください」


 リナが不安そうに声をかけた。


「でもよ……」


 ヴィルは拳を握りしめる。


「俺たちだけ逃げて、あいつを置いていくなんてできるかよ」


「……私も、タツヤさんを助けたいです」


 リナが俯いた。


「でも、正面から行ったら、私たちまで捕まってしまいます」


「分かってる。分かってるけどよ……!」


 ヴィルは悔しそうに歯を食いしばった。


 タツヤは、自分が囮になることで俺たちを逃がした。なら、今度は俺たちが助けに行く番だ。だが、領主の能力は重力操作。正面からぶつかれば、同じように動きを封じられる可能性が高い。どうする?どうすれば、タツヤを救い出せる?


「ふふっ」


 そのとき、ノノが小さく笑った。


「……何がおかしいんだよ?」


 ヴィルが睨む。


「別にぃ。ただ、面白いことを思いついちゃったの♡」


「面白いこと?」


「うん。ちょっと、耳貸して」


 ノノは二人に手招きした。


「……なんだよ」


 ヴィルとリナが顔を寄せる。ノノは二人に、小声で作戦を説明した。


「…………」


「…………」


 説明を聞き終えた二人は、そろって顔を引きつらせた。


「えー! いや、それはヤバいだろ!」


 ヴィルが声を上げる。


「そ、そうですよ! そんなことをしたら……!」


 リナも慌てて首を振った。


「えー? じゃあ、王子様を助けなくてもいいの?」


「……っ」


 二人が黙り込む。ノノはにっこりと笑った。


「それとも、ここでずっと悩んでる?」


「……分かったよ」


 ヴィルが深いため息をついた。


「やるしかねえか」


「本当に大丈夫でしょうか……」


 リナは不安そうだったが、やがて覚悟を決めたように頷いた。


「……タツヤさんを助けるためですもんね」


「そうそう♡ じゃあ、行きましょ」


 ノノが先頭に立ち、下水道の奥へと歩き出した。


「……ところで、どこに向かってるんだ?」


 ヴィルが尋ねる。


「騎士団長の部屋よ」


「……は?」


「騎士団長の部屋だってば」


「いや、聞こえてる! そうじゃなくて、なんでそこなんだよ!」


「変装するためよ♡」


「…………」


 ヴィルは頭を抱えた。


「……お前、本当にとんでもないこと考えるな」


「褒め言葉として受け取っておくわ♡」


「褒めてねえよ!」


 そんなやり取りをしながら、三人は救出作戦を開始した。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 しばらく進むと、下水道の壁に小さな梯子が取り付けられていた。


「ここよ」


 ノノが梯子を上る。ヴィルとリナも続いた。蓋を少しだけ押し上げ、周囲の様子を確認する。


「……誰もいないね」


「本当にここが騎士団長の部屋なのか?」


「うん。城の近くで情報を集めてたときに、騎士たちが話しているのを聞いたのよ」


「お前、すごいな……」


「当然でしょ♡」


 ノノは蓋を開け、音を立てないように外へ出た。そこは広い部屋だった。机の上には書類が積まれ、壁には剣や鎧が飾られている。そして、部屋の奥には大きなベッドがあった。


「……いた」


 ベッドの上では、一人の男がいびきをかいていた。


「……あれが騎士団長か?」


「そうみたいね」


「……よし」


 ヴィルが小さく頷く。


「悪いが、少し眠っててもらうぜ」


 ヴィルは手にしていた杖を握り、慎重にベッドへ近づいた。そして、眠っている騎士団長の頭に向かって杖を振り下ろす。


「……食らえ!」


 ゴンッ!


 しかし――。


「……ん?」


 騎士団長は寝返りを打った。ヴィルの杖は頭をかすめ、そのままベッドに叩きつけられた。


「……っ!」


 ヴィルが顔を引きつらせた。


「い、今のは……!」


 騎士団長がゆっくりと目を開ける。


「……んん? 何だ……?」


「…………」


「…………」


 ヴィルと騎士団長の目が合った。


「……貴様、何をしている?」


「……あー、その……」


 ヴィルはぎこちない笑みを浮かべた。


「お、おはようございます……?」


「ここは俺の部屋だぞ!」


 騎士団長がベッドから起き上がろうとする。


「……くそっ、こうなったら!」


 ヴィルは杖を握り直し、今度こそ狙いを定めた。


「悪いな!」


 ゴンッ!


「ぐっ……!」


 二度目の一撃は騎士団長の頭に直撃した。騎士団長は目を見開いたまま、ゆっくりとベッドへ倒れ込む。


「…………」


「……よし」


 ヴィルは恐る恐る騎士団長の様子を確認した。今度こそ、完全に気絶している。


「……最初からこうすればよかったんだよ」


 ヴィルは額の汗を拭った。


「大丈夫かなぁ……」


 ノノが倒れた男を見下ろす。


「起きたら怒られそうねぇ♡」


「今はそんなこと言ってる場合じゃねえ!」


 ヴィルは騎士団長の制服を手に取った。


「……これを着ればいいんだな」


「うん。ヴィルが騎士団長役。あたしとリナは騎士役よ」


「……俺が?」


「他に誰がいるの?」


「いや、そうだけどよ……」


 ヴィルは渋々制服に着替えた。少し大きめの制服だったが、なんとか着ることはできた。


「……どうだ?」


 ヴィルが二人に向き直る。


「……似合ってます」


 リナが微妙な笑顔で答えた。


「うん。ちょっと偉そうに見えるわね♡」


「それ、褒めてるのか?」


「もちろん」


「絶対嘘だろ……」


 ノノとリナも、近くにいた騎士を気絶させて制服を手に入れ、それぞれ身につけた。


 三人は部屋を出た。目指すのは領主のいる建物。そして、タツヤが捕らえられている場所だ。


「いいか。俺が騎士団長のふりをする。お前たちは部下として、余計なことを喋るなよ」


「分かりました」


「はーい♡」


「特にノノ。絶対に余計なことを言うなよ」


「えー? あたし、そんなに信用ない?」


「ない!」


「ひどーい!」


 ノノは頬を膨らませた。


「……とにかく行くぞ」


 三人は堂々と廊下を歩き始めた。角を曲がったところで、騎士が一人、こちらに気づいた。


「騎士団長!」


「……おう」


 ヴィルはできるだけ威厳のある声を出した。


「ご苦労」


「はっ! 何かご用でしょうか?」


「領主様のところへ向かう。通してくれ」


「承知しました!」


 騎士はすぐに道を開けた。ヴィルは何事もなかったかのように歩き出す。リナとノノも真面目な顔で後に続いた。廊下を抜け、階段を上る。やがて、建物の外側に沿って続く階段へと出た。


 この城は巨大な樹木の壁と一体化するように建てられている。樹木の壁に沿った内側の階段を上っていけば、中腹にある通路を経由して領主のいる建物へ近づけるらしい。


「……順調だな」


 ヴィルが小声で呟いた。


「このまま行けば、いけそうですね」


 リナも少し安心したように息を吐く。


「でしょ? あたしの作戦、完璧だもん♡」


「まだ何も終わってねえだろ」


 そのときだった。


「……騎士団長?」


 階段の途中で、別の騎士が声をかけてきた。


「少しよろしいでしょうか?」


「……何だ?」


 ヴィルは立ち止まる。


「先ほど、領主様から命令がありまして。騎士団長には、南側の警備を確認するようにと……」


「……ああ、そうだったな」


 ヴィルは内心で冷や汗を流した。


 南側ってどこだよ!。


「それで、南側の警備はどうなっている?」


「はっ。現在、騎士団の一部が配置についております」


「……そうか。ご苦労」


 ヴィルは堂々と頷いた。騎士は少しだけ不思議そうな顔をしたものの、すぐに敬礼した。


「では、失礼いたします」


 騎士が去っていく。


「……ふう」


 ヴィルは小さく息を吐いた。


「危なかった……」


「今の、かなり怪しかったわよぉ♡」


「うるせえ!」


 ノノがくすくす笑う。


「でも、なんとかなったわね」


「……ああ。もう少しだ」


 三人は再び階段を上り始めた。だが――。


「すいません、ちょっとよろしいでしょうか?」


 背後から声が響いた。


「……っ!」


 三人が振り返ると、先ほどの騎士が戻ってきていた。


「騎士団長。先ほどの質問ですが……」


 騎士はヴィルの顔をじっと見つめた。


「あなた、本当に騎士団長ですか?」


「……は?」


 ヴィルの顔が引きつる。


「何を言っている。俺は騎士団長だぞ」


「……おかしいですね」


 騎士が剣に手をかけた。


「騎士団長は、先ほどから領主様の執務室にいるはずですが」


「…………」


「それに……」


 騎士の視線がヴィルの制服へ向けられる。


「その制服、襟元の留め具が逆です」


「……あ」


 ヴィルが自分の襟元を見る。 確かに、留め具が逆になっていた。


「……くそっ!」


 ヴィルは顔を覆った。


「なんでこんなところでバレるんだよ!」


「騎士団長を騙るとは、何者だ!」


 騎士が剣を抜く。周囲にいた騎士たちも、一斉にこちらへ集まってきた。


「……もう無理ねぇ♡」


 ノノが肩をすくめる。


「こうなったら――」


 ヴィルは深く息を吸った。


「強行突破だ!」


「最初からそうすればよかったんじゃない?」


「お前が変装しろって言ったんだろうが!」


「はいはい♡ じゃあ、いくわよぉ!」


 ノノが手を掲げた。


「《紅蓮焼野(クリムゾン・カタストロフ)》!」


 ……。


「……あれ?」


 何も起きなかった。


「……もう一回!」


「おい、ノノ! 今は失敗してる場合じゃねえぞ!」


「分かってるわよぉ!」


 ノノは再び魔力を込める。


「《紅蓮焼野(クリムゾン・カタストロフ)》!」


 ……。


 やはり、何も起きない。


「うそでしょ……!」


 ノノの顔が引きつった。


「おいおいおい! 頼むから早くしてくれ!」


 ヴィルが叫ぶ。


「《紅蓮焼野(クリムゾン・カタストロフ)》!」


 ……。


「…………」


「…………」


「……ちょっと待ってねぇ♡」


「待てるかああああ!」


 騎士たちが一斉に駆け寄ってくる。


「侵入者だ! 捕らえろ!」


「くそっ!」


 ヴィルが手を伸ばした。


「来い! スライム!」


 ポンッ!


 床に現れたのは、大きなスライムだった。


「……よし!」


 スライムはぷるぷると身体を揺らし、騎士たちへ飛びかかった。


「うわっ!?」


「なんだ、こいつ!」


 騎士たちが足を取られ、次々と転倒する。


「今だ! 走れ!」


 ヴィルが叫ぶ。


 リナとノノが走り出した。だが、前方にもまだ騎士が残っていた。


「止まれ!」


「……もう、いい加減にしてちょうだい!」


 ノノが再び両手を掲げる。


「《紅蓮焼野(クリムゾン・カタストロフ)》!」


 ……。


「…………」


「……お願いだから、そろそろ出てよぉ!」


 ノノの額に汗が浮かぶ。その間にも、騎士たちが迫ってくる。


「ノノ、後ろ!」


 リナが叫んだ。


「分かってるってば!」


 ノノは歯を食いしばり、もう一度魔力を集中させた。


「《紅蓮焼野(クリムゾン・カタストロフ)》――!」


 次の瞬間。


 ゴオオオオオオオオオッ!!


 轟音とともに、紅蓮の炎が地面から爆発的に噴き出した。


「……っ!?」


 放たれた炎は階段脇の樹木の壁へと直撃する。直後、凄まじい爆発が巻き起こり、壁が一瞬で炎に呑み込まれた。だが、それだけでは終わらなかった。


 炎は壁を伝って瞬く間に燃え広がり、周囲の木材を次々と飲み込んでいく。火柱が高く立ち上り、熱風が階段を駆け抜けた。燃え盛る炎が周囲を赤く染め、黒煙が空を覆い尽くしていく。


「うわああああっ!?」


「な、なんだこの威力は!?」


「壁が燃えてるどころじゃないぞ! 逃げろおおおっ!」


 騎士たちは悲鳴を上げながら、一斉に後退した。熱風に煽られ、鎧がガチャガチャと音を立てる。炎の勢いは衰えるどころか、さらに激しさを増していた。


「お、おい! この城ごと燃やす気か!?」


 ヴィルが目を見開く。


「……やっと出たわね!」


 当のノノは、ほっと胸を撫で下ろしていた。


「いやいやいや! やっと出た、じゃねえだろ! お前、あと少しで俺たち全員捕まるところだったぞ!」


「でも、成功したじゃない♡」


「成功の規模がおかしいんだよ!!」


「細かいことは気にしないの♡」


「どこが細かいんだ! 建物ごと燃えそうなんだが!?」


「はいはい♡ 文句は後で聞くわ! 今は走るわよ!」


 三人は燃え盛る炎と立ち込める煙に紛れ、階段を駆け上がっていった。背後では、騎士たちの怒号と炎が爆ぜる音が響き続けている。もはや、ただの陽動と呼ぶにはあまりにも派手すぎる騒ぎだった。それでも――タツヤを助けるために、進むしかなかった。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「……ぐっ!」


 牢屋の中。俺は再び鞭で打たれ、歯を食いしばっていた。


「まだ答えないの?」


「……知らないって言ってるだろ……!」


「強情ね」


 女が鞭を振り上げようとした、そのときだった。


「……ん?」


 女の動きが止まった。遠くから、騒がしい声が聞こえてくる。


「火事だ! 火が出たぞ!」


「何だと!?」


 女が扉の方を振り返った。


「……何が起きているの?」


 俺は、その声を聞き逃さなかった。


 ……火事?。


 耳を澄ませる。確かに、外が騒がしい。そして――。


 ……まさか。


 俺の胸に、希望が湧き上がった。


 ヴィル。リナ。ノノ。あいつらが、助けに来てくれたのかもしれない。


「……ふっ」


 思わず、笑みがこぼれた。


「……何がおかしいの?」


 女がこちらを睨む。


「……いや」


 俺は鎖に繋がれたまま、口元を緩めた。


「別に?」


「……まだ懲りていないようね」


 女が鞭を握り直す。


 だが、俺はもう怖くなかった。いや、怖いのは怖い。できれば、もう二度と鞭なんて受けたくない。それでも――。


 ……マジで頼むぞ、みんな。


 俺は、仲間たちが来てくれることを信じていた。

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