21 またもやセレナードの領主に捕まりました
俺たちはノノを仲間に加え、セレナーデの街を出ようとしていた。
「なあ、ヴィル。俺たち、まだ追われてると思うか?」
「そりゃあ……追われてるんじゃねえか?」
「やっぱりそうだよな……」
「何を今さら言ってんだよ。あれだけ派手にやらかしたんだぞ?」
「いや、それはノノがやっただけで、俺はちゃんと金を払ったんだぞ? 最後の一枚分が足りなかっただけで……」
「それ、金を払ってないって言うんだよ」
「……俺は悪くない。たぶん」
「たぶんって言ってる時点で怪しいだろ」
ヴィルが呆れたように笑った。
くそっ。正論すぎて反論できない。
「とにかく、今は街を出ることを優先しましょう」
リナが周囲を警戒しながら言った。
「騎士団が街中を探し回っているみたいです」
「それだけじゃないわよ♡」
ノノが俺の腕に絡みつきながら、のんびりとした声を出す。
「地下闇市場にいた、見るからに危なそうな連中もいるみたい」
「……マジかよ」
俺は思わず足を止めた。
「それって、あの市場にいた連中か?」
「たぶんね。ほら、あっち」
ノノが路地の向こうを指差した。そこには、数人の男たちがいた。武器を腰に下げ、通行人を睨みつけながら歩いている。荒々しい身なりに、鋭い目つき。どう見ても、普通の街人には見えなかった。そのうちの一人は手元の紙を確認しながら、通行人の顔を一人ずつ見比べている。
「……見つけたら知らせろ。領主様からの命令だ」
「分かってる。見つけたら逃がすなよ」
男たちはそう言い残し、別の路地へと入っていった。
「ますます面倒なことになってるな」
ヴィルが頭を掻く。
「とにかく、見つからないように進もう」
「ああ」
俺たちは建物の陰を選びながら、街の出口を目指した。
頼むから、このまま何事もなく街を出させてくれ。これ以上、厄介ごとを増やしたくない。
そう願いながら歩いていたのだが――。
「……あれ?」
角を曲がろうとしたところで、ノノが足を止めた。
「どうした?」
「……あっ」
カランッ。
ノノの足元で、小さな石が転がった。
「ん?」
少し離れた場所にいた騎士が、こちらを振り向く。
「誰かいるのか?」
「……っ!」
俺たちは一斉に建物の陰へ身を隠した。
「おい、ノノ……!」
「ご、ごめんなさい……」
ノノが小声で謝る。
「お前、もうちょっと静かにできないのかよ!」
「だって、石が勝手に転がったんだもの♡」
「お前が蹴ったんだろ!」
「細かいことは気にしないの♡」
「気にしろ!」
小声で言い合っている間にも、騎士の足音が近づいてくる。
「……誰もいないか?」
騎士が路地の入口から顔を覗かせた。
俺たちは息を潜める。
まずい。あと少しで見つかる。
そう思った、そのときだった。
「おい! そっちに怪しい奴らがいたぞ!」
別の方向から声が響いた。
「何だと? 分かった、すぐに向かう!」
騎士は慌ただしく走り去っていった。
「……助かった」
俺は胸を撫で下ろす。
「よし、今のうちに行こう」
ヴィルの言葉に頷き、俺たちは再び歩き始めた。
それから慎重に路地を抜け、しばらく進むと――。
「……見えたぞ」
目の前に、街の出口が見えてきた。門の周囲には数人の騎士が立っている。だが、今のところ、こちらを警戒している様子はない。
「このまま行けそうですね」
リナが小声で言った。
「ああ。門を抜ければ、ひとまず――」
「そこまでだ!」
突然、威厳のある声が響いた。
「……っ!」
俺たちは一斉に振り返った。そこに立っていたのは、一人の女だった。
腰まで伸びた鮮やかな赤髪を、左右で高く結い上げたツインテール。整った顔立ちに、透き通るような白い肌。そして、豪華な衣装に身を包み、こちらを見下ろすような冷たい目を向けている。年齢は二十代前半ほどに見える。だが、その表情には人を見下すような傲慢さが滲んでいた。さらに、その背後には複数の騎士が控えている。
「……あいつが、この街の領主よ」
ノノが小さな声で告げた。
「えっ? あの女が?」
俺は思わず聞き返した。
「ええ。名前はセシリア・グランベル。セレナーデの街を治めている領主よ」
ノノは領主を見据えたまま、声を潜めて続けた。
「それと、あいつのチート能力は《重圧支配》。重力を操って、対象を押し潰したり、吹き飛ばしたりできるらしいわ」
「……重力を操る?」
俺は眉をひそめた。
「そう。しかも、ただの噂じゃないわ。地下闇市場で情報を集めているときに、あいつの能力についても調べておいたの」
ノノの表情から、いつものふざけた雰囲気が消えていた。
「正直、かなり危険な相手よ。正面から戦ったら、簡単には勝てないと思う」
「……そんなに強いのか?」
「ええ。だから、絶対に油断しないで」
ノノがそう忠告した直後、領主が一歩前へ出た。
「我が街の財産を焼き払った愚か者ども……よもや、このまま逃げおおせると思っていたのではあるまいな?」
領主は俺たちを見渡し、口元を歪めた。
「我が目の前に現れたこと、後悔させてくれようぞ!」
「……何の話だ? 俺たちは今、ここに来たところなんだが」
俺はとぼけた。
「俺たちは何も知らないけど?」
「ほう……まだ白を切るか。地下闇市場を焼き払い、我が街を騒がせた張本人が、よくもそのような口を利けたものよ!」
「いや、燃やしたのはノノだろ……」
「王子様、それは内緒でしょ♡」
「誰が王子様だ!」
「ええい、黙れい!」
領主が声を張り上げた。
「貴様らの戯言に付き合っている暇はない! 全員、ひっ捕らえよ!」
その瞬間、騎士たちが一斉に武器を構えた。
「タツヤさん……!」
リナが俺の服を掴む。
俺は周囲を見渡した。正面には領主と騎士たち。後ろにも、いつの間にか騎士が回り込んでいる。左右の路地にも人影が見えた。逃げ道は、ほとんどない。
……くそっ。どうする? 考えろ。
俺一人なら、まだ何とかなるかもしれない。だが、ここにはリナもヴィルもノノもいる。全員で戦えば、誰かが大怪我をするかもしれない。最悪の場合、全滅だってあり得る。
領主の能力は重力操作。ノノの話が本当なら、動きを封じられた時点でこちらはかなり不利になる。しかも、俺の【適応】は万能じゃない。攻撃を受ければ耐性を獲得できるが、耐性が育つ前に動けなくなれば意味がない。だったら――。
「……おい、三人とも」
「タツヤ?」
俺は仲間たちに目を向けた。
「俺が時間を稼ぐ。その間に逃げろ」
「……は?」
ヴィルが目を見開いた。
「お前、何言ってんだよ!」
「いいから! 俺なら、もしかしたら捕まっても死なずに済むかもしれない」
俺は声を張った。
「全員で捕まるわけにはいかないだろ!」
「でも、タツヤさんを置いていくなんて……!」
リナが首を横に振る。ノノも、いつものふざけた笑みを消していた。
「……王子様。冗談で言ってるんじゃないわよね?」
「ああ」
俺は剣を抜いた。
「こいつらの相手は俺がする。お前たちは逃げて、作戦を練ってくれ。後で俺を助けに来てくれればいい」
「……っ」
ヴィルが歯を食いしばった。
「……分かった。絶対に助けに行くからな」
「ああ」
「タツヤさん……!」
リナはまだ何か言いたそうだったが、ノノがその腕を掴んだ。
「リナ、今は逃げるわよ」
「でも……!」
「この女の能力、かなり危険だって言ったでしょ? ここで全員捕まったら終わりよ」
ノノは領主を睨みつけた。
「……絶対に助けに来るから」
「……ああ。頼んだ」
俺が頷くと、三人は騎士たちの隙を突いて走り出した。
「逃がすものか! 追えい!」
領主が叫ぶ。その瞬間、俺は一気に地面を蹴った。
「お前らの相手は俺だ!」
剣を振り下ろす。だが――。
「小賢しい!」
領主が片手を軽く上げた。次の瞬間、全身に凄まじい重圧がかかった。
「――ぐっ!?」
まるで見えない巨人に押し潰されているかのようだった。
「な、なんだ……これ……!」
膝が折れ、俺の身体が地面に叩きつけられる。
ドンッ!
「がはっ……!」
息が詰まった。身体を起こそうとしても、まるで何十倍もの重さがのしかかっているかのように動けない。
領主がゆっくりと近づいてくる。
「貴様程度、これだけで十分!」
「くっ……!」
俺は歯を食いしばり、必死に身体を起こそうとした。だが、少しも動けない。
「……っ、ふざけるな……!」
「まだ口が利けるか。ならば、これならどうだ!」
領主は俺の胸元を蹴り上げた。
「ぐあっ!」
その瞬間、俺の身体にかかる重力がさらに増した。
ドゴッ!
身体が地面へと叩きつけられる。
「がっ……!」
《打撃耐性+6を獲得しました》
視界が揺れる。息ができない。
……くそっ。なんなんだよ、この能力……!。
「……ほう」
領主が俺を見下ろす。
「多少は耐えるようだな。だが、その程度で我に抗えると思うたか!」
領主が手を軽く振る。今度は、俺の身体が横へ吹き飛ばされた。
「――ッ!」
《打撃耐性+13を獲得しました》
壁に叩きつけられ、俺はその場に崩れ落ちた。身体のあちこちが痛み、意識が遠のいていく。
「地下闇市場を焼き払って逃げおおせるとは、少しはやる連中だと思うたが、他愛もない。弱すぎて話にならぬわ!」
領主の声が遠くから聞こえた。
……くそ……。
立ち上がらなきゃ。せめて、あいつらが逃げ切るまでは――。だが、身体はもう動かなかった。
「連れていけい!」
「はっ!」
騎士たちが駆け寄ってくる。俺は薄れゆく意識の中で、最後に一つだけ思った。
……みんな、頼んだぞ……。
そして――俺の意識は途切れた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
目を覚ましたとき、俺は冷たい床の上にいた。
「……ここは?」
薄暗い部屋。湿った石壁。鉄格子。そして――。
「……は?」
両手首には鎖。足首にも鎖。しかも、鎖は壁に繋がれていて、立ち上がることすら難しい。
「……牢屋かよ」
俺は深いため息をついた。どうやら、領主に負けて捕まったらしい。
……あの重力、反則だろ。
俺の【適応】は攻撃を受ければ耐性を獲得できる。だが、相手の攻撃を受け続ける前に意識を失ってしまえば意味がない。それに、重力で動きを封じられたら、そもそも反撃することすら難しくなる。今回だって、打撃への耐性は獲得できた。だが、重力そのものを受け続けて耐性を得たわけじゃない。
……能力の相性が悪すぎる。
「……最悪だ」
そのときだった。
ギィィ……。
鉄の扉が開いた。
「目が覚めたようね」
入ってきたのは、一人の女だった。
目元にはドミノマスク。黒い服に身を包み、腰には鞭を携えている。口元には薄い笑みが浮かんでいた。
……うん。見た目からして、絶対に関わりたくないタイプだ。
「さて、と」
女は俺の前に立つと、鞭を軽く振った。
パシッ!
「ひっ……!」
思わず肩が跳ねる。
「そんなに怖がらなくてもいいじゃない」
「いや、怖いだろ普通!」
「口答えする余裕はあるみたいね」
「今のは普通の感想だろ!」
女は俺の言葉を無視して、冷たい目を向けた。
「質問に答えなさい。お前の仲間はどこに行った?」
「……知らない」
「本当に?」
「ああ。俺は一人で捕まったからな」
「ふうん……」
女が鞭を振り上げる。
「なら、思い出すまで付き合ってもらおうかしら」
パシンッ!
《打撃耐性+6を獲得しました》
「ぐああああっ!」
腹に鋭い痛みが走った。
「お、おい! 仲間がどこに行ったかなんて、本当に知らないんだって!」
「なら、どうして逃がしたの?」
「逃がしたっていうか……あいつらが勝手に逃げたんだよ!」
「同じことでしょう?」
「いや、違うだろ!」
パシンッ!
《打撃耐性+6を獲得しました》
「ぐあっ!」
「口答えしない!」
女は楽しそうに笑った。
「いい反応ね。もう一度聞くわ。仲間はどこ?」
「……知らない」
俺は歯を食いしばった。すると、再び鞭が振り下ろされる。
パシンッ!
「ぐっ……!」
《打撃耐性+7を獲得しました》
……よし。耐性が増えてる。痛みはある。だが、確実に【適応】は働いている。このまま耐え続ければ、いつか鞭の攻撃にも対応できるはずだ。
問題は――。
「まだ答えないの?」
「……答えようがないんだよ!」
パシンッ!
《打撃耐性+7を獲得しました》
「ぐあああっ!」
痛い! 普通に痛い!。
耐性が増えているとはいえ、完全に無効化できているわけではない。しかも、女の鞭は想像以上に強烈だった。
「次の質問よ」
女が鞭を肩に乗せる。
「お前のチート能力は何?」
「……」
「答えなさい」
「……嫌だね」
「へえ?」
女の目が細くなる。
「自分の立場が分かっていないようね」
「……分かってるよ」
俺は息を整えながら答えた。
「でも、敵に自分の能力を教えるほど馬鹿じゃない」
「……そう」
女が笑った。
「なら、教えたくなるまで続けましょうか」
「……え?」
パシンッ!
《打撃耐性+8を獲得しました》
「ぐあああああっ!」
(いやあああああ! もう嫌だああああ!)
俺は心の中で叫んだ。
(ヴィル! リナ! ノノ! 早く助けに来てくれー! このままじゃ、俺が変な趣味に目覚めるかもしれないー!)
「……何をニヤついているの?」
「ニヤついてねえよ!」
パシンッ!
《打撃耐性+8を獲得しました》
「ぐああああっ!」
(早く来てくれええええ!)
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
一方、その頃。ヴィルたちは街の地下にある下水道へと身を潜めていた。
「……くそっ!」
ヴィルが壁を殴る。
「タツヤの奴、本当に一人で残りやがって……!」
「ヴィルさん、落ち着いてください」
リナが不安そうに声をかけた。
「でもよ……」
ヴィルは拳を握りしめる。
「俺たちだけ逃げて、あいつを置いていくなんてできるかよ」
「……私も、タツヤさんを助けたいです」
リナが俯いた。
「でも、正面から行ったら、私たちまで捕まってしまいます」
「分かってる。分かってるけどよ……!」
ヴィルは悔しそうに歯を食いしばった。
タツヤは、自分が囮になることで俺たちを逃がした。なら、今度は俺たちが助けに行く番だ。だが、領主の能力は重力操作。正面からぶつかれば、同じように動きを封じられる可能性が高い。どうする?どうすれば、タツヤを救い出せる?
「ふふっ」
そのとき、ノノが小さく笑った。
「……何がおかしいんだよ?」
ヴィルが睨む。
「別にぃ。ただ、面白いことを思いついちゃったの♡」
「面白いこと?」
「うん。ちょっと、耳貸して」
ノノは二人に手招きした。
「……なんだよ」
ヴィルとリナが顔を寄せる。ノノは二人に、小声で作戦を説明した。
「…………」
「…………」
説明を聞き終えた二人は、そろって顔を引きつらせた。
「えー! いや、それはヤバいだろ!」
ヴィルが声を上げる。
「そ、そうですよ! そんなことをしたら……!」
リナも慌てて首を振った。
「えー? じゃあ、王子様を助けなくてもいいの?」
「……っ」
二人が黙り込む。ノノはにっこりと笑った。
「それとも、ここでずっと悩んでる?」
「……分かったよ」
ヴィルが深いため息をついた。
「やるしかねえか」
「本当に大丈夫でしょうか……」
リナは不安そうだったが、やがて覚悟を決めたように頷いた。
「……タツヤさんを助けるためですもんね」
「そうそう♡ じゃあ、行きましょ」
ノノが先頭に立ち、下水道の奥へと歩き出した。
「……ところで、どこに向かってるんだ?」
ヴィルが尋ねる。
「騎士団長の部屋よ」
「……は?」
「騎士団長の部屋だってば」
「いや、聞こえてる! そうじゃなくて、なんでそこなんだよ!」
「変装するためよ♡」
「…………」
ヴィルは頭を抱えた。
「……お前、本当にとんでもないこと考えるな」
「褒め言葉として受け取っておくわ♡」
「褒めてねえよ!」
そんなやり取りをしながら、三人は救出作戦を開始した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
しばらく進むと、下水道の壁に小さな梯子が取り付けられていた。
「ここよ」
ノノが梯子を上る。ヴィルとリナも続いた。蓋を少しだけ押し上げ、周囲の様子を確認する。
「……誰もいないね」
「本当にここが騎士団長の部屋なのか?」
「うん。城の近くで情報を集めてたときに、騎士たちが話しているのを聞いたのよ」
「お前、すごいな……」
「当然でしょ♡」
ノノは蓋を開け、音を立てないように外へ出た。そこは広い部屋だった。机の上には書類が積まれ、壁には剣や鎧が飾られている。そして、部屋の奥には大きなベッドがあった。
「……いた」
ベッドの上では、一人の男がいびきをかいていた。
「……あれが騎士団長か?」
「そうみたいね」
「……よし」
ヴィルが小さく頷く。
「悪いが、少し眠っててもらうぜ」
ヴィルは手にしていた杖を握り、慎重にベッドへ近づいた。そして、眠っている騎士団長の頭に向かって杖を振り下ろす。
「……食らえ!」
ゴンッ!
しかし――。
「……ん?」
騎士団長は寝返りを打った。ヴィルの杖は頭をかすめ、そのままベッドに叩きつけられた。
「……っ!」
ヴィルが顔を引きつらせた。
「い、今のは……!」
騎士団長がゆっくりと目を開ける。
「……んん? 何だ……?」
「…………」
「…………」
ヴィルと騎士団長の目が合った。
「……貴様、何をしている?」
「……あー、その……」
ヴィルはぎこちない笑みを浮かべた。
「お、おはようございます……?」
「ここは俺の部屋だぞ!」
騎士団長がベッドから起き上がろうとする。
「……くそっ、こうなったら!」
ヴィルは杖を握り直し、今度こそ狙いを定めた。
「悪いな!」
ゴンッ!
「ぐっ……!」
二度目の一撃は騎士団長の頭に直撃した。騎士団長は目を見開いたまま、ゆっくりとベッドへ倒れ込む。
「…………」
「……よし」
ヴィルは恐る恐る騎士団長の様子を確認した。今度こそ、完全に気絶している。
「……最初からこうすればよかったんだよ」
ヴィルは額の汗を拭った。
「大丈夫かなぁ……」
ノノが倒れた男を見下ろす。
「起きたら怒られそうねぇ♡」
「今はそんなこと言ってる場合じゃねえ!」
ヴィルは騎士団長の制服を手に取った。
「……これを着ればいいんだな」
「うん。ヴィルが騎士団長役。あたしとリナは騎士役よ」
「……俺が?」
「他に誰がいるの?」
「いや、そうだけどよ……」
ヴィルは渋々制服に着替えた。少し大きめの制服だったが、なんとか着ることはできた。
「……どうだ?」
ヴィルが二人に向き直る。
「……似合ってます」
リナが微妙な笑顔で答えた。
「うん。ちょっと偉そうに見えるわね♡」
「それ、褒めてるのか?」
「もちろん」
「絶対嘘だろ……」
ノノとリナも、近くにいた騎士を気絶させて制服を手に入れ、それぞれ身につけた。
三人は部屋を出た。目指すのは領主のいる建物。そして、タツヤが捕らえられている場所だ。
「いいか。俺が騎士団長のふりをする。お前たちは部下として、余計なことを喋るなよ」
「分かりました」
「はーい♡」
「特にノノ。絶対に余計なことを言うなよ」
「えー? あたし、そんなに信用ない?」
「ない!」
「ひどーい!」
ノノは頬を膨らませた。
「……とにかく行くぞ」
三人は堂々と廊下を歩き始めた。角を曲がったところで、騎士が一人、こちらに気づいた。
「騎士団長!」
「……おう」
ヴィルはできるだけ威厳のある声を出した。
「ご苦労」
「はっ! 何かご用でしょうか?」
「領主様のところへ向かう。通してくれ」
「承知しました!」
騎士はすぐに道を開けた。ヴィルは何事もなかったかのように歩き出す。リナとノノも真面目な顔で後に続いた。廊下を抜け、階段を上る。やがて、建物の外側に沿って続く階段へと出た。
この城は巨大な樹木の壁と一体化するように建てられている。樹木の壁に沿った内側の階段を上っていけば、中腹にある通路を経由して領主のいる建物へ近づけるらしい。
「……順調だな」
ヴィルが小声で呟いた。
「このまま行けば、いけそうですね」
リナも少し安心したように息を吐く。
「でしょ? あたしの作戦、完璧だもん♡」
「まだ何も終わってねえだろ」
そのときだった。
「……騎士団長?」
階段の途中で、別の騎士が声をかけてきた。
「少しよろしいでしょうか?」
「……何だ?」
ヴィルは立ち止まる。
「先ほど、領主様から命令がありまして。騎士団長には、南側の警備を確認するようにと……」
「……ああ、そうだったな」
ヴィルは内心で冷や汗を流した。
南側ってどこだよ!。
「それで、南側の警備はどうなっている?」
「はっ。現在、騎士団の一部が配置についております」
「……そうか。ご苦労」
ヴィルは堂々と頷いた。騎士は少しだけ不思議そうな顔をしたものの、すぐに敬礼した。
「では、失礼いたします」
騎士が去っていく。
「……ふう」
ヴィルは小さく息を吐いた。
「危なかった……」
「今の、かなり怪しかったわよぉ♡」
「うるせえ!」
ノノがくすくす笑う。
「でも、なんとかなったわね」
「……ああ。もう少しだ」
三人は再び階段を上り始めた。だが――。
「すいません、ちょっとよろしいでしょうか?」
背後から声が響いた。
「……っ!」
三人が振り返ると、先ほどの騎士が戻ってきていた。
「騎士団長。先ほどの質問ですが……」
騎士はヴィルの顔をじっと見つめた。
「あなた、本当に騎士団長ですか?」
「……は?」
ヴィルの顔が引きつる。
「何を言っている。俺は騎士団長だぞ」
「……おかしいですね」
騎士が剣に手をかけた。
「騎士団長は、先ほどから領主様の執務室にいるはずですが」
「…………」
「それに……」
騎士の視線がヴィルの制服へ向けられる。
「その制服、襟元の留め具が逆です」
「……あ」
ヴィルが自分の襟元を見る。 確かに、留め具が逆になっていた。
「……くそっ!」
ヴィルは顔を覆った。
「なんでこんなところでバレるんだよ!」
「騎士団長を騙るとは、何者だ!」
騎士が剣を抜く。周囲にいた騎士たちも、一斉にこちらへ集まってきた。
「……もう無理ねぇ♡」
ノノが肩をすくめる。
「こうなったら――」
ヴィルは深く息を吸った。
「強行突破だ!」
「最初からそうすればよかったんじゃない?」
「お前が変装しろって言ったんだろうが!」
「はいはい♡ じゃあ、いくわよぉ!」
ノノが手を掲げた。
「《紅蓮焼野》!」
……。
「……あれ?」
何も起きなかった。
「……もう一回!」
「おい、ノノ! 今は失敗してる場合じゃねえぞ!」
「分かってるわよぉ!」
ノノは再び魔力を込める。
「《紅蓮焼野》!」
……。
やはり、何も起きない。
「うそでしょ……!」
ノノの顔が引きつった。
「おいおいおい! 頼むから早くしてくれ!」
ヴィルが叫ぶ。
「《紅蓮焼野》!」
……。
「…………」
「…………」
「……ちょっと待ってねぇ♡」
「待てるかああああ!」
騎士たちが一斉に駆け寄ってくる。
「侵入者だ! 捕らえろ!」
「くそっ!」
ヴィルが手を伸ばした。
「来い! スライム!」
ポンッ!
床に現れたのは、大きなスライムだった。
「……よし!」
スライムはぷるぷると身体を揺らし、騎士たちへ飛びかかった。
「うわっ!?」
「なんだ、こいつ!」
騎士たちが足を取られ、次々と転倒する。
「今だ! 走れ!」
ヴィルが叫ぶ。
リナとノノが走り出した。だが、前方にもまだ騎士が残っていた。
「止まれ!」
「……もう、いい加減にしてちょうだい!」
ノノが再び両手を掲げる。
「《紅蓮焼野》!」
……。
「…………」
「……お願いだから、そろそろ出てよぉ!」
ノノの額に汗が浮かぶ。その間にも、騎士たちが迫ってくる。
「ノノ、後ろ!」
リナが叫んだ。
「分かってるってば!」
ノノは歯を食いしばり、もう一度魔力を集中させた。
「《紅蓮焼野》――!」
次の瞬間。
ゴオオオオオオオオオッ!!
轟音とともに、紅蓮の炎が地面から爆発的に噴き出した。
「……っ!?」
放たれた炎は階段脇の樹木の壁へと直撃する。直後、凄まじい爆発が巻き起こり、壁が一瞬で炎に呑み込まれた。だが、それだけでは終わらなかった。
炎は壁を伝って瞬く間に燃え広がり、周囲の木材を次々と飲み込んでいく。火柱が高く立ち上り、熱風が階段を駆け抜けた。燃え盛る炎が周囲を赤く染め、黒煙が空を覆い尽くしていく。
「うわああああっ!?」
「な、なんだこの威力は!?」
「壁が燃えてるどころじゃないぞ! 逃げろおおおっ!」
騎士たちは悲鳴を上げながら、一斉に後退した。熱風に煽られ、鎧がガチャガチャと音を立てる。炎の勢いは衰えるどころか、さらに激しさを増していた。
「お、おい! この城ごと燃やす気か!?」
ヴィルが目を見開く。
「……やっと出たわね!」
当のノノは、ほっと胸を撫で下ろしていた。
「いやいやいや! やっと出た、じゃねえだろ! お前、あと少しで俺たち全員捕まるところだったぞ!」
「でも、成功したじゃない♡」
「成功の規模がおかしいんだよ!!」
「細かいことは気にしないの♡」
「どこが細かいんだ! 建物ごと燃えそうなんだが!?」
「はいはい♡ 文句は後で聞くわ! 今は走るわよ!」
三人は燃え盛る炎と立ち込める煙に紛れ、階段を駆け上がっていった。背後では、騎士たちの怒号と炎が爆ぜる音が響き続けている。もはや、ただの陽動と呼ぶにはあまりにも派手すぎる騒ぎだった。それでも――タツヤを助けるために、進むしかなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……ぐっ!」
牢屋の中。俺は再び鞭で打たれ、歯を食いしばっていた。
「まだ答えないの?」
「……知らないって言ってるだろ……!」
「強情ね」
女が鞭を振り上げようとした、そのときだった。
「……ん?」
女の動きが止まった。遠くから、騒がしい声が聞こえてくる。
「火事だ! 火が出たぞ!」
「何だと!?」
女が扉の方を振り返った。
「……何が起きているの?」
俺は、その声を聞き逃さなかった。
……火事?。
耳を澄ませる。確かに、外が騒がしい。そして――。
……まさか。
俺の胸に、希望が湧き上がった。
ヴィル。リナ。ノノ。あいつらが、助けに来てくれたのかもしれない。
「……ふっ」
思わず、笑みがこぼれた。
「……何がおかしいの?」
女がこちらを睨む。
「……いや」
俺は鎖に繋がれたまま、口元を緩めた。
「別に?」
「……まだ懲りていないようね」
女が鞭を握り直す。
だが、俺はもう怖くなかった。いや、怖いのは怖い。できれば、もう二度と鞭なんて受けたくない。それでも――。
……マジで頼むぞ、みんな。
俺は、仲間たちが来てくれることを信じていた。




