20 とんでもないエルフが仲間になりました
俺たちはノノに連れられ、セレナーデの裏通りを歩いていた。
「なあ、本当にこっちで合ってるのか?」
「合ってるわよ。あたしの行きつけのお店なんだから」
ノノは振り返り、悪戯っぽく笑った。
それにしても、さっきから人通りがどんどん少なくなっている。両側には古びた建物が並び、表通りの賑やかさが嘘のようだった。そして、しばらく歩いた先でノノが足を止めた。
「……ここ?」
目の前にあったのは、建物と建物の隙間にひっそりと設けられた、ひどく目立たない入り口だった。壁には小さな看板が掛かっているが、文字はかすれていて、注意していなければ店の入り口だと気づくことすら難しい。
「そうよ。さあ、入って入って♡」
ノノはためらうことなく、入り口の奥へ続く階段を下りていく。俺たちは顔を見合わせたものの、ほかに当てもないので、その後に続いた。
階段を下りきると、意外な光景が広がっていた。落ち着いた照明に、木目の美しいテーブル。壁際には酒瓶が整然と並び、店内には静かな音楽が流れている。
「へえ……」
もっと怪しげな店を想像していたが、思いのほか雰囲気がいい。隠れ家的な酒場といったところか。ただ、一つ気になることがあった。
「……誰もいないな」
テーブル席には誰も座っておらず、客の姿は一人も見当たらない。こんな場所にある店だ。知る人ぞ知る人気店なのかと思ったが、単純に客が来ないだけという可能性もある。
「いらっしゃい……」
カウンターの奥から、低い声が聞こえてきた。そこにいたのは、頭がつるつるに禿げ上がった男だった。眼鏡を掛け、口元には左右にぴんと伸びた立派な髭を蓄えている。髭は見事なほどきっちりと整えられ、眼鏡にも曇り一つない。
……なんというか、妙に几帳面そうな男だな。
店主は俺たちを一瞥してから、先頭に立つノノへ目を向けた。
「……いらっしゃい。って、お前、ノノじゃねえか!」
「久しぶりね、おじさま♡」
「お前、最近とんと顔を見せねえと思ったら……一体どうしてたんだ?」
店主はカウンターから身を乗り出した。
「まさか、またどこかで騒ぎを起こしてたんじゃねえだろうな?」
「失礼ね。今回はちゃんと調査してたのよ?」
「調査だぁ?」
「そう。この街の裏で何が起きてるのか、暴いてやろうと思ってね」
ノノは得意げに胸を張った。
「それで、奴らの根城らしい店を見つけたから、潜り込んで聞き取り調査をしてたの」
「……お前、まさか一人でか?」
「もちろん♡」
「おいおい……」
店主は額に手を当てた。
「それで、どうなったんだ?」
「それがねえ。ちょっと言いがかりをつけられちゃって」
「言いがかり?」
「ええ。気づいたら地下の奴隷市場に連れていかれちゃったのよ。もう、本当に大変だったんだから!」
「そりゃ災難だったな……」
店主は呆れたようにため息をついた。
いや、待て。奴隷市場に連れていかれたのは、確かに災難だっただろう。だが、俺の知る限り、その後の騒ぎについては、ほとんど自業自得な気がする。
「で、調査の方はどうだった?」
「まあ、そこそこね」
ノノはにやりと笑った。
「ついでに、仕返しとして闇市場を燃やしてやったわ♡」
「…………ん?」
店主の動きが止まった。
「お前……今、何だって?」
「闇市場を燃やしたのよ。ほら、あそこって結構燃えやすそうなものが多かったじゃない?」
「いや、そういう問題じゃねえだろ!お前なあ……あそこがどんな連中と繋がってる場所か分かってんのか?」
「だから調査してたんじゃない」
「調査の結果が放火かよ!」
「だって、仕方ないじゃない♡」
……この二人、ずいぶん仲がいいらしい。
会話のテンポからして、付き合いは相当長そうだ。店主もノノの性格をよく知っているらしく、驚いてはいるものの、完全に初耳という反応ではない。
俺は隣にいるヴィルに小声で尋ねた。
「なあ、ノノっていつもあんな感じなのか?」
「……今日会ったばかりのお前でも、もう分かるだろ?」
「まあ、そうだな」
自由奔放というか、怖いもの知らずというか。正直、これ以上面倒なことには巻き込まれたくない。
俺がそんなことを考えていると、店主が大きく息を吐いた。
「……まあ、燃やしちまったもんは仕方ねえか。それで、そっちの連中は?」
店主の視線が俺たちに向く。
「お前の連れか?」
「そうよ!」
ノノは即答した。
「この王子様と、その一行の方々よ♡」
「……は?」
俺は思わずノノを見た。
店主も眼鏡の奥から、じっと俺を見つめている。
「王子様……?」
「いや、まあ……他人です」
「ひどーい! あたしの王子様なのにぃ!」
「誰が王子様だ!」
ノノが俺の腕に抱きついてきた。
「もう、照れなくてもいいのに♡」
「照れてねえよ! 離れろ!」
「えー? やだぁ♡」
「……おい、ノノ」
店主がじとっとした目を向ける。
「お前、まさかそいつらを巻き込んだんじゃねえだろうな?」
「失礼ね。むしろ、あたしが助けてあげたのよ?」
「本当かよ……」
店主は疑わしそうに俺たちを見比べた。
……頼むから、これ以上話をややこしくしないでくれ。
心の中でそう願ったが、ノノにはまったく届いていないようだった。
結局、俺たちはカウンター近くの席に案内された。店主は料理と飲み物を無償で用意してくれたものの、俺たちが何者なのか、ノノが何をしでかしたのかと、あれこれ質問してきた。
適当に話を合わせているうちに、ようやく話題が落ち着いた。そのときだった。
「……なあ、タツヤ」
隣に座っていたヴィルが、小声で話しかけてきた。
「ん?」
「お前、俺が闇市場に行ったとき、どうやって追いかけてきたんだ?」
「ああ、そのことか」
俺は飲み物を置いた。
「お前を探して周囲を歩き回ってたら、ノノを連れ去った連中の仲間を見つけたんだよ」
「仲間?」
「ああ。そいつを剣で脅して、連れていかれた場所を吐かせたんだ」
「……脅したのか?」
「ほかにどうしろっていうんだよ」
「いや、まあ……そうだけどよ」
「そいつに案内させて地下まで行って、用が済んだら気絶させた。それからお前たちを探してたんだ」
「なるほどな……」
ヴィルは納得したように頷いた。
「お前、意外と大胆だよな」
「お前が行方不明になったせいだろ!」
「悪かったって」
ヴィルが苦笑いを浮かべた、そのとき――。カラン、と乾いた音が店内に響いた。
入り口の扉が開いたのだ。
「……っ」
反射的に俺たちは、身をカウンターの裏へ身を隠した。入ってきたのは、鎧を身につけた数人の騎士だった。
街の騎士団だ。先頭に立つ男は店内を見回すと、低い声で告げた。
「店主。少し聞きたいことがある」
「……何でしょうかね?」
店主は何事もなかったかのように答えた。
「この連中を見なかったか?」
騎士が一枚の紙を取り出し、カウンターに置く。そこには――俺たちの似顔絵が描かれていた。
……マジかよ。
思わず声が出そうになり、慌てて口を押さえた。ヴィルもリナも顔を強張らせている。だが、ノノだけは、なぜか面白そうに目を輝かせていた。
……お前、状況分かってるのか?。
俺はノノに目だけで問いかける。すると店主は似顔絵をちらりと見た。
「さあねえ。見覚えはないな」
「本当にか?」
「ええ。うちは客の顔をいちいち覚えるような店じゃありませんから」
店主は平然と答えた。騎士はしばらく店主を睨んでいたが、やがて紙を回収した。
「そうか。ならいい」
そして、店内にいる俺たちにも聞こえるような声で告げた。
「この連中を見つけた場合は、速やかに騎士団へ報告しろ!」
騎士の目が鋭く光る。
「もし、見つけたにもかかわらず隠していたと判明した場合は、隠匿の罪で即刻処罰する。いいな?」
店主は無言で頷いた。
「行くぞ」
騎士たちは踵を返し、店を出ていった。
扉が閉まる。その直後、外から騎士たちの声が聞こえてきた。
「……ったく、領主様は本当に俺たちの扱いが悪いよな」
「おい、声がでかいぞ」
「いいだろ、もう勤務時間外だ。俺なんか今日は非番だったんだぜ? それなのに、こんな連中を探し回らされて……」
「文句なら上に言え。俺たちに言うな」
足音が遠ざかっていく。やがて、店内は再び静かになった。
「……もう行ったよ」
店主が小声で告げた。
俺たちはようやく、張り詰めていた肩の力を抜いた。
「助かりました。ありがとうございます」
俺は店主に頭を下げた。
「いや、いいさ。あいつらのやり方は気に食わねえからな」
店主は肩をすくめた。
「それにしても……お前ら、いったい何をやらかしたんだ?」
「……まあ、色々と」
俺は曖昧に笑った。
実際、俺たちが何をしたのかと聞かれると、説明に困る。地下闇市場に乗り込んだのはノノを助けるためだったが、結果的に市場を燃やしたのは彼女だ。
……まったく、とんでもない女に関わってしまった。
そう思いながら、俺はふと一つの事実を思い出した。
……そういえば。俺もあの闇市場で、金貨を一枚払わずに逃げてきたんだった。
いや、あれはノノを助けるために仕方なくやったことだ。そう、仕方なく。
……俺は悪くない。たぶん。
自分に言い聞かせ、俺は考えるのをやめた。
「それにしても、さっきの騎士たち……」
俺は扉の方を見た。
「領主がどうとか言ってたな」
「そうですね」
リナが小さく頷く。
「もしかすると、領主と地下闇市場は繋がっているのかもしれません」
「……やっぱり、そう思うか?」
「はい。普通なら、奴隷商のような違法な施設を取り締まるはずです。それなのに、あの人たちは私たちを捕まえることばかり気にしているようでした」
「なるほどな……」
ヴィルが腕を組む。
「領主が関わってるなら、騎士団が動くのも納得できる。連中にとっては、俺たちが闇市場を燃やしたことの方が問題なんだろうな」
「……おいおい」
俺は頭を抱えた。
「冗談じゃねえぞ。そんな面倒なことに関わりたくないんだが……」
すると、店主が口を開いた。
「実はな。俺も噂なら聞いたことがある」
「噂?」
「ああ。領主が裏で違法な商売に関わっているって話だ。以前、ここで飲んでいた客がそんなことを話していた」
「本当ですか?」
リナが身を乗り出す。
「確かな証拠があるわけじゃねえ。ただ、妙な話はいくつも聞く。奴隷市場の連中が捕まらないこともそうだし、領主に逆らって闇市場を告発した街の商人が、突然店を畳んだなんて話もな」
「…………」
俺は黙り込んだ。
どう考えても、厄介ごとの匂いしかしない。しかも、俺たちには似顔絵まで出回っている。この街に留まる理由なんて、もう一つもなかった。
「……よし」
俺は立ち上がった。
「俺たち、もう行くわ」
「えっ?」
リナが目を丸くする。
「タツヤさん、もうですか?」
「ああ。宿屋に泊まるのも諦める。さっさと街を出よう」
俺はヴィルを見る。
「ヴィル、お前もいいよな?」
「まあ……そうだな。今の状況じゃ、ここに留まるのは危険だ」
「決まりだな」
俺は店主に向き直った。
「世話になりました。俺たちはこれで失礼します」
「おう。気をつけて行けよ」
店主が頷いた、そのときだった。
「……あたしも行くわ」
「……は?」
聞き間違いかと思い、俺はノノを見た。彼女は当然のように立ち上がり、俺の隣に並んだ。
「あたしもあんたたちについていく」
「いや、なんでだよ」
「だって、あたし、王子様のこと好きになっちゃったかも♡」
「…………」
俺は露骨に嫌そうな顔をした。
「断る」
「えーっ! なんでよぉ!」
「お前、何をしでかすか分からないだろ! 今日だって奴隷市場を燃やしたんだぞ!?」
「だって、あいつらが悪いんじゃない♡」
「そういう問題じゃねえ!」
ノノは俺の腕をつかみ、上目遣いで見つめてきた。
「お願い♡ あたし、一人だと心細いの」
「……勘弁してくれ」
「ひどーい!」
「お前なら一人でも平気だって!」
「そんなことないもん♡」
……こいつ、本当に面倒くさい。
俺は深いため息をついた。
だが、冷静に考えれば、戦力が増えるのは悪い話じゃない。地下闇市場での魔法を見た限り、ノノの火力は相当なものだった。あれだけの魔法を使えるなら、今後の旅でも頼りになるはずだ。
……問題は、性格と信用だな。
「……分かった」
「ほんと!?」
ノノの顔がぱっと明るくなった。
「ただし、勝手に騒ぎを起こすなよ!」
「はーい♡」
「本当に分かってるんだろうな……」
疑いの目を向けたまま、俺はふと思い出して尋ねた。
「そういえば、お前の能力ランクはいくつなんだ?」
「Cランクよ♡」
「……またかよ」
俺はがっくりと肩を落とした。
これで仲間のCランク率が、また上がったわけだ。
……いや、別にランクが全てじゃない……はず。
俺が自分を納得させていると、ノノが人差し指を立てた。
「でもね、王子様。あたし、ゼニス(極致)スキルを使えるのよ♡」
「……は?」
俺は顔を上げた。
「今、なんて言った?」
「ゼニス(極致)スキル。あたし、会得してるの」
「マジかよ!?」
思わず声が大きくなる。
「本当に使えるのか!? それって、どんな能力なんだ?」
「ふふん。聞いて驚きなさい♡」
ノノは得意げに胸を張った。
「あたしのゼニス(極致)スキルは――《魔力極大》!」
「魔力極大……!」
「チート能力の無限の魔力で出力を極限まで高めて、さらにゼニススキルで魔法の威力を引き上げるの。つまり、あたしが地下闇市場で放った魔法より、さらに数倍の威力を出せるってわけ♡」
「数倍!?」
俺は思わず身を乗り出した。
「すげえじゃねえか!」
無限の魔力を使って強力な魔法を放ち、さらに極致スキルで威力を引き上げる。そんなもの、まともに発動できれば相当な戦力になるはずだ。
「よし! これなら心強いな!」
「でしょー? もっと褒めてもいいのよ♡」
「いや、本当にすごいと思うぞ!」
「……あら?」
ノノがきょとんとした。
「素直に褒めてくれるのね。もっと悔しがるかと思ったのに」
「なんで悔しがるんだよ!」
「だって、あたしって天才だから♡」
「はいはい……」
俺は苦笑した。ところが、ノノは急に声の調子を落とした。
「……でもね。一つ問題があるの」
「問題?」
「そう。あたしのデメリットのことなんだけど……」
ノノは頬を膨らませた。
「魔法がめちゃくちゃ不発になるのよ」
「…………は? めちゃくちゃ不発って、どのくらい?」
「んー……その時によるわね♡」
「いや、そこは具体的に答えてくれ!」
「地下闇市場で使った《紅蓮焼野》も《鍵喰い(キーイーター)》も、たまたま運よく発動しただけなのよ」
「…………」
俺の顔から、さっきまでの笑顔が消えていった。
「……つまり?」
「発動すれば、ものすごい威力が出るわ♡」
「うん」
「でも、発動するかどうかは運次第♡」
「…………」
俺は天井を仰いだ。
期待した俺が馬鹿だったのかもしれない。いや、待て。考えようによっては、ものすごい魔法を使える仲間が増えたんだ。発動さえすれば、ドラゴン相手でも大きな戦力になるかもしれない。……発動さえすれば。
「……まあ、いい」
俺は自分に言い聞かせるように頷いた。
「とにかく、仲間が一人増えたんだ。前向きに考えよう」
「そうそう! 人生、前向きが一番よ♡」
「お前が言うな!」
俺は思わずツッコんだ。
ノノは楽しそうに笑っている。
……本当に、先が思いやられる。だが、いつまでもここにいるわけにはいかない。
俺は全員を見回した。
「よし。次の目的地は、ドラゴンの住む山だ!」
「おー!」
ヴィルが拳を上げる。
「はい!」
リナも控えめに頷いた。
「おーっ♡ 王子様と一緒なら、どこへでも行くわよ♡」
ノノだけは妙に元気だった。
……なんだろう。俺たち、これから危険な場所に向かうんだよな? なのに、この締まりのなさは何なんだ。
店主はそんな俺たちを見て、呆れたように笑った。
「お前ら、本当に大丈夫かよ……」
「大丈夫じゃないかもしれません」
俺は正直に答えた。
「だが、行くしかないんです」
「……そうか」
店主は小さく頷いた。
「なら、これだけは覚えておけ。騎士団にも、領主にも、そして地下闇市場の商人どもにも気をつけろ。あいつらは、見た目ほど単純な相手じゃねえ」
「……分かりました」
俺たちは店主に礼を言い、店の入り口へ向かった。階段を上がり、目立たない看板のある入り口から裏通りへ出る。
夜風が頬を撫でた。俺は街の奥を振り返る。
この街には、まだ何か大きな秘密が隠されている。領主と地下闇市場の関係。そして、俺たちを捜し回る騎士団。気になることは山ほどある。だが――今は関わらない。俺たちの目的は、ドラゴンの住む山へ向かうことだ。
「……よし。行くぞ、みんな」
「ああ!」
「はい!」
「はーい♡」
こうして俺たちは、ノノを新たな仲間に加え、セレナーデの街を後にすることにした。……少なくとも、俺はそう思っていた。
まさかこの直後、自分が騎士団に捕らえられることになるとは――このときの俺は、知る由もなかった。
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