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チート能力をもらって異世界に行ったら、全員チート能力持ちだった件  作者: ぱん


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18/36

18 セレナードの街と囚われた少女

 馬車に揺られながら、俺たちはしばらく雑談をしていた。


 だが、朝早くから起きていたせいか、次第に眠気が襲ってくる。


「……ふぁあ」


「眠そうだな、タツヤ」


「そりゃな、あれだけ夜中までどんちゃん騒ぎしてたら眠くもなるぜ……」


 俺は窓の外を眺めながら、大きく欠伸をした。


「寝ていてもいいですよ。着いたら起こしますから」


「……悪い。じゃあ、ちょっとだけ」


 リナの言葉に甘え、俺は座席に身体を預けようとした。


 ……いや、待てよ。


 ふと、ある考えが頭をよぎる。


 せっかくの機会じゃないか?。


「……じゃあ、遠慮なく」


「はい?」


 俺は何食わぬ顔で身体を動かし、リナの太ももにそっと頭を乗せた。


「……えっ?」


 リナが目を丸くする。


 おおお……!。


 頭を預けた瞬間、柔らかな感触に包まれた。思わず頬が緩みそうになるのを、必死にこらえる。


 これが……合法的極楽睡眠ってやつか……!。


 俺はさりげなく手を太ももの上に置いた。


 初めて美少女の太ももを堪能したが、もちもちですべすべ……最高すぎるだろ……!。


「……タツヤさん?」


「んー?」


「そ、その……どうして私の膝に?」


「いやぁ、リナがいいって言ってくれたから」


「そ、そういう意味で言ったわけじゃ……」


 リナは困ったように頬を赤くした。だが、しばらくすると、ふっと小さく笑う。


「……もう。タツヤさんたら、子供なんだから」


 そう言いながらも、リナは俺の頭をどかそうとはしなかった。


 ……女神様。俺、異世界に来てよかったです。アーメン。


 心の中で、思わず感謝を捧げる。その時だった。


「……おい」


 向かい側から、低い声が聞こえてきた。


「……何してんだ、タツヤ」


「見て分からないか? 昼寝だよ」


「いや、そうじゃねえ!」


 ヴィルが勢いよく身を乗り出した。


「ずるいぞ! 俺もリナのもちもちすべすべの太ももで寝るんだ!」


「はあ!?」


 ヴィルは反対側へ回り込むと、リナのもう片方の太ももに頭を乗せた。


「おお……! こりゃ確かに気持ちいいな!」


「おい! 何勝手に寝てんだよ!」


「うるせえ! リナの太ももは俺のものだ!」


「俺が先だっただろうが!」


「だから何だよ!」


「俺だけの太ももベッドだぞ!」


「何をぉ!?」


 俺とヴィルは、互いに睨み合った。


「二人とも!」


 リナの声が馬車の中に響いた。


 俺たちは、ぴたりと動きを止める。


「喧嘩するなら……もう二人とも使わせてあげません!」


「……すみませんでした」


「悪かった……」


 俺たちはほぼ同時に頭を下げた。


「分かればいいんです」


 リナは呆れたように笑うと、俺とヴィルの頭を交互に撫で始めた。


「もう……本当に子供なんですから」


 ……ああ、最高だ。


 柔らかな太もも。優しい手つき。穏やかな馬車の揺れ。これ以上、何を望むというのだろう。


 さっきまで言い争っていたのが嘘のように、俺たちは大人しく目を閉じた。リナはそんな俺たちを見て、くすくすと笑っている。


「ふふっ。おやすみなさい、二人とも」


 その声を聞きながら、俺はゆっくりと眠りに落ちていった。


 ……異世界生活最高だ!。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 それから、どれくらい時間が経っただろうか。


「皆さん、そろそろ到着しますよ」


 御者の声で目が覚めた。


「……ん?」


 目をこすりながら窓の外を見る。そこには、今まで訪れた街とは明らかに違う光景が広がっていた。


「……ここが、セレナード?」


 俺は思わず身を乗り出した。


 馬車が街の入口で止まる。俺たちは荷物を確認し、御者に礼を言った。


「ここまでありがとうございました」


「いえいえ。皆さんを無事に送り届けるのが私の仕事ですから」


 御者は穏やかに笑った。


「それにしても、皆さんと一緒の旅は退屈しませんでしたね。バッタの大群に襲われた時は、もう駄目かと思いましたが……」


「……あの時は、本当に大変でしたね」


 リナが苦笑する。


「まあ、今となってはいい思い出……いや、やっぱり思い出したくないな」


 俺がそう言うと、ヴィルが吹き出した。


「はははっ! タツヤ、あの時めちゃくちゃ必死だったもんな!」


「お前だって必死だっただろ!」


「そりゃそうだ!」


 御者も楽しそうに笑った。


「では、私はここで失礼します。皆さん、どうかお元気で」


「ああ。御者さんも気をつけて」


 俺たちが手を振ると、御者は馬車を走らせようとした。だが、その直前。


「……ああ、そうそう」


 何かを思い出したように、御者が振り返った。


「一つだけ、忠告しておきます」


「忠告?」


「ええ。この街には、少々厄介な種族や、あまり関わらない方がいい連中もいるといいます」


「……厄介な種族?」


「詳しいことは私も知りません。ただ、見た目や噂だけで判断せず、怪しい話には近づかないことです」


 先ほどまで穏やかだった御者の表情が、少しだけ真剣なものに変わっていた。


「……分かりました。気をつけます」


「では、皆さん。よい旅を」


 そう言い残し、御者は馬車を走らせて去っていった。


「……厄介な種族、ねえ」


 俺は街の入口を見上げた。


「まあ、魔法の街なんだし、いろんな種族がいるんだろうな」


「そうですね。どんな人たちがいるのか、楽しみです!」


 リナは期待に満ちた表情で街を見つめている。


「よし。それじゃあ、行くか!」


 俺たちはセレナードの街へ足を踏み入れた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「…………」


 街に入った瞬間、俺は思わず立ち止まった。


「……なんだ、ここ」


 まず目に入ったのは、空の色だった。太陽が雲に隠れているわけでもないのに、街全体が夕暮れ時のような薄暗さに包まれている。だが、不思議と暗いわけではなかった。建物の壁や街灯には淡い光が灯り、宙には小さな光の粒がいくつも浮かんでいる。よく見ると、それらはただの光ではなかった。


 人のような形をしたものや、小さな羽を持つもの。透き通った身体を揺らしながら、空中を自由に飛び回っている。


「……精霊?」


 思わず呟いた。


 小さな光の生き物たちは、建物の間をすり抜けたり、空中でくるくると回ったりしている。さらに空を見上げると、奇妙なものがいくつも浮かんでいた。


 大きなカボチャのような飾り。黒い猫の形をした光の模様。空中を漂う不気味な笑顔の仮面。そして、オレンジや紫色に輝く、見たこともない装飾品の数々。まるで、ハロウィンの飾り付けを空いっぱいに浮かべたような光景だった。


「……何だ、あれ?」


「魔法でしょうか?」


 リナも空を見上げている。


「たぶんな。……いや、たぶんっていうか、絶対魔法だろ」


「ふふっ、そうですね」


 俺たちが呆然としていると、ヴィルが突然声を上げた。


「おおっ! 見ろよ、あれ!」


 ヴィルが指差した先には、街の中央にそびえ立つ巨大な木があった。


「……でっか!」


 思わず声が漏れた。その木は、普通の木とは比べものにならないほど大きかった。太い幹は何人もの人間が手をつないでも囲めそうなほどで、枝は街の建物を覆うように四方へ広がっていた。枝葉のあちこちには、色鮮やかな飾りが吊るされていた。光る球体やガラス細工のような装飾。見たこともない花のようなものまである。さらに驚いたのは、木の幹や太い枝を利用して、いくつもの家が建てられていることだった。枝の中に小さな家が並び、幹の途中には窓や扉が見える。枝と枝の間には吊り橋が架かり、木の中を人々が行き来していた。


 いわゆるツリーハウスというやつだ。ただし、俺が知っているものとは規模が違う。まるで、巨大な一本の木そのものが街の一部になっているようだった。


「……すげえな」


 俺はしばらく言葉を失った。


「これ、どうやって建てたんだ?」


「木の中に家を作る魔法でもあるんでしょうか?」


「なるほど……。魔法って便利だな」


 そんなことを話しながら、俺たちは辺りを見渡した。


 街を歩いている人々も、普通とは少し違っていた。

耳の先が尖った者たち。長いローブを身にまとい、杖を持った者たち。頭に奇妙な帽子をかぶった者や、身体の周囲に小さな光を漂わせている者までいる。


「……エルフ族、かな?」


 尖った耳を持つ人々を見ながら、俺は呟いた。


 現世にいた頃、異世界アニメでエルフという種族を見たことがある。長命で、魔法や自然に関する知識に優れた者も多いという。目の前を歩く人々が本当にエルフなのかは分からない。だが、少なくとも人間だけの街ではないことは確かだった。


「さすが、魔法の街ですね!」


 リナは目を輝かせている。


「こんなにいろんな種族がいるなんて……!」


「だな。なんか、異世界に来たって感じがする」


 俺も思わず笑った。


 ……いや、最初から異世界にいるんだけどさ。


 それでも、セレナードの光景は今まで訪れた街とはまるで違っていた。


 ここなら、珍しい魔法やアイテムも見つかるかもしれない。そんな期待を抱きながら、俺たちは街の通りを歩き始めた。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「すみません。宿屋を探しているんですが、どこかご存じありませんか?」


 ヴィルが、近くを歩いていたローブ姿の男性に声をかけた。しかし――。


「…………」


 男性はヴィルを一瞥しただけで、何も答えずに歩き去ってしまった。


「……え?」


 ヴィルが呆気に取られる。


「おいおい、聞こえなかったのか?」


 今度は別の女性に声をかけた。


「あの、すみません。宿屋ってどこにありますか?」


「…………」


 女性は露骨に顔をしかめた。まるで道端の石ころでも見るような目でヴィルを見つめ、そのまま通り過ぎていった。


「…………」


 ヴィルはしばらく、その場に立ち尽くしていた。


「……何だよ、あいつらの態度」


 ようやく口を開いたと思ったら、ずいぶん不満そうな声だった。


「何かしたわけでもないのによ……」


「……まあ、確かに感じは悪いな」


 俺は苦笑した。


 それからも、俺たちは何人かに道を尋ねてみた。だが、結果は同じだった。こちらを見ようともしない者。面倒くさそうに手を振る者。中には、俺たちの姿を見た途端、わざわざ道を変えていく者までいた。


 ……なんなんだ? 俺たち、そんなに怪しい格好してるか?。


 自分の服装を見下ろしてみる。確かに、この街の住民とは少し違うかもしれない。だが、そこまで露骨に無視される理由は分からなかった。


「……仕方ないですね」


 リナが困ったように言った。


「人通りの多い場所で聞くのは、やめておきましょうか」


「そうだな。あまり人がいない路地なら、落ち着いて探せるだろ」


 俺たちは大通りを離れ、人通りの少ない路地へ向かった。


 この判断が正しかったのかどうかは、すぐに分かることになる。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 路地に入ってしばらく歩いた、その時だった。


「……ん?」


 どこからか、かすかな声が聞こえた。


「……誰か、いるのか?」


 俺が足を止める。


 細い路地の奥。建物と建物の隙間に、数人の人影が見えた。


 黒い服を着た男たちが、少女を囲んでいる。


「えぇ~? なにぃ? あたしを捕まえたつもりなのぉ? ざぁこ♡」


 少女が男たちを挑発している。だが、男の一人が腕をつかみ、別の男が口元を押さえ込んだ。


「騒ぐんじゃねえ。大人しくしろ」


「んーっ! んんーっ!」


 少女は口を塞がれたまま、それでも男たちを小馬鹿にするような目で見つめている。


「……おい、あれって」


 俺が言いかけた、その瞬間だった。


「おい! お前ら、何やってんだ!」


 ヴィルが一目散に駆け出した。


「ちょっ、ヴィル!?」


 俺が呼び止めるより早く、ヴィルは男たちの後を追っていく。


「待て! その子をどうするつもりだ!」


 男たちは振り返りもしなかった。そして――。


「……は?」


 目の前で、信じられないことが起きた。


 男たちとヴィルが、建物の壁をすり抜けたのだ。まるで、そこに壁など存在しないかのように。少女を連れたまま、男たちは建物の中へ消えていった。


「……今の、何だ?」


 俺は目を見開いた。


「タツヤさん、ヴィルさんが!」


「ああ、分かってる!」


 俺たちは慌てて後を追った。男たちが消えた壁の前まで走り、俺は勢いよく建物の中へ飛び込んだ。


「おい! その子をどうするつもりだ!」


 ……だが。


「…………」


 そこには、誰もいなかった。


「……は?」


 俺は立ち止まった。薄暗い建物の中には、古びた棚と壊れた木箱が置かれているだけだった。奥まで見渡しても、男たちの姿はない。


「ヴィル! どこだ!」


 返事はなかった。


「……おかしいな」


 俺は壁を触ってみた。


 普通の壁だ。叩いても、押しても、何も起きない。


「……さっき、確かにここを通ったよな?」


「はい……。私も見ました」


 リナが不安そうに周囲を見回す。


「どういうことなんでしょう……」


「……分からん」


 俺はもう一度、建物の中を確認した。しかし、どこにも隠れられそうな場所はない。床にも天井にも、不自然な穴など見当たらなかった。


「……くそっ。ヴィルのやつ、どこへ行ったんだ?」


 俺は頭をかいた。


 まさか、あの壁の向こうに別の空間でもあるのだろうか。


 だが、いくら考えても答えは出ない。


「……とりあえず、もう一度周囲を探すぞ」


「はい」


 その時、俺はまだ知らなかった。ヴィルが足を踏み入れた先に、セレナードの裏側とも呼べる、奇妙な場所が広がっていたことを。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「うわあああああっ!」


 ドサッ!


「いってえええええっ!」


 ヴィルは床に尻もちをついた。


「……何なんだよ、ここ……!」


 涙目になりながら、周囲を見回す。先ほどまで建物の壁をすり抜けていたはずなのに、気づけばまったく見覚えのない場所にいた。


 そこは、迷路のように入り組んだ薄暗い街だった。細い通路が何本も枝分かれし、建物と建物の間には奇妙な布が張られている。頭上には無数の看板がぶら下がり、壁には見たこともない文字が刻まれていた。周囲には大勢の人が行き交っている。だが、誰もがどこか怪しげだった。顔を隠した者。黒いローブを着た者。怪しい薬瓶を抱えた者。さらには、人間とは思えない姿をした者までいる。


 街全体が薄暗く、漂う空気も重い。表通りの華やかさとは正反対の、ひどく不気味な場所だった。


「……どこだよ、ここ」


 ヴィルは立ち上がり、服についた埃を払った。


「……とりあえず、戻るか」


 元来た道を探し、来た方向へ歩き出す。しかし――。


「……あれ?」


 いくら歩いても、さっき通った場所に戻れない。似たような路地ばかりが続き、どこを曲がっても同じような景色が広がっている。


「……おいおい、嘘だろ?」


 ヴィルの額に冷や汗が浮かんだ。


「ちょっと待て。俺、迷ったのか?」


 その時だった。


「おやおや、お若いの」


 背後から、しわがれた声が聞こえた。


「……ん?」


 振り返ると、そこには魔女のような格好をした年老いた女性が立っていた。曲がった背中。深く刻まれた皺。頭からすっぽりとかぶった黒い布。そして、妙にぎらついた目。お婆さんは手に持った小瓶を、ヴィルの目の前へ突き出した。


「ちょうどいいところに来たねえ。こいつは特別な漢方薬でね。飲めば、身体の調子がみるみる良くなるよお」


「……漢方?」


「そうさ。どんな疲れも吹き飛ぶし、夜だって元気いっぱいさ。ケッケッケッケッ!」


「…………」


 ヴィルは小瓶と女性の顔を交互に見た。


 瓶の中では、どす黒い液体が不気味に揺れている。


「……あ、あの」


「どうだい? 一つ買っていかないかい?」


「い、いえ! 結構です!」


「遠慮することはないよお。今なら特別価格で――」


「す、すいません! 本当にいらないです!」


 ヴィルは脱兎のごとく駆け出した。


「ケッケッケッケッ! またおいでえ!」


「二度と来るかああああっ!」


 叫びながら、ヴィルは路地を走り抜けた。だが、逃げた先にも怪しい連中が待ち構えていた。


「そこの兄ちゃん! 魔力が増える薬はいらねえか?」


「い、いらない!」


「こっちには珍しい魔法具があるぞ!」


「いりません!」


「お兄さん、ちょっと寄っていかない? 面白いものを見せてあげるよ……」


「うわああああっ!」


 ヴィルは顔を引きつらせながら、ひたすら走った。どこへ向かっているのか、自分でも分からない。ただ、一刻も早くこの場所から逃げ出したかった。


「何なんだよ、この街ぃぃぃっ!」


 その時。人混みの向こうに、見覚えのある二人の姿が見えた。


「……あっ!」


 タツヤとリナだった。


「おおおおっ! タツヤああああっ!」


 ヴィルは涙目になりながら、二人のもとへ駆け寄った。


「……うおっ!?」


 突然抱きつかれ、俺は思わずよろめいた。


「お、おい、ヴィル! どうしたんだよ!?」


「怖かったああああっ!」


「……は?」


 ヴィルは俺の服をつかんだまま、ぶんぶんと首を振っている。


「何なんだよ、あの場所! 変なババアはいるし、怪しい薬は勧められるし、魔法使いみたいなジジイには追いかけられるし……!」


「……ええと」


 俺はリナと顔を見合わせた。


「……何があったんだ?」


「分かんねえよ! あの壁を通り抜けたら、変な場所に出たんだよ!」


「壁を通り抜けた?」


「ああ! そしたら戻れなくなって……!」


 ヴィルは半泣きになりながら、必死に説明した。俺は励ましながら、ヴィルの肩を軽く叩く。


「……まあ、落ち着けって。とりあえず、無事でよかったよ」


「……ううっ」


「ほら、泣くなって」


「泣いてねえよ!」


「いや、めちゃくちゃ泣いてるだろ……」


 俺は思わず苦笑した。


 まったく。さっきまで格好よく少女を助けようとしていたのに、どうしてこうなったんだ。


「……いや、気持ちは分かるけどさ」


 俺たちがそんなやり取りをしていた、その時だった。


「……ん?」


 ふと、すぐ横に目を向ける。そこには、怪しげな奴隷商の店があった。


 黒い布を敷いた台の上には、奇妙な道具や小瓶が並べられている。店の奥には、顔を隠した商人が座っていた。そして――。


「……あっ!」


 ヴィルが声を上げた。


 店の前に、一人の少女が立っていた。先ほど、路地裏で男たちに連れ去られていた少女だ。両腕を押さえられ、口元には布を当てられている。必死に首を振り、抵抗していた。


「んーっ! んんっ!」


「……お前ら!」


 ヴィルの表情が変わった。


「その子を離せ!」


 奴隷商の男たちが、ゆっくりとこちらを向く。すると、店の奥に座っていた商人らしき男が、面倒くさそうにため息をついた。


「……何だ、お前らは」


「何だじゃねえ! その子をどうするつもりだ!」


 ヴィルが一歩前へ出る。


 すると、商人は鼻で笑った。


「どうするも何も、こいつは俺たちの商品だ」


「……商品?」


「そうだ。こいつは多額の借金を抱えて、ずっと逃げ回っていた。ようやく捕まえたんだよ」


「だからって、こんなことしていいわけねえだろ!」


「いいも悪いも、契約は契約だ」


 商人は少女の肩をつかみ、こちらへ突き出した。


「欲しけりゃ、こいつの借金分を払ってもらおうか」


「……何だと?」


 ヴィルの拳が、ぎゅっと握りしめられる。


 少女は口を押さえられたまま、必死に首を振っていた。


「んんっ!」


 その目は、助けを求めるように俺たちを見つめている。


 俺は少女と男たちを交互に見た。


 ……なるほど。どうやら、セレナードは魔法と精霊に彩られた、美しいだけの街ではないらしい。


 そして俺たちは、街に到着して早々、その裏側へ足を踏み入れてしまったようだった。

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