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チート能力をもらって異世界転移したら、全員チート能力持ちだった件  作者: 555544


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17 勝利の宴と二日酔い

 巨大なバッタを倒した俺たちは、御者の操る馬車に乗り、グランツの街へと戻っていた。


「……終わったんだよな?」


 窓の外を眺めながら、俺はぽつりと呟いた。


「ああ。お前が最後にぶっ飛ばした、あの巨大なバッタが最後の一匹だったみたいだな」


 向かいに座るヴィルが答える。


「そうか……」


 ようやく、実感が湧いてきた。


 あれだけ大量にいたバッタを、俺たちは倒したのだ。途中で何度も死ぬかと思った。いや、実際に何度か死にかけている。それでも、こうして生きて帰ることができた。


「……よかった」


 自然と安堵の息が漏れた、その時だった。


「皆さん、見えてきましたよ!」


 御者の声に、俺たちは一斉に窓の外へ目を向けた。

グランツの街だ。街の門の前には、大勢の人々が集まっていた。


「……なんだ、あれ?」


 よく見ると、人々は俺たちの乗った馬車に気づいた途端、次々と手を振り始めた。


「帰ってきたぞ!」


「バッタの大群を倒してくれたんだ!」


「ありがとう!」


「これで畑が守られるぞおおおっ!」


 門の周辺に歓声が響き渡る。馬車が門をくぐると、人々は待ちきれないとばかりに駆け寄ってきた。


「これで畑仕事も再開できます! 本当にありがとうございます!」


「お前たちは街の英雄だ!」


「……え?」


 俺は思わず固まった。どうやら、街の人々は遠くから俺たちの戦いを見ていたらしい。バッタの群れが次々と倒され、最後には巨大な個体まで空高く蹴り飛ばされたのだ。そりゃあ、嫌でも目立つだろう。


「タツヤさん、すごい歓声ですね!」


 隣のリナが嬉しそうに笑った。


「……ああ」


 俺は照れくさくなりながら、集まった人々に手を振り返した。


 なんだ、この感覚。大勢の人から感謝されるなんて、前の世界では経験したことがない。異世界に来てからというもの、ゴブリンに襲われたり、闇の組織と戦ったり、巨大なバッタに吹き飛ばされたりと散々だった。だが、こうして誰かの役に立てたのなら、少しは報われた気がする。


 その時、街の奥から数人の兵士がこちらへ歩いてきた。


「皆様、領主様がお呼びです。お手数ですが、城までお越しいただけますでしょうか」


「領主様?」


「はい。今回の件について、直接お礼を伝えたいとのことです」


「……マジか」


 領主。つまり、この街を治める偉い人だ。


 俺たちは顔を見合わせた。


「行くしかないだろ」


 ヴィルが笑う。


「そうですね。私もご挨拶したいです」


 リナも頷いた。


「分かった。案内を頼む」


 こうして俺たちは、兵士たちに連れられ、街の中心にある城へと向かった。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 城の中は、想像していた以上に立派だった。磨き上げられた床に、壁を彩る絵画。天井から吊るされた豪華な照明が、広い廊下を明るく照らしている。


 ……すげえ。本当に異世界の城って感じだ。


 思わず辺りを見回してしまう。やがて、俺たちは大きな部屋へと案内された。その奥には、一人の男性が座っていた。


 年齢は五十代くらいだろうか。立派な服を身にまとい、落ち着いた雰囲気を漂わせている。後ろへ流すように整えられた黒髪には所々白髪が混じり、顔には年齢相応の皺が刻まれていた。しかし、その眼差しには確かな威厳が宿っている。


「君たちが、今回のバッタの大群を討伐した者たちか」


「はい」


 俺たちは頭を下げた。


「私はグランツの領主、ローディスだ。この街を代表して、君たちに礼を言いたい」


 ローディスはゆっくりと立ち上がった。


「ここしばらく、我々はあのバッタの大群に苦しめられてきた。畑は荒らされ、食料の流通も滞り、街の者たちは不安な日々を送っていた」


 その表情が険しくなる。


「何とか対処しようにも、あの数を相手にするのは容易ではなかった。そんな状況を、君たちは打ち破ってくれたのだ」


「いえ、俺たちは自分たちにできることをしただけです」


 俺が答えると、領主は小さく頷いた。


「謙虚なことだ。ところで……君たちの能力ランクを聞いてもよいだろうか?」


「能力ランクですか?」


「ああ。これほどの功績を挙げたのだ。さぞ高ランクなのだろうと思ってな」


 俺とヴィルは顔を見合わせた。


「……俺はDランクです」


「俺はCランクだ」


「私はCランクです」


 俺たちが答えると、領主は目を見開いた。


「……何?」


 部屋に沈黙が流れる。


「Dランクに、Cランク……?」


「はい」


「本当に、そのランクなのか?」


「間違いありません」


 領主は信じられないといった様子で、俺たちを見つめた。


「……そうか。なるほどな」


 やがて、深く息を吐く。


「正直に言えば、驚いている。だが、ランクが何であろうと、君たちが成し遂げたことに変わりはない」


 その声には、確かな力がこもっていた。


「今回の功績を称え、報奨を授けよう」


 領主が手を上げると、兵士が大きな箱を運んできた。目の前に置かれた箱の蓋が開かれる。


「……うおっ!」


 中には、金色に輝く硬貨がぎっしりと詰まっていた。


「金貨百枚だ」


「……ひゃ、百枚?」


 思わず聞き返してしまった。


「そうだ。今回の討伐に対する報酬として受け取ってほしい」


 金貨百枚。


 ……多いのか?。


 いや、金貨なんだから多いんだろうけど、正直、この世界のお金の価値がまだよく分かっていない。


 俺が首を傾げていると、隣のヴィルが小声で囁いた。


「おい、タツヤ。金貨百枚って言ったら、でかい家が何軒も建てられるくらいの金額だぞ」


「……は?」


 俺は思わずヴィルを見た。


「家が何軒も建てられる!?」


「そうだよ。普通に暮らすなら、一生困らないくらいの大金だ」


「…………」


 金貨百枚。


 でかい家が何軒も建てられる。一生困らない。


「……マジかよおおおおおっ!」


 思わず叫びそうになり、慌てて口を押さえた。


 危ない。危うく領主の前で叫ぶところだった。だが、これはすごい。すごすぎる。


 異世界に来てからというもの、宿代にも困り、パン一つで夜を越したことだってある。それが今では、金貨百枚だ。


「ありがとうございます!」


 俺は勢いよく頭を下げた。


「この報酬、大切に使わせていただきます!」


「うむ。そうしてくれ」


 領主は満足そうに頷いた。


 そして、何かを思い出したように手を叩いた。


「そうだ。君たちに、もう一つ伝えておきたいことがある」


「まだ何かあるんですか?」


「ああ。実は、今日のために城で宴を開こうと思っていてな」


「……宴?」


「そうだ。君たちは街を苦しめていたバッタの大群を討伐してくれた。その偉業を称え、今日は盛大にもてなしたいのだ」


 領主は胸を張った。


「料理も酒も、好きなだけ用意させよう。遠慮はいらんぞ!」


「えっと……」


 俺はリナとヴィルを見た。ありがたい申し出ではある。だが、俺たちには次の目的地がある。ガルドを救うため、聖命草を手に入れなければならないのだ。


「すいません。実は、俺たちには急ぎの用事がありまして……できれば今日中にでも出発したいんです」


「何だと!?」


 領主の顔から笑みが消えた。


「きょ、今日中に出発するつもりなのか?」


「はい。どうしても急がなければならない事情があるんです」


「そ、そうか……」


 領主は腕を組み、深刻そうに唸った。そして、俺たちの顔を順番に見たあと、突然、真剣な表情で口を開いた。


「頼む! そこを何とか、考え直してはくれないだろうか!」


「えっ!?」


「君たちは、この街を救ってくれた恩人なのだぞ! そんな君たちに、宴の一つも開かずに帰られたとあっては……!」


 領主は拳を握りしめた。


「市民たちに、私は偉業を成し遂げた者たちをもてなすことすらできない、みっともない領主だと思われてしまう!」


「……そこなんですか?」


「そ、そこだけではないぞ!」


 領主は慌てて咳払いをした。


「今回のバッタの被害は深刻だった。もし畑を食い尽くされ、食料不足がさらに悪化していたら、王都から責任を問われ、領主の座を剥奪されていたかもしれんのだ!」


「……なるほど」


「つまり、君たちは私の領主生命まで救ってくれたようなものなのだ!」


 いや、急に話が大きくなったな......。


 領主は俺たちの手を取らんばかりの勢いで続けた。


「だからこそ、せめて今日くらいは感謝の気持ちを示したい! どうか、宴に参加してくれ!」


「……」


 俺はリナとヴィルに視線を向けた。二人も困ったような顔をしている。しかし、ここまで必死に頼まれると、断るのも気が引けてしまう。


「……分かりました。そこまで言うなら、参加させてもらいます」


「おおっ! 本当か!」


 領主の顔が、ぱっと明るくなった。


「ただ、俺たち以外にも御者さんが活躍してくれたんですよ。なので、御者さんも呼んできていいですか?」


「もちろんだ! 君たちの知り合いを連れてきても構わんぞ! 人数が増えたところで、料理を追加すればいいだけだからな!」


「ありがとうございます」


 俺は笑顔で頷いた。


「では、御者さんにも声をかけてきます」


「うむ! 楽しみにしているぞ!」


 こうして、俺たちは領主の城を後にした。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 城を出ると、街の人々がまだ門の近くで話をしていた。俺たちの姿に気づくと、すぐに何人かが駆け寄ってくる。


「おお、英雄さん! 領主様との話はどうだったんだ?」


「金貨百枚ももらったんですよ!」


 ヴィルが得意げに答えた。


「ひゃ、百枚!?」


「そりゃすげえ!」


 人々が驚きの声を上げる。俺は少し照れくさくなりながら、頭をかいた。


「それで、領主様が今日、城で宴を開いてくれるらしいんです」


「宴?」


「はい。俺たちをもてなしたいそうで、知り合いも連れてきていいって言ってました」


 すると、人々の目が一斉に輝いた。


「……宴だって?」


「城で?」


「料理も出るのか?」


「ええ、まあ……好きなだけ用意するって言ってましたけど」


 その瞬間、周囲がざわついた。


「最近、まともなものを食べてなかったからなあ……」


「うちなんて、バッタのせいで野菜が全滅だよ」


「肉なんて、いつから食べてないか……」


「……あの」


 俺は思わず口を挟んだ。


「もしかして、皆さんも来るんですか?」


「え? だって、俺たちも君たちの知り合いみたいなものだろう?」


「そうそう! 街を救ってくれた英雄の知り合いだ!」


「いや、知り合いっていうか……」


 俺が困っていると、ヴィルが肩を叩いてきた。


「いいじゃねえか、タツヤ。どうせなら、みんなで楽しもうぜ!」


「……まあ、そうだけどさ」


 リナも苦笑しながら頷いた。


「皆さん、ずっと大変な思いをしてきたんですから。少しくらい、いいんじゃないでしょうか」


「……だな」


 確かに、彼らもバッタの被害に苦しんできた人たちだ。俺たちだけがご馳走を食べて終わり、というのも気が引ける。領主も人数が増えて構わないと言っていたし、きっと大丈夫だろう。


 ……うん。大丈夫なはずだ。


 俺たちは街の人々に手を振り、まずは御者さんを探すことにした。


 街の入口へ向かうと、御者さんは馬車のそばで馬に水を飲ませていた。


「あっ、御者さん!」


「おや、皆さん。領主様とのお話は終わったんですか?」


「はい。実は、今日の夜に城で宴を開いてもらえることになったんです」


「宴、ですか?」


「ええ。それで、御者さんも一緒にどうかなと思って」


 俺が誘うと、御者さんは驚いたように目を丸くした。


「私もですか? いや、私は皆さんを馬車で運んだだけですよ」


「そんなことないですよ。今回の討伐では、御者さんにも協力してもらいましたから」


 バッタの大群に襲われた時、御者さんは俺たちを乗せた馬車を走らせ、危険な状況から逃れるために協力してくれた。あの人がいなければ、もっと苦しい戦いになっていたかもしれない。


「それに、領主様も知り合いなら連れてきていいって言ってましたし」


「……そうですか」


 御者さんは少し照れくさそうに笑った。


「では、お言葉に甘えて参加させていただきます。皆さんのおかげで、私も助かったのですから」


「よかった! じゃあ、一緒に行きましょう!」


 こうして俺たちは、御者さんも連れて、再び城へと向かった。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「…………」


 領主ローディスは、城の大広間に集まった人々を前に、しばらく言葉を失っていた。


「……ええと」


 目の前には、想像していたよりもはるかに大勢の市民が並んでいる。


 老若男女、総勢数十人。いや、数十人どころではない。廊下の向こうにも、まだ人影が見える。その中には、御者の姿まであった。


「……タツヤ君?」


「はい?」


「これは……どういうことかな?」


「え? 知り合いを連れてきてもいいって言ってましたよね?」


「そ、そうだが……」


「この人たちも、俺たちを応援してくれた人たちですから。知り合いみたいなものですよ!」


「み、知り合いみたいなもの……」


 領主の口元が引きつった。


 想定していた『知り合い』とは少し違った。だが、今さら帰れとも言えない。何しろ、先ほど自分で『人数が増えても構わん』と言ってしまったのだ。


「……ま、まあ、いいだろう!」


 領主は腹をくくったように胸を張った。


「今日は皆、存分に楽しんでくれ! 料理も酒も、遠慮なく味わっていってほしい!」


「「「おおおおおおおっ!!」」」


 大広間が歓声に包まれた。


 こうして、領主主催の大宴会が始まった。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「うおおおおっ! この肉、うめえ!」


「おい、そっちの皿も取ってくれ!」


「待て待て! それは俺が狙ってた肉だぞ!」


「早い者勝ちだろ!」


 宴が始まってしばらくすると、大広間はすっかり騒がしくなっていた。


 テーブルには、焼きたての肉料理に山盛りの野菜、香ばしいパン、見たこともない豪華な料理が並んでいる。街の人々は、まるで何日も食事を我慢していたかのような勢いで料理に手を伸ばしていた。


 ……いや、実際に我慢していたのだろう。


 バッタの被害で畑は荒らされ、食料の流通も滞っていたのだ。まともな食事を取れなかった人も少なくないはずだ。


「タツヤさん、こっちの料理も美味しいですよ!」


「おお、どれどれ……うまっ!」


 リナが勧めてくれた料理を口に運ぶ。


 うん、最高だ。こんな豪華な食事、いつ以来だろう。


「おい、タツヤ! こっちの肉も食ってみろ!」


「おう!」


 ヴィルが大きな肉の塊を差し出してくる。


「……いや、でかすぎだろ!」


「いいから食えって!」


「分かったよ!」


 俺は肉にかぶりついた。


「……うめえ!」


 思わず笑みがこぼれる。


 金貨百枚を手に入れたうえに、城で豪華な宴会まで開いてもらえるなんて。異世界に来てから、散々な目に遭ってきたが……。


「……俺、ようやく報われた気がする」


「何をしみじみしてんだよ。ほら、飲め!」


 ヴィルが酒杯を差し出してくる。


「お、おう!」


 俺は酒杯を受け取った。その時だった。


「おい! そこの若いの!」


 大広間の向こうから、怒鳴り声が響いた。


「……ん?」


 振り返ると、街の男が大きな肉料理の皿を抱えていた。その向かいでは、別の男が同じ皿をつかんでいる。


「それは俺が先に取ったんだぞ!」


「何言ってんだ! 俺が先だ!」


「離せ!」


「お前が離せ!」


 皿が左右に引っ張られ、肉が今にも床へ落ちそうになっている。


「お、おいおい……」


 俺が止めようとした、その時。


「こらっ! そこの二人!」


 大広間に、さらに大きな声が響いた。


 領主ローディスだった。


「料理を取り合うのはやめなさい! 皆で仲良く分ければよいだろう!」


「ですが、領主様! この肉は俺が先に見つけたんです!」


「何を言う! 私が用意させた料理だぞ!」


「…………え?」


 領主は自分が言った言葉に、はっとしたように口を閉じた。だが、もう遅い。


 目の前の男が皿を抱え直す。


「領主様だって、さっきから自分の皿に肉を山ほど盛ってるじゃないですか!」


「な、何を言う! 私は領主だぞ!」


「領主様だって、肉が食べたいんでしょう!」


「そ、それは……!」


 領主の顔が赤くなった。そして、ついに――。


「私だって、ずっとろくなものを食べていなかったんだぞおおおおっ!」


「「「…………」」」


 一瞬、大広間が静まり返った。


「このところ食料不足で、私の食卓にだって満足な料理が並ばなかったのだ! 今日くらい、好きなだけ食べたっていいだろう!」


 領主は肉料理の皿を抱きしめた。


「これは私のものだああああっ!」


「いや、領主様まで何やってんですか!?」


 思わず俺が叫ぶ。しかし、もう誰にも止められなかった。


「おい、そっちの肉も持ってこい!」


「それは俺のだ!」


「ワインが足りんぞ!」


「パンも追加だ!」


「領主様、そっちの皿をください!」


「断る! これは私のだ!」


 大広間は、完全に混乱状態だった。兵士まで料理を取りに走り回り、誰かが笑い、誰かが叫び、誰かが肉を守るために皿を抱え込んでいる。


「……なあ、リナ」


「……はい」


「これ、本当に領主主催の宴会だよな?」


「……たぶん」


「たぶんって何だよ!」


 リナも困り果てた顔をしていた。ヴィルはというと――。


「はっはっは! いいぞ、もっとやれ!」


「お前は止める側だろうが!」


「だって、面白えじゃねえか!」


 こいつ、完全に楽しんでやがる。


 俺も最初は呆れていたが、いつの間にか笑ってしまっていた。


 まあ、こういう日があってもいいか。今日は無礼講だ。細かいことは気にしないでおこう。


「よっしゃあああ! 俺にも肉をよこせええええっ!」


 俺も勢いよく立ち上がった。


「タツヤさんまで!?」


 リナの悲鳴が響く。


 その一方で、御者さんも負けじと肉料理に手を伸ばしていた。


「いやあ、こんな豪華な食事は久しぶりですな!」


「御者さん、そっちの肉、俺にもください!」


「これは私が取った分ですよ!」


「さっきまで譲り合ってたじゃないですか!」


「宴の席では早い者勝ちです!」


「御者さんまで何言ってるんですか!?」


 どうやら、普段は穏やかな御者さんも、食料不足の反動で遠慮を忘れてしまったらしい。こうして、グランツの城で開かれた宴会は、夜遅くまで大騒ぎとなった。そして――。その後のことは、ほとんど覚えていない。ただ、最後に領主が叫んでいた言葉だけは、なぜか耳に残っていた。


「異世界の酒は最高だあああああっ!」


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 翌朝。


「…………」


 俺はゆっくりと目を開けた。


「…………あれ?」


 見慣れない天井。身体の下には硬い床。周囲には、空になった皿や酒杯が散乱している。


「……ここ、どこだ?」


 頭が痛い。身体が重い。そして、胃の中がぐるぐると回っているようだった。


「……うっ」


 俺は口元を押さえながら、なんとか身体を起こした。どうやら、城の大広間でそのまま眠ってしまったらしい。


 周囲を見渡すと、ヴィルが床に転がっていた。少し離れた場所では、街の人たちが何人も倒れるように眠っている。そして――。


「……領主様?」


 大広間の中央で、ローディスがテーブルに突っ伏していた。


「…………」


 俺はそっと近づいてみた。


「領主様、大丈夫ですか?」


「……うるさい……」


「起きてるんですか!?」


「……頭に響く……」


 領主は顔を上げることなく、片手をひらひらと振った。どうやら、俺たち以上に飲んでいたらしい。


「……ヴィル、起きろ」


「……無理……」


「いや、俺たち帰らなかったのか?」


「……知らねえよ……」


 その時、少し離れた場所からリナの声が聞こえた。


「……皆さん、起きましたか……?」


「リナ……?」


 彼女も顔色が悪く、ふらふらと身体を起こしていた。


「……水、ありませんか……?」


「俺も欲しい……」


 俺たちはなんとか水を見つけて飲み、しばらく大広間の隅で休んだ。だが、少ししてから、どうにも我慢できなくなった。


「……うっ」


 胃の中から、何かが込み上げてくる。


「お、おい……タツヤ……」


「……無理……」


 俺とヴィルは、ふらふらと大広間の出口へ向かった。その後ろから、リナも続いてくる。城の外へ出た瞬間――。


「うげぇ……!」


「うおおお……!」


「……っ、私も……!」


 俺たちは揃って吐いた。さらに、後ろから領主と数人の市民まで出てきて、次々と口元を押さえた。


「うっ……昨日の酒が……!」


「領主様、大丈夫ですか!?」


「大丈夫なものか……! 誰だ、あんなに酒を用意させたのは……!」


「領主様です!」


「……そうだった……」


「…………」


「…………」


 俺たちは力なく顔を見合わせた。その時、少し離れた場所から、聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「……皆さん、おはようございます……」


「……御者さん?」


 振り返ると、御者さんが壁に手をつきながら歩いてきた。


「……いやあ、昨晩は本当に楽しかったですね……」


「……御者さん、顔色悪いですよ」


「そうですか? 私は大丈夫……うっ」


 御者さんは口元を押さえ、俺たちの隣にしゃがみ込んだ。


「うげぇ……!」


「…………」


「…………」


「…………」


 俺たちは無言で顔を見合わせた。どうやら、御者さんも昨晩は相当飲んでいたらしい。


「……昨晩は、ありがとうございました……」


 御者さんは涙目になりながら、力なく頭を下げた。


「……いえ、こちらこそ……」


 俺も力なく答えた。


 こうして俺たちは、領主も御者も街の人々も巻き込んだ大宴会の翌朝を、ひどい二日酔いとともに迎えたのだった。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 それから俺たちは、街の装備屋へ向かった。


「……今日は装備を新調するか」


 俺はそう宣言した。


 今回の戦いで、剣がかなり傷んでしまった。何より、あの巨大なバッタとの戦闘では、武器がなければ危険だと痛感した。防具は以前、新品をもらったばかりなので問題ない。まずは剣を買い替えることにした。


「いらっしゃい。何をお探しだい?」


 店主が声をかけてくる。


「剣を見せてください」


「おう。こっちだ」


 店主に案内され、壁に並んだ剣を眺める。長さも形もさまざまだ。俺は何本か手に取り、重さや握りやすさを確かめた。


「……これにします」


 最終的に選んだのは、以前の剣より頑丈な一本だった。派手な装飾はないが、手にしっくりと馴染む。これなら、しばらくは戦えそうだ。


 一方、リナとヴィルは杖を新調することにした。


「防具は今のままでいいのか?」


 俺が尋ねると、ヴィルは頷いた。


「ああ。今の装備の方が動きやすいからな。余計なものを変える必要はない」


「私も同じです。杖だけ新しくしたいです」


「なるほどな」


 それぞれ新しい装備を購入し、俺たちは店を後にした。これで、次の戦いへの準備も整った。……はずだった。


「タツヤさん、これを持っていってください!」


「え?」


 街を歩いていると、畑仕事をしていた男性が声をかけてきた。手には、大きな袋を抱えている。


「これは?」


「野菜です。街を救ってくれたお礼ですよ!」


「いや、そんな、悪いですよ」


「いいんです! 遠慮しないでください!」


 そう言って、男性は袋を差し出した。中には、立派な野菜がぎっしり詰まっていた。


「……ありがとうございます」


 俺はありがたく受け取った。さらに歩いていると、今度は果物屋の店主が駆け寄ってきた。


「英雄さん! これも持っていってください!」


「えっ、果物まで?」


「もちろんです! 好きなだけどうぞ!」


「いや、好きなだけって……」


 結局、俺たちは野菜や果物を次々と受け取ることになった。気づけば、俺の両手は荷物でいっぱいになっていた。


「……なあ」


「はい?」


 リナが首を傾げる。


「これ、どうやって持っていくんだ?」


「……あ」


 俺たちは揃って荷物を見下ろした。


 何かいい方法はないかと考えていた、その時だった。


 ふと、異世界に来たばかりの頃、女神から教わった機能を思い出した。


『こちらでは、現在持っているアイテムを確認できます。さらに、アイテムを収納したり、取り出したりすることもできますよ』


「……あっ!」


 そういえば、そんな機能があった。あの時は一度画面を開いて確認しただけで、その後はすっかり忘れていた。確か、持ち物を収納することもできると言っていたはずだ。


「……試してみるか」


 俺は持ち物の画面を開き、手に持っていた野菜を近づけてみた。


 すると、野菜は音もなく画面の中へ吸い込まれていった。


「おおっ、やっぱり入った!」


「えっ!? タツヤさん、今のは……?」


「アイテム収納だよ。持ち物をこの中にしまえるらしい!」


 俺は画面を確認した。そこには、先ほど収納した野菜の名前がきちんと表示されている。


「なるほど……これは便利だな」


 続けて、残りの野菜や果物も収納していく。さらに、今すぐ使う予定のないポーションや携帯食もまとめてしまった。


「……ふう。これで全部か」


 気づけば、両手はすっかり空になっていた。背負っていた荷物もなくなり、身体が驚くほど軽い。


「すごいですね……! これなら荷物を持ち歩かなくても済みますね」


「本当だよ。もっと早く思い出せばよかった……」


 俺は苦笑した。


 これなら食料や道具を大量に持っていても、移動の邪魔にならない。必要になれば、いつでも取り出せるのだから、旅をするうえではかなり心強い。


 ……最初に女神から説明を受けた時、ちゃんと覚えておけばよかったな。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 その後、俺たちは街の出口へ向かった。門の近くで、俺は改めて所持金を確認した。


 金貨百枚。そして今日、携帯食や新しい道具、装備を買うために使った金貨二枚。残りは――。


「……九十八枚!」


 俺は思わず笑みを浮かべた。金貨百枚から二枚使っただけ。それでも、まだ九十八枚も残っている。


「……へへっ」


「何だよ、その顔」


 ヴィルが呆れたように笑った。


「いや、だってさ。九十八枚だぞ?」


「分かった、分かった。もう金貨の話はいいから」


「いや、大切なことだろ!」


 俺は財布を大事そうにしまった。この世界で生きていくためには、お金が必要だ。食料も買える。宿にも泊まれる。装備だって整えられる。何より、これから向かう場所はドラゴンの住む山だ。どんな危険が待ち受けているか分からない。金は、あるに越したことはない。


「よし。そろそろ出発するか」


 俺たちは御者さんの馬車に乗り込んだ。


「皆さん、準備はよろしいですか?」


「ああ、頼む!」


 御者さんは少し青白い顔をしていたが、どうにか笑顔を浮かべた。


「……昨日は、少々飲みすぎてしまいましたが、運転には支障ありませんので」


「いや、無理しないでくださいよ!?」


「大丈夫です。もう吐くものもありませんから!」


「それ、大丈夫って言っていいんですか!?」


 ヴィルが吹き出し、リナも苦笑した。


 こうして、俺たちはグランツの街を後にした。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 馬車がグランツの街を離れる。窓の外には、広大な畑が広がっていた。バッタの被害を受けた場所もあるが、これから少しずつ復興していくのだろう。


「そういえば、次の街ってどんなところなんだっけ?」


 俺が尋ねると、リナが地図を広げた。


「セレナードですね。魔法や錬金術、学問などが盛んな街です」


「ああ、前に聞いたな。魔法使いとか錬金術師を目指す人が多いんだっけ?」


「はい。周辺には薬草を育てる村や、魔石を採掘する鉱山町もあります」


「そうだったな。それで、聖命草もその近くにあるんだよな?」


「そうですね。聖命草が生えているのは、セレナードの近くにある山の頂上付近です」


 俺は頷いた。


 どうやら、次の目的地も一筋縄ではいかなそうだ。


「グランツからは、どれくらいかかるんだ?」


「馬車なら、順調に進んで数日ほどですね。ただ、山道に入ると少し時間がかかると思います」


「なるほどな」


 リナは地図の一角を指差した。


「そして、セレナードに着いたら、そこから山へ向かいます」


「分かった」


 今回の旅の目的。それは、ガルドを救うための薬草を手に入れることだ。そして、その薬草が生えているのは――。


「……ドラゴンが住んでいる山、なんだよな?」


「はい」


 リナは静かに頷いた。


「聖命草が生えているのは、古代竜が棲む山の頂上付近だと言われています。周辺には、様々なドラゴンも生息しているとか」


「他にもドラゴンが生息しているのか。厄介だな」


 俺は窓の外を見つめた。これまでも、ゴブリンやワイルドボア、闇の組織、そして大量のバッタと戦ってきた。そのたびに、俺の能力は少しずつ成長している。だが――。古代竜は、今まで戦ってきた魔物とは次元が違う相手かもしれない。


 ……俺の適応は、どこまで通用するんだ?。


 これまでの戦いでは、攻撃を受けるたびに耐性を獲得し、少しずつ相手に対抗できるようになってきた。だが、もし古代竜の攻撃が一撃で俺の命を奪うほどのものだったら?耐性を得る前に死んでしまえば、それまでだ。


 ……いや、今から考えても仕方ないか。


 不安はある。怖くないと言えば嘘になる。それでも、ここまで来た以上、引き返すわけにはいかない。


 ガルドには世話になった。リナにも、何度も助けられた。今度は俺が、二人のためにできることをしたい。


「……いよいよ、か」


 俺は拳を握った。


「タツヤさん?」


 リナが俺の顔を覗き込む。


「……大丈夫ですか?」


「ああ」


 俺は笑った。


「大丈夫。絶対に薬草を手に入れよう」


「……はい!」


 リナが嬉しそうに頷く。ヴィルも隣で笑った。


「よし。それじゃあ、次の街までひとっ走りといこうぜ!」


 馬車が揺れる。


 俺たちは、次の目的地へ向かって進んでいった。グランツでの戦いは終わった。だが、俺たちの旅はまだ始まったばかりだ。そして――次に待ち受けているのは、古代竜の棲む山。俺は窓の外を見つめながら、静かに気合いを入れ直した。


 絶対に、聖命草を手に入れてみせる。

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