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チート能力をもらって異世界に行ったら、全員チート能力持ちだった件  作者: ぱん


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16 異世界ブレイクダンス

「……タツヤ、耐性を上げるぞ」


 誰かの声が聞こえた。


「タツヤさん、起きてください」


「……んん」


 俺はベッドの上で寝返りを打った。昨日は明日の作戦についてあれこれ考えていたせいで、なかなか寝つけなかったのだ。おかげで今は、久しぶりに気持ちよく眠れている。


「おい、タツヤ。バッタが来る前に準備しておくんだろ?」


「……んー」


 俺は布団を引き寄せ、さらに深く潜り込んだ。


「駄目だな、こりゃ」


 ヴィルの呆れた声が聞こえた。その直後――。


 ゴッ!


「いっっっっっっったあああああああっ!!」


「おはようございます、タツヤさん!」


「おはようじゃねえよ! 何してんだ、お前らぁ!」


 俺は飛び起きた。目の前には、満面の笑みを浮かべるリナと、古びた杖を構えたヴィルがいる。しかも、リナの手からは淡い光が溢れていた。どうやら、回復魔法をかけながら二人がかりで俺を叩き起こすつもりだったらしい。


「何って、耐性上げだよ」


「寝てる間にやることじゃねえだろ!」


「だって、タツヤさんが全然起きないんですもん」


「だからって、いきなり殴るな!」


 俺は思わず頭を抱えた。


 ……いや、待て。


 そこで、ようやく気づいた。


「そうか。もう朝か……」


 窓の外に目を向けると、空が白み始めていた。昨日、ベルドの宿で考えた作戦を実行する時間だ。そして、俺は重大なことを思い出した。


「……あっ」


「どうしました?」


「俺の耐性、またリセットされてるんだった……」


 俺のチート能力【適応】は、攻撃を受けることで耐性を獲得できる。だが、Dランクである俺の場合、せっかく獲得した耐性も一日で消えてしまう。つまり、昨日どれだけ耐性を積み上げていたとしても、今日になればまた一からやり直しというわけだ。


「すまん……そりゃ、朝から耐性上げをするわけか」


「そういうことだ」


 ヴィルが杖を握り直した。


「昨日のバッタの攻撃力がどれくらいなのか、まだ分からないからな。できるだけ準備しておいた方がいいだろ?」


「それは……そうだけどさ」


 俺は自分の身体を見下ろした。


 これから、あのバッタの大群を相手にするのだ。少しでも耐性を上げておくに越したことはない。理屈は分かる。分かるんだが……。


「……これ、マジで痛いんだよな」


「分かってます。だから、ちゃんと回復しますよ」


 リナが優しく微笑んだ。


 いや、そういう問題じゃないんだよな……。


 回復してくれるのはありがたい。ものすごくありがたい。だが、回復するからといって、痛みまでなくなるわけじゃないのだ。


 俺はベッドの上で正座した。


「……よし」


「何してんだ?」


「心の準備だ」


「心の準備?」


「そうだ。これから俺は、痛みを受け入れる」


 目を閉じ、呼吸を整える。雑念を捨て、痛みを恐れず、何が起きても動じない。まるで山奥で修行するお坊さんのように、俺は心を無にした。


「……よし。もういいぞ」


「本当にいいんですね?」


「ああ。来い!」


 次の瞬間――。


 ゴッ!


「ぐおおおおおっ! 痛ってえええええええっ!」


「まだ一発目です!」


「心の準備をした意味ねえええええ!」


 ヴィルの杖が腹に叩き込まれ、リナの回復魔法が俺の身体を包み込む。回復しては殴られ、殴られては回復する。そんな地獄のような時間が続いた。


《打撃耐性+2を獲得しました》


「……っ、まだだ! もう少し続けてくれ!」


「おう、任せろ!」


 ヴィルの杖が何度も腹に叩き込まれる。


 最初は叫ぶほど痛かった。だが、攻撃を受け続けるうちに、少しずつ衝撃が軽くなっていく。


《打撃耐性+2を獲得しました》


「タツヤさん、まだ大丈夫ですか?」


「ああ……まだいける!」


 さらに一発。


 ゴッ!


《打撃耐性+2を獲得しました》


「…………」


 今度は、ほとんど痛みを感じなかった。


「……ヴィル、もう一発頼む」


「おう!」


 ゴッ!


《打撃耐性+2を獲得しました》


「…………」


 俺は自分の腹を見下ろした。


「……おお。だいぶ効かなくなってきた」


「マジかよ。じゃあ、もう一発!」


 ゴッ!


《打撃耐性+2を獲得しました》


「…………」


 ヴィルが何度殴っても、俺は平然と座ったままだった。


「……なあ、タツヤ。本当に痛くないのか?」


「多少はな。でも、さっきまでとは比べものにならないくらい平気だ」


「すごいですね……。これなら、昨日よりも戦えそうです」


 リナが感心したように呟いた。


「だろ? これなら、バッタの大群を相手にするときも役に立つはずだ」


「……しかし、すげえな。あれだけ殴ったのに、もうほとんど効かないのか」


 ヴィルが自分の持つ杖を見つめた。


「いや、俺の杖が弱いわけじゃないからな?」


「分かってるって」


「本当かよ……」


 ヴィルが不満そうに頬を膨らませると、リナがくすくすと笑った。


「ふふっ。これなら準備万端ですね」


「……まあ、そうだな」


 俺も小さく笑った。これで、できる限りの準備は整った。あとは実際に戦ってみなければ分からない。そう考えながら、俺はふと窓の外に目を向けた。そこで、異変に気づいた。


 遠くの空が、黒く染まっている。


「……なんだ、あれ?」


 目を凝らす。


 黒い影は一つや二つではなかった。無数の何かが集まり、空を覆い尽くすようにこちらへ近づいてきている。まさか――。


「おい、二人とも!」


 俺は窓の外を指差した。


「バッタの大群だ!」


「えっ!?」


 リナが慌てて窓へ駆け寄る。ヴィルも外を見た瞬間、表情を引き締めた。


「……もう来たのか!」


 遠くの黒い群れは、まるで空そのものが迫ってくるかのような勢いで近づいていた。


「急いで準備するぞ!」


 俺たちは慌てて身支度を整え、宿代を払って外へ出た。すると、宿の前に一台の馬車が停まっていた。御者台に座っていた男が俺たちに気づき、こちらへ向かって手を振る。


「ああ、皆さん! お待ちしておりました!」


「……あれ?」


 俺は首を傾げた。


「アルディアで手配してくれた御者さんじゃないですか」


「ええ。お久しぶりです」


 御者は馬車を降り、俺たちの前で軽く頭を下げた。


「セレナードの街までお送りする約束ですからね。運賃をいただいた以上、途中で放り出すわけにはいきません。私の仕事に対する誇りに懸けて、責任を果たしますよ」


「それはありがたいです」


 俺は感謝を込めて頭を下げた。


 そういえば、俺たちは昨日、バッタの大群を追いかけるためにベルドへ戻ってきたのだった。当然、馬車で移動できるなら、その方が助かる。


「ところで、皆さんはこれからどうするおつもりなのですか? チート能力を持ったバッタを追いかけるのですか?」


「……まあ、そのつもりだけど」


 俺たちは顔を見合わせた。


 てっきり、自分たちの足でバッタの飛んでいった方向を追いかけるつもりだったのだ。すると、御者は拳を握りしめた。


「でしたら、私の馬車を使ってください!」


「いいんですか?」


「もちろんです。私もバッタのせいで仕事に被害が出ているんです。このまま黙って見ているわけにはいきません」


 御者は真剣な表情で続けた。


「私にできることなら、何でもします。皆さんがあの大群を何とかしてくださるのなら、喜んで協力させてください」


「……ありがとう。本当に助かる」


 俺たちは御者に礼を言い、ありがたく馬車に乗り込んだ。


 こうして俺たちは、バッタの大群を追うため、ベルドの門へと向かった。目的は、バッタの群れが現れる場所を見極め、その移動方向を追うこと。群れの発生源を突き止め、チート能力を持つ個体を討伐する。昨日、俺らが考えた作戦だ。群れを一匹ずつ倒していたら、いくら時間があっても足りない。ならば、大元を叩くしかない。


 俺は門の外に広がる畑を見つめた。空が徐々に明るくなり、太陽が地平線から顔を出す。そして――。


「……来たぞ!」


 遠くの畑で、何かが一斉に動いた。緑の大地が、みるみるうちに黒く染まっていく。昨日見たものと同じ。いや、昨日よりもはるかに大きなバッタの群れだった。


 無数の羽音が重なり、空気を震わせる。バッタたちは畑に群がり、青々とした作物を次々に食い荒らしていった。


「すごい数だな……」


 ヴィルが息を呑む。


「これを毎朝やられているのか……」


「ええ、そうらしいです。だからこそ、早く何とかしないといけないんです」


 御者が悔しそうに畑を見つめた。


 このままでは、作物がすべて食い尽くされてしまう。そうなれば、ベルドだけの問題では済まないかもしれない。俺たちが何としても原因を突き止めなければ。その時だった。


 バッタの群れが、一斉に動きを止めた。


「……ん?」


 まるで何かに気づいたかのように、無数の頭がこちらを向く。


「……気づかれた?」


「おそらく、邪魔者が来たと思ったんでしょうね」


 ヴィルが武器を構えた。


 次の瞬間、群れが一斉に方向を変えた。黒い波が畑を離れ、まっすぐ俺たちへと迫ってくる。


「……来るぞ!」


 俺は馬車から身を乗り出し、迫りくる大群を睨みつけた。


 昨日は逃げるしかなかった。だが、今日は違う。朝から痛い思いをしてまで、耐性を積み上げてきたんだ。


「よし……作戦開始だ!」


 俺はヴィルに合図を送った。


「ヴィル!」


「任せろ!」


 ヴィルが手を前に突き出す。


「――召喚!」


 空中に魔法陣が浮かび、空間が歪む。そこから一匹の魔物が姿を現した。それは、小型のドラゴンだった。人間より少し大きな身体に鋭い爪。背中には大きな翼があり、口元からは赤い光が漏れている。


「ドラゴンまで召喚できるのかよ……!」


「契約してる魔物の一匹だ。小型だけど、火を吐けるぞ!」


「よし、それでいい!」


 俺たちは馬車を走らせながら、バッタの群れへ向かって進んだ。小型のドラゴンも空を飛び、俺たちの近くを並走している。


 作戦は単純だ。ドラゴンにバッタたちを引きつけさせ、その隙に俺たちが群れの中心へ近づく。そして、チート能力を持つ個体を探し出す。だが――。


「……おい、あいつら、こっちに向かってきてるぞ!」


 バッタの群れが進行方向を変え、こちらへ迫ってきた。


「ヴィル、ドラゴンに攻撃させろ!」


「ああ、任せろ!」


 ヴィルは空を飛ぶドラゴンに向かって叫んだ。


「ドラゴン! あのバッタどもを攻撃しろ!」


 すると、ドラゴンは大きく口を開いた。喉の奥で赤い炎が膨れ上がる。


 ヴィルが叫んだ、その瞬間――。


 バッタの群れが馬車とドラゴンへ一斉に襲いかかった。


「うわっ、来た!」


 俺は剣を抜き、馬車の中へ飛び込もうとするバッタを斬り払う。ヴィルも迫るバッタを叩き落としていく。


「ヒールゥゥゥウウウウウウウッ!」


 リナの手から淡い光が広がった。俺たちの身体を光が包み、傷ついた部分が癒やされていく。


「助かる、リナ!」


「皆さん、無理しないでください!」


 ドラゴンもバッタたちに向かって炎を吐き出した。轟音とともに火炎が空を走り、バッタの群れを焼き払う。黒い影が炎に呑まれ、次々と地上へ落ちていった。


「よし! 効いてるぞ!」


 しかし、バッタたちは止まらなかった。炎を避けるどころか、燃え残った個体が次々とドラゴンへ群がっていく。


「……おい、まさか!」


 ドラゴンが翼を広げ、空中で暴れ始めた。爪でバッタを引き裂き、尾で叩き落とし、炎を吐き続ける。それでも、数が違いすぎた。バッタたちはドラゴンの身体を覆い尽くし、隙間という隙間へ入り込んでいく。


「ギャオオオオオッ!」


 ドラゴンの悲鳴が響いた。次の瞬間、無数のバッタが一斉に離れた。空中に残ったのは、骨だけになったドラゴンの身体。それが、ゆっくりと地面へ落ちていく。


 ドサッ。


「…………」


「…………」


「……マジかよ」


 俺たちは、しばらく言葉を失った。――あのドラゴンが。


 炎を吐き、空を飛び、魔物としての力を持っていたあいつが。ほんの数秒で、骨だけになった。


「……ヴィル」


「……ああ」


 ヴィルの顔から、さっきまでの余裕が消えていた。


「こいつら……想像以上にヤバいぞ」


 俺は剣を握り直した。馬車にも、バッタが次々と飛び込んでくる。リナが回復魔法をかけ、ヴィルと俺が必死に振り払っているが、このままでは馬車ごと食い尽くされかねない。このまま逃げても、群れの中心へは近づけない。それに、ベルドの畑は今も荒らされ続けている。


「……こうなったら、仕方ない」


 俺は御者へ声をかけた。


「馬車の速度を下げてくれ! 作戦中止だ!」


「えっ!?」


「俺が降りる!」


「タツヤさん!?」


 リナが目を見開く。


「俺が直接、あいつらを叩く。二人は馬車で街に戻ってくれ!」


「そんな危険です!」


「分かってる。でも、今のままじゃ全員やられる!」


 俺は自分の身体を見下ろした。


 今朝、打撃耐性を上げ直した。さらに、リナの回復魔法が届く範囲なら、少なくとも、傷を負ってもある程度は持ちこたえられるはずだ。


「リナのヒールが届いている間に、俺が囮になってバッタたちを倒す」


「でも……!」


「それに、ヒールじゃ欠損した部位や大きな怪我までは治せないんだろ?」


「……はい」


「なら、食い尽くされる前に決着をつける。大きな一撃を与えて、あいつらが回復する暇もなく倒すんだ」


 俺は剣を握りしめた。


「倒したら、回復魔法の届く範囲を維持しながら走って戻る。だから大丈夫だ」


「大丈夫じゃありません!」


 リナが叫んだ。


「もし一瞬で食い尽くされたら、ヒールが届かないのもタツヤさんも同じです! あのドラゴンみたいに……骨だけになってしまいます!」


「…………」


 返す言葉がなかった。


 確かに、その通りだ。俺の能力は、攻撃を受ければ耐性を獲得できる。だが、耐性を獲得する前に死んでしまえば意味がない。それでも――。


「……俺は、絶対に生きて帰る」


 俺はリナを見た。


「約束する」


 リナは唇を噛みしめた。しばらくの沈黙の後、彼女はゆっくりと頷いた。


「……分かりました」


「リナ……」


「でも、絶対です。絶対に生きて帰ってきてください」


「ああ。約束する」


 馬車が減速する。そして、方向を変えようとした瞬間――俺は馬車から飛び降りた。


「タツヤさん、ファイト!」


 背後からリナの声が響く。


 地面に着地した俺を見て、バッタの群れが一斉に方向を変えた。まるで、俺だけを標的に定めたかのように。


「……来いよ」


 俺は剣を構えた。空を覆い尽くすバッタの大群。耳をつんざく羽音。目の前に迫る無数の影。恐怖で足がすくみそうになる。


 その時だった。ふと、現世で遊んでいたファンタジーRPGの記憶が脳裏をよぎった。


 あのゲームには、剣を使った数々の必殺技が存在した。中でも俺が気に入っていたのは、剣を振るうだけでなく、身体ごと回転させて攻撃する技だった。剣を構えたまま身体を低く沈め、地面すれすれで回転する。遠心力を利用して剣を振り回し、周囲の敵をまとめて斬りつける。ゲーム内では、敵の集団に囲まれた時によく使っていた技だ。発動すれば、回転する剣が周囲の敵を次々と巻き込み、近づくことすら許さない。俺のキャラクターが敵の群れを一掃する姿は、何度見ても爽快だった。


「……あれなら」


 もちろん、ゲームの中の技だ。現実の俺が、そのまま再現できる保証なんてない。それでも――。


「やってみる価値はあるよな……!」


 俺は剣を握り直し、身体を大きく回転させた。


「うおおおおおおおっ!」


 剣の軌道に沿って風が巻き起こる。地面の砂や草が舞い上がり、周囲の空気が渦を巻き始めた。迫ってきたバッタたちが、その渦に次々と巻き込まれていく。回転する剣が硬い外殻を切り裂き、風圧が小さな身体を弾き飛ばす。倒れたバッタたちは赤い光に包まれ、次々とジェムへ姿を変えていった。


「……いける!」


 俺は回転を止めず、さらに剣を振るった。だが、その時だった。


 群れの奥から、一匹の巨大なバッタが姿を現した。ほかの個体とは明らかに違う大きさ。硬い外殻に覆われた身体。鋭い顎。そして、周囲の空気を震わせるほどの羽ばたき。


「……お前が、チート能力を持っているやつか!」


 巨大なバッタが翅を広げた。次の瞬間、強烈な風が吹き荒れた。


「ぐっ……!」


 身体が煽られ、回転が乱れる。その隙を逃さず、巨大なバッタが飛び込んできた。


「なっ――!」


 鋭い顎が、俺の腕を捉えた。


「ぐあああああああっ!」


 激痛が走る。


 俺は体勢を崩し、地面へ転がった。剣を握る手が痺れ、腕から血が流れ落ちる。


《斬撃耐性+3を獲得しました》


「……っ、こんな時に!」


 俺が起き上がろうとした瞬間、空中へ吹き飛ばされていたバッタたちが一斉に向きを変えた。そして――俺に向かって襲いかかってきた。


「くそっ!」


 俺は残った力を振り絞り、剣でバッタを振り払う。何匹かは斬り落とせたが、数が多すぎた。さらに巨大なバッタが迫る。


「ぐっ……!」


 今度は反対側の腕にも、鋭い顎が食い込んだ。


「があああああっ!」


 腕が裂け、剣を握る力が抜ける。


 カランッ。


 剣が地面に落ちた。俺は膝をつき、その場に崩れ落ちた。


「……はー、はー……」


 息が苦しい。身体中が痛い。視界が霞む。周囲には、まだ無数のバッタが飛び回っていた。


 ――駄目なのか? ここで終わりなのか?せっかく異世界に来たのに。ようやく仲間ができたのに。ガルドを助けると決めたのに。リナに、絶対に生きて帰ると約束したのに。


「……ふざけんな」


 俺は歯を食いしばった。


「こんなところで……終われるかよ……!」


 その時、再びゲームの記憶が蘇った。


 画面の中で、俺のキャラクターが敵の集団に囲まれていた。しかも、その時は両腕が使えない状態だった。剣を振るうことも、盾で防ぐこともできない。普通なら、そこで終わりだ。だが、あのゲームにはそんな状況を打開する技があった。両腕を使わず、脚と身体の回転だけで攻撃する特殊な技。地面すれすれまで身体を沈め、ブレイクダンスのように回転しながら敵を蹴り払う。そして最後は、頭を軸に身体を回転させ、勢いを乗せた強烈な蹴りを叩き込む。その一撃で、巨大な敵さえ空高く吹き飛ばす。


 技名は、ブレイク・テンペスト。


 剣技でありながら、ブレイクダンスの動きを組み込んだ、俺のお気に入りの必殺技だった。


「……そうだ」


 俺は震える身体を起こした。


 今の俺には、剣を握る力も、腕を振る力も残っていない。だが、脚ならまだ動かせる。


「剣がなくたって……技の全部が使えなくたって……!」


 あのゲームで、両腕が使えない時に何度も助けられた技。最後に決めるのは、剣じゃない。回転の勢いを乗せた――蹴りだ。


「まだ……終わってない!」


 俺は残された力を振り絞り、地面へ身体を沈めた。そして、脚を振り回した。最初は弱々しかった回転が、徐々に勢いを増していく。身体をひねり、地面すれすれで脚を回す。ゲームの動きを思い出しながら、必死に身体を動かした。


「うおおおおおおおおおっ!」


 風が巻き起こる。周囲の空気が、まるで俺に引き寄せられるように渦を巻いた。バッタたちが次々と巻き込まれ、俺の脚に蹴り飛ばされ、風圧で弾き飛ばされていく。


 腕が使えなくても、脚は動く。身体が痛くても、まだ回れる。俺はゲームの中で何度も繰り返した動きを、現実の戦場で再現していた。一匹、また一匹。バッタたちが地面へ落ち、赤いジェムへと変わっていく。


「……これで、どうだ!」


 最後の群れが吹き飛んだ。残るは、巨大なバッタただ一匹。そいつは大きく顎を開き、俺へ向かって突進してきた。


 逃げ場はない。剣もない。両腕は傷つき、立っているだけでも精一杯だった。それでも――。


「……来い!」


 俺は最後の力を振り絞った。


 ゲームの中で何度も見た、あの技の最終段階。頭を軸に身体を回転させ、脚を大きく振り上げる。現実の地面は硬い。身体は重い。ゲームのキャラクターのように、簡単に動けるはずもない。それでも、身体強化された俺は回転を止めなかった。風が唸る。回転が加速する。そして――。


「これで、決める! 奥義――ブレイク・テンペストォォォッ!」


 巨大なバッタが、俺の間合いへ飛び込んだ。


 その瞬間。回転の勢いを乗せた俺の脚が、巨大なバッタの顎を捉えた。


 凄まじい衝撃。


 巨大な身体が空高く蹴り飛ばされる。バッタは空中で何度も回転し、やがて動かなくなった。その身体が赤い光に包まれる。そして――。巨大な赤いジェムとなって、地面へ落ちた。


「……やっ……た……」


 俺はその場に倒れ込んだ。


 身体が動かない。意識が遠のいていく。出血がひどい。頭がぼんやりして、何も考えられなくなっていく。


「……ヒールの範囲……」


 俺はかすれた声で呟いた。リナの回復魔法が届く範囲からは、とっくに外れているはずだ。もう、助からないかもしれない。そう思った、その時だった。身体を包み込む、淡い光。


「……え?」


 傷口が、少しずつ塞がっていく。痛みが和らぎ、意識がわずかに戻ってきた。


 まだ、ヒールが届いている?いや、そんなはずは――。


「タツヤさんっ!」


 遠くから、聞き慣れた声が響いた。顔を上げると、リナがこちらへ走ってきていた。


「……リナ?」


「タツヤさん! タツヤさんっ!」


 リナは俺のそばに膝をつき、震える手で身体を支えた。


「どうして……どうして、こんな無茶を……!」


「……いや……それは……」


「喋らないでください!」


 リナが両手を俺にかざす。


「ハイヒール!」


 強い光が溢れ出した。全身を包み込む温かな光。傷ついた身体が少しずつ癒やされていく。俺は薄れゆく意識の中で、リナの顔を見つめた。


 泣きそうな顔だった。


 俺は何とか口元を動かした。


「……何とか……やったぜ……」


 リナの表情が、一瞬だけ止まった。そして――。


「……バカ」


 彼女は俺を抱きしめた。


「本当に……バカなんですから……!」


 その声を聞きながら、俺はようやく目を閉じた。どうやら――今回も、何とか生きて帰れそうだった。

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