14 闇の組織の最高幹部七刻ジェルド
俺たちは、村へ向かって全力で走っていた。背後からは、先ほどのワイルドボアたちが追いかけてきている。
「急いでください!」
「分かってる!」
前を走るヴィルが、村の入口を指差した。
「あれを見ろ!」
「ん?」
村の周囲には、地面に等間隔で並べられた小さな長方形の石があった。石の表面には、見たことのない模様が刻まれている。
「あれは結界石だ!」
「結界石?」
「ああ! 村の周囲に配置して、魔物が中へ入ってこられないようにしてるんだ! 一応、グランツの街にもあったぞ!」
「なるほど!」
全然気づかなかった……。
俺たちはそのまま村の中へ駆け込んだ。直後――。
「ブオオオオオッ!」
ワイルドボアたちが村へ突っ込んでくる。
だが、その瞬間。
ドンッ!
「ブオッ!?」
先頭のワイルドボアが、何もない空間に激突したかのように弾き飛ばされた。後続の個体も次々と見えない壁にぶつかり、村の外へ押し戻されていく。
「すげえ……!」
「結界が効いてるんだ!」
ヴィルが振り返り、安堵したように息を吐いた。
「これで、ひとまず大丈夫だ!」
俺たちは息を切らしながら、村の入口で一息ついた。すると、様子を見に来たのか、村人たちが次々と集まってきた。
「おお! 旅の方ですか!」
「大丈夫でしたか?」
「怪我はありませんか?」
「よかったら、うちで休んでいってください!」
驚くほど親切な人たちだった。先ほどまで命懸けで走っていた身としては、ありがたい申し出だ。
「ありがとうございます」
リナが丁寧に頭を下げる。
俺も礼を言おうとしたところで、ふと気になることを思い出した。
「ところで、ここに馬車が来ませんでしたか?」
「馬車ですか?」
村人の一人が首を傾げる。
「いえ、そんなものは来ておりませんよ」
「そうなのか?」
「ええ。最近、この街道を通る馬車は、しばらく来ていませんね」
「……?」
俺は眉を寄せた。
確かに、御者は俺たちを置いて逃げてしまった。だが、この街道は一本道だ。逃げた御者も、いずれこの道を通るはず……。
馬車が通った形跡すらないというのは、少し妙だった。
「せっかくですし、今日は村で休んでいきませんか? もうすぐ日も暮れますから」
「すみません。でも、そんな暇はないんです」
俺は街道の先へ目を向けた。
「日が暮れる前に、できるだけベルドへ近づきたいので」
「ベルドへ?」
村人が少し驚いた顔をする。
すると、リナが口を開いた。
「でも、おかしいですね。グランツからベルドへ向かう馬車は、決まった時間に定期的に運行しているはずです。昼も夜も、何度かこの街道を通ると聞いています」
その言葉を聞いた瞬間、村人の顔がほんの一瞬だけ強張った。
……気のせいだろうか。
「……実は、この先で事故があったらしくて」
「事故?」
「ええ。その影響で、今は通行止めになっているんですよ」
「そうだったのか」
俺は街道の先を見つめた。
それなら、馬車が来ないのも納得できる……のか?だが、何かが引っかかる。
「それなら仕方ないか。俺たちだけでも歩いて向かおう」
「お待ちください!」
村人が慌てて俺を止めた。
「この先は危険です!」
「危険?」
「事故の影響で道も荒れていますし、モンスターも出るかもしれません。今から進むのはおすすめできませんよ」
「忠告ありがとうございます」
俺は軽く頭を下げた。
「でも、どうしても先へ進まなきゃいけないんです。気持ちだけ受け取っておきます」
そう言って、俺たちは村を出た。しばらく街道を歩いていると――。
「……ん?」
道端の木に、何かが刺さっていることに気づいた。
「斧……?」
一本の斧が、木の幹に深々と食い込んでいた。
「誰かが薪でも割ってたのかな」
俺は特に気にせず、そのまま通り過ぎた。ところが、しばらく歩いたところで――。
「……あれ?」
また、道端の木に斧が刺さっていた。
「……」
俺は足を止める。
「これ……さっきの斧と同じじゃないか?」
刃の部分には小さな傷があり、柄の部分にも特徴的なひびが入っている。見間違えるはずがなかった。
「偶然じゃないか?」
ヴィルが斧を見つめる。
「いや、でも一本道だぞ。俺たちはずっと前に進んでるんだ」
「じゃあ、なんで同じ斧があるんだ?」
リナが不安そうに周囲を見回した。
「……何かの魔法でしょうか?」
「分からない。とにかく、もう少し進んでみよう」
俺たちは再び歩き出した。だが、しばらくすると――。
「……まさか」
またしても、同じ斧が木に刺さっていた。
「嘘だろ……」
俺は足を止め、周囲を見回す。道は一本道。脇には木々が生い茂り、遠くまで同じような景色が続いている。
どういうことだ? 同じ場所をぐるぐる回ってるのか?。
確かめるため、俺は剣の先で地面に印をつけた。
「これで分かるだろ」
その印を目印に、俺たちは再び街道を進んだ。そして、しばらくして――。
「……マジか」
目の前に、俺がつけたはずの印があった。
「同じ印……」
リナの顔が青ざめる。
「俺たち……戻ってきてるのか?」
「でも、振り返っても道はずっと続いていましたよ?」
ヴィルが腕を組んだ。
「おそらく、道そのものに何か仕掛けがあるんだ。幻覚なのか、空間を歪める魔法なのか……。どちらにしても、今のまま進むのは危険だな」
「……村に戻ろう」
「やっぱり、そうするしかないか」
俺たちは警戒しながら、来た道を引き返した。
村へ戻ると、先ほどの村人が笑顔で出迎えてくれた。
「お帰りなさい。どうされたんですか?」
「実は――」
俺は、街道で起きたことを説明した。
「木に刺さった同じ斧が、何度も現れた?」
「はい。それに、地面に印をつけても、同じ場所へ戻ってきたんです」
「それは……おかしいですね」
村人は困ったように笑った。
「では、やはり今日は村に滞在されたほうが安全です。無理に進んでも、危険なだけでしょうから」
「……」
俺は村人の顔をじっと見つめた。何かがおかしい。だが、何がおかしいのかまでは分からない。
「確かに、今は徒歩で進むのは危険かもしれないな」
ヴィルが言った。
「何か手掛かりを見つけるまで、この村に滞在しよう。街道の仕掛けを解く方法が分かるかもしれない」
「……仕方ないか」
俺は小さく息を吐いた。
「分かった。じゃあ、お言葉に甘えるよ」
「ありがとうございます」
村人は笑顔で頭を下げた。
俺たちは村長の家へ案内されることになった。村の中を歩いていると、あちこちに畑が広がっていた。野菜や見慣れない作物が育てられており、収穫したばかりと思われる野菜が木箱に山積みにされている。だが、よく見ると、どこか様子がおかしかった。
畑の一角には、収穫途中の作物がそのまま残されている。地面には農具が置きっぱなしになり、運びかけの木箱も道の途中で止まっていた。まるで、誰かが作業を中断し、そのまま戻ってこなかったかのようだった。
……何かあったのだろうか。
疑問を抱きながらも、俺たちは村長の家へと足を踏み入れた。
「こちらが、この村の名物料理です」
テーブルには、湯気の立つスープが並べられていた。
「おお、うまそうだな」
「どうぞ、召し上がってください」
村人たちは笑顔で俺たちを勧める。しかし、家の中には大勢の村人が集まっていて、俺たちをぐるりと囲んでいた。歓迎されているはずなのに、どうにも居心地が悪い。
……なんだ、この違和感は。
俺たちが席につくと、村人の一人が話しかけてきた。
「ベルドまで行くのは、さぞ大変でしょうね」
「まあ、そうですね」
「特に、Dランクの冒険者ともなれば、なおさらでしょう」
「……ん?」
スープを口に運ぼうとしていた俺の手が止まった。ヴィルとリナも、同じように動きを止めている。
「今……なんて言った?」
「えっと、それは……」
村長の顔から、ゆっくりと笑みが消えた。
「俺がDランクだって、どうして知ってる?」
「…………」
村長は何も答えない。
俺はゆっくりと立ち上がり、剣へ手を伸ばした。
「……あんたら、何者だ?」
村長はしばらく俯いていたが、やがて諦めたように息を吐いた。
「……バレちゃあ、仕方ないわねぇ」
「……!」
次の瞬間。
ドゴッ!
「ぐあっ!」
村長の背後から伸びてきた腕が、その横顔を容赦なく殴りつけた。村長の身体が勢いよく吹き飛び、床に転がる。
「村長!」
俺たちは一斉に振り返った。そこに立っていたのは、派手な服を身にまとった一人の男だった。長い髪を揺らし、口元には不敵な笑みを浮かべている。
「余計なことを言うからよ。もう少しで猛毒入りのスープを飲ませて、あんたたちのパーティーを全滅させられたのに……」
男は楽しそうに笑った。
「ふふっ。まあ、いいわ。それより――ようこそ、私の村へ」
「お前……!」
「初めまして。私はジェルド」
男――ジェルドは、優雅に一礼した。
「闇の組織、その最高幹部――七刻の一人、ジェルドよ」
「闇の組織の最高幹部……!?」
俺は剣を抜こうとした。だが、その瞬間。
「動くんじゃないわよ」
ジェルドが小型のナイフを取り出し、村長の娘と思われる少女の首元へ突きつけた。
「お父さん!」
「アンナ……!」
村長が叫ぶ。
「娘を離せ!」
「嫌よ」
ジェルドは楽しそうに笑った。
「この娘は、私の人質なんだから」
「やめろ!」
俺は一歩前へ出た。
「こいつらは関係ないだろ!」
「関係ない?」
ジェルドが鼻で笑う。
「この村の人間は、みんな私の計画の駒よ」
「そんな……」
アンナは震えながら周囲を見渡した。村人たちは、誰も動けずにいる。恐怖に顔を強張らせ、ただ成り行きを見守ることしかできないようだった。
「お願い……」
アンナが小さく呟く。
「この人たちを、傷つけないで……」
「なら、あんたが私の言うことを聞けばいいのよ」
「……」
アンナはしばらく黙っていた。そして、ゆっくりと首を横に振る。
「……そんなこと、やっぱりできない」
「何?」
「何の罪もない冒険者の人たちが……私たちを助けようとしてくれている人たちが……」
アンナは涙を浮かべながら、周囲の村人たちを見た。
「何もできないまま傷つけられるくらいなら……」
彼女はジェルドの手にあるナイフを見つめた。
「あたしが死んだほうがマシ!」
「待て!」
俺が叫んだ。
だが、間に合わなかった。
アンナは舌を噛み切った。
「……!」
「アンナァァァッ!」
村長が絶叫する。アンナの身体から力が抜け、その場に崩れ落ちた。
「……嘘だろ」
俺たちは、目の前の光景に言葉を失った。村人たちが一斉にアンナへ駆け寄る。
「アンナ!」
「しっかりしろ!」
「誰か、治癒魔法を使える奴はいないのか!」
「私が――!」
リナが治癒魔法を唱えようとした、そのときだった。
「使えない奴は……」
ジェルドが冷たく笑った。
「私の操り人形になっていたほうがマシよ」
「……え?」
ジェルドが両手を広げる。
「【人形支配】」
その瞬間――。村人たちの身体が、ガクンと揺れた。
「……っ!?」
まるで見えない糸で引っ張られた人形のように、村人たちが一斉に立ち上がる。
「な、なんだ……?」
村人たちの目から、生気が消えていく。そして――全員が、俺たちへ向かって襲いかかってきた。
「村の人たちに、何てことを……!」
リナが叫ぶ。
ジェルドは笑った。
「私の能力はAランク。この手で触れた者を操ることができるの。元はただの村人でも、私の人形になれば十分に使えるわ」
ジェルドは、操られた村人たちを見渡した。
「でも、気をつけてね。力はあっても、身体は脆いから。あまり無茶をさせると、すぐ壊れちゃうかもしれないわよ?」
「くそっ……!」
俺たちは抵抗しようとした。だが――。
「ぐっ!」
数人の村人に身体を押さえ込まれ、身動きが取れなくなった。
「離せ!」
「タツヤ!」
ヴィルとリナも、別々の方向から村人たちに拘束されていた。
「くそ……!」
俺は剣を振ろうとしたが、すぐに手を止めた。相手は、元々この村で暮らしていた人たちだ。操られているだけで、本人たちに敵意があるわけじゃない。
……斬るわけにはいかない。
だからこそ、思うように抵抗できなかった。
「ふふふ……」
ジェルドが楽しそうに笑う。
「優しいのねぇ」
「黙れ!」
「Dランクなんていう薄汚い冒険者を庇う村人を、傷つけられないんでしょう?」
ジェルドは俺を見下ろし、口元を歪めた。
「だったら――その優しさごと、私の手で壊してあげるわ」
「……!」
「そいつを連れてきなさい」
操り人形たちが俺を引きずり、ジェルドの前へ連れていく。
「タツヤ!」
「来るな!」
俺は仲間たちに叫んだ。
ジェルドが俺の顔を覗き込む。
「あなたが、この村の人間を守ろうとしたことだけは褒めてあげるわ」
そして、小型のナイフを取り出した。
「でもね……あたしは、あなたみたいな薄汚いDランクが大嫌いなのよ」
「……このオカマ野郎が」
「……あら?」
ジェルドの眉がピクリと動いた。
「言ってくれるじゃない」
次の瞬間。
ズブッ。
「ぐっ……!」
ナイフが、俺の胸へ深々と突き刺さった。
《刺突耐性+1を獲得しました》
「……!」
胸の奥に、焼けるような痛みが走る。
「タツヤさん!」
「タツヤ!」
俺の身体から力が抜けていく。
「……ぐっ」
胸から血が流れ落ち、視界が滲んだ。ジェルドはナイフを引き抜き、冷たく笑う。
「まずは一人」
俺はその場に倒れた。
「タツヤさん!」
リナの叫び声が聞こえる。ヴィルも必死に抵抗していた。
「やめろ!」
「次は、あなたたちね」
ジェルドが仲間たちへ向かって歩き出す。
そのときだった。胸元に身につけていたお守りが――淡く光った。
「……?」
ジェルドが振り返る。
「何……?」
光はどんどん強くなっていく。そして――。
パキンッ。
お守りが砕けた。
「……!」
次の瞬間、砕けたお守りから溢れた光が、俺の身体へ流れ込んだ。
「……っ」
指が動く。肺が空気を吸い込む。
「……はぁっ!」
俺は大きく息を吐いた。
「な……」
ジェルドが目を見開く。
「生きてる……?」
俺はゆっくりと身体を起こした。
「……俺も、何が起きたのか分からない」
胸には、さっきまで確かにナイフが突き刺さっていた。だが、今は傷が塞がり、血も止まっている。そして、胸元にあったはずのお守りは、砕けて消えていた。
あのお守り……まさか。
グランツを出発するとき、あの子供たちが俺にくれたものだ。弟が作ったと言っていた、あのお守り。それが、俺の命を救ったのだろうか。確証はない。だが、ほかに考えられることもなかった。
「でも……」
俺は倒れていた剣を拾い上げる。
「まだ、死ねないらしいな」
「タツヤさん……!」
リナが涙を浮かべる。
「タツヤ!」
ヴィルも驚いた顔をしていた。
「な、なんで……」
ジェルドが後ずさる。
「そんな……私のナイフで心臓を貫いたはずよ……!」
「知らねえよ」
俺は剣を構えた。
「ただ一つ、分かることがある」
ジェルドを睨みつける。
「お前を、ここで止める」
「……!」
俺は一気に踏み込んだ。
「うおおおおおッ!」
腰を入れ、思いつく限りの力で剣を振るう。
だが――。
「そんなもの!」
ジェルドが腕を上げた。
俺は刃ではなく、剣を横に寝かせる。
「これで――!」
ドゴォン!
剣の腹が、ジェルドの胴体へ叩きつけられた。
「ぐはぁっ!」
ジェルドの身体が吹き飛ぶ。
「やった!」
リナが叫ぶ。
だが――。
「……ふふ」
ジェルドは、ゆっくりと立ち上がった。
「私を舐めてもらっちゃ困るわねぇ」
その身体が、不自然に揺れる。
「【人形支配】――」
ジェルドは、自分自身へ手を伸ばした。
「対象、私」
「……何?」
「私は、自分自身を操り人形にすることもできるのよ」
次の瞬間、ジェルドの身体が、見えない糸に引かれたかのように跳ね上がった。
「これで――もっと強くなれる!」
ジェルドは口元を歪めた。
「私があんたに触れるのが先か、あんたが私に攻撃するのが先か……勝負よ!」
ドンッ!
ジェルドが地面を蹴った。
何だ、こいつの動き……! さっきとはまるで別物だ。とてつもなく速い!。
俺は剣を構えた。だが――。
「随分とノロマね!」
ジェルドの拳が迫る。
「くっ!」
俺は咄嗟に剣を構え、その拳を受け止めようとした。
ガキィィィン!
「ぐあっ!」
凄まじい衝撃に、俺の身体が弾き飛ばされる。地面を踏みしめ、なんとか体勢を立て直した。
「……Aランクだけはあるな。なかなかやるじゃねえか、オカマ野郎」
ジェルドが口元を歪める。
「どうしたの? その剣じゃ、私には勝てないわよ!」
「……そうかよ」
俺は手にした剣を見つめた。
確かに、今のあいつに剣で勝つのは難しい。さっきのように不意を突いて攻撃を当てることも、もうできそうにない。しかも、下手に剣を振れば、ジェルドではなく操られた村人を傷つけてしまう可能性がある。
なら――。
俺は剣を地面へ放り投げた。
「……え?」
ジェルドが目を丸くする。俺はゆっくりと拳を握った。
「だったら――」
一歩、踏み込む。
「俺の拳でやる!」
「はぁ?」
ジェルドが呆れたように笑う。
「馬鹿じゃないの? 武器を捨てるなんて――」
「うるせえ! 多少は素早くなったようだが、まだまだ本気の俺の方が速いぜ!」
俺は一気に距離を詰めた。
「どりゃー!」
ドゴッ!
「ぐっ!」
拳がジェルドの顔面を捉えた。
「なっ……!」
ジェルドがよろめく。
「まだまだぁ!」
ドゴッ!
バキッ!
ガッ!
「ぐあっ!」
右。
左。
さらに右。
俺はジェルドの身体へ、次々と拳を叩き込んでいく。
「ちょ、ちょっと! 待ちなさい!」
「待つわけねえだろ!」
「この……!」
ジェルドが拳を振り返す。
俺は身体を捻り、その一撃をかわした。
「どりゃあッ!」
ドゴォン!
拳がジェルドの腹へ突き刺さる。
「ぐはっ!」
ジェルドの身体がくの字に折れた。
「これで――」
俺は拳を強く握り締める。
「終わりだぁぁぁッ!」
地面を蹴る。
「どりゃあああああああッ!!」
ドゴォォォォォン!!
全身の力を込めた拳が、ジェルドの身体を真正面から捉えた。
「ぐはぁぁぁぁぁぁッ!?」
ジェルドの身体が猛烈な勢いで吹き飛び、そのまま家の壁をぶち抜いて、向こう側へと飛んでいった。
「……はぁ、はぁ……」
俺は拳を握ったまま、ジェルドが突き破った壁の穴を見つめる。
「……剣じゃ勝てなくても」
自分の拳を見下ろした。
「俺には、これがあるんだよ」
しばらくの間、誰も言葉を発さなかった。
「……終わった?」
ヴィルが呟く。
「ああ。たぶんな」
俺は荒い息を吐きながら答えた。すると、操り人形にされていた村人たちの身体から、次々と力が抜けていった。
「……あれ?」
一人、また一人と、その場に崩れ落ちる。
「俺は……?」
「何が……?」
「ここは……?」
人形のようだった村人たちが、次々と我に返っていく。
「よかった……」
リナが安堵の息を吐いた。
「みんな、元に戻りました!」
俺はその場に座り込んだ。
「……終わったんだな」
だが――。
「アンナ!」
村長の声が響いた。
村長は倒れた娘へ駆け寄っていた。
「誰か、治療を!」
「私がやります!」
リナがすぐに駆け寄り、両手を広げた。
「ヒール!」
淡い光が、一気に周囲へ広がっていく。リナの治癒魔法は、アンナだけでなく、村にいる人々をまとめて包み込んだ。
「……すごい」
光は村全体へ広がり、傷ついていた村人たちの傷が次々と塞がっていく。
「傷が……!」
「治っていく……!」
村人たちから驚きの声が上がった。村長の傷も、アンナの傷も、みるみるうちに癒えていった。
「……うっ」
やがて、アンナがゆっくりと目を開けた。
「……お父さん?」
「アンナ!」
村長は娘を強く抱きしめた。
「よかった……本当によかった……!」
「……ごめんなさい」
アンナは涙を流す。
「でも……みんなが傷つくのが嫌だったの」
「もういい……。もういいんだ……」
村長は娘を抱きしめたまま、何度も頷いた。その光景を見ながら、俺は小さく息を吐いた。
「……本当に、終わったんだな」
ヴィルが、ジェルドの吹き飛んでいった方向を見つめる。
「闇の組織の幹部……か」
「まだ、仲間がいるってことですよね」
リナが不安そうに呟いた。
「ああ」
俺は頷いた。
闇の組織。その最高幹部の一人、七刻のジェルド。俺たちが遭遇したのは、組織のほんの一部にすぎないのだろう。それでも――。
俺は村人たちを見渡した。
みんな無事だった。アンナも、村長も、操られていた人たちも、こうして生きている。
「でも、今は……この村を守れた。それでいい」
俺は立ち上がり、剣を拾った。
こうして俺たちは、村を支配していた闇の組織の幹部――七刻の一人、ジェルドを退けたのだった。




