12 ガルドさんを救う為に旅に出ます
「どんな病気なんだ?」
「……呪いです」
「呪い?」
リナが小さく頷いた。
「おじいちゃんの身体に、少しずつ広がっているんです。それで私、どうしたらいいのか分からなくて……」
「ガルドさんと話すことはできるか?」
「はい」
俺は目の前にあったチーズケーキを一口で頬張り、紅茶を一気に飲み干した。品性のかけらもない食べ方だが、今は味わっている余裕すらなかった。
俺たちは店を出ると、そのままガルドの家へ向かった。
家に着くなり、リナは祖父の部屋へ駆け込んだ。
「おじいちゃん!」
「……リナか」
ベッドに横たわっていたガルドは、以前とは別人のように弱りきっていた。
「ガルドさん……?」
「ああ。タツヤか」
俺がベッドに近づいた、その時だった。
「……っ」
ガルドの腕に目が留まる。そこには、黒紫色の紋様が浮かび上がっていた。普段はコートに隠れていて気づかなかったが、露わになった腕には、まるで呪いの印のような紋様が刻まれている。それは腕から肩へと広がり、さらに首元にまで達していた。
「……なんだ、これ」
「それが……呪いです」
ガルドは自分の腕を見つめた。
「そうじゃ」
「いつからこんな状態に……?」
「もう、かなり進行しておる」
ガルドは静かに息を吐いた。
「昔、わしがまだ冒険者だった頃の話じゃ」
そして、ゆっくりと語り始めた。
「かつて、王都が魔王軍に襲撃されたことがある」
「魔王軍……?」
「ああ。わしも仲間たちと共に戦場へ出た」
ガルドの目が遠くを見つめる。
「魔王軍の兵を退け、四天王の一人にも深手を負わせたのじゃ」
「じゃあ、その時に……」
「そうじゃ。撤退する寸前、魔王軍の四天王にこの呪いを刻まれた」
「それからずっと……?」
「ああ」
「今まで、どうして治療しなかったんですか?」
「薬草も試した。解呪魔法も何度となく受けた」
ガルドは力なく笑った。
「じゃが、どれも効かなかった」
「そんな……」
「この呪いは、少しずつ身体を蝕んでいく。今のわしには、もう時間が残されておらん」
「おじいちゃん……」
リナが俯いた。その姿を見ていると、俺まで胸が苦しくなった。
「何か方法はないのか?」
俺が尋ねると、ガルドはしばらく黙り込んだ。
「……一つだけある」
「本当ですか!?」
リナが勢いよく顔を上げる。
「ああ」
ガルドは静かに答えた。
「聖命草じゃ」
「聖命草……?」
「古くから、あらゆる呪いや病を浄化すると伝えられている薬草じゃ」
「それがあれば……」
「助かる可能性はある」
リナの瞳に、わずかな希望が宿った。
「じゃあ、それを取りに行けば……!」
「無理じゃ」
「……え?」
ガルドは首を横に振った。
「聖命草が生えているのは、セレナードへ向かう途中にあるグラニス鉱山じゃ」
「セレナード……」
「そこには数多くの竜が棲息しておる。奥へ進むほど強力な竜が現れ、最も高い山の頂上には、四王国の領土に生息する四大脅威の一体、古代竜が棲んでいると言われておるのじゃ」
「四大脅威の古代竜……?」
「ああ。遥か昔から生き続けている、この国でも存在が確認されている数少ない最強種じゃ」
俺は思わず息を呑んだ。
「そんな化け物が、ずっとあの山にいるのか?」
「そうじゃ。しかも、聖命草が生えているのは、その古代竜が棲む頂上の住処じゃ」
「……つまり、聖命草を手に入れるには、そこまで行って古代竜と対峙しなきゃならないってことか」
「そういうことじゃ。あの鉱山には、ほかにも危険な竜が数多く棲んでおる。頂上までたどり着くだけでも至難の業じゃろう。ましてや、古代竜を倒そうなどと考えること自体が愚かだと言われておる。あまりにも強大ゆえ、誰にも討たれることなく、何百年、何千年もの時を生き続けているそうじゃからの」
「……」
「アルディア王国周辺で、その存在が確認されている古代竜は一体だけじゃ」
その言葉を聞いた瞬間、俺の脳裏に一つの光景が蘇った。異世界に来たばかりの頃、空を横切っていった、あの巨大な影。
「……まさか、あれもこの鉱山に棲んでいる竜の一体だったのか?」
「どうした?」
「いや……なんでもない」
もし、あの時に見た竜がここに棲む一体だったとしたら、ほかにもあんな化け物がいる場所を越えて、頂上にいる古代竜のもとまでたどり着けるのだろうか。
「その古代竜が、聖命草を守っているんですね?」
リナが尋ねた。
「そうじゃ」
ガルドは頷いた。だが、すぐに表情を曇らせる。
「じゃが、話はそれだけではない」
「……?」
「最近、この鉱山に魔王軍が拠点を築いたという噂がある」
「魔王軍が?」
俺は思わず聞き返した。
「ああ。目的は分からんが、ただの前線基地ではないらしい」
「じゃあ、何のために……?」
「おそらく、あの古代竜じゃ」
「古代竜を……狙ってるのか?」
「そう考えるのが自然じゃろう」
ガルドは静かに続けた。
「魔王軍が古代竜を討伐しようとしているのなら、まだ話は分かる。じゃが、奴らが欲しているのは、その命ではないのかもしれん」
「……まさか」
「古代竜を自分たちの戦力に取り込もうとしているのではないか、と考えられておる。実際、各国でも四大脅威の生息区域で魔王軍の目撃情報が相次いでいるらしいしの、そうだとすれば全ての辻褄が合う」
「……」
俺は言葉を失った。古代竜を味方につける。そんなことができれば、魔王軍にとってとんでもない戦力になるだろう。
「だから、誰も近づけないんですね……」
リナが呟いた。
「ああ。古代竜だけでも危険じゃ。そこへ魔王軍まで加われば、聖命草を取りに行くなど自殺行為じゃろう」
「……なるほど」
俺は拳を握った。古代竜に魔王軍、そして聖命草。どう考えても、まともな旅になるとは思えない。
「だから諦めろ、リナ」
「嫌です」
即答だった。
「おじいちゃんを助けたいんです」
「リナ……」
「私、行きます。聖命草を採りに行きます」
「無茶だ」
俺も思わず口を挟んだ。
「古代竜だけじゃない。魔王軍までいるんだぞ?」
「分かっています」
リナは真っ直ぐ俺を見つめた。
「それでも、おじいちゃんを助けられる可能性があるなら……私は行きます」
その目に迷いはなかった。
「……」
俺は黙り込んだ。
リナ一人で向かうのは危険すぎる。だが、俺が一緒に行けば、別の問題もある。以前ギルドで聞いた、俺を狙っているという闇の組織の存在だ。俺と行動を共にすれば、リナまでそいつらに巻き込んでしまうかもしれない。それでも――。目の前で祖父を助けようとしているリナを、一人で行かせるわけにはいかなかった。
「……なあ、リナ」
「はい?」
「俺も……一緒に行っていいか?」
「えっ?」
リナが目を見開く。
「タツヤさんも来てくれるんですか?」
「ああ。ただ、俺が一緒に行けば、お前まで闇の組織に巻き込まれるかもしれない」
「……」
リナは驚いたように俺を見つめていたが、やがてその表情が明るくなった。
「私、一人で行くのは少し不安だったんです。でも、タツヤさんが一緒なら心強いです。よろしくお願いします」
「……そうか」
俺は小さく笑った。
「じゃあ、決まりだな」
「はい!」
こうして、俺とリナは聖命草を探す旅に出ることになった。
でも、俺たち二人だけじゃ厳しいよな……。もう少し仲間がいればいいんだが。
ふと、社宅の仲間たちの顔が浮かんだ。
「……同僚にも話してみるか」
俺たちは社宅へ戻った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
夕食を終えた後、俺は社宅の住人たちの前に立った。
「みんなに頼みがある」
「どうした?」
「俺とリナで、グランツを出ることになった」
「グランツを?」
「ああ」
俺は事情を一から説明した。
ガルドの呪い。聖命草。グラニス鉱山に棲む古代竜。そして、その場所に拠点を築いているという魔王軍。さらに、俺が闇の組織に狙われている可能性についても話した。自分がDランクのチート能力者であることも、隠さず伝えた。
「…………」
しばらく、誰も口を開かなかった。
「……マジかよ」
やがて、一人が呟いた。
「古代竜って……あの古代竜だろ?」
「ああ」
「しかも、魔王軍までいるって?」
「そうらしい」
「待て待て……」
別の男が頭を抱えた。
「それ、薬草を取りに行く旅じゃなくて、戦争に巻き込まれに行くようなもんじゃねえか」
「……そうかもしれない」
俺は苦笑した。すると、一人の男が俺を見た。
「それより気になるんだけどよ。タツヤ、お前……Dランクだったのか?」
「……ああ」
俺は頷いた。
「今まで黙ってて悪かった」
「マジかよ!」
「Dランクって、一番下じゃねえか!」
「そうだ」
「じゃあ、お前……俺たちと同じ仕事をしてたけど、冒険者としては俺たちより下だったってことか?」
「まあ、そうなるな」
「いやいや、マジかよ……」
社宅の空気が一気にざわついた。
「お前、普通に戦えそうな顔してるのに……」
「顔は関係ないだろ」
「いや、なんか納得いかねえ!」
俺は苦笑する。
「だからこそ、頼みたいんだ」
俺はみんなを見渡した。
「俺とリナだけじゃ、正直厳しい。誰か、力を貸してくれないか?」
静寂が落ちた。誰も答えない。当然だ。相手は古代竜。そのうえ魔王軍までいる。さらに俺自身も、闇の組織に狙われているかもしれないのだ。命を懸けてくれと言っているようなものだった。
「……無茶だろ」
一人の男が口を開いた。
「街の外には、俺たちが相手にしたこともないような強い魔物がいる」
「ああ」
「その先には魔王軍の拠点まであるんだろ?」
「そうらしい」
「で、さらにその先に古代竜……」
「……ああ」
「悪いけど、俺には無理だ」
「……そうか」
分かっていた。誰かに命を懸けろなんて、簡単に言えるはずがない。その時だった。
「俺は手伝ってもいいぜ」
声のした方を見る。ヴィルだった。
「ヴィル……」
「お前と毎日仕事してるうちに、もう他人って感じがしなくなっちまったんだよ」
ヴィルは笑った。
「それに、俺は元冒険者だ。少なくとも、お前一人で行かせるよりはマシだろ?」
「……」
「魔王軍の拠点があるってんなら、冒険者だった頃の経験も多少は役に立つかもしれないしな」
「……ありがとう」
「礼はまだ早いって」
ヴィルは肩をすくめた。
「生きて帰ってからにしろ」
すると、今度は筋骨隆々の男が口を開いた。社宅でトランプやオセロをすると、なぜか一番強い男――ボルグだった。
「俺は直接行けねえが、手助けくらいならできる」
「本当か?」
「ああ」
ボルグは自分の腕を叩いた。
「俺の親父が防具屋をやってるんだ。魔王軍まで絡んでるなら、普通の防具じゃ心配だろ」
「……」
「最新の防具を一式、無償で用意してもらえるはずだ」
「助かる!」
「俺は行けねえけど、これくらいはさせてくれ」
その言葉をきっかけに、別の男も声を上げた。
「俺のお古の剣なら持ってけよ!」
「いいのか?」
「ああ。今のよりはマシだろ」
「俺はセレナードまでなら馬車を手配できるぞ!」
「俺は旅に必要な食料を用意する!」
「地図ならある!」
「ポーションも持ってけ!」
次々と声が上がった。
「……お前ら」
俺は言葉を失った。いつの間にか、こんなにも俺のことを気にかけてくれる人たちが増えていたらしい。
「Dランクだからって、勝手に死ぬなよ」
「そうそう。せっかく仲良くなったんだからな」
「絶対帰ってこいよ!」
「……分かった」
俺は笑った。
「絶対に帰ってくる」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
翌朝。旅の準備を終えた俺たちは、グランツの門へ向かう――はずだった。
「……その前に、寄るところがある」
「寄るところ?」
リナが首を傾げる。
「ああ。冒険者ギルドだ」
俺たちはグランツの冒険者ギルドへ向かった。中に入ると、壁際に設置された大きな依頼掲示板が目に入った。依頼書が何枚も貼られている。
「……あった」
俺は、その中から一枚の依頼書を見つけた。
《聖命草の採取》
「これだ」
依頼書を剥がし、受付へ向かう。
「すみません」
「はい。どうされましたか?」
受付嬢が顔を上げた。
「このクエストを受けたいんですけど」
「……聖命草の採取、ですか?」
受付嬢は依頼書に目を落とし、それから俺の顔を見た。
「タツヤさん……本当に、このクエストを受けるんですか? この依頼はSランク級の難易度ですよ?」
「ああ」
俺は依頼書を手にしたまま頷いた。
「昨日、同僚に借りた本で聖命草について調べたんです」
「調べた……?」
「聖命草は山頂の群生地に生えているらしいんです。それに、どうやら一本しか生えていないわけじゃない」
俺は依頼書を軽く掲げた。
「だったら、一度の採取で複数持ち帰れる可能性がある。一本見つけたら終わり、ってわけじゃないですよね」
「……ですが」
受付嬢の表情が曇った。
「それでも、やめた方がいいと思います。聖命草が生えている鉱山には、古代竜が棲んでいるんですよ?」
「知ってます」
「それだけじゃありません。最近では、魔王軍まで拠点を築いているという話も……」
「それも聞きました」
俺は少しだけ笑った。
「だからって、最初から諦めるつもりはありません」
「…………」
「俺たちは、聖命草を手に入れるために行くんです」
俺は依頼書を受付嬢へ差し出した。
「一本でも多く持って帰ってきますよ」
受付嬢は依頼書を握りしめた。
「失礼ですが……無謀すぎます」
「…………」
「Dランクの冒険者が受けるような依頼ではありません。最悪の場合、帰ってこられない可能性も――」
「分かってます」
俺は受付嬢の言葉を遮った。
「それでも、行きます」
「タツヤさん……」
「必ず聖命草を持って帰ってきます」
俺は受付嬢の目を見た。
「それと――絶対に、生きて帰ってきます」
「……」
受付嬢はしばらく黙っていたが、やがて小さく息を吐いた。
「……分かりました」
彼女は依頼書を受け取り、手続きを始めた。
「どうか……お気をつけて」
「ああ」
依頼を正式に受注した。これで、もう後戻りはできない。
受付から離れた俺は、ギルド内を見渡した。せっかく冒険者ギルドに来たんだ。少しでも協力してくれる仲間を集められないだろうか。
「えーっと……皆さん、少しいいですか!」
俺は思い切って声を張り上げた。
「これから仲間と三人で、聖命草の採取に向かいます! もし同行してくれる冒険者がいたら、ぜひ一緒に来てくれませんか? ちなみに、俺はDランクです!」
……。
誰も反応しなかった。
冒険者たちは一瞬こちらを見たものの、すぐに視線を逸らし、何事もなかったかのように会話を再開した。
……あれ? 聞こえなかったのか?
俺はもう一度、周囲を見渡した。だが、誰一人として手を挙げる者はいない。
いや、Dランクって言った瞬間に目を逸らしたよな……?
なんとも言えない空気が流れる。
「……よし、行こうか! リナ!」
「は、はい!」
俺は何事もなかったかのように振る舞い、ギルドを後にした。そして、グランツの門へ向かう。門の前では、馬車と荷物を用意したヴィルが待っていた。
「やっと来たか、タツヤ!」
「悪い、待たせた」
「全然待ってねえよ」
俺が荷物を積み込んでいると、後ろから声がした。
「おーい、タツヤー!」
振り返ると、そこには社宅の仲間たちがいた。
「気をつけろよ!」
「絶対帰ってこい!」
「古代竜なんか、お前のパンチ一発でやっつけちまえ!」
「いや、それは無理だろ!」
笑い声が起こる。その後ろには、ゴミ回収の仕事をしている間に顔見知りになった街の人たちまで集まっていた。
「タツヤさん、頑張って!」
「無事に帰ってくるんだよ!」
「お土産頼むぞ!」
「なんでお土産なんだよ!」
俺は思わず笑ってしまった。その時だった。
「……あ」
人混みの中に、見覚えのある二人組がいた。以前、俺のモンスター図鑑を盗もうとした子供たちだ。
「お前ら……」
「タツヤ!」
二人が駆け寄ってくる。
「街を出るって聞いた!」
「ああ」
「……これ」
弟の方が、小さな何かを差し出した。
「なんだ?」
「お守り」
「……お守り?」
小さな紐に、簡素な飾りが付いている。
「僕が……作った」
普段はほとんど喋らない弟が、俺に向かって口を開いた。
「……帰ってきて」
「……」
俺は一瞬、言葉が出なかった。
「ありがとう」
お守りを受け取る。
「絶対に持って帰ってくるよ」
「うん」
俺はそれを大切に懐へしまった。そして、荷物を積み終える。
「よし……これで全部だな」
ヴィルが馬車の荷台を確認した。
「忘れ物はないか?」
「たぶん大丈夫だ」
リナも馬車の中を確認する。
「大丈夫です!」
御者が手綱を握ろうとした、その時だった。
「……あの」
不意に、背後から声がした。
「ん?」
振り返ると、そこには一人の男が立っていた。全身を長いコートで覆い、深く被ったフードのせいで顔はほとんど見えない。
「旅のお方ですか?」
ヴィルが警戒するように尋ねた。
「ああ」
男は短く答えた。
「セレナードへ向かう予定なら……俺も乗せてもらえませんか?」
「……」
俺たちは顔を見合わせた。
「悪いが、俺たちも余裕があるわけじゃないんだ」
ヴィルが断ろうとする。すると男は、懐から小さな袋を取り出した。
「代金なら払います」
「そういう問題じゃ――」
ヴィルが言いかけたところで、男が俺を見た。
「どうしても、あなた方と同じ方向へ行く必要がありまして」
「……」
なんだろう。なぜか、妙な違和感があった。声も態度も普通だ。だが、フードの奥から向けられている視線だけが、妙に冷たく感じられた。
「タツヤさん?」
リナが俺を見る。
「……」
俺は少し考えた。ここで断る理由もない。ベルドまでなら、乗せるくらいはできる。
「……いいですよ。ただし、セレナードまでは乗せられません。ベルドまでなら構いませんが」
「タツヤ!」
ヴィルが驚いたように俺を見る。
「大丈夫だろ。ベルドまでなら」
「まあ……お前がそう言うなら」
男は小さく頭を下げた。
「ありがとうございます」
そして、馬車へ乗り込もうとする。その瞬間、フードの隙間から、ほんの一瞬だけ男の口元が見えた。――笑っていた。
「……」
俺はその表情に、なぜか嫌なものを感じた。だが、その正体を考えるより先に、御者が声を上げた。
「それじゃあ、出発します!」
「行こう」
「ああ」
「はい!」
こうして、俺たちはグランツを出発することになった。
ここへ来たばかりの頃は、ただ生きていくことで精一杯だった。Dランクだと知った時は、自分には何もできないと思った。それでも、いつの間にか一緒に働く仲間ができていた。くだらない話をして笑える友達もできた。そして今――。
「……ガルドさん、絶対助けます」
俺は懐のお守りを握りしめた。目指すのはベルド。その先にあるセレナード。そして、魔王軍が狙う古代竜と、そこに咲く聖命草。
俺たちの旅は、こうして始まった。




