11 平穏な日々の終わり
異世界に来て、しばらく経った。俺は相変わらず、ヴィルと二人でゴミ回収の仕事を続けていた。朝になれば街のゴミを拾い集め、指定された場所まで運ぶ。最初の頃は慣れないことばかりだったが、今では作業の手順も覚え、すっかり日課のようになっていた。
「ふぅ……。今日も結構な量だな」
俺は抱えていた袋を荷車に積み込み、額の汗を拭った。
「まあ、いつもこんなもんだろ。これくらいでへばってたら、この仕事は続かないぜ」
「いや、ヴィルが平気そうなのがおかしいんだよ。俺はもう腕がパンパンだぞ」
「ははっ! タツヤもだいぶ体力がついたと思ったんだけどな」
「これでも頑張ってるんだけどな……」
「じゃあ、もうちょっと頑張れよ!」
「厳しいな、おい!」
ヴィルは楽しそうに笑いながら、次のゴミ袋をひょいと持ち上げた。
「そういえば、今日の昼飯はどうする?」
「昼飯か。そうだな……。たまには肉でも食べたいな」
「おっ、いいじゃん! オレも肉が食いたいと思ってたんだ!」
「じゃあ、仕事が終わったら食べに行くか」
「おう! 今日はちょっと奮発しようぜ!」
「お金、大丈夫なのか?」
「……あ」
ヴィルの動きが止まった。
「おい、まさか金がないのか?」
「いや、ないわけじゃないぞ! ちょっと考えただけだ!」
「本当かよ……」
「大丈夫だって! タツヤの分くらいは何とかなる!」
「俺の分だけなのかよ!」
そんなやり取りをしながら、俺たちは再び作業に戻った。
異世界に来てから、こうして誰かと他愛のない話をしながら過ごす時間が増えた。元の世界では、仕事が終われば一人で過ごすことが多かった。今の生活は決して楽ではないが、少なくとも、以前より毎日が少しだけ楽しくなっている気がした。
「……まあ、悪くないけどな」
「何が?」
「こうやって誰かと仕事するのも」
「だろ?」
ヴィルが少し得意げに笑った。
「俺、こう見えて結構面倒見いいんだぜ」
「自分で言うなよ」
「じゃあ、今日の昼飯奢ってくれ」
「それは面倒見がいいのか?」
「……ダメか?」
「ダメに決まってるだろ」
「ちぇっ」
俺たちはくだらないやり取りをしながら、街のゴミを回収していった。ゴミを拾って、集めて、指定された場所まで運ぶ。派手さなんて一切ないし、冒険者のようにモンスターと戦うこともない。それでも、自分の働いた分だけ生活が前に進んでいる。その実感があるからか、不思議と嫌ではなかった。
「今日も終わったな」
「ああ。お疲れ」
仕事が終わると、俺たちはそのまま社宅へ戻る。そして翌朝になれば、また仕事へ向かう。そんな生活が、少しずつ当たり前になっていった。それから数日後のある日のこと。街を歩いていると、向こうから見覚えのある少女が歩いてきた。
「あっ、タツヤさん」
「お、リナ」
リナは両手に薬草の入った袋を抱えていた。
「薬草を採りに行ってきたんです」
「一人で?」
「いえ、おじいちゃんと一緒です」
「ガルドさんと?」
「はい。今日は二人で採りに行ってきました」
そう言って、リナは袋を持ち上げた。中には、緑色の葉や細い茎がたくさん詰まっている。
「結構たくさん採れましたよ」
「へえ。すごいな」
「ありがとうございます」
リナは嬉しそうに笑った。
「それじゃあ、また」
「ああ。またな」
リナと別れ、俺は仕事へ戻った。その後も、街で何度かリナとすれ違った。
「タツヤさん、お仕事ですか?」
「ああ。リナは?」
「買い物です」
「そっか」
「はい。それじゃあ」
「ああ」
ほんの短い会話。それだけだった。けれど、そんな何気ないやり取りが、俺には妙に心地よかった。異世界に来てから、少しずつ知り合いが増えている。元の世界では想像もしていなかったことだ。まあ、今のところは仕事仲間と知り合いができた程度だけど。それでも、最初にゴブリンに襲われたときのことを考えれば、大きな変化だと思う。そんなある日の仕事中、ヴィルが突然俺を呼んだ。
「タツヤ、ちょっといいか?」
「ん?」
「お前、現世から異世界転移してきたって言ってたよな?」
「ああ、そうだけど」
「じゃあ、前に話してたトランプとかオセロってやつ、まだ持ってるのか?」
「持ってる……って言っても、今は実家だけどな」
「実家?」
「ああ。異世界に来る前の家に置いてきた」
「なら、呼べるかもしれない」
「……何を?」
ヴィルは俺の前に立ち、手招きした。
「ちょっと額を貸せ」
「額?」
「ああ」
「なんで?」
「いいから」
何をするつもりなのか分からなかったが、ひとまず言われたとおりに顔を近づけた。
ヴィルが俺の額に指を触れる。
「――召喚」
次の瞬間。
ポンッ。
「……は?」
目の前に、見覚えのある箱が現れた。
「トランプ……?」
俺は地面に落ちた箱を拾い上げる。さらに、その隣にはもう一つ箱があった。
「これ、オセロまであるぞ!」
「成功したな」
「お前……何を召喚したんだ?」
「お前の部屋にあった物だよ」
「そんなことまでできるのかよ!」
俺が驚いていると、ヴィルは少し得意そうに笑った。
「俺のチート能力は【媒介召喚】っていうんだ」
「媒介召喚?」
「ああ。俺は契約したモンスターを召喚できる。けど、それだけじゃない」
「それだけじゃない?」
「触れた相手を媒介にすることで、その相手と繋がりのある物も召喚できるんだ」
「つまり……俺の額に触れたから、現世にある俺の持ち物を呼び出せたってことか?」
「そういうこと」
「便利すぎないか?」
「まあ、便利ではあるな」
ヴィルは苦笑した。
「ただ、何でも召喚できるわけじゃない。媒介にした相手と繋がりのある物を呼び出す能力だからな。もちろん、条件もある」
「なるほどな……」
俺は手元のトランプとオセロを見比べた。現世に置いてきた物を異世界から呼び出せる。そんなことができるなら、使い方次第では相当便利な能力だろう。
「でも、これなら結構使い道がありそうだな」
「だろ?」
ヴィルは嬉しそうに笑った。俺も思わず笑みを浮かべる。異世界に来てから、スマホは電源が入らず、現世の娯楽とは無縁の生活を送っていた。だが、これなら少しは暇を潰せそうだった。
その日の夜、俺たちは社宅の住人たちを集め、トランプやオセロで遊ぶことにした。
「これ、どうやって遊ぶんだ?」
「まずはルールを説明する」
「なるほど……」
「ヴィル、そこに置いたら駄目だろ」
「なんでだ?」
「そこに置いたら俺が勝てるから」
「じゃあ置く」
「おい!」
くだらないやり取りに、周囲から笑い声が起こる。最初はルールを知らなかった住人たちも、遊び始めるとすぐに夢中になった。勝った負けたと騒ぎながら、次々に対戦相手を変えていく。異世界に来る前は、こんなふうに大勢でゲームをすることなんてほとんどなかった。それなのに今は、見知らぬ世界の住人たちと笑い合っている。
「……なんか、悪くないな」
俺は小さく笑った。こういう時間も、案外大切なのかもしれない。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その頃、現世では――。俺の実家で、女神が両親と一緒に夕食を食べていた。
「このお肉、本当に美味しいですね!」
「そうかい? まだまだあるから、遠慮しないで食べな」
「ありがとうございます!」
女神は嬉しそうに料理を口へ運んでいた。そのときだった。台所に置かれていたトランプとオセロが、突然――消えた。
「……え?」
女神の箸が止まる。さっきまで確かにそこにあったはずの二つの箱が、まるで最初から存在しなかったかのように消えていた。女神はしばらく、その場所を見つめた。
「まさか……」
そして、何かに気づいたように目を見開いた。
「達也さん……?」
女神はすぐにテレパシーを送った。
『達也さん!』
「……ん?」
突然、頭の中に聞き慣れた声が響いた。
「……お前か」
俺は思わず眉をひそめる。
「せっかくみんなで楽しく遊んでいたところなのに、いきなり何だ?」
『はい! 今、トランプとオセロを召喚しましたよね?』
「ああ」
『やっぱり!』
どうやら、ヴィルの能力で現世から物を召喚したことに気づいたらしい。隣にいたヴィルが、俺の独り言を聞いて不思議そうな顔をした。
「……悪い。ちょっと外に出て、気分転換してくるわ」
「おう。分かった。ちゃんと扉閉めろよ」
俺はヴィルにそう告げて、部屋の外へ出た。扉を閉めると、さっきまで聞こえていた賑やかな声が遠ざかっていく。
「……それで、何の用だ?」
『やっと連絡が取れましたね!』
「やっと?」
俺は眉をひそめた。
「……お前、今まで何してた?」
『え?』
「異世界に飛ばしてから、一回も連絡してこなかっただろ」
『……』
「俺がどんな目に遭ってたか知ってるか?」
『……すみません。食事に夢中ですっかり忘れてました』
「ゴブリンに襲われたんだぞ」
『えっ!?』
「冒険者ギルドにも行った」
『はい……』
「チート能力は【適応】で、ランクはDだった」
『……』
「それから今は、ゴミ回収の仕事をしてる」
『ゴミ回収……』
「そうだよ!」
思わず声が大きくなった。
「こっちは大変なんだからな!」
『本当にすみません!』
「ったく……」
俺はため息をついた。
まさか、自分を異世界に送り込んだ女神が、俺のことをすっかり忘れていたとは。怒るべきなのだろうが、あまりにも堂々と謝られると、逆に力が抜けてしまう。
「まあ、こうして話せたからいいけど」
『達也さん……』
女神の声が少しだけ柔らかくなった。
『それで、今はどんな生活をしてるんですか?』
俺は異世界に来てからのことを話した。ゴブリンに襲われたこと。リナと、その祖父のガルドさんに出会ったこと。ヴィルと知り合い、今は一緒にゴミ回収の仕事をしていること。
『……大変でしたね』
「まあな」
女神は少し黙ったあと、思い出したように言った。
『それなら、ご両親にも話しますか?』
「……え?」
『ちょっと待ってください』
そう言うと、女神は両親の方へ振り返った。
「お父様、お母様。達也さんと話せますよ」
「達也と?」
「はい。今から私のテレパシーを共有します」
女神は両親の手を取った。
「私の手に重ねてください」
「こうか?」
「はい」
三人が手を重ねる。すると――。
『達也?』
「……母さん?」
突然、母親の声が頭の中に響いた。
『聞こえる?』
「ああ」
『すごいな……』
今度は父親の声も聞こえてくる。
「ちょっと待て。なんで三人ともいるんだ?」
『家族みんなで話せた方がいいでしょう?』
「まあ……そうだけど」
母親が小さく笑った。
『ちゃんと食べてるの?』
「……まあな」
『無理しちゃ駄目よ』
「分かってる」
久しぶりに聞く母親の声。それだけで、胸の奥が少しだけ熱くなった。異世界に来てから、家族と連絡を取る手段はなかった。元の世界に残してきた両親が今どうしているのか、ずっと気になっていたのだ。こうして声を聞けただけでも、ずいぶんと気持ちが楽になる。
『達也』
今度は父親の声だった。
「親父……」
『どこにいるのかは知らんが、元気でやれよ』
「ああ」
『お前が決めたことなら、俺たちは何も言わない』
「……」
『いつか帰ってきたら、そのときはちゃんと自分の人生を考えろ』
「……分かった」
俺はしばらく黙った。
安心した。二人とも元気に暮らしている。それが分かっただけで、胸の奥にあった不安が少しだけ軽くなった。でも、同時に寂しさも込み上げてくる。今すぐ帰れるわけではない。いつ帰れるのかも分からない。それでも、両親が俺を心配してくれていることが伝わってきた。
「……ごめんな」
『何がだ?』
「色々と」
『気にするな』
「……ああ」
俺は小さく息を吐いた。
「俺も、この世界でちゃんと頑張ってみるよ」
『ああ』
父親の声が返ってくる。
『頑張れよ』
「……ありがとう」
久しぶりに家族と話せてよかった。そう思いながら、テレパシーが終わろうとした、そのときだった。
「あ、そうだ」
『ん?』
「女神」
『はい?』
「……お前、なんで実家にいるんだ?」
『え?』
「いや、さっきから普通に親父や母さんと話してるけど……なんで俺の実家にいるんだよ」
『ああ、そのことですか』
女神は少し間を置いてから、何でもないことのように答えた。
『実はですね。異世界へ送ったあと、達也さんの晩ご飯を食べていたら、達也さんのお母様が部屋に入ってきまして』
「母さんが?」
『はい。それで、私がどうして異世界に来たのか、どうして達也さんを異世界へ送ったのかを説明したんです』
「……それで?」
『そうしたら、お母様が――』
『あらまあ。そんな理由で、この子を異世界に送っちゃったの?』
「……母さんなら言いそうだな」
『それで、お母様がこう言ったんです』
『あの子は昔から根性がないんだから、異世界でもどこでも送っちゃっていいのよ。少しくらい苦労した方がいいわ』
「おい、母さん!?」
『私も驚きました』
「俺の親だぞ!?」
『でも、そのあと――』
『それにしても、あなたも大変ねぇ。こんなに綺麗なのに、ずいぶん苦労してるじゃない』
「……」
『よかったら、うちに住んだら?』
「…………」
『という流れになりまして』
「どういう流れだよ!」
『気づいたら、私も達也さんのご実家でお世話になることになっていました』
「いやいやいや!」
俺は思わず頭を抱えた。
「なんで異世界に俺を送り込んだ女神が、俺の実家で普通に暮らしてんだよ!」
『お母様がとても優しくて……』
「そこじゃねえ!」
『それに、お父様も何も言わず受け入れてくださって』
「親父まで!?」
『はい。今ではすっかり家族の一員みたいな感じです』
「…………」
俺はしばらく何も言えなかった。俺が異世界でゴミを拾って生活している間に、あの女神は俺の実家で両親と仲良く暮らしていたらしい。
「……なんなんだよ、その状況」
『まあまあ。おかげで私も寂しくありませんし』
「お前が寂しいとか知らねえよ!」
『あ、それとですね』
「まだ何かあるのか?」
『達也さんのお部屋、少しお借りしてます』
「……は?」
『寝る場所がなかったので』
「おい」
『大丈夫です。ちゃんと綺麗に使ってますから』
「…………」
嫌な予感がした。
「俺の部屋、もしかして女の子の部屋みたいになってないだろうな?」
『…………』
「おい。なんで黙るんだよ」
『……すみません』
「やっぱりか!」
『ちょっとだけ……』
「ちょっとじゃねえだろ!」
『では、達也さん! 元気で頑張ってくださいね!』
「ちょっ、お前――」
ブツッ。
「……切りやがった」
俺は呆れながらも、思わず笑ってしまった。相変わらず、あの女神は調子がいい。けれど、久しぶりに家族の声を聞けたことで、胸の奥にあった不安は少しだけ軽くなっていた。少なくとも、元の世界には、まだ俺の帰る場所は残っている。そう思えるだけでも、今の俺には十分だった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
それからも、俺はヴィルと仕事を続けた。朝になればゴミを拾い、仕事が終われば社宅へ戻る。そんな生活を繰り返すうちに、時間はあっという間に過ぎていった。
最初はただの仕事仲間だったヴィルとも、今では冗談を言い合うのが当たり前になっていた。仕事が終われば一緒に飯を食べたり、社宅の住人たちとトランプやオセロで遊んだりすることも増えた。
ヴィルが冒険者を辞めた理由については、相変わらず詳しく聞けていなかった。本人が話したくないのなら、無理に聞き出すつもりもない。いつか話してくれることがあれば、そのときに聞けばいいと思っていた。
リナとも、街で顔を合わせるたびに言葉を交わしていた。薬草採取の話や、最近あった出来事。そんな何気ない会話を重ねるうちに、以前よりも気軽に話せるようになっていた。それでも、俺たちの生活に大きな変化はなかった。
俺はゴミ回収の仕事を続け、リナはガルドさんの手伝いをしながら暮らしていた。そんな日々が数ヶ月続いた、ある日のことだった。
「……なんだ?」
街が、いつもより騒がしい。
仕事の合間に街へ繰り出すと、入口付近に大勢の騎士たちが集まっていた。鎧をまとった一団が整然と並ぶ中、ひときわ異彩を放つ者たちの姿もあった。
「騎士団……?」
俺が呟くと、隣にいたヴィルがすぐに反応した。
「王国騎士団だ」
「王国騎士団?」
「ああ。そして――」
ヴィルの視線が、騎士たちの奥へと向けられる。
「あれは近衛騎士団だ!」
「近衛?」
「王族直属の騎士団だぞ!」
「そんなにすごいのか?」
「すごいなんてもんじゃない!」
ヴィルは興奮した様子で話し始めた。
「この国には、大きく分けて四つの騎士団があるんだ」
「四つ?」
「ああ」
ヴィルは指を一本立てる。
「まず王国騎士団。国全体の軍事や魔物討伐を担当している」
次に、二本目の指を立てた。
「そして近衛騎士団。王族直属の最精鋭だ」
三本目。
「領都騎士団。各領地の治安維持や防衛を担当している」
最後に四本目。
「国境騎士団。名前の通り、国境を守っている」
「なるほど」
「その中でも、近衛騎士団は別格だ。王国中から選ばれた強者が集まってる」
「へえ……」
俺は改めて、集まっている騎士たちを見渡した。
今、グランツの街には王国騎士団と近衛騎士団が派遣されてきているらしい。総勢およそ二百人。その中には、王都から来た近衛騎士団の姿もあった。
「……あれは?」
騎士たちを眺めていると、その中の一人に目が留まった。
黄金色の髪をした男だった。他の騎士たちと同じように立っている。ただ、それだけだ。なのに――。なぜか、そいつから目を離せなかった。
「……あの人」
俺が呟くと、ヴィルもその男に目を向けた。
「おっ、あの人が気になるのか? タツヤも見る目があるな」
「見る目って……」
俺が苦笑すると、ヴィルは少し声を落とした。
「あの人は、近衛騎士団の中でも特別なんだ」
「特別?」
「王冠の三剣。その一人だよ。しかも噂じゃ人類史上最強らしいぞ」
「……人類史上最強ってマジかよ! 王冠の三剣?」
「各王国の近衛騎士団の中で、特に優れた三人に与えられる称号さ。王国中の騎士が憧れる存在なんだ」
ヴィルは誇らしげに、黄金色の髪をした男を見つめた。俺も、もう一度その男に目を向ける。
鍛え上げられた身体に、隙のない立ち姿。周囲を静かに見渡しているだけなのに、そいつの周りだけ空気が違うように感じられた。
「……」
そのとき、男がゆっくりとこちらを向いた。
「……っ」
目が合った。瞬間、身体が勝手に強張る。別に、殺気を向けられたわけじゃない。何かをされたわけでもない。なのに、本能が告げていた。
こいつは……ヤバい
心臓が、一度だけ大きく跳ねた。男は俺を見たまま、ほんのわずかに目を細める。そして、何事もなかったかのように視線を戻した。
「……」
俺はしばらく動けなかった。
「タツヤ?」
「……いや、なんでもない」
ようやく息を吐いたものの、視線だけは男から離せなかった。
あの人……一体、何者なんだ?
「……あの人、ヤバくないか?」
「だろ?」
ヴィルは嬉しそうに笑ったが、すぐに声を潜めた。
「噂じゃ、あの人に敵意を向けた奴は、服従させられて抵抗もできないまま殺されるらしいぜ」
「……服従させる?」
「ああ。まあ、俺たちみたいな一般人が関わる機会なんて、一生ないだろうけどな。タツヤも気をつけろよ」
ヴィルはそう言うと、再び黄金色の髪の男を見つめた。
「俺、近衛騎士団を実際に見られるなんて思わなかった!」
「お前、元冒険者なのにそんなに好きなのか?」
「当たり前だろ! まさか王冠の三剣に出会えるなんて、運がいいぜ!」
ヴィルは目を輝かせていた。俺はそんな彼を見て、少しだけ笑った。だが――。その日の夕方。
俺は街でリナを見かけた。
「……リナ?」
いつものリナとは、明らかに様子が違った。俯いたまま、どこか沈んだ足取りで歩いている。
「リナ」
「……タツヤさん」
声をかけると、リナはゆっくりと顔を上げた。
「どうした?」
「……」
リナは何かを言おうとして、口を閉じた。いつもなら、もっと自然に話しかけてくるはずだ。何かあったのだろうか。
「この前、約束しましたよね」
「約束?」
「デザート……一緒に食べに行くって」
「ああ」
俺は笑った。
そういえば、すっかり忘れていた……。冗談半分で誘ったと思っていたが、まさか異世界に来て女の子とデートすることになるとは
そう考えると、急に胸が弾んできた。
やばい、めちゃくちゃ楽しみだ……!。
思わず顔が緩む。
「行こうぜ」
「……はい」
俺たちは街のケーキ屋へ向かった。
何を食べようかな……。やっぱりショートケーキか? いや、待て待て。せっかくだし、大人らしくチーズケーキを頼むべきか……?。
歩いているだけなのに、妙に心が弾む。
リナと二人で出かけるの、なんかいいな
けれど、店に入ってからもリナはどこか元気がなかった。俺たちは席に着き、メニューを開いた。色とりどりのケーキが並んでいる。普段なら、どれを頼むか悩んでいるだけでも楽しいはずだった。だが、向かいに座るリナの表情が気になって、どうにも落ち着かない。
「……なあ、リナ」
「はい」
「何かあったのか?」
「……」
リナはしばらく黙っていた。やがて、意を決したように口を開く。
「実は……」
「……?」
「おじいちゃんが……」
そこで、リナの声が震えた。
「病気のせいで倒れてしまったんです」
「…………」
俺は言葉を失った。さっきまであれほど楽しみにしていたデートなのに、目の前に置かれたメニューが急に遠く感じられた。
ガルドさんが倒れた。あの、いつも落ち着いていて、俺を助けてくれたガルドさんが。
「……リナ。それって、今はどういう状態なんだ?」
俺は、できるだけ落ち着いた声で尋ねた。
リナは俯いたまま、唇を噛みしめた。




