二話
「」が獣人共通語
『』が人族共通語
になります。
人の国。
ルトアニアは大陸の西側にあり、北の獣人の国【ギゥブ】から緩衝地帯である大平原を越えた、海に近い地域にある。
ギゥブとルトアニアの国交が開かれたのは七十年ほど前。ルトアニアの二代前の王の時代にあたる。ギゥブが建国される前まで獣人たちは同種族のみで行動しており、たまに人の国と敵対することもあった。
そんな敵対関係にあった国同士で親交を持つに至った要因が、ルトアニアで起きた天災だ。その年、その前の年と二年続けてルトアニアで雨が少なく、主食である小麦が育たず、食糧難に陥った。
海辺の街では漁でなんとか糊口を凌ぐが、海から離れた地域はどうにもならなかった。そんな窮状に手を差しのべたのがギゥブだった。
ギゥブで豊作だったじゃがいもやとうもろこし、大豆をルトアニアに贈り、ルトアニアは危機を乗り越えた。それ以来国交が開かれ、両国を王宮御用商人が行き来するようになった。
両国の橋渡しをしたのが、賢者である老師だ。老師は王と共に七十年前にルトアニアに親善大使として出向いた。そのときの老師の姿を模した饅頭が売られ、今も名物として売れている。
リズはその饅頭を頬張りながら王から昔話を聞いていた。
「老師のたぬき饅頭はあるけど、王の蛇饅頭はないの?」
「老師はこの国の恩人として名が知られているが、私は老師の従者としてこっそり入国したのでな。全く知られていないのだ」
「今みたいに?」
蛇王は王としてルトアニアに入国していない。御用商人の一行の一員として入国していた。
「そうだな。だがきちんとルトアニア王家には私が行くと言ってあるぞ。どちらかと言うと今回はルトアニア王家からの依頼で来たようなものだ」
「王は王らしくなさずぎだ。堂々と入ればいいのに」
護衛である虎の獣人のラングがボソリと愚痴を言う。ラングはがっしりとした大きな体をした三十台の男で、背中に大剣をぶら下げている。ちっこいリズと並ぶと余計にラングが大きく見える。
でこぼこ二人組。しかも獣人と、妖しい美しさをもつ蛇王が並んで歩いていると異様に目立つ。
立ち止まって三人を見る人も増えてきた。あまりにもじろじろと人族たちに見られてリズはブワッと尻尾を膨らませ、ささっと王の後ろに隠れた。
「にゃんだ?やんのか?」
王の後ろで軽くステップを踏み、前後に跳び跳ねるリズ。
「土産は今度だな。そろそろ、目的地へ急ぐか。走るぞ」
「了解」
王にラングはそう答えるとリズを担ぎ、走る王の後を追う。
「ブニャー!」
担ぎ上げられたリズが鳴く。
「リズ、うっせー。黙ってろ」
「ゔー」
ポカポカとリズはラングの肩を叩いて抗議する。非力すぎてラングには痛くも痒くもない。
二人は人で賑わう通りをすいすいと駆け抜ける。
街の中央に建てられた王城につく頃には、ラングを殴る気力をなくしたリズは、でれっと伸びた姿勢で寝そうになっていた。
怪しげな三人組を見た王城の門兵たちが誰何する。
『何者だ』
その鋭い問いに、ぴくりとリズは起き上がり、王に通訳する。
「誰だにゃん?」
「蛇が来たと王族に伝えよ」
『蛇が来たと王族に伝えるにゃ』
『!』
さらっと王が言うと、伝え聞いていたのか門兵たちはビシッと直立し、王に向かって敬礼した。
『お待ちしておりました。こちらへどうぞ』
王族へ伝令に走る兵を尻目に、兵長はさっと城内に案内する。
「待ってたにゃ。こちらへどうぞ」
通訳にしてはいい加減なリズに王は苦笑する。
「おい、ちゃんとそのまま通訳しろよ」
ラングは担ぎ上げていたリズを下ろし、コツンとリズの頭を小突いた。
「わかったにゃ」
反省したリズの手を引き、王は案内の後について歩きだした。
*【以降すべてリズが通訳しています】
城内に入ってしばらくすると、小走りで駆け寄ってきた年老いた女官が一礼すると、兵に代わって先導して応接室へと案内する。
『すぐに王が参ります。申し訳ございませんが、もう少々お待ちくださいませ』
「いや、先触れもなしに来たのはこちらのほうだ。ゆっくり待つので気にしないでくれと伝えてくれ」
『いえ、もうすぐ参ります』
テキパキとお茶を用意しながら、女官がそう答えたすぐ後に、応接室の扉が開く。
入ってきたのは、立派な髭をたくわえたルトアニアの若き王。白蛇の王を見つけると、軽く頭を下げた。
『お待たせして申し訳ない。我が国へようこそ!お会いできて光栄です。ルトアニアの王、ルードリッヒと申す』
「ギゥブの白蛇だ。白とでも呼んでくれ」
蛇王は立ち上がって、ルトアニア王が差したした手を握る。
『白殿。この度は呼び立てて申し訳ない』
「いや。手紙で断りをいれたが、ご要望の老師は老齢にて来れない。私が代わりで務まるかどうか……。手紙では語れないとあったが、どのよう用件か?」
早速用件へときりこむ蛇王に、ルトアニア王は少し思案したのち、席をすすめて話し始めた。
『公にしていない話だ。実は私の娘が石化の呪いをかけられた。犯人は捕まえたのだが、呪いをとくことができなかった。
必死になって解き方を探してな。見つけたのは古い文献に解き方が二通り。ひとつはエリクシールが必要と書かれておった』
「エリクシール。なるほど、老師の噂話を頼ったのか」
『その通りだ。エリクシールを老師はお持ちではないか?対価は払う。是非エリクシールを譲っていただきたい』
「残念ながら、もうエリクシールはない」
きっぱりと答える蛇王に、ルトアニア王は頭を抱えた。
「もうひとつは?」
『竜人族が住む緑深き山にある秘密の場所に精霊の涙と呼ばれる花があるそうだ。その根を煎じて飲むと石化が解けるらしい。
文献では竜人族は西にある別大陸に住んでいるとのこと。西大陸といえば、砂漠が広がる干上がった土地だ。緑深き山があるとは聞いたことがない。
白殿は何かご存じか?』
「竜人族。伝聞で聞いたことがあるのは、竜に仕える一族だという話くらいだ。なにせ私もあったことはないな」
『……そうか』
「役に立てず、すまんな」
『こちらこそ、わざわざ足を運ばせてすまなかった。今宵は歓迎の宴を開く。是非人族の酒肴を味わって欲しい』
宴を開く気分ではないだろうにと蛇王は思ったが、口に出した言葉は「楽しみにしている」だった。
夕方に開かれた宴にはルトアニアの王族だけが参加した。蛇王の訪問は姫の件とあわせて、極秘とされていたのからだ。
ルトアニアの王族は王と王妃、そして二人の子供たち。一人は呪いをかけられた姫で、もちろん宴には出席していない。もう一人は姫の兄で、今年十四になる王子。
王子は蛇王に獣人共通語で挨拶をした。
「私、セドリックという。よろしくです」
セドリックはカタコトの獣人共通語で、いつかギゥブに行きたいと思って言葉を商人から習ったことを告げた。
そしてずっと頑張って通訳していたリズに視線を向けると、深々と頭を下げた。
「私、竜人族探す。だから見つけたら、言葉訳して欲しい。精霊の涙ある場所聞いて欲しい。
お願い、妹助けて!」
セドリックはギゥブについて勉強してきた。だから種族によって話す言葉が違うことも知っている。
リズが優秀な通訳だと聞き、頼むなら今しかないとリズに懇願する。
必死にリズにお願いするセドリックに、リズは困って蛇王を見た。
「リズはどうしたい?」
王はワイングラスを揺らしながら、困惑しているリズに問いかける。
リズは腕を組み、目を閉じてうーんといいながら考える。答えはすぐに出ている。リズが悩んでいることは別にあった。
「リズが助けになるならお手伝いするにゃ。だけど、一人でついていきたくないにゃ。王もいくにゃ?」
「無理だな。さすがに長期間国をあけることはできない。ラングをつけよう」
「ラングかぁー」
不満そうにリズは唇をとがらせた。
「おいおい、なんだその顔は」
ラングはリズのほっぺをうにーんと両手で伸ばす。にゃあにゃあとリズが泣いたので、王がラングの手を払いのけた。
「ラングだけだと、リズを泣かすか……なら、眷属をつけよう。長距離を試したことがないので、いつものように私と会話ができるかわからないが、ケンカの仲裁なら眷属でもできる」
さくさくと話が進んでいて、会話にやっと追い付いたセドリックは、リズの手を取り何度もお礼をいった。
その手をペイっと蛇王は引き剥がして、セドリックに条件を告げた。
「三ヶ月、三ヶ月以内に見つけられなかったら戻ること。これが最低限の条件だ」
「わかりました」
「それとリズの安全は絶対条件だ。旅の安全のためにルトアニアで出せるものは全部出してもらう」
「……ああ、王子のためにも必要だな」
蛇王の詰め寄りに若干ルトアニア王が引きつって答えた。
こうしてリズは精霊の涙さがしに出かけることになった。それがどれだけ大変なことか本人はわかっていない。
翌日の旅仕度でこれでもかとおやつを買って、借りたマジックバックに詰め込み、満足そうにむふっと笑う。
特に街で猫用のマタタビを見つけたときには、リズは小躍りした。これはご褒美用として、ラングが持つことにした。
最初からまともな旅支度をリズに期待していない、蛇王とラングが細々したものを買い込んでいく。
最終的にはルトアニアの宝物殿にある魔道具も開示させ、片っ端から必要なものを見繕った。次々と運び出される王国の秘宝を、宰相が慌てて止めたあと、蛇王の冷たい眼差しにまけて手放したとか。
「初めまして、魔法師のキャリーよ」
そして最後の旅の仲間が合流する。キャリーはセドリックの魔法の師であり、数少ない獣人共通語を話せる女魔法師だ。
「リズにゃ」
「話に聞いていたより可愛い!」
可愛いものが大好きな彼女は、リズを抱きしめると、ピクピクと動く猫耳をこれでもかと撫でまくる。初めての人に抱き締められて、リズはイカ耳になりガブリと噛むと、その腕から逃げ出した。
蛇王が背中でリズをかばいながら、黒い笑みを浮かべる。
「過剰接触は禁止だ。次にやったら眷属が噛みつくぞ」
リズの肩にポンと現れた小さな白蛇が、キャリーに向かってシャーと威嚇する。
キャリーは小白蛇にも可愛いと声をあげたが、シャーシャー言われてあきらめた。そして蛇王のうしろからビクビクこちらを伺うリズに向かって謝る。
「ごめんね、驚かせて。たまに頭を撫でるのもダメ?私撫でるの上手いのよ。近所の猫がうっとり眠るくらいにね」
キャリーは二十台後半の若い女性に見える。その年頃の娘はリズのいた孤児院のシスターを思い出すし、軽く撫でるくらいならみんなによくやられている。
「軽くならいいにゃ」
「よかった。ところでこっちの小蛇ちゃんのお名前は?」
「名はない」
「それはかわいそうね。これから旅の仲間なんだから、名前つけていいかしら?リズちゃん、何かいい名前ある?」
「うーん、白くて細長いからうどんにゃ」
「それはちょっと名前っぽくないかな」
「蛇でいいだろう、別に。そろそろ出発しようぜ」
ラングが面倒くさそうにそう言った。
「パイシォは?東の国の白蛇という意味の言葉よ。どうかしら?」
キャリーが小白蛇にたずねた。
「シャー」
眷属の王と一緒でこだわりがない小白蛇は、それを受け入れた。
「よろしく、バイシォ」
ルトアニア王と別れの挨拶を終えたセドリックが合流する。
精霊の涙探しのメンバーは、セドリック、キャリーのルトアニア組とリズ、ラングそしてパイシォのみ。あまり大勢で行っては竜人族に警戒されてしまうからだ。
「いいか、無理だと思ったら秘宝だからといって出し惜しみせず、帰還の魔道具を叩き割れ」
大事なことなので、蛇王がセドリックに最後の念押しをした。帰還の魔道具は宝物殿に眠っていた秘宝のひとつ。どんなに遠くにいても、一瞬でルトアニアに戻ってこれる転移の魔道具だ。
「はい。わかりました」
セドリックは何度目かの忠告に生真面目に頷いた。
「よし、じゃあ行くぞ。お前らはあの馬車に乗れ」
ひらりと軍馬にラングはまたがると、近くの馬車を顎で示した。
馬車は他にも複数台あり、港街へ一緒に向かう商隊だ。商隊を守る冒険者たちもおり、少なくとも国内は安全に移動できる。
馬車にのり、すぐに窓から顔を出したリズの頭を蛇王はひと撫で。馬車が動きだす。
「王、行ってくるにゃ」
出会ってからずっと面倒をみてくれていた王とのしばしの別れ。
リズは少し寂しくなってにゃあと鳴く。すぐに肩に乗ったパイシォが頬擦りして慰めてくれた。
リズは王の姿が見えなくなるまでじっと窓から外を眺めていた。
やがて見えなくなると、マジックバックからお菓子を取り出した。王に会えなくなって寂しくて、口も寂しくなったようだ。
あーんと口を開けてお菓子を食べようとしたら、パイシォが口を開いた。
「おやつの時間はまだだぞ」
パイシォに憑依した王だった。
なんかさみしいと思ってた気持ちがもやもやする。
リズはぷうとふくれるとふて寝することにした。
旅は始まったばかりだ。
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作者のやる気に火がつきます。




