4-3
「連絡先も教えたのか。それじゃあ昨日は、事前に約束してた感じか?」
俺のその問いに、久遠は首を振って、無表情のまま淡々と言った。
「待ち伏せ、されてた」
「え?」
久遠はまるで他人事のように、知られざる翔琉くんの恐ろしさを語る。
「あらためてお礼がしたいって言うのを、断ってた」
相変わらずの、感情の読みにくい希薄な表情のまま――、
「連絡先も、最初は断ってた」
久遠の口から、想像していた姿とは乖離した翔琉くんが紡がれていく。
「少年、しつこいから、教えた」
「しつこかったのか」
「いえす」
どれくらいしつこかったのかはわからないが、俺が翔琉くんの立場だったらどうしただろう。
仮に救ってくれた人が命の恩人となった場合、俺は相手が固辞するのも構わず、自分のお礼がしたいという気持ちを優先するだろうか。……そうなって見ないとわからんな。
「そして、昨日は」
「あ、ああ。昨日は?」
「帰り道、少年に待ち伏せされてた」
「…………」
うん、こわっ。なにそれ、怖くね? シンプルに翔琉くんの行動が恐ろしいわ。恐怖だわ。
そして、翔琉くんよ。きみは間違いなく有栖川の弟だよ。溺愛するあまり実の弟をストーカーする姉に、好意を持ったら一直線に待ち伏せしてしまう弟。確実に血統に由来するというか、DNAに同一のものが刻まれているはずだ。……ご両親は大丈夫だろうな?
ここまでぶっ飛んでいたら、すでに告白を済ませている可能性だってあるかもしれない。ここは確たる裏付けのためにも、言質を取っておきたいところである。翔琉くんが久遠に恋をしたという明確な根拠が得られれば、俺の推論は事実となり、調査を終えられるはずだ。
「ちなみに……なんというか、こういうことを訊くのはデリカシーがないのかもしれないんだが、翔琉くんに好意を伝えられたり、なんてことは?」
久遠は無表情のまま、こくんと大きく頷いた。
「少年、第一声が『好きです』だった」
「……え? 助けたとき?」
「いえす」
「えーっと、『ありがとうございます』とかよりも先に『好きです』?」
「いえす」
ぶっ飛んだ行動を鑑みるに告白をしていても……なんて言ったが、さすがに出会った初日、それも第一声が助けられた感謝ではなく『好きです』って、いくら俺でもそれは予想外だわ。
「言いたくなければ言わなくていいんだが……久遠は、それになんて答えたんだ?」
「『自分より弱い男、ムリ』」
「な、なるほど」
複数人の年上男性を処理するだけの戦闘力を誇る久遠。それ以上に強い男でなければならないのか。まさにその数瞬前に助けらもらった翔琉くんの胸中たるや……想像するに余りある。
「その、翔琉くんは、それを聞いて、なんて?」
「少年、『がんばります!』だって」
「……モテモテだな、久遠」
「ぶい」
褒められた久遠から喜びの感情を見て取れるのは、眼前のピースサインのみである。
その反応の淡白さからして、久遠は翔琉くんを恋愛の対象としては見ていないのかもしれない。好みである自分よりも弱い男には該当しているし、もしかしたら、自分がロリロリであることから年下というのも範囲外なのかもしれない。一時の感情だと達観している可能性もある。
恋愛というものにしみじみしていたら、昼休み終了の予冷が食堂に鳴り響いた。
「おっと、いつのまにかすごい時間が経ってたんだな」
俺は言いながら立ち上がり、久遠もそれに倣うように席を立った。
「今日はいきなりで困惑しただろうが、ほんとにありがとな」
連れだってお盆と食器を片付けに行きながら、俺は久遠に言った。
「久遠がいろいろ教えてくれたおかげで、俺は命拾いしたかもしれん」
「命拾い?」
「ん――ああ。決して比喩じゃなく、ほんとうにそうかもしれないんだ……」
食堂を出て、1年の教室が並んでいる棟へ向かって歩きながら話す。
「そういう意味では、俺も久遠に助けられたな」
「惚れる?」
「ああ、惚れる、惚れる」
「モテ期、到来」
俺の発言が冗談だとわかっている様子なので、非常に話が進めやすい。見た目だけが大人の有栖川と違って、中身だけはしっかり成熟しているのが久遠なのかもしれなかった。
他愛もない雑談を交わしながら歩いて、E組に到着するなり久遠は頭を下げてきた。
「ごち」
「あくまでも情報提供料としての奢りだから気にするな。それに、こっちこそいろいろと教えてもらっちゃって、かなり助かったよ。ありがとな、久遠」
「ぐっ」
「ああ、じゃ、またな」
俺は笑顔でグッドサインを返した。
自分の教室であるB組に向かって歩きながら、俺は安心感と満足感に満たされていることを自覚する。有栖川との約束をブッチしてしまったわけだが、しかしそれを補って余りある調査結果を手に入れることができた。おまけに、久遠というロリ少女との親交まで生まれた。
しかし、そんな俺の安堵の時間は短かった。
俺は自分の教室に近づくほど、空気がぴりついている錯覚を抱いた。予冷が鳴ってはいるが、まだ廊下には雑談に興じている生徒の姿がちらほらと散見される。みな、穏やかである。俺が感じている違和感を覚えているようには見えない。
あと数歩で教室のなかが見えるという位置にまで来て、俺は足を止めた。きっと、激ヤバな心霊スポットに近づいたらこんな感覚になるのだろうなと漠然と思う。自分を客観視する部分が、冷静に分析をする。しかし、本能が警鐘を鳴らしていた。俺の命が危ぶまれているのだと。
足を進めて、教室のなかが見える位置にまで移動した。……なにやら空気がドス黒いぞ?
「あれ、御手洗くん。珍しく遅かったね。教室、入らないの?」
教室の扉の前、廊下に立つ俺を見とがめた琴吹が、そう声をかけてくる。
その瞬間、黒い霧が動いた。いや――正確には形を変えたというべきか?
黒い霧が晴れて、その中心に、ある姿が現れる。
鬼がいた。般若がいた。悪鬼羅刹がいた。
そう、俺に調査を依頼し、報告を脅迫した有栖川伊織のことである。
俺は今日、殺されるかもしれない。
読了ありがとうございました。
感想や反応をいただけると、とても励みになります。
次回更新は本日中を予定しています。
更新予定に変更がある場合は、X(Twitter)にてお知らせいたします。
@Inuyoshi_Chacha




