4-2
「それでだな。その少年、有栖川翔琉くんと仲良くなったきっかけを教えてもらってもいいか?」
「どうして」
「……ど、どうして?」
ここで切り返されるとは思ってもいなかった。オウム返しのように久遠の言葉を復唱する。
「えーと、それはだな……」
俺は咄嗟の返答に窮してしまった。
たしかに唐突ではあった。俺も初対面の人間にいきなり「琴吹珠美と仲良くなったきっかけを教えてください」と問われたら、純粋な疑問からその理由を確認することだろう。
さて、久遠にどう言ったものかと思案する。思案しはじめてすぐに思う。当事者である久遠になら、事情を説明してもいいだろう。
「とりあえず、最初にこれだけは教えて欲しいんだが、翔琉くん――もとい、その少年とはじめて出会ったのはゴールデンウィークのことで間違いないか?」
「いえす」
ネイティブからはほど遠い、舌足らずな発音で答える久遠。なぜにイングリッシュなのか。
「その日……かどうかは定かじゃないんだが、どうも翔琉くんが普段とは違う様子で帰宅したことがあったらしいんだな。その日からは家での様子も変わったらしくて、姉である有栖川――俺と同じクラスのやつなんだが、本人に聞いても教えてもらえないから心配をしているんだ」
久遠は口をはさまずに、俺の話を聞いてくれている。……ちゃんと聞いてるよな?
「そして昨日、有栖川が翔琉くんをストーカー……じゃなくて、心配で帰宅するときの様子を確認しようと思ったら、まあ、なんだ、その、偶然にも久遠と一緒に歩いているところを見かけたんだそうだ。制服姿だったから俺たちと同じ高校であることはわかったから、なにか事情を知っているようなら話を聞きたいと思って、それで声をかけたんだ」
説明を咀嚼するようにこくこくと頷く久遠が、俺の目を真っすぐに見て問い尋ねてくる。
「どうして?」
「えーっと、声をかけた理由とか知りたい内容はいま説明したと思うんだが……なにがだ?」
「どうして、みたらい?」
ふむ、なるほどな。なぜ心配の端緒である有栖川ではなく、同じクラスの俺がこうして聞き取りに来ているのか、と。そういう意味での『どうして、みたらい』なのだろう。
「当然の疑問だし俺もそう思うわけなんだが、有栖川にはほかにやることがあるらしくてな」
俺の調査報告を脅迫して待つという、本人なりに重要な仕事がな。期日絶対厳守だし。
俺は俺で半ば強制とはいえ着手金を受け取ってしまっている身である。書面を交わしていないとはいえ、口約束での労働契約を締結した以上は、探偵として善処しないといけない。
「こいびと?」
「有栖川が? まさか。ないない」
ほかの男子は知らないが、少なくとも俺は有栖川伊織を見て感動することはあれ、それは美麗な調度品を眺めるような感覚に近く、もしも自分の彼女であったなら……みたいな想像をしたことはない。できるはずがない。それくらい俺にとっては高嶺の花というか、べつの次元の存在――だった。それが幻想であったことは、昨日の放課後に発覚してしまった。
「俺とあいつは……女王様と下僕、もしくは脅迫者と被害者みたいな感じだな」
その表現に、久遠がほう、と感嘆したようだった。
「みたらいは下僕」
「……お、おう。自分で言うならともかく、第三者に言われると心に来るものがあるな」
「そして、夜の主従逆転」
「…………」
「普段は厳しいのに、夜という時間と寝台という場所が、彼女を淫らな姿に導いていく」
急になにを言い出すんだ、このロリっ子少女。お父さんはそんな変態教育をした覚えはありません! おっと、いかん。静まった父性が帰ってきてしまった。
「非常に興味をそそる題材ではあるんだが、それはまあ、また追々話すとしてだ」
久遠が小声で「やはり、変態」と呟く。……であれば言い出した当人はどうなるんだろうか。
「まあ、なんだ。俺と翔琉くんの姉――有栖川は恋人じゃないし、なんだったら友だちでもないんだが、なんて言えばいいんだろうなあ。ちょっとした弱みを握られてしまっているというか、契約をした関係にあるというか……」
うーむ。琴吹や茉城に説明を求められたときも困ったが、はたして、俺と有栖川の関係ってなんなんだろうな。友だちって言えれば楽なんだろうけど、それは絶対に違うしな。
「とにかく、俺があいつに協力していることはお互いに了承してることなんだ。……と、そんな感じなんだが、どうだろう、久遠。教えてくれるか?」
久遠が大きく首肯する。またしても小声で「秘密の関係、滾る」とかなんとか言っていた気がしたが、俺は聞こえなかった風を装って、無言で説明を促す。
そうして――待ちに待った情報は、衝撃の一言からはじまった。
「少年、襲われてた」
「襲われてた?」
「複数人」
「複数人!?」
「助けた」
「た、助けた!?」
久遠の言葉に疑問符をつけて、ただただ疑問形で返すロボットと化した俺。
「助けたって、久遠が翔琉くん――もとい、少年をか?」
「いえす」
「逆じゃなくて?」
「いえす」
「えーと、相手は男性で、それも複数人だったんだろ?」
「いえす」
「……そいつらは、幼稚園児かなにかだったのか?」
「のー」
ここは「いえす」ではないのか。一番「いえす」であって欲しかったような気がするが。
「たぶん、高校生か、そのちょっと上」
「……まじかよ」
それはもはや大人を相手にしたと表現しても過言ではないのではないだろうか。
俺は翔琉くんの顔すら知らないため、当然のことながら体格とかスポーツ経験の有無を知らない。それでも1歳違いの女子よりは筋力に優れ、荒事にも対処のしようがあるように思う。
中学3年生の男子が敵わない相手に対して、高校1年生の女子――それも、眼前のロリっ子少女が圧倒するなんてことはありえるのだろうか。
否、ありえたのだろう。いまここで、久遠が嘘をつく理由はない。
「なんかやってんのか? 空手とか、柔道とか」
「あいきどー」
久遠の言ったことが一瞬だけ理解できなかったが、すぐさま「合気道」と脳内変換される。
「それって、相手の力を利用するってやつだろ? なんつーか、久遠って強いんだな」
「ぶい」
ピースサインをしたあと、平らな胸板を強めに逸らす久遠。その平らな胸もとに男の夢は詰まっていないが、しかしその矮躯に隠された実力は未知数である。
「とりあえず、なるほどって感じだな。久遠と翔琉くんの初対面というか、出会いというか。俺としても疑問だったゴールデンウィークの出来事はそういうことだったんだな」
俺は有栖川による『かわいいかわいい弟ストーカー事件』の概要を思い浮かべた。
一、有栖川のかわいいかわいい弟(翔琉くん)が憔悴した様子で帰宅した日があった。
二、そのときに着用していた衣服には汚れや乱れが散見された。
三、その日を境に、私(有栖川)に甘えてくることが減ってきたように感じられる。
四、お姉ちゃん(有栖川)の同年代の女の子はなにをプレゼントされると喜ぶのか訊かれる。
五、いままでは行えていたスキンシップの一切合切を拒否されるようになった。
六、私に隠し事をするようになった。例としてエロ本の類の隠し場所が変わった。
翔琉くんが憔悴した理由については、ロリっ子少女である久遠に助けられたことがひとりの男として傷ついたのかもしれないし、単純にヤカラに絡まれたことが原因なのだと推測される。
着用していた衣服に汚れや乱れが散見された理由についても、ヤカラに暴行……とまでは行かないだろうが、胸倉をつかまれたり、突き飛ばされでもして路上に倒れたりしたことが原因だと説明できるはずだ。顔に暴行された痕跡でもあろうものなら有栖川の親が警察に通報しているだろうし、なにより、有栖川本人が溺愛する弟が暴行を受けたという状況であんパンと牛乳パックを持って似非ストーカーだなんて気楽な行為をするとは思えない。あいつのことだ。出刃包丁とか金属バットを持って犯人捜しをしていたとしてもおかしくはない。
それ以降については、俺が描いていた推論であながち間違っていないような気がする。
その日を境に――ではなく、正しくは久遠に出会ったことが変わる契機になったのだ。
翔琉くんはきっと、自分を暴漢から救ってくれた天城久遠という少女に恋をしたのだ。
そうして俺の推論どおりに、お姉ちゃん(有栖川)に甘えることをやめ、スキンシップを拒否するようになり、自分に厳しくすることで、一人前の男になろうと努力をしているのだ。
同年代が喜ぶプレゼントを訊いたのは、そのままの意味だろう。隠し事やエロ本の類は……まあ、隠し場所が変わったわけではなく捨てたのかもしれないし、久遠という矮躯で、年上ながらロリロリな少女に恋をしたことで性的嗜好にまで変化が及んだ可能性も否定できない。
すべて解決したじゃないか――と判断したいところだが、それは早計だ。
後半の事項についてはまだ俺の推測でしかない。あの有栖川が納得するとは思えない。
「翔琉くんを助けたあとの様子とか、昨日の一緒に歩いていた理由はなんだったんだ?」
「あのとき、少年、ぼーぜんとしてた」
「……まあ、だろうな」
想像でしかないが、複数人の不良に絡まれただけでも衝撃なのに、颯爽と現れたロリっ子少女がその不良どもをなぎ倒したら呆然もするだろう。
「お礼されて、名前と連絡先、訊かれた」
「連絡先も教えたのか。それじゃあ昨日は、事前に約束してた感じか?」
俺のその問いに、久遠は首を振って、無表情のまま淡々と言った。
「待ち伏せ」
「え?」
久遠はまるで他人事のように、知られざる翔琉くんの恐ろしさを語る。
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