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俺たち1年だけの学生塔を1階まで下りて少し歩けば、学生食堂にはすぐに到着する。渡り廊下を歩いている時点で、食欲をそそる香気が俺の鼻孔にまで届いて来る。昼休み開始から時間が経過しているからか、食券機には長蛇の列ができているということはなかった。
俺は食券機にお金を入れて、自分の分と、そして天城が指で示したメニューを購入した。
お盆と食器を持って受け渡し口に向かう。その道すがら、俺は天城に訊いた。
「ほんとうに日替わりでよかったのか? べつに遠慮しなくていいんだぞ」
日替わり定食は、単品のカレーや麺類に次いで安価に設定された学生の強い味方だ。しょうが焼きやチキン南蛮定食、カツカレーなどといった高めに設定されたメニューも存在している。
天城が「だいじょぶ」と言ったので、俺は「そうか」とだけ答えて、歩みを進めた。
必要経費ということで有栖川に払わせる予定だから、遠慮する必要はなかったんだけどな。
ご飯ものの受け渡し口までやって来ると、食堂のおばちゃんと会話している男子学生がいた。
後ろ姿からでもイケメンなのがうかがい知れる雰囲気である。俺はなにを思うでもなく、上履きの色を見る……赤色ということは3年生か。1年の俺からしたらほぼ大人の先輩である。
並ぶようにイケメンの背後に立つと、ふたりの会話が嫌でも耳に入ってくる。
「あらまっ! 相変わらず素敵な笑顔だこと! 大盛りサービスしちゃうっ!」
「あんがとっ! おばちゃん!」
ただでさえ高価なカツカレーが、ライス大盛りに加えてカツの枚数も多く渡されていた。去り際に見えた男の顔は、予想していたとおりのイケメンであった。……転んでしまえ。
それにしても――、
本来なら追加料金を必要とする大盛りが笑顔を見せるだけで無料になり、カツまでサービスされるとは。そんなシステムがあるなんて知らなかったな。これはいい情報を手に入れた。
ふふ、俺の甘いマスクが炸裂するときが来たようだった。
「日替わりのAセットです」
俺はおばちゃんに食券を渡しながら告げた。もちろん、俺なりの渾身の笑顔を添えてである。
しかし、おばちゃんは俺の笑顔を見るなり食券を受け取る動きを静止させると、露骨に眉根を寄せた。それから汚いものでも触れるみたいに、努めて指先で食券を回収した。
これは笑顔が足りないのだと思い、俺はふたたび爽やかさを意識してニコッと笑いかけた。
「……な、なんだい?」
おばちゃんは不快を隠そうともしない表情で、俺に向けて言う。
「おばちゃんをどうしたいんだい? やめておくれよ。まったく、気持ちの悪い子だねえ……」
気忙し気味に俺のお盆に載せられたのは、ライスがやや少なめに盛られた日替わり定食である。その動きの節々に「早く退散してくれ」という意思が込められている気がした。
――気持ちの悪い子だねぇ……。
俺は言ってやりたかった。
あんたのその発想のほうが気持ち悪いわッ!
いい年したおばちゃんがイケメンにデレデレしてんじゃねえ!
しずしずと悲しみながら受け渡し口をずれると、後ろから「あらま、かんわいい女の子だねえ!」といった、おばちゃんの張りきった声が耳に入ってきた。
「たくさん食べて、おばちゃんみたいにグラマラスな女性になんないとね!」
中年太りだろうが。
「サービスするから、おっきくなるんだよ!」
あんたは痩せろや。
はたして天城のお盆には、写真では1本となっているエビフライが2本になっていた。
空いていたテーブルに座るなり、天城が言った。
「どんまい、みたらい」
「……いや、べつに気にしてねーし?」
悲しくもなければ天城の優しさに涙腺を刺激されたわけではないのだが、不思議なことに涙が出そうな気配を感じた。俺は「ちょっと水を持ってくるな」という名目でその場から一時的に退避することにした。そして給水器を使って、コップふたつ分の水を用意する。
こうして俯瞰して見ると、天城の場違い感が目立つ。同学年よりは先輩の姿が多い空間のなかで、同じ制服こそ着用してはいるが、しかしてツインテールのロリ少女。姉の制服を着て遊びに来た妹です、と説明されたほうが得心の行く光景である。
「悪い、待たせたな」
自分のお盆と天城のお盆のわきにコップを置く。そして気づく。天城の顔がエサを前に『待て』を指示された犬のようになっている。どちらかというとキャラ的には猫なんだけど。
「べつに、待ってなくてもよかったんだぞ?」
「食べて、いい?」
「あ、ああ。もちろん。というか、話をはじめる前に、まずは食べちゃおうか」
言い終えるなり天城はパッと目を輝かせて、エビフライを口いっぱいに頬張ってみせた。リスの頬袋のように口いっぱいに食べ物を入れて、もくもくと食べている姿を見ていると、落ち着いてくれた父性がふたたび戻ってくるようだった。
俺は努めてそれを抑制し、刺激されないよう自分の食事に集中することにした。正直、味はそこそこである。値段相応の味ではあるが、量があって腹は膨れるのでふつうに便利である。……今日はなぜかライスが少ないんだけど。そのせいもあって、俺はすぐに食べ終わった。
やがて天城も食べ終えて、落ちついた様子を見せたのを確認してから、俺は切り出した。
「天城、そろそろはじめても大丈夫かな?」
「久遠」
「ん、どうした?」
「久遠でいい」
「あ、ああ。天城の名前か。それで呼んでくれていいってことか?」
こっくりと、深く頷くロリっ子、天城久遠。
女子を下の名前で呼び捨てにするなど恥ずかしさが到来してしかるべきところである。しかして相手は俺に父性を芽生えさせた天城だ。特段の緊張が生まれることもなかった。
「じゃあ、久遠。早速なんだが、有栖川翔琉くんを知ってるよな?」
俺は堅苦しい雰囲気にならないように、努めて軽い語調で訊いた。
しかし久遠は釈然としない様子で、頭の上に疑問符を浮かべながら首を斜めにした。
「え、あれ? 昨日の放課後に、一緒に歩いてなかったか?」
目撃した後ろ姿の情報から件の女子は天城久遠であると見当をつけたわけだが、ここまで来てまさの別人だったって言うのか? べつでツインテール先輩がいるとでも言うのか?
そんなことを考えていたら、久遠がなにかを閃いたようにこぶしで手のひらをポンと叩いた。
「少年」
「そ、そうだ。少年だ。ちなみにいま現在は第二中学校に通う3年生だ」
記憶がつながったようで、知ってる知ってる、とでも言うようにこくこくと頷く久遠。
当然だが、名前は教わっていたことだろう。しかし久遠のなかの認識としては、翔琉くんの顔などといった姿かたちをひっくるめて少年だと覚えているのかもしれなかった。
「それでだな。その少年、有栖川翔琉くんと仲良くなったきっかけを教えてもらってもいいか?」
「どうして」
「……ど、どうして?」
ここで切り返されるとは思ってもいなかった。オウム返しのように久遠の言葉を復唱する。
「えーと、それはだな……」
俺は咄嗟の返答に窮してしまった。
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