3-3
「さあ、行くか。――じゃ、茉城、ありがとな」
「え、ほんとにあたしはごちそうの対象外なの?」
天城を伴って学食へと向かおうとする俺の肩を、茉城が掴んで引き止めてきた。
「横で話を聞いていたからいちいち言わなくてもわかってるだろうが、俺が天城さんにごちそうするのはただの善意じゃなくて、あくまでも情報提供料だからな?」
「あたしだって御手洗の記憶を喚起するために名前を提供したでしょ?」
「……茉城は、自己紹介で俺に飯をたかる気なのか?」
「う…………御手洗、その言い方はずるくない?」
廊下に石が転がっているわけもないのに、後ろ手を組んで小石を蹴る動作でいじける茉城。
「てゆーか、あたしが天城さんを呼び止めてなければ御手洗はどうしたのさ!」
「なんだ、茉城。そんなに俺と食事がしたいのか?」
「や、そういう言い方をされるとなんだかなー。萎えるなー」
「おい」
「冗談だよ、冗談。だったら、同じ中学のよしみで一緒にごはん食べようよ。あたしとの接点とか、盗み見の件について知りたくないの?」
それは知りたい。非常に知りたい。しかし天城の聴取内容を知られるわけにはいかない。
「そのへんを教えてくれるならいいけど、別日でも構わないか?」
努めて冷静にクールを装う俺だったが、内心ではドッキドキの心臓バックバクであった。べつに教えてくれなくても、かわいい女子からのごはんのお誘いなら大歓迎だからである。
「おいおいー、もっと喜べよ、御手洗。ちなみに、それらを教える代わりに……?」
「ごちそうしろってか?」
「もち!」
「ろん!」
急に乗っかってくる天城。これまでのローテンションが嘘のようなハイテンションである。
「わかった、わかった。今日は天城さんで、茉城はべつの日にな」
まるで作戦が成功したかのように天城と茉城が「いぇーい」とハイタッチを交わす。表情に乏しい天城と、表情が豊かな茉城のハイタッチはおもしろかった。
「まったく、モテる男はつらいぜ」
「ぷっ、チョロ」
「……なんか言ったか、茉城」
俺が鋭い視線を送ると、ペロッと舌を出してきた。元名無し女子その1だから許してやるが、これが名無し女子その2であったなら、俺の隠された能力が発動していたことだろう。
「じゃあ、連絡先教えてよ、御手洗」
「――え!?」
「いやいや、その反応はなにさ。予定を合わせるのにも交換しといたほうがいいでしょ」
俺は気忙しくポケットからスマホを取り出した。一瞬でパスコードを解除する。
「で、でで、電話番号か? ア、アア、アドレスか? それともラ、ララ、ラインのIDか?」
「や、ラインだけでいいけど……ちょ、顔、近いし、呼吸荒くてちょっと気持ち悪いんだけど」
うるさい、気持ち悪くだってなるさ。高校に進学してから最初に手に入れる女子の連絡先なんだぞ。それも、モブじゃないうえにゴブリンでもない、かわいい女子の連絡先!
「さっきまでのクールに装ってた御手洗はどこいったのさ……」
いや、無理してたのバレてたのかよ。ま、連絡先が交換できるならなんでもいいけど。
「いまさらやっぱ交換しないってのは無しだからな。はいこれ、俺のQRコード。さあ、読み取ってくれ。繰り返すが、やっぱり無しってのは無しだからな!?」
「そんなギラギラした目で迫られると、ちょっとだけ躊躇しちゃうかなー」
八重歯をのぞかせながら苦笑しつつも、茉城はしっかりと俺のラインを登録してスタンプを送ってくれた。「よろしくお願いします」という文面と共にデフォルメされた黒い柴犬が「ぺこり」と擬音混じりにお辞儀をするかわいいものだった。
「お、おお! よろしくな、茉城!」
「……一緒にごはん食べる約束と連絡先を交換するときとで反応が違いすぎない?」
「もうバレてたから言うけど、食事の話のときは興奮が表に出ないよう強がっていたしな。かわいい子と連絡先を交換できるってなったら、そりゃ嬉しいに決まってるだろうが!」
俺の素直な感想に、茉城が照れてるんだか引いてるんだか曖昧な顔を浮かべる。
「お、おおう、御手洗。狙ってないんだとしたら相当なスケコマシになる才能があるよ」
「安心しろ、茉城。俺にはハーレムを形成するつもりがなければそれを維持するような器用さもない。ひとりを愛したらその人を大切にするのに精いっぱいになると思うぞ」
「……言ってることは立派なんだろうけど、なんか重いよ、御手洗」
今度は明確に苦々しい表情を浮かべられた。
「まあ、俺は茉城が言ったように経験値がゼロなもんで? 実際に複数人に言い寄られてハーレムを形成することができるような状況になれば、意外と器用にこなす可能性もあるわけだが」
「まー、それはそうだし、否定はしないけどさ? 自分で言っててわかってる? まず、その状況を実現するためには御手洗が複数人に言い寄られるほど魅力的になってモテる必要があるわけだけど……でも、ま、可能性は無限大だし、想像するのは自由だもんね!」
「……なんか他意があるような気もするが、たしかに可能性は無限だよな。たとえば今回、連絡先を交換したことをきっかけに俺と茉城が発展する可能性もあるわけだからな!」
「んー、御手洗は興味あるかわいい子にはそんな感じなんだね。変わったねっていうか、御手洗は変わってないのか。そうだよ、変わったのはあたしなんだよなあ……」
俺に向けての発言というよりは、自分に言い聞かせているような語調である。その証拠に、後半に行くにつれて声量は下がり、ぼそぼそとした呟きのようになっていた。
「おい、茉城。それはいったいどういう意味なんだ?」
「ん。いや、なんでもないよ?」
茉城はそう言って俺に笑顔を向けてきたが、これまでとは異なる笑みだった。
違和感を覚えて問い尋ねようとしたところ、袖に引っ張られているような感覚があった。見れば、俺の制服の袖を掴む小さな手がある。待ちぼうけを食らっていた天城のものである。
天城は俺と目が合うなり、どこか悲しそうに言った。
「ごはん」
うーん、天城がロリロリなせいで、俺の秘められた庇護欲がそそられる気がする。守ってあげたい。養ってあげたい。彼女とかじゃなく、あくまでも子どもに対する気持ちとしてな。
そう、これは俺のなかの秘められた父性ってやつで、決してやましい感情ではない。
「な、なあ、天城」
突如として湧出した父性によって、天城に対する敬称が消失する。
「……昼飯をごちそうする俺を、お父さんと呼んでくれてもいいんだぞ?」
繰り返すが、断じてやましい気持ちではない。あくまでも父性の芽生えによるがゆえの言動なのだ。天城は相変わらずの感情の読み取りにくい表情で、俺を見上げている。
俺はその様子を見てすぐ廊下に片膝をつき、天城との目線の高さを合わせてから言った。
「天城。俺をお父さんと呼んで――フゴッ!」
「馬鹿なことしてないで、行くなら行くで早くするんさ!」
茉城に脳天を叩かれた。いや、威力としてはどつかれたと言っていいだろう。
「いてーぞ、茉城!? 舌を噛まなかったのが奇跡だぞ!?」
「いや、あまりの気持ち悪さについ……」
「おいこら、それはどういう意味だ?」
「どういう意味もなにも、そのままの意味なんさ。御手洗があまりにも気持ち悪――」
「じゃ、今度こそ行ってくるな、茉城」
それ以上は聞きたくなかった。茉城の言葉を遮り、天城に声をかける。
「さ、天城よ。お父さんがなんでも買ってやるからな!!」
「ごはん、ごはん」
天城はお父さん発言に関知しないようだった。去り際、俺は、振り返って茉城の顔を見た。
「たはは……」
あまりの気持ち悪さのせいか、さすがの茉城からも笑みが消えていた。
読了ありがとうございました。
感想や反応をいただけると、とても励みになります。
次回更新は本日を予定しています。
更新予定に変更がある場合は、X(Twitter)にてお知らせいたします。
@Inuyoshi_Chacha




