3-2
「なにもあたしの正体が実は幽霊だったり透明人間で、御手洗が男子とそうした話をしてるのを盗み聞きしたとかじゃないからね? まー、知ったのは盗み見なんだけどさ」
「……は? 盗み見ってなんのこ――」
発言している最中に、いきなり俺の手を握ってくる茉城。
想定外の出来事にビクッとした俺に対して「ね? 実体でしょ?」と笑いかけてくる。
「お、おい。セ、セクハラだぞ」
「いやいやー、そんな嬉しそうな顔してなに言ってんのさ」
言い終えるなり手を離される。無意識に「あ」と声が出てしまった。
「ぷはは、なにを名残惜しそうな声出してんのさ。そんなにあたしの手がよかったの?」
なるほど、茉城は有栖川の友だちだ。「あたしの手がよかった」とか、卑猥な表現をしやがる。
「べ、べつにしてねーよ。ほんの一瞬だったし、せいぜい小さくて細くて華奢で冷たくてすべすべしてるな……ぐらいしか感じてねーよ。もっと堪能したいとか思ってねーよ」
「……いやー、御手洗。それはさすがにちょっと引くかなー?」
「不可抗力だ!!」
まったく。俺には有栖川との約束があって時間がないってのに――……って、ヤバイぞ!?
「おい、茉城。いま何分だ?」
「え、スマホは?」
「持ってる」
「それで確認すればいいじゃん」
「だな」
慌ててポケットからスマホを取り出して、時刻を確認する。
昼休みが開始してから、10分経つかどうかだった。思ったよりも経過していない。
「大丈夫そうだぞ、茉城」
「うん、なにが? 御手洗の言動が大丈夫じゃなさそうなんだけど」
「大丈夫だ、問題ない」
否、狼狽のあまり言動がおかしくなっていることを自覚する。
なぜなら俺は女王から脅迫状を受け取っている身なのだ。少しばかし天城に聴取する時間ならいいだろうと思っていたわけだが、まさかの茉城志麻という刺客に時間を奪われてしまった。
さあ、どうする。どうするんだ、俺よ。
選択肢その一、茉城との会話を続けて俺との関係性や盗み見についての真相をたしかめる。
選択肢その二、天城を探し出して、翔琉くんとの関係について確認して、情報を引き出す。
選択肢その三、いま現在の持ち得る情報のみで、有栖川伊織への報告を実施する。
選択肢その四、すべてを放棄し、始末される恐れがあるため、来世に期待をする。
「くそっ、実際に俺が名探偵であったなら!?」
こんな些末なことに懊悩することもなく、万事解決する手段が思いつくはずだった。
「えーと、御手洗? 保健室行く?」
「いまは行かない! けど、すぐに利用することになるかもしれん!」
略称でアリスと呼ぶほど親しい茉城の友だち――有栖川伊織に暴行されることでな。
苦笑しながらも相好を崩し続ける茉城が、「あれ?」と声を上げた。
「天城さんじゃーん」
茉城の視線の先に、小柄な女子がいた。髪型はツインテールである。同学年でありながら、非常にロリだった。身長も含めて顔から体形からなにから、とにかくロリロリであった。
「どうしたの?」
「財布」
茉城の問いに、表情を変えることなく、かといって声に抑揚もなく、ただ平坦に答える天城。
「ああ、学食まで行ったはいいけど、お財布忘れちゃってたんだ?」
ロリっ子の天城は、こくん、と頷いて教室に入って行った。
俺はその小さな後ろ姿を声が届かない距離にまで見送ってから、茉城に訊いた。
「な、なあ、茉城。いまの寡黙なロ……小さい子が天城さんか?」
「まさか天城さんのこと知らないで探していたの? しかもいまロリって言おうとしたでしょ」
「ん。まあ、知ってると言えば知っていたんだが、知らないと言えば知らないな」
「いやー、御手洗、謎だわー。……ねえ、天城さんのことロリって言おうとしたでしょ」
「……しつこい女子は嫌われるぞ、茉城」
「なにそれ、ひどくない!?」
そう言いながらも、またしても言葉とは裏腹に白い八重歯を見せて笑う茉城。芯から明るくて、よく笑って、俺のノリにも抵抗を示さずに受け入れてくれる懐の深さ。さぞや男子にモテることだろう。いったいぜんたい、どうして俺はこの子のことを忘却しているのだろう。
そんな会話をしているあいだにも、天城が財布を手に廊下に戻ってきた。べつに俺と約束をしているわけでもないので、そのまま素通りをしていく……ところを茉城が呼び止めた。
「あ、ちょっと待って、天城さん」
茉城の呼びかけに振り返って、無言のまま近寄ってくる天城。
「こっちの御手洗が天城さんに用があるみたいなんだけど、ちょっと時間ある?」
「みたらい?」
「この人なんだけど――って、なんであたしが説明してんのさ」
芸人のツッコミの如く、茉城によって俺の背中がバシンと叩かれる。
「あ、えーと、天城さん。どうも、俺、たったいま背中を痛めた御手洗です」
俺を吟味するように見つめてくる天城に、横から「お見合いか」と茶々を入れてくる茉城。表情に乏しく言葉にも抑揚がないことから天城の機嫌が悪いのかと思ったが、茉城の様子からしてこれが彼女の平素なようだ。
「えっと、いきなりで困惑していると思うんだが、俺はべつに怪しいものじゃなくてだな」
茉城が「不審者か」と茶々を入れてくるのを無視していると、天城が俺の顔を指差して言う。
「ナンパ?」
「……違います」
「ロリコン?」
「それも違います」
そんなはずはない、とでも言うように首をかしげる天城。表情に乏しいせいで、本気で言っているのか冗談なのか判断できない。それから数瞬の時間を置いて、言ってきた。
「変態?」
「よくわかったね?」
答えたのは茉城だ。
「おい、ちょっと待て」
「そうだよ、天城さん。いくら事実だとしてもいきなり変態は失礼だよ」
「俺はおまえに言ってるんだぞ、茉城志麻」
「いきなりフルネームで呼ばないでよ、御手洗。照れるじゃんさ」
「……いや、それは知らんけど」
実際にちょっと頬を赤らめている茉城。うん、この子も謎だわー。
そんな不可思議な茉城は置いておいて、俺は天城に向き直った。
「たいしたことはない……こともないかもしれないんだけど、ちょっと聞きたいことがあって。時間の都合が悪いとか、嫌だったら遠慮なく言ってくれていいんだけど、どうかな?」
対象者に接触した。交渉もした。でもダメだった。その事実があれば有栖川にも説明がつく。
「拉致、しない?」
「しない」
「ハイエース、持ってない?」
「……俺、天城さんと同じ高1だから」
「冗談」
「…………」
かすかに笑ったように見えたけど、よくわからない。冗談にしたって内容がやけに限定的でブラックすぎやしないだろうか。茉城が「いい子でしょ?」と耳打ちしてきているが、初対面で「変態?」だの「拉致しない?」と訊いてくる女子は、その範疇だろうか。
「それで、どうかな? 昼飯の邪魔にならない程度に学食で話を聞けたらって思ってるんだけど。なんだったら、情報提供料みたいな感じでごちそうさせてもらうけど」
必要経費としてあとで有栖川に請求してみよう。どうせ払ってくれないだろうけど。
「ほんと? 行く行く」
「おまえには言っていないぞ、志麻茉城」
「えー、なんでさー。ちなみに、それだと回文にならないけどね?」
言われて頭のなかに文字を並べてみる。「しまましろ」。逆にすると「ろしままし」。……たしかにな。まあ、そんなことはべつにどうでもいいんだけど。
俺は茉城に「ほんとだな」とだけ言って、天城を見た。茉城の「なんか冷たッ」という言葉を無視した俺の眼前――そこには、爛々と瞳を輝かせるロリ少女がいた。
「えっと、とりあえず話だけでも聞いてくれるってことでいいのか?」
天城は首肯して、小さな手を前に出してピースサインをしてきた。そして言った。
「ぶい」
なんつーか、変わった子だよな、間違いなく。
まあいい、俺の取るべき選択肢は定まった。
――その二、天城を探し出して、翔琉くんとの関係について確認して情報を引き出す。
間違いなく有栖川との約束をすっぽかすことなるだろう。だが、調査報告が昼休みから放課後になる程度の時差で求める以上の成果を持って行くことができるのならば、むしろそのほうが名探偵としての役目をはたしたと言えるのではないだろうか。……待っていろ、有栖川。
「さあ、行くか。――じゃ、茉城、ありがとな」
「え、ほんとにあたしはごちそうの対象外なの?」
天城を伴って学食へと向かおうとする俺の肩を、茉城が掴んで引き止めてきた。
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