3-1
4限目の授業終了のチャイムが鳴り響き、号令の流れをそのままに、各々が行動を開始する。
とりあえずは友だちのもとへ向かって会話をはじめるやつ、財布ないし弁当を持って教室を出ていくやつ、その場で弁当を取り出して食べはじめるやつ、授業の復習に余念のないやつ、昼食を取らないのかスマホや読書に興じるやつ、俺のようにただひとり怯えているやつ――。
有栖川の指定する昼休みを迎えた。俺は天城に出会えていなかった。それとなく教室を盗み見てまわったが、ツインテール少女を見つけることはできなかった。尋ねる勇気もなかった。
天城の正体を絶滅危惧種の生物かなにかと疑いながら、廊下に出る。琴吹から得られた情報だけで有栖川に会いに行くか? いや、それだとどんなひどい目に合わされるのかわからない。「そこまでわかっていながらどうして直接会っていないわけ?」とか言われるのがオチだ。
トボトボと、証言台に向かう被告人の心境で歩みを進める。どうしよう。もう一度だけ天城を探してみようか。多少は遅刻したところで、その非難を上回る調査結果を持ち寄ったほうが、俺の身の安全は保障されるんじゃないだろうか。そう思って、前方を向いた。
あ、あの後ろ姿は――、
「あれー、御手洗じゃん。そんなに焦ってどうしたん?」
天城と思しき背中を追いかけようとしたところ、E組の教室の前を通過するタイミングで声をかけられた。女子の声ということもあり、条件反射的に急ブレーキをかけて声の主を見た。
「なんだ、その1か」
「え? なんて? そのイチ? え? なにそれ?」
焦燥のあまり、心の声が飛び出してしまった。名無し女子その1の周囲で疑問符が乱舞する。
「あ、いや……その1? 俺、そんなこと言ったかな?」
「いやいや、とぼけたって駄目だかんね。え、なに? 御手洗って心のなかではあたしのことそう呼んでんの? なにそれ、マジ、意味不明なんだけど」
そう言って、なぜかケタケタと笑う名無し女子その1。……なぜ怒らない?
「……いや、そんな失礼な呼び方はしてないぞ?」
「いまさら否定しなくてもべつにいいって。あたし怒ってないんだし」
「そ、そうか?」
「うわ、すぐ認めるんだ」
「まあ、だって、べつにいいんだろ?」
「そうは言ったけどさ。それにその1ってことは2もいるんだ? そんな失礼な呼び方は……とか言っておきながら、ほかにもいるとかヤバいでしょ、御手洗」
笑顔でヤバさを指摘してきた。なるほど、とにかくよく笑う女子である。よく見ればモブ扱いするには惜しい、ボブパーマで八重歯ののぞく笑顔が素敵な、ふつうにかわいい女子である。
「てゆーか、御手洗、あたしのことわかる?」
急に意味深な質問である。俺が知っていてもおかしくない論調には、素直に困惑させられた。
「有栖川の友だち、だろ?」
「いやまあ、そーだけどさ? 名前だよ、名前。ザ、ネーム。ミーのネイム!」
この女子、見た目だけじゃなくて、キャラというか性格もモブには惜しい濃さである。
「……もしかして、知ってなきゃまずいやつ?」
「まずいかどうかと問われると、それは難しいけど、知っていてもおかしくない的な?」
ふうむ。俺としたことがこんな笑顔が素敵でキャラの濃い女子を忘れるだろうか。一度はモブ扱いをしてしまったが、それは隣に有栖川という頂点がいたからにほかならない。
「俺たち、付き合ってたっけ?」
「は? なに言ってんの、御手洗。名前も覚えてない元カレとか最悪だかんね?」
俺のノリにも感情を荒げることなく冷静にレスポンスを返す胆力。
「まあ、俺に彼女なんていたことないんだけど」
「知ってるよ。おまけにドーテーだしね、御手洗」
この年齢で彼女がいたことがないのに夜の経験あるほうが問題だけどな。そして有栖川のように「童貞」ではなく「ドーテー」というくだけた言い方をすることに、女子高校生らしい若々しさを感じて、なんとなく照れる俺。……おっさんかよ、御手洗朝陽。
「まじでごめんなんだけど、思い出せない。だれだっけ? 俺をだれかと勘違いしてない?」
「いや、あたしのせーにすんなし」
有栖川だったら責任転嫁だの言われてそうなんだが、俺ってそんなに他責思考なんだろうか。
「だれだと思うー?」
「俺がそれを訊いてんだけど!?」
「んー? いやー、もう少し御手洗が悩む様子を見るのもおもしろそうだけど、ま、いっか」
なんだろうな。俺ってこんなにも女子にからかわれるような男だったっけ。
「茉城だよ、茉城志麻。同じ中学出身の」
俺の頭のなかで「ましろしま」という音が並ぶ。素直に読んでも逆から読んでも「ましろしま」。……そんな一度見聞きしたら忘れなさそうな、特徴的な名前を失念するだろうか。
しかも同じ中学出身とは……同じクラスになったことはないはずだが。
「おい御手洗、こんな回文みたいな名前は一度聞いたら忘れるわけがないとか思ってるでしょ」
「……なぜそれを?」
「顔に出てるよ、顔に。しかも忘れてる張本人がなに言ってんだか」
忘れられておきながら、なおも笑顔を崩さない茉城志麻。
「なあ、俺ってそんなにわかりやすいのか? 昨日、有栖川にも言われ――あ」
「んんー?」
俺の失言に、いやらしくニヤニヤとした表情で顔を近づけてくる茉城。近い、近いぞ。
「おいおいー、御手洗くーん? 御手洗とアリスが会話をするような仲だってあたしが知ったのは今朝なんだけど、昨日? あれー、ふたりってやっぱりそういう秘密の関係だったり?」
「……ただのクラスメイトだよ」
秘密の関係といえばそうなんだが、もちろん、それを説明するわけにはいかない。
「まーまー、それはべつにいいんだけどさ? なんか、天城さんのこと探してるんだって?」
「――え? あ、ああ、まあね。ちょっと理由は言えないんだけどさ」
急な話の転換である。
天城の件ももちろん重要ではあったが、いまの俺としては茉城との接点も気になるのだが。
「いいかい、御手洗。せっかくアリスっていう格別の存在が出来たというのに、天城さんにまで手を出して二股をしようってんなら、たとえお天道様が許してもあたしが許さないよ?」
急な表情の転換である。
さっきまではずっと笑顔だったのに、いまは眉間に皺を寄せている。……怖くないけど。
「いやいや、待ってくれ、茉城。俺はべつに有栖川と付き合ってないからな?」
「いきなり呼び捨てー?」
「茉城さん」
「や、べつにいいんだけど」
「いいのかよ!?」
「あたしだって御手洗って呼び捨てだしね」
それはたしかにそうだ。
「――それで? アリスとの秘密の関係はひとまず置いといて。なんでまた御手洗は天城さんを探し求めてるのさ。天城さんは御手洗の好みのタイプとは反対の女の子だと思うんだけど」
「なあ、申し訳ないことに茉城の名前を覚えていなかったわけなんだけど、どうして俺の好きなタイプの女子を知ってるんだ? おまえは幽霊じゃなければ透明人間でもないだろ?」
好きな女子のタイプなんて男子でとしかしない話題である。
それでいて肝心の問題なのだが、タイプもなにも俺は天城の顔を知らない。後ろ姿から身長が低いであろうことと、髪型がツインテールであるということしか存じ上げていない。
茉城は「幽霊とかなにそれ、御手洗の発想謎だわー」と、身体をくの字にして笑っていた。
「なにもあたしの正体が実は幽霊だったり透明人間で、御手洗が男子とそうした話をしてるのを盗み聞きしたとかじゃないからね? まー、知ったのは盗み見なんだけどさ」
「……は? 盗み見ってなんのこ――」
発言している最中に、いきなり俺の手を握ってくる茉城。
想定外の出来事にビクッとした俺に対して「ね? 実体でしょ?」と笑いかけてくる。
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