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あくまでも俺にポジティブな効果があったと信じて疑わないその能天気な様子に、俺は琴吹が実は腹黒い女だったのかもしれないと思う。しかしすぐに、そんなことはないと反問をする。
とはいえ、少しは俺の苦痛をわからせてやりたかった。隠れ巨乳を揉みしだいてやろうかと一瞬だけ思う。……一瞬だけだぞ。さすがにシャレにならないので脳内での行いだけで許してやることにした。有栖川の依頼解決につながる情報を提供してくれたわけだしな。
そうして俺が脳内で琴吹にイタズラしたタイミングで、ホームルームの予冷が鳴り響いた。
「あ、もうこんな時間か。またね、アリス」
「おい、非モテ陰キャ男。握手したからって勘違いするんじゃねーぞ?」
名無し女子のその1とその2が退散していく。その1は教室を出て行ったので予想どおりべつのクラスだったわけなのだが、その2は恐ろしいことに廊下側の席に腰を下ろした。……どうせなら逆がよかったぜ。有栖川もまた、自分の席に座ってノートを取り出しはじめていた。
「ま、あれだ。とりあえず、琴吹。いろいろと教えてくれてありがとな」
自分の席に戻る前に、琴吹に告げる。握手の件と差し引いてプラマイゼロな感じだけど。
「ん? ああ、天城さんのこと? べつにいいよ。素敵なものが見れたしね」
「……揉むぞコラッ」
「え? なんて?」
「あいや、なんでもない」
あぶない、あぶない。有栖川のように悪意がないとは思いたいが、どこか煽り文句のようにも聞こえるせいでついつい願望が――じゃなくて、しつけをしたくなってしまった。
「結局、天城さんのことの理由はわからないしべつに訊かないけど、御手洗くんにとっていい結果になるのを願っておくね」
「それは助かるが、きっとおまえは勘違いをしたままだからな?」
その勘違いがゆえに、琴吹は有栖川の耳に入らないよう配慮していた。
「まあまあ、わかってるって。長い付き合いなんだからさ?」
ぽんぽんと肩を叩いてくる琴吹。いいや、おまえはなにもわかっちゃいない。
琴吹は俺が天城に一目惚れしたと思っている。事情を知らないから仕方ないのかもしれないが、後ろ姿だけで惚れるやつがいたら好色すぎるだろう。
琴吹はひとりで勝手に納得したようで、笑顔で頷いてから自分の席に戻ろうと振り返った。
俺は俺で自分の机に戻って着席した。そのときだった。
「そういえば、あなた、これを落としていたわよ?」
有栖川が俺の席まで寄ってきて、折りたたまれたノートの紙片のようなものを渡してきた。
綺麗に折りたたまれてはいるが、心当たりがない以上、どう見ても落とし物ではなくゴミである。ゴミ以外のなにものでもない。まさかとは思うが、形式的とはいえ握手までして「これからよろしくね」と挨拶した相手を間髪入れずにいきなりゴミ箱扱いしてるのか?
おまえの発言を聞きとがめた琴吹が「あなた……?」と疑問に思って振り返ったぞ。
「ゴミなら黒板のほうにゴミ箱があるだろ。ちなみに、俺、御手洗だからな」
「そ、そうね。知ってるわよ。同じクラスの仲間なんだもの」
なに言ってんだこいつ。さっきは「みたらしくん」とか言ってくれてたじゃねーか。
おい、琴吹。なにを口元に手を持っていって感動していやがる。仲間だなんて言葉に騙されるなよ。こいつは俺の名前を覚えていないんだぞ。そんな奴が仲間だと認められるのか?
まったく、容姿が優れた人間の言葉は簡単に人を騙せる力でもあるというのか。
俺と有栖川が仲間であるはずがない。俺たちの関係を呼称するならば……なんだろうな。調査のことを考えると、雇用者と労働者だろうか。俺の行為をネタにした脅迫者と被害者だろうか。まあ、それについては被害者と加害者という側面もあるわけだが――。
「さあ、落としたわよ、御手洗くん」
俺のゴミ箱発言を無視して、なおも同じ主張を繰り返す有栖川。教室ということで人目を気にしているのか、1対1のやり取りでもいくぶん雰囲気が柔らかく感じられた。
「俺のじゃないが?」
「落としたわよ、御手洗くん」
「いや、だから俺のじゃ――」
「あなたのよね? 御手洗くん?」
ホップ・ステップ・ジャンプみたいな感じで段階的に威圧感を増していく「御手洗くん」の語調。やっと俺の名前を口にしたかと思えば、ここぞとばかりに連呼するんじゃねえよ。
しかも表情筋だけが笑顔で目が笑ってないのが恐ろしくこえーんだよ。いまこそ「みたらしくん」とでも言ってその恐ろしさを中和してくれよな。その視線で串刺しにされそうだわ。
「……ラブレターのつもりなら、かわいげのある封筒を用意したほうがいいぞ」
「は、はあ!? ば、ばっかじゃないの!!」
俺の顔に紙片を投げつけて、自分の席に戻っていく有栖川。
一部始終を見届け、今度こそ自分の席に向かおうと琴吹が背中を向ける寸前、またしてもエロい目をしていたことに辟易する。新しい勘違いを誕生させてしまった気がする。
さて、と。机に落下した紙片を拾い上げながら、後ろの席のなにがしくんに訊いた。
「なあ、いまのどう思うよ?」
「うらやま死ねッ! 前向けやボケッ! 息が臭いんじゃッ!」
「………………は、はい。失礼しました」
おかしい。俺たちは少年漫画に登場するヒロインのだれが推しかで盛り上がった仲のはずだ。こいつは巨乳を武器に迫ってくるのは慎み深さが足りないとか力説してきてなかったっけ。
「なあ、こないだの巨乳キャラについての話だけどさ――」
「死ねッ!」
「…………」
後ろを振り返った動きをそのままに、逆再生したみたいに前を向く俺。
おのれ有栖川伊織。あれだけ巨乳に憧れる貧乳キャラの魅力を語っていたなにがしくんを変貌させるだなんて、俺の数少ない友だちが減ってしまったかもしれないじゃないか。
俺は意気消沈しながら、有栖川に渡された――もとい、投げつけられた紙片を開いた。
今日のお昼休み。
だれかに見られることなく、ひとりで校舎裏に来なさい。
そこで名探偵としての調査の結果を報告するように。
なにも情報が得られていなかった場合、どうなるのかは、わかるわよね?
逃げた場合にも、いったいどうなってしまうのか、わかるわよね?
追伸 あなた、ほんとうに同じクラスだったのね。
恋文ではなく、果たし状を受け取ってしまった。だれに見られることもなくひとりで行かなければならない点や、続く文面を考慮すれば、もはやこれは脅迫状と言ってもいいだろう。
二行も『わかるわよね?』と記述されているが、さっぱりわかんねーよ。どうなるのよ。
おまけに綺麗な字を書くのが有栖川らしいわけだが、二物を与えられているようで腹が立つ。
朝に琴吹から情報を得ていなかったら、俺は大変なことになっていたかもしれない。
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