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「はい、だから――仲直りの握手、しよ?」
「は?」
「え?」
ニコニコと、自分の提案が素晴らしいと疑わない顔をしているクラス委員の琴吹珠美。
この隠れ巨乳、なんだか聖母じゃなくて保育士みたいなこと言い出したぞ。
「琴吹、おまえ、なにを言い出してるんだ?」
「そ、そうよ、琴吹さん。べつに握手しなくても構わないわよ?」
純粋な疑問と抵抗の意思を示す俺と有栖川。しかし琴吹は「まあまあ、いいじゃない」と、終始笑顔のままで、俺たちに握手させようという意思を曲げようとしない。
「だったら仲直りって意味じゃなくて、これからよろしくねって意味の握手でもいいんだよ? 考えてみたら、せっかく同じクラスなのにふたりが会話してるのって見たことない気がするし」
学校に限ってはそうだが、昨日の放課後だけでも会話は山ほどしたし、なんなら間接キスまでしたし、クラスの連中の知りえない素の有栖川を知っているからある意味では俺たちは特別な関係なんだぞ――と、それを説明するわけにはいかないのがなんとも歯がゆい。
とはいえ、詳細を省けば親交があったことは伝えてもいいんじゃないだろうか。多少の脚色はさせてもらうが、握手させようとする理由をなくせばいいわけだからな。
「実はな、琴吹。俺たちはすでにすげー仲良しだから必要ないわけよ。な、有栖川?」
「はあ?」
……いや、そこは乗れよ。急に表情を激変させるなよ。素が出てるけどいいのかよ。
「はいはい、とりあえず、立って立って」
鼓舞するように拍手しながら告げる琴吹に、不承不承ながらも従う俺と有栖川。
いつでも握手できる距離にまで近づいて、俺は有栖川にだけ届く小声で文句を言った。
「おまえがさっきの俺のナイスアイディアに乗らないからこうなってんだぞ?」
「たとえその場しのぎでもあなたとすげー仲良しだなんて思われたくなかったのよ」
心なしか『すげー仲良し』の部分を揶揄するように言っているのが腹立つ。
「言い方は頭悪かったかもしれんが、仕方ないだろ。どうすんだよ、握手すんのか」
「嫌よ。あなた朝から変なもの握ってそうだし、そのまま手洗ってなさそうだし」
「お、おまえってやつはほんと……。ちなみに手はちゃんと洗ってるからな。そこは安心しろ」
「……え、ほんとに朝から?」
「そういうことじゃねーよ!?」
相変わらずの有栖川節に、思わず大きな声でツッコミをいれてしまった俺。
やべっと思って周囲を見ると、大同小異にきょとんとした表情を浮かべていた。
「あれ、御手洗くんと有栖川さん、ほんとに仲良しだった?」と琴吹。
「コソコソ喋ってるけど、アリスっていつ御手洗と話すようになったの?」と名無しその1。
「ボソボソ喋ったかと思えば急に大声出して、なにこいつまじキモくね?」と名無しその2。
その1がふつうに御手洗と呼んでいることに驚きを禁じ得ないんだが、俺の名前を知っているってことはやっぱり同じクラスなんだろうか。すまん、俺はおまえを覚えていない。ほんとすまん。ほんでその2、おまえはほんとのほんとに許さんぞ。
「ま、まあ、ここまで来たんだし、握手はしよっか。ね?」
俺たちが顔見知りだったことに対する驚きはあるようだが、なぜか琴吹は頑なである。
表情こそ徹底管理されているが、有栖川の口からは乾いた笑いが出ている。琴吹に諦観しているのか、俺と顔見知りであることが周知されたことに悲観しているのかは定かじゃない。
「ねえ、ちょっと。あなた琴吹さんと付き合いが長いのだから、どうにかしなさいよ」
「いやいや、どうにかしようとした結果がおまえにスルーされたんだっての」
「相変わらずの責任転嫁……やめてくれるかしら?」
「そんな態度を取られると、むしろ握手してやろうかと思ってくるわ。アリスちゃんよ」
「死にたいのかしら?」
ほらみろ、琴吹。こいつのどこが野蛮じゃないんだ。殺意バリバリの危険な女なんだぞ。
「もう、いつまでひそひそと秘密のお話をしてるの? ふたりが実はすげー仲良しなのはわかったから、はやく握手握手!」
琴吹にまで『すげー仲良し』っていう頭悪い発言を小ばかにされた気がする。それでもって、そんなこと言うのならもう握手しなくてよくないか。おもしろがっているだけじゃないのか。
まあいい、躊躇しているあいだにクラスの連中の注目を集めても嫌だ。ただでさえ目立つ有栖川と隠れファンの多い琴吹。そこに陰キャの俺という珍しい組み合わせだからな。
俺は覚悟を決めて、有栖川に手を差し出した。諦めた様子で有栖川も手を出そうとする。
「ねえ、琴吹さんって、意外とSっ気あるのかしら」
「どうだろうな。べつにMだと思っていたわけじゃないが、俺もそう思ってきたところだ」
俺のことを変態だと罵れなくて残念な反応を見せた気がしたしな。
「あなた……クラスメイトでSかMかの診断をしていると言うの? やっぱりとんだ変態ね」
「おまえが最初に言い出したんだろ!?」
「楽しそうに反論して、きゃいきゃいと喜ばないでちょうだいよ。……Mなのね、あなた」
「おいおい、俺がMITARAIだけにってか!?」
「…………」
有栖川は無言のまま笑みを浮かべたが、しかしその実、俺の耳には副音声が届いていた。
――そう、死にたいのね。
有栖川の顔が、雰囲気が、背景がそう物語った瞬間、宙に浮いていた俺の手が握られた。
「おおー、有栖川さんと御手洗くんが仲良くなる感動の瞬間だね!」と琴吹。
「うっわー、アリスって意外にだいたんなところあったんだ?」と名無しその1。
「うげっ、まじで陰キャと握手しちゃったよ」と名無しその2。
陽キャ有栖川と陰キャ御手洗の握手に、三者三様のリアクションが散見される。
当事者の有栖川は満面の笑顔。相対する俺は満面の苦笑いである。……そう、手が痛いのだ。
「ちょ、おい、有栖川。さっきのは冗談を言っただけで、俺はべつにMじゃーねんだが!?」
「…………」
相変わらず無言のまま笑みを崩さず、しかし、俺と握手を交わす手の膂力が増幅された。
「おおっ!? 有栖川さんと御手洗くんが嬉しさのあまり震えてる!?」
それは違うぞ、琴吹珠美。有栖川が震えているのはリンゴをつぶすかの如く力を加えているからであり、俺が震えているのはその痛みに耐えているからである。断じて感動などではない。
「これからよろしくね……えーと、みたらしくん?」
「……お、おう」
俺たちは小声ではなく、周囲にも聞こえる声量で挨拶を交わした。有栖川の「よろしくね」は、まるで断腸の思いであったかの様子で、正面にいる俺は作り笑顔なのが明確にわかった。
形式的なものでも俺と仲良くなるのがそんなに嫌なのかよ。そもそも俺は「みたらしくん」じゃなくて「御手洗くん」だしな。醤油顔の甘辛い男って言いたいのか? んなわけーねーな!
「よかったね、御手洗くん!」
あくまでも俺にポジティブな効果があったと信じて疑わないその能天気な様子に、俺は琴吹が実は腹黒い女だったのかもしれないと思う。しかしすぐに、そんなことはないと反問をする。
とはいえ、少しは俺の苦痛をわからせてやりたかった。隠れ巨乳を揉みしだいてやろうかと一瞬だけ思う。……一瞬だけだぞ。さすがにシャレにならないので脳内での行いだけで許してやることにした。有栖川の依頼解決につながる情報を提供してくれたわけだしな。
そうして俺が脳内で琴吹にイタズラしたタイミングで、ホームルームの予冷が鳴り響いた。
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