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「つまり、あれよ。おまえは意地を張って自分のものではないと主張した。俺は俺で悪ノリをしすぎて、してはならないことした。――とまあ、お互いに反省すべき点があるってことで、ここは喧嘩両成敗というか、この一件は水に流すってことにしてはどうだろうか」
言い切ってから、俺は十八番とも言えるギャグを繰り出した。
「俺の名字が御手洗なだけにな」
有栖川が俺の提案に絶句した様子で硬直する。夜明までもがなにやら苦い表情を浮かべる。
気のせいか、店内の音楽までもが停止された錯覚を抱いた。
いやまあ、わかってるよ。提案に驚いたわけじゃなくて、俺の自虐とも言えるギャグのうすら寒さに絶句してるんだろう。皆まで言うな。これでも名字が「お手洗い」と読むことから小学生時代にいじられた悲しい過去があるんだ。傷つくくらいならいっそ自分からお笑いに昇華させてしまおうと誕生したのが先刻のギャグなんだ。どうか、その過去に免じて許してくれ。
「残念な男ね」
「アサ兄、いまのは夜明も許容範囲外だし?」
ふたりの憐憫の瞳が、俺を責め立てる。夜明に至っては同じ名字である。というか、こういうときに限って、ふたりが協力関係にあるかのように相乗ダメージを与えてくるのはなぜだ。
「なんだかコーヒーまで冷めてしまった気がするわね」
「もうやめろ! これ以上の追い打ちをかけるな! すでに瀕死だぞ!」
気持ちが減衰する俺と打って変わって、有栖川は嬉々とした笑みを浮かべている。
「ふふふ、罪状が増えたわね?」
この女、俺の凋落ぶりがそんなに愉快なのか。しかも罪状ってなんだよ。俺の十八番ネタは犯罪に並べられてしまうほどの出来栄えだとでも言うのか。
「ほんとおまえはかわいい顔して悪魔みたいな女だな」
「へっ!?」
俺のその言葉に、有栖川が裏返った声を発して赤面した。
「……は?」
俺の口からは、生の疑問が衝いて出た。
有栖川が露骨なまでの照れた反応を示してきたからである。意図したものではなかった。
誤魔化すようにコーヒーを飲む有栖川を見ながら「どういうことだ?」と自問する。有栖川は優れた容姿を持つ女子である。『かわいい』だなんて俺が『キモっ』と言われるくらいに言われ慣れているはずだ。まさか『悪魔みたいな女』と言われたことに照れたわけではあるまい。
「ま、まったく、急に気持ちの悪いことを言わないでくれないかしら? 精神衛生に悪いわ」
まだほのかに紅潮した顔の有栖川が、カップで口元を隠しながら鋭く睨んでくる。
「……俺はおまえという人間がわかってきたような気がしていたが、やっぱりわからんわ」
学校での何不自由なさそうな順風満帆な姿。弟のことを溺愛しすぎるが余り素行が心配で尾行してしまうブラコンな姿。下世話な話に抵抗がないように見えて生々しい描写には初々しい反応を示す初心な姿。初対面と言っても差し支えない俺に対する傲岸不遜で傍若無人な姿――。
「あいにくと出会って数時間のあなたに理解されてしまうような貧困な人生じゃないのよ」
「ま、もっともなご意見だけどよ」
俺だって出会ってすぐの相手に「おまえを理解した」なんて言われたら失笑するだろう。
「ま、まあいいわ。あなたが私にメロメロなことは置いといて、話を戻させてもらうわね」
かわいいと思っているのは事実だが、それをメロメロと称するかは甚だ疑問なところだ。
「とりあえず、あなたの妹――夜明ちゃんへの協力は断念するわ」
「ああ、そうしてもらえると俺としても安心するわ」
夜明が「力になれなくてすいません」と丁寧に頭を下げる。それを見た有栖川が「いいのよ、その分、あなたのお兄ちゃんに働いてもらうから」と慰めにもならないことをのたまった。
「まあ……そうなるよな。俺とおまえのどちらかが折れない限りこの議論の平行線が崩れることはないだろうし、俺が頑として拒否したらその矛先が夜明に向きそうだし――なにより、おまえが折れる未来が見えねえ。そしてやっぱ俺の犯した行為はおまえと同等じゃないわ」
俺は有栖川の態度に苦言を呈していたが、初対面だと思われている相手に間接キスを強奪される立場を考えたらいくらもマシというものである。強奪という表現は語弊がある気もするが。
「ただ、ひとつ確認させてもらいたいんだが、これはあくまでも協力なんだよな? なんかさっき俺に働いてもらうとかなんとか言っていたように聞こえたんだが」
「それだとなにか問題でもあるのかしら?」
「ああ、変に俺が言葉尻を捕らえているだけかもしれんが、協力と労働では意味が違ってくるというか、俺の心理的プレッシャーが変わってくるというか、なんというか……な」
「いったいなにを気にしているのか知らないけれど、いいかしら? これは極めて重要な調査なの。必要なことなの。だから、そうね――あなたは名探偵のつもりになって働きなさい」
探偵どころか、名探偵にランクアップされてしまった。
こいつの俺に向けた批判はどこへ行ったんだろうな。
高校生になってまで探偵の振りをするのは云々と苦言を吐いて置きながら自分は許されてるし、挙句には俺に名探偵としての能力を要求するとは厚顔無恥にも程がある。
きっと有栖川は、自分がかわいいからってなんでも許されると思っているのかもしれない。無自覚にそう行動している可能性もあるが、俺はそんじょそこらの男とは違うってところを見せてやろうじゃないか。かわいい女子の頼みならなんでも無条件で受けちゃうような男子じゃないんだ。世の中には『かわいいは正義』なんて言葉があるみたいだが、俺は惑わされない。
だからこそ、言ってやるのだ。
「あまりよくは知らないが、探偵ってやつは着手金とか成功報酬みたいなものがあるんじゃないのか? やらされるのは協力じゃなくて労働みたいだし、あいにくと俺は慈善活動家じゃないんでな。無報酬のボランティアは嫌だぞ」
有栖川は怯むどころか、俺の要求を一笑に付した。
「これはあなたの贖罪なのだから報酬を求めるのはお門違いよ。むしろその機会を与えた私に感謝を……といいたいところだけれど、ま、私も鬼じゃないの。あなたの調査の結果如何では、なにか報酬を用意してあげてもいいわよ」
なんというか、発想がすでに鬼であると感じるのは俺だけだろうか?
「ちなみに、あなたは労働の対価としてどんなものを求めるというの?」
「ん、ああ。そうだなあ……」
問われてから、なにも考えていなかったことを自覚する。なんとなく勢いで言っただけで、必ずしも対価が欲しいと思っていたわけではなかったのだ。
「要求される前に断っておくけれど、破廉恥な報酬はダメよ?」
「そ、そんなこと考えてねーわ!」
「ほんとうかしら? あなたのことだから江戸四十八手でも考えているのかと思ったわ」
「俺のことをなんだと思ってるんだ!? そしてほんと恥を覚える部分を間違えてるぞ!?」
おまえは花も恥じらう十代の女の子じゃないのか、有栖川伊織よ。そんなんでいいのか。
「失礼ね。私だって……ちゃんと恥ずかしいと思っているわよ」
だ、だよな。江戸四十八手だなんて口にするのが恥ずかしくないわけないよな。
「あなたという矮小な人間に、私の調査が露見してしまうなんて……」
「恥じらうべきはそこじゃねーよ!? つーか、だれが見ても一目瞭然の変態だったからな!?」
「ん、んなっ!? あなたにだけは言われたくないわよ!」
「それはいったいどういう意味だ!?」
またしても話が進展せずに、ぎゃーぎゃーわーわーと騒ぐ俺と有栖川。
それにしてもこの女、リアクションのバリエーションが機知に富んでいる。いまの「んなっ」だなんて、やけにサブカル寄りな気がする。漫画の内容をたとえにする一面もあるし、意外とそっち系なのかもしれない。ほかにどんな種類があるのか引き出したくなってくる。
その後、俺たちは顔面偏差値が東大レベルのイケメン店員に「少しお静かに」と注意をされたことをきっかけに葬式の如く静まりかえり、ものすごい速さで議論は締結を迎えた。
結論として、俺は有栖川に協力という名の労働力を提供することになり、無理のない常識的な範囲での報酬を得られることになった。その具体的な報酬内容は決まっていない。
ちなみに着手金として渡されたあんパンと牛乳パックは、帰宅するなり夜明に捨てられた。
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