5-2
夜明が「この人なに言ってるのかな?」と憐れむ目で語りかけてくるが、俺は首を振ることで「俺もさっぱりわからん」と伝えてやる。言葉にせずとも意思疎通が図れる首を振ることの万能性に魅力を感じつつも、俺は夜明に助け舟を出してやることにした。
「なあ、有栖川。その協力ってやつの具体的な内容はなんなんだ? 話を聞くだけなら構わないが、やましいことに夜明も巻き込もうってんなら、それはさすがに容認できないぞ」
「失礼なことを言わないでくれないかしら? 胸を張って言えるけれど、私はこれまでの人生でやましいことなんて、ひとつたりともしていないわ」
弟のエロ本を勝手に探し出して内容を確認するという行為は、こいつのなかでやましいことではないらしい。加えて、そのことをクラスは違えど同学年で同じ中学の女子の前で暴露していることもだ。有栖川伊織――とんだ倫理観と道徳の持ち主である。
「ま、おまえがそう思ってんのなら、そうなんだろな。きっと」
あくまでも「おまえのなかではな」という一言は胸の奥底にしまっておく。
「相変わらず気に障る言い方なのが気になるけれど、まあいいわ。――とにかく、夜明ちゃんにして欲しいことは簡単なことよ。翔琉に、あの女のことを訊き出して欲しいのよ」
あの女というのは、翔琉くんと一緒に歩いていた俺らと同じ高校の女子のことだろう。
「あわよくば、ゴールデンウィークのあの日、なにがあったのかも訊き出してちょうだい。そして、どうして急に私に甘えてこなくなってきたのか。同年代への女の子が好むようなプレゼントを把握しようとしたのはなぜなのか。いままでは許されていたお姉ちゃんのスキンシップを拒むようになったのにはどんな理由があるのか。変わらずにお姉ちゃんのことは大好きでいてくれているのか。……それから、どうして、え、えっちな本の隠し場所を変えたのかも訊き出してもらえたら、とても助かるわ」
有栖川の怒涛の長広舌は、終始、不安と期待の入り混じった表情で振る舞われた。
そんなに難しいことじゃないわ、と言っておきながら難易度の高いミッションである。夜明と翔琉くんが旧知の仲であったならばいくつかは可能かもしれないが、先述されたとおり友人関係ですらないのだ。どちらにせよ最後に語られたエロ本の確認は確実に不可能だ。
そもそも有栖川は『協力』を要請しているわけだが、これでは協力ではなく『丸投げ』ではないだろうか。有栖川のやることといえば、夜明からの報告を待つだけじゃないか。
いつのまにか俺の飲料を黙然と飲んでいる夜明。幸せそうにストローをすすっている姿からは、いったいなにを考えているのかがわからない。というか、今日はもうずっとわからない。
「――ち、ちなみに、あなたのお兄ちゃんは協力してくれるわよ?」
返答をしない夜明に痺れを切らした様子の有栖川が、わけのわからんことを言い出した。
「おい、なんだその話は。そんなことを約束した覚えはないぞ」
「だってあなた、私に謝罪したでしょう? それはつまり、私に許して欲しいのでしょう?」
「それとこれとは話がべつだろ。それにいったい俺にどうしろってんだ。卒業生として中学に赴いて、翔琉くんに話を聞けってか? それとも中学の制服を着て潜入しろってか?」
俺の意思としては半ば冗談、有栖川の性格からして半ば本気かもしれないと思って訊いた。
「あなたのことだけを考えればとてもおもしろいのだけれど、あなたには翔琉に関わって欲しくないのよ。だから、あなたにはべつの方向からあの女のことを探ってもらうつもりよ」
迂遠に「翔琉にあなたの存在は悪影響なのよ」と言われていることくらいは理解できた。だから俺は、わざわざそこには触れないで話を進める。あらためて言われても傷つくだけだ。
「俺は俺で、翔琉くんと一緒にいた女子を見つけ出せってことだな?」
「そういうことになるわね。あなたにしては、よくわかったじゃないの」
相変わらず他力本願の協力要請である。翔琉くんと同じ中学に通う夜明には翔琉くんから情報を引き出させて、俺には同じ高校に通っているであろう女子を探って欲しいと。
俺は辛抱たまらずに、傲慢な姿勢を崩さない有栖川に訊いた。
「俺と夜明に調査を任せて、そのあいだ、おまえはいったいなにをするんだ?」
「私は怪しまれないよう変わらずに全力で翔琉のことをかわいがってあげるわね」
「…………な、なるほどな」
こいつにも表立って詮索をすれば翔琉くんの不評を買うという想像をするに足る知能はあるようだ。今日は頼れる相手もおらず、致し方なく自分で尾行をせざるを得なかったってところか。ブラコンの性質を隠しているかは知らないが、友人には相談できないと判断したのだろう。
「――だ、そうだ。夜明、どうすんだ? 協力するのか?」
「いえ。夜明は類友じゃないので遠慮します」
ですよね、即答で断るよね、って言いたいところだが、おいこら妹よ。断り方を考えろ。見ろ、有栖川が「類友?」と呟きながら顎に手をやって真剣に考察しているじゃないか。
まあいい、その理論で行くなら俺も変態じゃないということで有栖川とは類友じゃないからな。ここは夜明の判断材料に便乗させてもらうことにしようじゃないか。
「じゃあ、俺も遠慮させてもらうわ」
「死にたいのかしら? あなたに拒否権があるとは思わないことね」
「俺に人権はないのか!?」
それにおまえのその台詞は何度目だよ! 俺への殺意が高すぎだろうが!
「あなたのように、か、かか、間接キ……キキ…………、合意もなく猥褻な行為に及ぶような変態に人権なんてものがあるわけがないでしょう?」
「……なんつーか、おまえって、初心じゃないようで初心だよな。性癖がどうの童貞だの処女だの簡単に言えるくせに、ちょっと生々しい間接キスが言えないとかとんだお子様じゃねーか」
「ん、んなっ!?」
有栖川がらしくない奇声を上げて顔を真っ赤にさせ、口元をわなわなと震わせる。
卑猥な物言いや単語を口にしたりして俺のこと童貞だってバカにするけど、明らかにおまえも経験ないだろうが。指摘したところでまた負債だの財産だの言われるのがオチだろうけど。
「しかもさ、おまえは俺のその行為を非難して、それを材料に脅迫まがいなことをしているわけだが、俺はこれらを俺のものだと再確認してから口にしたはずなんだよな」
テーブルの隅に置かれたあんパンと牛乳パックを一瞥してから、俺は説明を続ける。
「つまり、あれよ。おまえは意地を張って自分のものではないと主張した。俺は俺で悪ノリをしすぎて、してはならないことした。――とまあ、お互いに反省すべき点があるってことで、ここは喧嘩両成敗というか、この一件は水に流すってことにしてはどうだろうか」
言い切ってから、俺は十八番とも言えるギャグを繰り出した。
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