第三十一話 見本市
コツ、コツという音が、部屋の中に響き渡る。
その音の主である女性は、静けさの中に混じって聞こえる水が床に落ちる音と、そして幾人かの女性の吐息に口元を緩ませていた。
そして、部屋の壁の、ある何の変哲もない白色の壁の一辺にて、何かを感じ取り、壁を叩いていた手を今度は模様か何かを描くかのように指を這わせた。
いや違う。探しているのだ。自分が作った、自分で自作したある物を探すために、ゆっくりと、丁寧に壁をなぞっているだけ。
その内、彼女は見つけた。その目印を。
彼女はソレを確認すると、壁と、ソレを覆っている板の境目に爪を食い込ませ、心地のいい音とともにその板が外れ、床に落ちる。
その先には殺風景な壁とは打って変わった非常に変わった電子機器、まるで大きな貸金庫にでもありそうなパスワードを入力するテンキーが現れた。
彼女は何桁もある数字を、まるで指が覚えていたかのようにスムーズに、無駄の少ない動きで入力し、そして最後に解除、のボタンを押した。
その瞬間だった。壁が動き出し、両開きとなった。そして、中から現れたのは―――。
“まるで、テロリストの使う武器保管庫みたいね”
彼女の隣にいた霊体であるホコリは呆れるしかなかった。そして、その横にいたララは、恐ろしげな顔を浮かべて、ソレらを出現させたライクに聞く。
“こ、これ全部本物……何ですか!?”
ライクは、さも当然のようにララとホコリに顔を向けると。
「勿論!」
““……はぁ””
ととてもいい笑顔で言う物だから、もはや何も言葉が出てこない、二人の幽霊であった。
ここは、マンションにあるライクの家、ではなくライクが生前に契約していた一軒家。あの戦いが終わり、天への道標が閉じたのを見送った彼女たちは、とりあえず、漏らしてしまった現世組三人が不憫だから、という事で一番近くにあったライクのセーフティハウスに呼んだ。
因みに、漏らした人間は恐らくあの場にいた人間全員であるのだろうが、流石にそれ以上は面倒見切れないと割り切ったらしい。
何故、彼女たちが年端もなくお漏らしなんてものをしてしまったのか、仮説はある。しかし、その仮説を論じる前にライクは鳴、牟六、そして調の三人にシャワーを浴びて来るようにと進言した。そのため、現在お風呂場では見目麗しい美女三人がシャワーを浴びているわけなのだ。蛇足として調の付けているイヤホンはどうやら防水仕様の物であるらしく、ソレを付けたままお風呂に入ることができる、つまりシャワーの音も不快にならずに済んでいるそうだ。
そんなことはさておき、だ。ライクはそのモノの一部を取り出すと言った。
「さっきの戦いで使った刀はコレ、妖刀村雨として恐れられている刀。暇があったら刃先を研いでキレイにしてるんだよねぇ。使い終わった後元あった場所に霊体として戻ってくれたみたい。ありがたい機能だよね。それと銃は……」
と言いながら嬉しそうに武器を紹介し始めるライクはオモチャを扱う子供のように純粋だった。
彼女が取り出した物。それは全て、殺傷性の高い武器であったのだ。刀や銃だけじゃない。よく見れば爆弾らしきものもあるし、ロケットランチャーのようなそれこそ当たれば人間なんて木っ端みじんに出来そうなくらいの物が置いてある。
ホコリは、確かに彼女自身から聞かされていた。ライクがこういった類の物を所有しているのだと。だが、まさかここまでだとは思ってもみなかったと言うのが正直な感想だ。
というより。
“あの、これって法律には……”
「ん? あぁ、勿論見つかったらテロ等準備罪なりなんなりで、私は捕まっちゃうね」
“分かってるのに兵器収集何て趣味持ってるの?”
「そういうハラハラ感もいいでしょ?」
““……はぁぁぁ””
ホコリとララは、彼女のその言葉に再びため息をつくしなかった。いや、ある意味で彼女らしいと言えば彼女らしい、と言ってしまえばどれだけライクが恐ろしい女であるのかという話になってしまうが、だが彼女ならばそれくらい隠し持っててもおかしくはないだろうという謎の安心感みたいなものがあった。
全く持って、この国の警察という物を恐れていない。むしろ堂々としている辺りやはり肝が据わっていると言うか、何も考えて居ないと言うか。
ともかく、だ。ライクの趣味に関してこれ以上ツッコミを入れるときりがないのでさておいておく、なんてそういうわけにもいかないだろう。
“いったいこれだけの武器。どこから仕入れたんですか?”
文字通りテロに使えそうな武器一覧のカタログブックのような装備を、どのようにして手に入れたのか、ララはそれがとても気になったらしい。
そんなララに対して、ライクは言う。
「ん? 裏ルートを使えばいくらでも手に入れることができるけど?」
“う、裏ルート……”
なんだか、聞いちゃいけない質問だった気がすると、後悔するような回答に、ララは閉口するしかなかった。
一方で、ホコリはまるで警察官になったかのように鋭く口を尖らせる。
“こんなトチ狂った趣味をしている理由は? というか、きっかけは?”
人間の行動、その何事にも絶対にきっかけという物があるはず。一体どうして彼女が武器収集何て酔狂な趣味に走ることになったのか、ホコリの問いかけに対してライクは使用した拳銃の弾数を数えた後。
「……親の影響、かな?」
“ライクさんの親、ですか?”
「そ、私の親っていつも死に近い場所にいたから。その影響で銃器に魅力を感じちゃってね」
と苦笑いを浮かべたライク。流石にあまりにもおかしな趣味であるのだと自分でも理解しているのだろう。そう思いたい。
けど、ララは自分の親が死に近いところにいたと言うところに、どこか疑問を感じた。
“死に近いところ……戦場ですか?”
「近いかな。とにかくその影響でお父さんから色々教えてもらって、でその結果がこの趣味部屋ってわけ」
“……”
かなり重い空気が走っていく。重い、まるで氷の重しを乗せられたかのように重く、冷たい空気が漂い、誰も何も話すことができなかった。
その中で、一番最初に話を再開したのはライク、であった。
「とにかく、この武器一式はこれから私が戦いで使うかもしれないから……」
と言って、ライクは殻堕から出ると、その武器一式に手をかざした。瞬間。
“!?”
ライクのコレクションであった武器は全て消え去ってしまった。全て。壁の中にあった武器だけじゃない。その武器を飾るための金具も、いや何ならその隠し扉全体すらも綺麗に消え去ってしまった。あたかも、そこにはもとよりなにもなかったかのように。
“な、なにをしたんですか!?”
“武器を全部私の霊体で包み込んで縮小化した。これでいざというときには”
ライクはもう一度殻堕の中に入ると手を上に向けた。その瞬間、まるでマジックか何かのような煙が上がり、次に目を開けたらあら不思議、その手には見事な黒光りする銃があるではありませんか。
「ほれこのように」
おどけた調子で言ってのけたライク。つまり、彼女の言葉を簡単に解釈するのならば、自分の霊体を使うことによって物を縮小化、そして持ち歩くことが可能になったと言う事なのだろう。これが、霊体の使い方の一つであるのならば、いい勉強になるのだが、しかし一つ疑問が残る。それはホコリも同じことだった。
“……あなた、いつからそんな機能があることに気がついていたの?”
「勘」
コンマ一秒にも満たないほどの即答である。つまり何か。彼女は霊体にそんな機能があることを、いわゆる≪女の勘≫で熟知したと、そう言いたいのだろうか。
もう、何も言う事ができない。ホコリは頭を抱えた。
“で、さっきの戦いで普通の刀でトガニンを一度倒していたのは何なの?”
「いい質問だね、まぁそれは答えることができるけどその前に……」
““? ……あ””
返答を用意したライクが視線を向けた方向を見たララとホコリは、あることに気がついた。そう、窓ガラスが、割れているのである。恐らく、先ほどの戦いで刀や銃をこの部屋から取り出すときに付いたであろうガラス片が。
「元々刀と銃は念のために、壁から出していたから壁は傷ついていないけど、窓開けとくの忘れてたねぇ、失敗失敗!」
と笑うライクは、まずは窓ガラスを直してからね、と言ってベランダの方へと向かうのであった。
そして、ホコリとララは当然のように。
と、あきれたため息を吐き出すだけなのであった。




