魔皇国を揺るがす知らせ
北の山での戦いから二日が過ぎた。
街の復旧は順調に進み、狂暴化していた魔物たちの脅威も去ったことで、人々には再びいつもの笑顔が戻っていた。
ロイドは街の広場近くにある宿屋のベンチに腰掛け、澄み渡る秋の空を見上げていた。手には、街長から感謝の品として贈られた温かいお茶が入ったコップが握られている。
「ロイド、ここにいたのね」
軽やかな足音とともに現れたのはミラだった。彼女はロイドの隣に自然な動作で腰を下ろすと、ふぅと小さく息を吐いた。
「怪我の具合はどう? もう痛みはない?」
「ああ、すっかり良くなったよ。ミラの回復魔法のおかげだ。ありがとう」
「お礼なんていいわよ。あなたが無茶しないように見張るのが、私の役目みたいなものだから」
そう言って悪戯っぽく微笑むミラの横顔に、ロイドの心が自然と和らぐ。
そこへ、少し表情を硬くしたリアラが歩み寄ってきた。
「ロイド、ミラ……話し最中にすみません。グルガ様から急ぎの呼び出しがありました」
「グルガ様から?」
ロイドは背筋を伸ばした。グルガはこの地域の統治を任されている魔皇国の重鎮であり、冷静沈着な男だ。その彼が「急ぎ」で呼び出すとなれば、ただ事ではない。
三人はすぐさま領主の館へと向かった。
執務室に入ると、重厚な机の前に立つグルガが、険しい表情で書状を見つめていた。その傍らには、いつも以上に緊張した様子の伝令兵が待機している。
「来たか、ロイド。……皆もよく集まってくれた」
「グルガ様、何かあったのですか?」
ロイドが尋ねると、グルガは深いため息をつき、手にした書状を机の上に置いた。
「皇都の魔王様から直接の緊急報だ。……先日、お前たちが北の山で退けたあの瘴気だが、どうやらあれはこの地域だけの問題ではなかったらしい」
「……どういうことですか?」
「魔皇国全土、さらには王国側の領土にまで、同様の瘴気が同時に発生した。それも、古代の遺跡や魔力の節目が存在する重要拠点を狙ったかのように、だ」
グルガの言葉に、ロイドたちは息を呑んだ。
北の山での出来事は、単なる局地的な襲撃ではなく、世界規模で仕掛けられた巨大な陰謀の一端に過ぎなかったのだ。
「そんな……! では、各地で被害が!?」
リアラが悲痛な声をあげる。
「幸いにも、各地の警備隊や魔王様の素早い対応により、大規模な壊滅は免れた。だが……問題はその先だ。各地で発生した瘴気は、何者かの手によって一箇所へ集束させられている」
「集束……まさか、ジルバが言っていた『あの方』のもとへ……!?」
ロイドの頭に、北の山でジルバが残した嘲笑が蘇る。
『この宝珠に蓄えられた瘴気は、すでに「あの方」のもとへ送られているのだからな……!』
「ああ、恐らくはお前の言う通りだろう」
グルガは重々しく頷き、ロイドの目をまっすぐに見つめた。
「魔王様は、この事態を重く受け止められ、皇都に主要な戦力を集結させることを決定された。そして……ロイド、お前にも皇都へ来るよう召集がかかっている」
「俺に……ですか?」
「お前はあの瘴気の発生源を直接叩き、ジルバと対峙した数少ない者だ。それに……魔王様はお前の持つ『純白の力』を、この危機を乗り越えるための鍵だと考えておられる」
ロイドは自分の右手をじっと見つめた。
北の山で発動した、仲間を守りたいという想いが生んだ光。あの力が、これから訪れる未曾有の災厄に対抗するための唯一の希望なのかもしれない。
「分かりました。皇都へ向かいます」
ロイドに迷いはなかった。追放された自分を受け入れ、大切な居場所をくれたこの国を、そして生きとし生ける世界を守るために。
「私も行きます、ロイド!」
「当然、私も一緒よ。あなたを一人で皇都に行かせるわけないじゃない」
リアラとミラが間髪入れずに声を重ねる。二人の強い瞳を見たグルガは、満足そうに口元を緩めた。
「頼もしい仲間だな、ロイド。……出発は明朝だ。各自、万全の準備を整えておけ」
「はい!」
館を出たロイドたちの頭上には、いつの間にか暗雲が垂れ込め始めていた。
世界の命運をかけた最後の戦いに向け、物語はついに皇都へとその舞台を移すのだった。




