束の間の平穏と残された謎
北の山での激闘を終え、ロイドたちは重い足取りで街へと戻っていた。
薄紫色の瘴気が晴れ渡った空には、本来の穏やかな陽光が戻り、狂暴化していた魔物たちも山奥へと散っていった。街の入り口では、避難を終えた住民たちと警備隊が不安そうに待機していたが、ロイドたちの姿を認めると一斉に歓声が上がった。
「ロイド様! 皆様!」
真っ先に駆け寄ってきたのは、火鼠族の青年モルだった。その顔には深い安堵の色が浮かんでいる。
「無事だったのですね! 瘴気も薄くなり、街道の魔物も引いていきました。本当に……本当にありがとうございます!」
「モル、街の方に被害はなかったか?」
「はい! ロイド様たちが引き受けてくださったおかげで、怪我人一人出ずに済みました。街長も心から感謝しておられます」
モルの言葉に、ロイドは肩の力を抜いてほっと息を吐いた。自分が守りたかった平穏が保たれたことに、胸の奥が温かくなるのを感じる。
しかし、喜びも束の間、ロイドの頭からはジルバが残した捨て台詞が離れずにいた。
『この宝珠に蓄えられた瘴気は、すでに「あの方」のもとへ送られているのだからな……!』
(あの方……。ジルバほどの男を陰から操り、膨大な瘴気を集めさせている存在。一体何が起きようとしているんだ……?)
「ロイド、難しい顔をしてどうしたの?」
隣を歩いていたミラが、心配そうに覗き込んできた。少し疲れた様子ではあるが、その瞳は優しくロイドを見つめている。
「いや……ジルバの言葉が気になってね。あの男は単なる嫌がらせや復讐のために動いていたわけじゃない。もっと大きな何かが動いている気がするんだ」
「……確かにね。あの瘴気の量と、古代の遺物を呼び出すほどの魔力。個人で扱える代物じゃなかったわ」
ミラが頷くと、少し後ろを歩いていたリアラも前へ進み出て口を開いた。
「ロイド……王国でも、最近不審な動きがありました」
「王国で?」
「ええ。私たちが国境に向かう直前、王都の地下や周辺の遺跡で、怪しげな魔導師たちが密かに動いているという噂がありました。当時の私はただの流言だと思って気にも留めていませんでしたが……今思えば、ジルバの手先だったのかもしれません」
リアラの言葉に、ロイドは表情を曇らせた。
王国と魔皇国。歴史的に対立してきた二つの国を結ぶ裏で、共通の脅威が芽生えつつある。もしジルバの背後にいる「あの方」が本格的に動き出せば、二つの国どころか世界全体が未曾有の危機に瀕するかもしれない。
「とにかく、一度グルガ様や魔王様にこの件を報告しよう。俺たちだけで抱え込める問題じゃない」
「そうね。まずは体休めてからにしましょう。ロイド、あなたまた無茶したんだから」
ミラが小悪魔的な笑みを浮かべながらロイドの腕にそっと手を添える。すると、それを見たリアラが慌てて反対側に回った。
「ロイド、私の肩も使ってください! 戦いの疲れが残っているでしょう!」
「えっ、いや、二人とも大丈夫だ! 歩けるから!」
突然の二人の攻勢に、ロイドは顔を赤くして焦り出す。
さっきまでの重苦しい雰囲気が嘘のように吹き飛び、モルをはじめとする周囲の警備隊員たちからクスクスと温かな笑い声が漏れた。
「ふふ、ロイド様は相変わらず大人気ですね」
「モル、笑いごとじゃないって……」
苦笑いを浮かべつつも、ロイドはこの温かな日常を心から愛おしく思っていた。
かつて王国で裏切られ、すべてを失った自分が手に入れた、新しい絆と居場所。
(何が起ころうと……俺は絶対に、この場所を守ってみせる)
静かな決意を胸に刻みながら、ロイドたちは賑わいを取り戻しつつある街へと足を進めた。だがその頃、遥か遠くの暗闇の中では、集められた瘴気を喰らう「何か」が、ゆっくりと目覚めの時を迎えようとしていた。




