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25.私の孤独

25.私の孤独


私には友人がいない。

全く一人も、ただの一人もいないのだ。

時々、会って会話する人もいるにはいるが、友達ではない。

友達といっていいのかどうか微妙な所だけど、ネットで知り合った人が数人ラインだとかスカイプだとかツイッターで繋がっている。

それくらいだろう。

下手したら休日には一言も会話をせずに過ごす。

コンビニで「袋は結構です」と言うくらいだ。


一人で孤独に過ごしていると、いやがおうにも独り言が増えていく。

そしてその独り言に、独り言で返事をし始める始末だ。

末期だと思う。

スマートフォンの電話帳に登録してある連絡先は父親と証券会社の二ヶ所だけ。

私だって好きでこんなことになったわけではない。

その時々、なんとか耐え抜いてきたら気がついたときにはこんな状態だっただけなのだ。

誰彼構わず喧嘩を吹っ掛けたとか、利用したとか、裏切ったとか、そんなことは決してしていない。

どちらかといえば、その都度、できうる限りの誠意をもって対応してきたと思う。


では何故誰もいないのか、それは結局私のせいだ。

わかってはいる。

受験勉強に勤しんでいたから小学校の5年生から放課後に遊ぶなんてこと全くしなかった。

そしてそのまま、中学受験によって地元に小学校時代の友人は居なくなった。

中学校は私立の進学校で、クラスメイトは遠方から電車で通ってくる人ばかりだったし、私もそうだった。

そのため、極偶にしか会って遊ぶことは無かった。

今の様に携帯電話が普及していて遠くにいても気軽に会話できるような環境でもなかった。

それに私の不登校によって中学生時代の友人は誰も居なくなった。

そして、高校生時代に私はただの一言も言葉を発しなかった。

完全に自分の殻に閉じこもってしまったのだ。

時々、その殻を割って土足でズカズカと入り込んでくる人がいたにはいた。

結局、それでも、また殻に閉じこもってしまうわけだけど、正直そういう人には救われた。

ありがたかったが、これでは友人などできるはずがない。

だから高校生時代に友人は一人としてできなかった。

専門学校でもそうだった。

既に私は近寄りがたい雰囲気を持っていたし、ひたすらストイックに勉強していた。

自分が抱えた強迫性障害の症状に慣れてはいたから多少は落ち着いていたし、ちょっと会話するなんてことはした。

高校時代のように全く一言も喋らないなんてことは無かったが、壁は作っていた。

だから私に友人がただの一人もいないのは当然の結末といえる。


私は友人だけではなく家族とも疎遠だ。

父母、共に健在で妹がいるが、連絡をとっているのは父だけだ。

高校2年生の頃からまともに会っていない為、妹は今何をしているのか知らない。

きっと、街で偶然すれ違っても私は気が付かないだろう。

何歳かも覚えていない。

ずっと、死ぬまでこのままというわけにはいかないとは思うけど、きっと無理だろう。


孤独には益々苦しめられる。


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