目立たなかった移籍選手の逆襲
「いただきタイ!」
「うおっ」
近森のパスカットに驚く鹿島の選手。攻撃が停滞するなかで和歌山が流れを渡さなかったのは、内海と近森のダブルボランチ、特に近森の獅子奮迅の運動量が光ったからだ。
まだシーズンは半分も消化されていなかったが、近森はこの試合に背水の決意で臨んでいた。首脳陣も周囲も決してそんな煽りをしなかったが、この試合で結果を出せなければ、Jリーガーとしての自分は終わると肚を括っていたのだ。
(今日結果を出せなんだら、俺はサッカー選手としての価値はもうなか。せっかくもらったチャンス、こっからレギュラーとったるバイ!)
ここ数年、近森は忸怩たる思いを抱え続けていた。年代別の代表チームで、ジュニアユース(中学生)時代から日本代表としてプレーし、リオ五輪代表にも順当にレギュラーを獲得してきたが、アジア最終予選からは苦難の連続だった。
自身のレベルアップを目論んで、一昨年に愛着ある福岡から和歌山に完全移籍したが、低迷するチームにあって出番を失い、シーズン途中に尾道にレンタルで放出。去年は籍を置いたまま古巣の福岡にレンタル移籍で復帰。自分を高く評価して呼び寄せてくれた和歌山では戦力外状態だった。
そんな自分に待っていたのは、0円提示ではなく背番号変更の打診。それも長らく和歌山を支えてきたバンディエラであるチョン・スンファンがつけていた17番へのだ。
当然ながら、打診された席上で、近森はうろたえた。
「恐れ多いとです。クラブの歴史とも言える番号は、レンタルばっかでここじゃろくに働いてもない俺なんかに・・・」
だが、それでも承諾したのは、他でもない前任者からの一言だった。
「ろくに働いていないからこそ、お前に託すんだ。お前はまだまだできる。しかし、今の自分をどうすれば高められるかが分からないでいるだろう。だったら背中で歴史を感じろ。そしてこの数字の歴史をどうすれば変えられるかを模索しろ」
そして新背番号を背負った今シーズン、近森は明らかに目の色が変わった。出場機会は限られはしたが、限られたなかで自分が伸びるためのヒントを探し続けていた。
それでも開幕後はベンチ入りもまちまちな日々。そんな中でめぐってきたチャンスを放すまいと、決意に至った。
(やるもんだな、チカ。あんな姿見せられたら、俺だってやらないわけにはいかんからな)
その近森のプレーぶりに、内海もまた気合いを入れた。結果として、前半はスコアレスで折り返すことになったのである。
「ボランチとセンターバックは前半、よく守ってくれた。後半はあっちも対処はしてくるだろうが、変わらずよく動いて相手を落ち着かせるな」
ロッカールームで松本監督は、そう言って近森たちを労った。そしてため息をついてから、攻撃への指示を出す。
「攻撃はあせらず、サイドチェンジも積極的にやってワイドにいけ。友成がミドルシュートにめっぽう強いのは、去年まで一緒にやっていてわかるだろう。相手の守備、特に最終ラインを揺さぶって綻びを作れ!」
そしてこの攻撃の意識をより明確にすべく、松本監督は後半の頭から左サイドバックを交代。寺橋を下げて吉原を投入し、最終ラインからの推進力を高めた。
「菊瀬。後半はお前たち左サイドが軸になれ。吉原と上手く連携してな」
「はい」
指揮官直々に指示をうけて、菊瀬は気を引き締めた。
菊瀬や吉原にとっても、この試合はある意味で正念場であった。和歌山のウィークポイントであった左サイドを強化すべく獲得された二人だが、生え抜きの若手の緒方、寺橋とのレギュラー争うでは遅れをとり、栗栖や須藤の復活もあって出番も限られ、期待に応えられてはいなかった。特に菊瀬にとって、この移籍は並々ならぬ思いもあった。新潟や五輪代表でレギュラーを張っていたことが評価され、強豪広島にヘッドハンティング。順調にキャリアを重ねながら、このころから成長曲線が頭打ち。代表で不振に陥った挙げ句、本大会でメンバー落ち。挫折を味わった中で和歌山を再起の場に選んだ。当初は現役A代表の内海の活躍に完全に隠れてしまった格好だったが、こうして出番を得、日々のトレーニングを過ごすうちに和歌山というクラブで、何を武器としてプレーすべきかを考え、それを磨いてきた両者。それが結実しそうな瞬間があった。
「キクッ!」
「おうっ!」
左サイドでボールをキープしていた菊瀬の下へ吉原がフォローすべく駆け付ける。ここで鮮やかなワンツーで相手をかわした菊瀬は、鋭いクロスをニアに上げる。ボールは剣崎がジャンピングボレーを試みる。
「そうらっ!!」
それをドンピシャのタイミングで叩き込む剣崎。誰もがゴールを確信した。
だが、それすらも友成は見事に防いでしまうのであった。
「っ!!」
「はあっ!?」
右手一本ではじき出した友成に、剣崎は思わず絶句する。友成は内心ほくそ笑むのでった。
(ずいぶん今日はてめえら気合入ってるじゃん。でも、それじゃあ遅いんだよ。そういう気合はさっさと入れとけ!)
まるで近森らのプレーを、あきれているかのようでもあった。




