ファーストアクト3
『今から行く軌道リング上層施設ってどんな場所なんだ?』
『アテナイとそう変わらないわ。ただ、研究施設だとか、軍備はそこまで』
『そこまで?』
別にイセンは宇宙開発の度合いについて何か言いたいことがある訳ではない。ただ、軌道エレベータなんてものは地球では話に出たことすら無かったし、一回しか使ったことが無いので、他の場所については全く想像がつかない。
『アテナイ以外は軌道エレベータが付いている事に意味がある、みたいな感じなのよ。宇宙と行き来出来る場所。だから色々な施設が少しだけ発展している。だけど結局はアテナイのおまけ』
『……軌道エレベータは今を生きる人間の象徴です。そんなことを言わないで下さい』
ドライなミルミド曹長の口ぶりに、珍しくファルーが応えた。今やイセンでさえ当たり前に感じている宇宙の光景。これが数百年前から人の心を掻き立ててきたことを、もう一度思い出してみても良いのかもしれない。
『悪かったわね。もちろん、軍事的意味も象徴的意味も関係なく、助ける人は助けるし、障害は取り除くわ』
『ファルーも象徴とか信条とか気にするものだな。少し意外だ』
『自分も人間なんで』
ファルーは素っ気ない言葉で返す。
『……いえ、自分の家族が、特に妹が好きなんですよ、宇宙のこと。テーバイにはアテナイと違って結構一般の方も入れるんです。いつか母さんと行きたいらしくて』
『妹さんって……たまに手紙を書いてる相手よね。ロケットでの宇宙観光と比べれば圧倒的に安いけど、行けると良いわね』
『最近だいぶ余裕が出来たみたいで、自分もちょっと頑張り時だと思うんですよ』
ファルーの明るい声色を聞いて、イセンは納得した。さっき見た封筒には家族に宛てた手紙が入っていたのだ。任務を催促していたのも、別に戦いや力量がどうこうという話ではない。勝手に謎を解いたのは良いが、自分の勘違いに顔が熱くなる。
『ファルー自身はテーバイに思い入れは無いのか?』
『ジャンダルムに入る以前に知り合った駐屯隊の人もいますよ。非番の日は観光客の前に現れたりもしますし』
どうやら、ファルーはこの先の軌道エレベータ上層施設に結構な思い入れがあるらしい。イセンは休みの日くらいプライベートを楽しみたいが、苦労して母星から来た観光客の人を喜ばせるのも分からない話ではない。
『そう言えば、ビデオレターみたいのは使わないのか? 宇宙からの手紙ってのも神秘的だが、切手を何枚貼れば母星に届くんだ……』
『ファルーは自分が照れて中々使わないのよね。妹さんからのは喜んで見る癖に』
『はいはい、やめやめ! そう言うことでテーバイは大事なんです!』
ファルーが今までの主張を一息でまとめるように、強引に話を切り上げる。今回は任務で来ているので、確かに雑談に気を取られるのは良くない。イセンは今一度軌道リング上に目を凝らす。欠損した箇所は一体どの辺か、もう見える位置なのだろうか。
『そろそろ視認できるんじゃないかしら』
『見えると言っても肉眼で分かる距離では……え、もしかして!』
ファルーもそうは言いつつ付近を眺めていたのか、突然声を上げる。
『このタイミング……そう言うことか?』
イセンも星を囲む軌道リングを、なぞるように目を凝らす。
『インスヴァイトのモニタであのちっさい建造物をズームしてみてください』
ファルーに言われ、まず小さい建造物から探すイセン。半分当てずっぽうで少し周りと違うように見えなくもない場所を見つけ出し、拡大する。
『あの場所で合ってるか……思ったより状況が酷いぞ……?』
ドーム状の施設は天井に大穴が空いており、無数の瓦礫が漂っている様子は沈没した豪華客船のようにも見える。少し縮小すると、付近にはインスヴァイト越しでも懸命に救助を行っている様が伝わってくる、駐屯隊の姿も確認できた。
『それで、撤去と言うのは具体的にどうするんだ?』
『飛来する物体を打ち砕くわ。機体程の大きさの物はファルーが運び出して頂戴』
こちらは無機物と向き合うだけで良いらしい。やる事をやるだけなのだが、イセンにしてみればいつもの任務とさして変わらない事に安堵の息がこぼれる。そちらの覚悟は地球を発った時、既に割り切っていた。
『あんまり小さいのは落ちる時に摩擦で消えるから後回しで。小さくないのは既に被害を出してるから最優先で』
『どのみち最善は尽くすが、情報ありがとうございます曹長殿』
『気にしないで良いのよ』
気にしない方が無理だろう。そうは思ったが、イセンは自分の中のスイッチを切り換える。周りを眺めるのではなく、標的を見定める。そろそろ肉眼で確認出来てもおかしくない頃合いだ。
『くれぐれも、発砲の際は対象の周囲にも注意して。今回は拠点の近くに加えて、色々な漂流物があるから』
『了解した』
イセンは軌道リングの一部だった物に狙いを定め、破壊していく。照準は一つ一つ正確に合わせ、視線を流して次の標的を探す。
イセンは自分の陣地を広げるように、付近の漂流物で大きい物から排除していった。しかし、遠くの方に落下していく断片が目に留まる。
『ミルミド曹長、より下層へ行く! この機体ならどの程度まで可能だ?』
『機体のモニタを重力測定モードにして。安全圏を下回ったら絶対に行かないこと』
『了解』
イセンの目に映る範囲では、結構な数の破片が地面へと引かれている。いや、引かれているのは周囲の瓦礫だけではなかった。安全圏であっても、身動きが取りづらい。さながら離岸流のようで、機体の制御に気を取られる。
『イセン伍長、頭上を守りなさい!』
ミルミドの声に、右腕で太陽を遮るように頭を庇う。それに一歩遅れて、断続的に衝撃が降ってくる。
『ごめんね、撃ち落とすのがギリギリになって』
『いえ。助かりました、ミルミド曹長……』
何で俺が助けられているんだ。誰かを救う事に目がくらんで、自分が危険にさらされている事も忘れてるなんて。イセンは、まとわりつく重力への意識を最小限に、再び流れるように照準を重ね、視線は次の目的を探し続ける。
『破片や欠片も、大分少なくなってきたな……』
『一回合流しましょう。イセン伍長、来てくれるかしら』
ジャンダルム隊による撤去作業も進み、一度二人と合流する為に上昇する。その途中、先に作業に当たっている救助班も見掛けた。
『ひとまず私達の作業はこれで終わりよ』
イセンは軌道エレベータ周辺で待機するファルーとミルミドを見つけた。その側には、テーバイの駐屯隊も確認できる。いつもの調子なら任務が終われば、ジャンダルム隊に味方が近付いてくる事もない。やはり、ファルーと面識があるからなのだろうか。
『ここに三機か……と言うことは、全部で六機?』
駐屯隊は、イセンが下層で見つけた別の隊列を含めてもかなり規模が小さい。もしかしたら、イセンらと同じ班行動で個別に任務に当たっているだけで、もっと数は居るのかもしれないが。
『イセン伍長、通信のチャンネルを替えれますか?』
『ああ、了解した』
ミルミドに合わせ、チャンネルをズラす。すると、ファルー他、数人の話し声が聞こえる。イセンはまるで別の世界に混ざったような感覚に陥ったが、第一印象は大事だろう、と話すことを考える。
『ーーイセン・シュベルクです。階級は伍長。よろしくお願いします』
『お疲れさん、テーバイ駐屯隊長バルコ・ロッソだ。今回は協力ありがとう』
『自分、任務前にビデオレターが届いていたので、ちょっと黙ってますね』
『相変わらずだな、了解』
駐屯隊の人が嫌な様子もなく迎えてくれたので、イセンはひとまず緊張が解けた。ファルーは先程話していた家族からの物だろうか、集中して見るであろう事が伺える。
『しかし、駐屯隊と言うのはこのぐらいの規模で行動するものなんですか? 自分、三機一組で任務に当たるのは初めてでして』
『三機一組? いや、元は全体で任務に当たってたんだが、途中連絡が取れなくなって、少し困ってたんだ。俺ら自体はそこまで危険な任務でも無いが……』
『なんでエーリントが……? こいつ、もしかして!』
静かにビデオレターを見ていたファルーが水を差すように口を挟む。いや、むしろファルーの昂りを表すべく口をついて出たという方が適切だった。少なくとも、言葉の最後に一番強く込められていた感情は、間違いなく怒りだった。
『おいおい、どうしたファルー。家族喧嘩か?』
『イセン、今居ない隊員達が今回の事件に関係しているかもしれない!』
『おい、ファルー!』
ファルーはそう言い残すが速いか、軌道リング沿いに機体を走らせる。ある種の条件反射のように後を追い掛けていくイセン。最後に残ったミルミドは、二人の行動に連鎖するように溜め息をつき、軌跡を辿っていった。
『……私は、あの新米達をどうにかしてきます』
『分かった。こちらも本格的に、居なくなった隊員の痕跡を探す』
今からジャンダルム隊により、漂流物撤去作戦の二次任務が始まろうとしていた。




