ファーストアクト4
『ファルー、こんな所まで来てどうするんだ? 辺りには何もないぞ』
ファルーを追い掛け、軌道リングに沿って飛行するイセン。仮にはぐれた駐屯隊員が犯人だったとしても、発見は難しいように思える。現実的でないものを天文学的とは言うが、これは本当に天体規模での話なのだから。
『見つけようと思って見つかる訳ーー』
『捉えた、この事件の犯人……!』
『マジか?』
確信を持ったファルーが機体を励起させる。見る者を惹き付ける青色は、敵を生かしては返さないという彼の思いを反映させたようだった。
ファルーは加速して、軌道を標的に修正する。付けたアタリが正確なものとなり、イセンにも相手の姿が捕捉できた。ウェンに似た機体だが、改修を施しているのか細部を見れば見るほど異なる点が見受けられる。武装に至っては最低限に済ませているのか、長剣や長銃の類いは見当たらない。イセンもファルーの後を追ってインスヴァイトを励起させる。
『と、止まれそこの友軍! 非戦闘時の活性反応は推奨されていない』
『……焦っているように見えるが、先の爆発事故と関係が?』
相手側からの通信が飛んでくる。確かに、巡回していただけの可能性も否めない。イセンが言葉を考えるより早く、ファルーが応答した。
『その声だけは、聞きたくなかったよ……なんでお前が妹と共に居たんだ、エーリント!』
『あー成程、爆破工作直前に会ったのがまさか貴様の妹だったとは。タイミングが悪かったな、お陰でこうして邪魔が入った訳だ』
『口の代わりに風穴開けたら黙ってくれるかよ!』
ファルーが大剣を構えて単独で突っ込んでいく。相手は三体、人数差も、それを意にも介さぬ程に冷静さを欠いて戦闘が始まったことが一番不味い。
『左は抑える、自棄になるなよ!』
『イセンさん……』
『しかし、スゴいな。俺らの行動を完璧に読んでくれるじゃないか』
エーリントの口ぶりには、ファルーが山勘ではなく直感からたどり着いたような意図を感じさせるが、イセンにはさっぱりである。
『うちのイセンが、高度を下げて任務に当たった際に捕捉してくれたんです。おそらく、脱出地点まで軌道リングの下部で潜伏するのが目的だったのでしょう。そしてここは、ノアの公転軌道の進行方向とは、ほぼ真逆の位置ですから……賭けですね』
『成程、拙速もバレたら世話無いな』
イセンはノアは勿論、地球の軌道も全く覚えていない。母星の公転軌道を覚えていることが前提で、ファルーはここまで予測した訳だった。
『おっと……レフィット、前方注意だ』
『ん? 三機目のお出ましか!』
エーリントがイセンとは逆の機体に呼び掛ける。遅れて狙撃可能な位置まで着いたミルミドの存在に気付く。
彼女が励起して長銃を撃つまでの猶予は、瞬きをしていれば同時にも思えたであろう。だが、事前に気付いていれば不意討ちとして意味はなさない。
『ち、気付かれたわ……!』
『レフィット、あの援護兵を邪魔してきてくれ』
『逃がさないですよ!』
エーリントの指示を受け、レフィットと呼ばれた男はファルーを迂回して奥に向かう。当然許す気の無いファルーは長剣を振り上げ、すれ違い様に一撃入れる準備をする。しかし、ここぞとばかりに接近するエーリントに気付くと、やむなく振り返る。
『少しは周りが見れるようになったな』
『お前の知るところじゃない』
懐まで潜り込んだエーリントに、ファルーは得物で叩きつける。
『変わってないな』
ファルーの振り降ろす刀身は、右からの力を受けて軌道をズラされる。エーリントが左腕を剣の側面に突っ込むように、押し込んでいた。
『うるさい!』
ファルーは剣を左に逸らされたので、すかさず右肩でチャージする。至近距離での突撃は、エーリントの機体を後退させ、彼が体勢を整える前に再び長剣を構え直す。
『貫いてやりますよ』
『それは油断出来ないな』
ファルーは剣の切っ先を、エーリントの機体のど真ん中、コックピットがあるであろう位置に向けて狙いを定めた。対するエーリントは、怒る子供を面白がるように、飄々と受け答える。
『さ、来いよ』
『お前!』
エーリントが避ける前に、切っ先が装甲に辿り着く。正面装甲は勢いの大部分を相殺したが、肝心の刀身部分の侵入を許した。
『終わり……いや、もう死んでるか』
ファルーが刀身を引き抜くか、捨てて帰るか考えていると、不意な揺れと共に機体が動かなくなった。周囲に目をやると、動かない筈のエーリントのインスヴァイトが、四肢を裏に回して拘束してきたのだと気付いた。
『なんでまだーー』
『ファルー、そっちは!』
ファルーが呆然とする一方、射撃で相手の機体を虫食いにしたイセンが戦況を確認する。
エーリントの機体の後ろから何かが飛び出した。一瞬首が飛んだのかとも思ったが、小型の、推進力を持った何かである。
『……脱出挺か!』
考えてみれば、敵の本拠地でまともに戦う道理は無い。イセンが照準を定める瞬間、脱け殻となった元のインスヴァイトが明滅する。
『何か来る!』
ファルーに組み付いた機体が弾け飛んだ。
『ファルー、大丈夫か! くそ……』
イセンがファルーの安否を確かめようにも、爆発と共に広範囲に撒き散らされた黒煙で確認が出来ない。だが、イセンが心配したのも束の間、ファルーから通信が入る。
『そこまでは。脱出挺の至近で使う想定なのか、威力は大分低いようです』
なら良かった。イセンが一言呟くと、念のため自分が相対していた機体に目をやるが、中の操者はもう生きている様子は無い。
『終わったわ。一足、遅かったようね』
『今から追いかけても、多分無理だ……』
イセンの横で、ファルーが機体に付いていた手足の残骸を長剣で叩き落とす。
『……ファルー?』
暫くの沈黙に、イセンが確かめるように名前を呼ぶ。
『止められなかった……止められなかった、あの男を!』
ファルーの慟哭がコックピットに響くなか、軌道リングの方から新たな機影が見えた。ファルーが再び長剣を握りしめる。
『待て待て、俺だ! はぐれた分隊を追ってきたらここまで来たんだ……どうやら、全滅した様だな』
『一機、分離して生き延びましたよ……皆さんグルじゃ無いですね?』
悪質なサプライズを受けた直後のように、警戒は解かず、剣だけ収めたファルー。彼の妹は完全に黒となった駐屯隊のエーリントと、偶然にも上層施設で接触していた。事件に巻き込まれた可能性は極めて高い。今、ファルーが疑ってかかる心持ちも理解できる。
『ここに来る前に本部にも報告した。俺らは味方だよ。生け捕りは無理だったか?』
『逃がすよりは……ごめんなさい』
ファルーは錨のような溜め息を吐き、ミルミドも言葉を濁す。任務は終了し居座る理由も無いのだが、ミルミドは悩んでいた。ファルーが家族の捜索をしたいと言うのなら、止めるのも忍びない。彼女の思考が纏まる前に、ファルーが声を上げる。
『……新しいビデオレターだ! 生きてたんだ……良かった』
ファルーは顔を手で覆い、心を落ち着ける。改めてモニタを確認すると、次の瞬間には感情のままにデータを開いていた。流石に止めるものは誰も居なかった。
『お兄ちゃん、家族の方に迎えに来てもらってと大人の人に言われたので、これを送るよ。私は何ともないけど、お母さんは今話せない。久し振りに顔が見たいよ。ウェールより』
妹は、確かに無事だったようだ。しかし、母は。再生を終えて、ファルーは項垂れる。
最後に顔を見せたのはいつだったか。すぐに思い出せない自分自身をぶん殴りたい気持ちになった。
『くそ……畜生! うぅ……』
『ファルー軍曹、貴方はテーバイへ向かいなさい。准将にも話は通しておくから。行きましょう、イセン伍長』
ファルーは爆破事故のあったあの場所を、すぐには直視出来なかった。いつか、向き合わなくてはいけないのかも知れないが。それでも、今だけは俯いて、眼下の母星を眺めて泣いていた。
彼の機体も、しばらくその場所に留まったまま、再び動かされるのを待っていた。




