スイープリニュー2
イセンとサーマンは、いつか見た甲虫のような頑強な四肢を持つ、レージのインスヴァイトを捕捉した。
『救援か!? 頼む、助けてくれ!』
『命乞いなんて無駄だよ!』
二人が駆け付けていく最中、イセンの横を姿勢を崩した味方機が通り過ぎる。思わず、イセンが初めてレージと対峙した時の記憶が蘇った。
『無駄なものか』
咄嗟に味方を掴み、強引に放り投げ、とはいかないが、機体の軌道を横にずらす。敵の周囲を漂う複数の砲門から放たれた光線は、味方が居た筈の場所で交差した後、再び五つに別れて広がっていく。
注目すべきは新兵器だけではない。レージが片手に構える大砲からは僅かに煙が漂う。この時代には珍しい実弾の兵器である。イセンが味方を助けた一方で、新たな犠牲も増えた。
『はあ。お前らは楽しませてくれるの?』
そう言いつつレージは次の光線を発射する。狙う先には、胴を両断せんと接近するサーマンの姿。
『……今のを避けますか』
サーマンは射撃を左に躱し、黄昏の一刀を見舞わんとした。しかし、鈍重そうな見た目に反してレージもまた攻撃を避けて見せる。
『なんとなく、軌道を悟られたようにも見えたが……』
『ネタバレは感心しないね!』
今度はイセンへと威勢良く大砲が放たれた。弾道を早めに見切り、レージに視線を戻すと、停滞する新兵器が警告のように赤い光で染まる。
『奇をてらっても当たらなければな!』
『なんだ、避けるのか』
同時に武装を使うだけ攻め手も増えるが、自身が扱う情報量も増える。しかし、恐らく実戦は初だというのに、以前相対した際と同じく悠長に通信を交わす。
サーマンは一つ、レージを揺さぶってみることにした。
『なんでしょう、狙いは正確だと思いますが、人ではなく場所に定めているのも気になりますね。着弾点を先に予測……入力する必要でもあるのでしょうか』
『なるほど、それなら最初は進路を塞ぐために撃ってきたのか。機転を利かせたと言うよりは、ハナからそういう使い方を想定しているのか?』
サーマンの言葉を念頭に置きつつ、イセンがVオービットと呼ばれた新兵器の銃口を注視する。
『あのさ。さっきからうるさいよ。Vオービット、一斉掃射だ』
比較的口が回る二人に不機嫌な声でレージが応える。レージの声と共に向きが微調整されるのがイセンには見えた。
『一旦お互い離れましょう。横につけますか』
『分かった』
イセンが回り込むと、今度は銃口が先回りをするように角度を調整した。本能的に上方へ飛ぶと、砲門は赤く光り、足元を光線が通り過ぎる。まさに進路上を狙って撃たれた形である。
『ネタは分かったが、近距離で行動が制限されるのは厳しいな、銃でも持つか?』
『相手も黄昏相手で出力比べが出来ない状態ですから、この状況は活かしたいですね』
『……ずいぶん危ないもの持って飛び回っちゃってまあ』
二人に囲まれた状態を崩すべく、もしくは何も考えず鬱憤を晴らしたいだけなのか、レージがサーマンに突っ込んでいく。
『来ますか、レージ』
『いいや、本命はこっちかな』
『なに!?』
レージ相手に距離を詰めるべきかイセンが逡巡していた時、不意にレージが振り向く。Vオービットの発射体勢に入っている上、手には大砲を構えている。
『そう言えば、ギリギリまで機体を反らせば予測されないじゃん! 僕、天才過ぎる』
僅かに敵の照準が甘く、遅れた回避でも当たることは無かったが、次もあるとは考えない方が良いだろう。相手はサーマンに向き直る。撃ち漏らしたことも気に留めていないようで、紙一重であった直前の光景が脳裏から抜けないイセンとは対照的だ。
『古典的な……怯えてる場合ではないが!』
『詰めれますか』
『勿論!』
正面のサーマンはまたもやVオービットと大砲で進路を制限された。今度はまだ側面のイセンが残っているが、レージは先程使った大砲を棍棒のように振り上げ、イセンの刃が届く前に機体を弾き飛ばした。
『中々器用なことをしますね』
『くっ……案外やる』
『案外? 何それ。僕はエース級なんだよ。見くびるんじゃねえ!』
完全には体勢を立て直せていないイセンに、突如怒りを沸騰させて大砲の狙いを定める。
『今度こそ……ヤバいな』
軌道の制御が出来ない中、レージの大砲が向けられる。再び先程の瞬間を思い出すイセン。
『させるか!』
レージの機体から大砲が放たれる刹那、機体が前方に傾いたように見えた。しかし、イセンが敵を確認する間もなく衝撃に歯を食いしばる。砲弾が右肩を掠めて爆発したのだ。
『てめえ』
先程撃ち漏らした機体の介入により、レージの不快感は頂点に達していた。後方からの捨て身の突進を食らい、つんのめったのは機体だけではなかった。レージは頭をモニタに打ち、額からは血が滲んでいたが、まるで意に介さずにサーマンを、そしてその手にする黄昏を睨み付けていた。
彼が初めて戦場に赴いた頃は、インスヴァイトによる質量の増幅を利用して敵を叩き潰す戦い方が主であり、サーマンやウォードのような高い操作技術と、それに付いてくる身体能力を持つ者は少なかった。古来からの戦闘狂であったレージは、自分の素質を十分に発揮して自らより劣るものを鉄塊に変えてきたが、次第に自分と異なる戦い方をする操者も増えてきた。
自分の欲望のままに生きてきた男は周囲の環境により一時の春を謳歌していたが、次の季節を迎える節目に差し掛かった。Vオービットという新武装を使いこなせることを証明し、これからもエース級の席に居座り続けるのだ。
『私が出ます。イセン、体勢を立て直して。それが出来たら、照準を定めて』
『お前ら、なんだってんだよ!』
イセンをを守るためとはいえ三度目に渡る突撃。こいつに恐怖心は無いのか? 普通はあの僚機みたいに身体が強張るもんだろう。レージの焦りが口に出る。
『やることは変わんねえ』
Vオービットの照準を自機左、奥行きは手前にセット。ギリギリまで引き付けて、右に避けつつVオービットの弾を発射する。その上でこちらを討ちたいなら、相手は光線の集中砲火の中踏み込んでくる必要がある。
『大方特性は分かりました。イセン伍長!』
レージはサーマンの方を振り向きつつ、さっき二人が言っていたことを思い出す。照準を定めて……白兵戦の武器に使う言葉では無い。
『こんの……野郎共が!』
レージが咄嗟に大砲を構えた直後、横から光線が飛んでくる。機体は守られたが、もう武器としての役目は果たせそうもない。
『リアル! 撤退だ!』
『指揮官様には従っておこうか。なんてったって責任重大な指揮官様だしな』
逃げる意思を固めた瞬間、黄昏を構えるサーマンが目に入る。まだギリギリ間に合う。手元のディスプレイを二度操作する。一度目の操作では、自機の眼前を狙うように。こんなところで死にたくはない。相手もそうだろう。踏み込まなければ誰も死なない。
『踏み込ませないように。そういった動きをするんでしょうね、きっと』
サーマンやイセンとは違い敵兵器の特性を殆ど掴めずに居たレージは、土壇場で死ぬことに対して恐怖を抱いていた。
『少しだけ真剣になりますよ。覚悟を』
サーマンによる最大励起、一瞬だけ黄昏の刀身を自らの機体ほどの長さに伸ばし、斬りつけた。確かにVオービットから放たれた光線で、レージにサーマンが肉薄することは無かったが、レージの機体に青い刃が到達したのだ。
だが、レージも一つ奥の手を持っていた。刃が機体に達しようとも、レージのもう一つの入力は実行される。先程の光線から息つく間もなくVオービットの砲門がサーマンのいる座標へ傾き、赤く光る。
『くっ! しまっ……』
『一発だけなら、致命傷じゃない……だろ?』
五つの内四つの砲門は、横から二射、攻撃を受けて破壊された。一発のみのVオービットの出力では、損傷が装甲内部に達することは無かった。まさしく身を以て体感するサーマン。しかし、これで正真正銘レージとの戦いは終わった。
『……ステイル少将、状況は』




