インターミッション12
『ちょっと待て、サーマンは乗り込んだときに何も思わなかったのか?』
『最初から気付いてたので特には。確かに少し遠くて待機姿勢も悪かったですね。でも、良かったじゃないですか。あの人……ウォードの動きもこの機体あってこそでしょうし』
サーマンは良かったというが、イセンにとっては全然良くはない。焦燥感に駆られるイセンをよそに、サーマンは基地の周囲で機体を巡らせる。
『さすがに試運転だとやることも限られてきますね』
『あっ、今のうちにジャンダルムの固定信号を使えるようにセットしてくれないか。有事の時に忘れてたら大変だしね』
ふと、真横に人の気配を感じるイセン。ティラーが何気なく近付いてきて、そっと耳打ちする。
「そういえば小銃の故障箇所を直しといたぞ。他のパーツも含めてもう出撃は可能だな」
「なぜ今なんだ?」
「もうお開きになりそうだからさ」
サーマンの言うとおり試運転の上に武器もなければこんなところだろうか。確かに一段落付いていると言っても良いが、イセンは心の底で別の回答を期待していたのかもしれない。
「という訳で、よければ近々機体のチェックを任せる」
なんとなく付け足されたティラーの一言により、イセンの中で一つ決心がついたことがあった。
「あーすまん、席を外す。ロシオン主任、今後ともよろしくな」
無機質な扉が開く。去り際に振り向き、形式張った別れの挨拶を述べるイセン。
「ああ、今日は来てくれてありがとうね」
ロシオンがモニタから顔を離し、笑って見送る。イセンが小部屋から立ち去ると、ティラーも何か決心したようにふっと息を吐く。
「俺もライを呼んでくるかな。地……新人を妙に敵視してるが、サーマン少尉が乗ってるとこはあいつも見たいだろうし」
「ティラーはライと入れ替わりか。僕はサーマンが飽きるまで付き合うつもりだが、ミライ伍長はどうする?」
「自分ももう少しここにいます」
いよいよお開きの雰囲気も強くなってきたが、ミライはまだまだここに残る気でいる。それは惰性的な思いからの回答ではなく、純粋にサーマンの操るさまを、動くインスヴァイトを見ていたいという心積もりからである。
そんなミライの言葉に頷き返し、ロシオンはモニタへと視線を戻す。そのまま依然として藍色の光を振りまくギブノクスとサーマンに声を掛ける。
『なんかほったらかしにしちゃって悪いね、サーマン』
『おかまいなく。ジャンダルムの固定信号も合わせておきましたよ』
サーマンとしてももう見せるようなことはないと言っても、動きの精彩にこだわればまだまだ集中して高めうる点は多い。全く気にせず黙々と操作していたのだが、ロシオンから呼び掛けられたため言葉を返した。
「にしてもギブノクスのベースは宇宙の塵になっている筈なんだけど。協力して作ってくれた彼ももういないしね」
「合作だったんですか?」
本当にお構いなしに話を続ける二人。サーマンからしてもピーキーなこの機体に専念できるのは決して悪くない。
「そうさ。思えば黄昏もその頃作り始めたんだっけな」
そろそろロシオンの目にはモニタは映っていなさそうだ。彼は彼で過去のことを思い返すのに集中している。
「宇宙空間に昼夜の概念ってあるんですか?」
「いやいや、型番TMから始まるシリーズのことだよ。正式名称だけだと覚えづらいからね」
例えば、今TM11と呼んでるものは黄昏一番とか言ってたね、と付け加えられる。会話にこそ参加していないが、それはサーマンにとっても興味深い内容だった。
「それで僕はまさしく一番を作っていたわけなのさ。今と違ってまだ新しく何かを開発したことはなかったけど、充実した日々だったなあ」
「ロシオンさん、いや、ロシオン開発主任って凄い人なんですね!」
「ふふ、ロシオンさんでいいよミライ伍長」
盛り上がる二人の様子は気になったが、もっぱら自分が口を挟む余地もなさそうだ。と言うところでサーマンはロシオンへの通信をミュートして、一人呟く。
「賑やかなものですね」
一度宇宙に出てしまえば宿舎もドックも、ましてその一画などちっぽけなものだ。誰にも聞かれる気などなかったが、前方に一つ機影が灯る。
こちらの言葉に反応してインスヴァイトを決起させたかは定かでないが、設定した固定信号を切っていなかったことに気付くサーマン。
『機体の準備運動ですかね』
『そっちこそ、準備運動だけで終わるのか』
かまを掛けるようにサーマンがぼやくと言葉が返ってきた。ロシオンと会ってからのイセンに対し、焦りすぎないようフォローしてくれとティラーに頼んだのだが、何をどうして目の前にいるのか。
サーマンとしてはこの機体もロシオンのものと同一とは気付いて欲しくはなかったのだが。
『優先順序を守らなければ謹慎になりますので』
『インスヴァイトはより強力な感情に応えるのだろう』
『今の貴方は感情に振り回されてるだけですよ』
イセンも自覚しているのか、少し言い淀む。しかしサーマンもこの機体でどこまで動けるのか、気になるところだと自覚している。もっとも、根底にある強者と戦いたいという気持ちは無意識に封じ込めていた。
『……初めて会った時のことを覚えているか?』
『それなりには』
サーマンに当時のことは思い出せても質問の意図までは分からない。とある山中にて相対した後、一応は和解して母星とおさらばした訳だが。
『一発殴らせろと言って結局うやむやにされてしまったが』
そういえば、かつていかにも自分が戦うと見せかけて、ラックワイト中尉と戦わせた時があった。もう何も言わずとも彼の意図は明白だ。
『今、それを持ってくるのは反則でしょう』
『どうせ、隊で出撃するのにも一週間は空くのだろう。武器も使わないなら問題ないじゃないか』
今、サーマンはイセンが出来ないものをしようとしていることに反則と言ったのではなかった。
『確かに……そんな条件出されれば』
サーマンは一呼吸おいて、改めて目の前の機体を見据える。
『戦ってもいいですね……! ジャンダルム隊少尉サーマン・クラスプ、挑戦には本気で応じる!』
『今度こそ、メインカメラに一撃を叩き込む。利息替わりに今の実力を見せてやるよ』




