アフターギグ9
「イセン伍長。目を閉じて歯を食いしばってください」
「んっ……」
サーマンに言われた通り、おそらく食らうであろう一撃に備える。しかし、中々その時は来ない。視界は閉ざされているため耳をすませるイセンだが、突然シャッター音のようなものが聞こえた。
「……パシャ?」
「目を開けるなと言ったでしょう」
気になって見てみると、カメラを手に持っているサーマンの姿が。額に軽い手刀を食らった。
「ぐっ……」
「生意気な口を叩かないとずいぶん憎らしさが薄れますね。それそれ」
金髪をわしゃわしゃと擦るサーマン。これは明らかにおかしい。
「ちょ、ちょっと待て、ふざけているだろ!」
「勘が良いですね。准将に任されたのは写真を撮るくだりまでですからね」
そこは任されていたのか……と心のなかでため息をつくイセン。
「おや? 呆れてらっしゃる? ぶん殴ったら私のか弱い拳に傷がつきますからね。それに過去の過ちを思い出す物って案外バカにできませんよ。准将の仕事部屋ではお二人を除く各員が絶対に見ない部分が一箇所はありますからね」
「自分の写真が飾られてるわけか」
これで私も見たくないものが飾られる訳だがな、と思うイセン。他の隊員たちは一体何をしたのだろうと密かに気になる。
「ちなみに先程のイセンさんはティラーのやらかした写真と、ラックワイト中尉やらかした写真一と三を見てましたね」
「真面目に受け答え……した方がいいと思うぞ。いや、ラックワイト中尉の写真は何枚あるんだ」
「四回ですかね? 大体二回目は察するんですけど、彼女はめちゃくちゃ引っ掛かります」
なんとなく分かる気がしないでもないイセン。
「でも、今回は色々教えておけと言われたので、これだけじゃ終わりません」
笑いながら話すサーマンにどこか違和感を抱くイセン。いつも通りの軽薄な笑みだが、それにしても楽しそうではない。こういうとっておきやサプライズなんて彼の好物のようなものなのだが。
「なんか無理してないか?」
「いえ? してませんよ?」
短い言葉で否定するサーマン。
「昔も似たようなことをした下士官がいましてね。小隊規模の戦いに小隊が介入したのもあるのですが、敵味方総数百機近くでの戦いとなり、その際は今回ほど上手くはいきませんでした。敵軍も躍起になって交戦し、敵軍は全滅。生き残りはPCP五機のみでした」
「九割以上の損害か。壊滅的だな」
「部隊の介入さえなければ両軍三十機強は残ってた可能性も……というか援軍に駆け付けたのが三十機ですので当たり前ですが。飛び出した下士官が敵を全滅させたかったなら、これで良かったかもしれませんけど」
話し方から察するに、そんな意図はないように思う。というか、イセンも先の戦いで動いたのは敵を倒すためではなく、味方を助けるためだった。
「私がその下士官のようにならなかったのは大局……運次第だったということだな」
「分かってくれてありがとうございます。自分が命を掛けて助けたい人がいるなら構いませんよ。ただ、代わりに犠牲になるのは自分だけではないのです。それも周りがどう理解するかは分からないですし」
話をうんうんと聞いている中、一つ気になる箇所があったイセン。引っ掛かりを覚えた正体を少し考える。
「今、構わないと言ったか!? 話の流れ的にそれは違くないか?」
「そもそも隊員同士の愛があればどんな障壁も打ち壊すので問題ありません。あなたにとってはミライさんですかね?」
「変なこと言うな恐ろしい。クサいし意味不明だぞ、どうしたんだ?」
「古傷が開いただけです……ご心配なく。ちなみに下士官のコードネームはドラグーンと言います」
「相変わらずダッサ……ぬ、やめろ、近付いてくるな、笑顔が怖いぞ!」
このコードネームは一生つき纏ってくるのか。サーマンの腹いせにより、いつにも増してグシャグシャの金髪を整えることなく階下へ逃げるイセン。
「はは……逃げちゃった」
廊下でひとりごちたサーマンは、その足で再び准将の仕事部屋に向かう。
「失礼します」
「ん……まだ何か用か? 部屋掃除の手伝いかな?」
ブリディガル准将は灰色の片足を抱えて覗き込んでいた所だ。代わりにカーゴパンツの右膝部分から先がへたりと潰れている。義足だった。
「先程心に傷をおったのでつい」
「お前は自傷して上官の元に甘えに来るのか? ここが軋んでたのだな、よし。これで良い」
話ながらに義足をつけなおすと、何度か床を踏みしめてサーマンの方を振り向く。
「酷いですね、望んで傷ついたわけではないのに。いつの間にか偉くなっちゃいましたね」
「肩書きだけだ。傷つく覚悟だったろ。傷つける覚悟はなかったかもしれんがな」
「お掃除……准将を持ち上げたら上の棚に届きますかね?」
「ふざけた部下を殴るなら腕を鋼鉄にすれば良かったな。お前一人でやれ」
「手伝えと言ったじゃないですか」
「やっぱり私はやらん」
腕を組んで目を閉じるブリディガル准将。片目でサーマンを見やると、もう部屋を出ようとしている所だった。
「それじゃあ私もやりません。今日はお疲れさまでした、失礼します」
「ああ。ドラグーン二号の面倒はよろしく」
最後の不意討ちが堪えたのか、咳き込みながら部屋を後にするサーマン。訪問者が退場し、しばらくは開くことのないであろう扉を見つめ、思慮に耽る准将。
「助けられて傷付くなど、私も弱いよな……」




